11:ダントン商会ルーフェン町支店へ
翌日どころか二日後まで、実は出かけられなかった。
長い間、貧しい食事に閉じ込められがちな生活を送ったあげく、急に走ったりしたからだろうか、熱を出してしまったのだ。
朝起きた時、ふらふらして調子が悪いと思ったら、食事を作りに来てくれたベリータが大慌てで寝かしつけてくれた。
「細い方だと思いましたけど、体力が少ないのかもしれませんね。熱が下がるまで養生なさって」
そうして昨日とは打って変わって、お腹に優しそうな、しかも果物多めの食事を用意してくれた。
昼すぎにやってきたルディアス様は大慌てで薬はいるか、神官を呼ぶか、いや治癒なら自分もできるがと右往左往しだしてびっくりした。
「なんでこんなに色々してくれるんだろう……」
家のことは、前回も私が知らないままだっただけで、こうして維持管理してくれていたのかもしれない。
でも家まで連れていってくれたり、治癒までしてくれるのはその範疇の外のことだと思う。
「ものすごく親切な人なのかしら? 元々、処刑されそうな私を助けようとしてくれたぐらいだし……。もしかして、あまりに悲惨な人生だったから、急に運が良くなったのかな?」
そうだったらいいなと思う。
一方で、前回の人生でも早く逃げ出していれば良かったのかなと考えてしまいそうになる。
「だめだめ。今回みたいに家から出てすぐに良い人に会えるとは限らないし。前は、住む場所のあてもなかったんだから。すぐに路頭に迷って飢え死にしてたはず」
あの倉庫で、三食固いパンとスープだけの食事をする人生よりも、ひどいことになっていただろう。
今回は、たまたま運が良かっただけ。
「よし」
体も回復して、朝からふらついたりもしない。
熱はあってもご飯は食べられたからか、脱出した時よりずっと調子がいい。
「浄化してもらった時にも体が軽いなって思ったけど、それでもまだ体調が悪かったんだなぁ」
今は本当にすっきりしているし、今まではパン一つで十分だったのに、ほかの料理も食べたいと思えるようになった。
朝から庭を見て回っても、まだまだ元気だ。
これからルディアス様が来たら、さっそく町を見て回ることになるけど……。
エントランスのベルが鳴った。
使用人を常時置いている家ではないので、扉にベルがつけられていて、訪問客がノッカーを叩くと鳴るようになっているのだ。
「はい」
近くにいたので、私が扉を開ける。
するとルディアス様が立っていた。
改めて側に立つと、ルディアス様の背の高さを感じる。
このあいだくるまれたマントの大きさを思い出したり、時間を戻る前に引いてくれた手の大きさを思い出して、なんだかむずむずする。
「ルディアス様、おはようございます。昨日もお見舞いに来てくださってありがとうございました」
「体調は?」
「すっかり良くなりました。もう町に買い物に行けます!」
ルディアス様はほっとしたように眉尻を下げて、それから微笑んだ。
「それは良かった。……が、もう一日ぐらいは休んでも……」
「いえ! そろそろ買い足したい物もありますし。早く町へ行ってみたいんです」
「服などが必要なら、まだ送らせるが……」
「いえいえ、お金になるものも持ってきましたので。換金できる場所をご紹介いただけたら、大丈夫です!」
私は両手を振って固辞した。
だって、昨日もなぜかベリータさんが町娘としては質がいいワンピースドレスやコルセットドレスを手にしてやってきていたのだ。
『伯爵様から色々と買い足すように指示を受けましてね。なので、男性には言いにくい品も、まだ町に慣れていないうちは、私の方で仕立てを頼んできましたよ』
ベリータがそう言って渡した衣料品の中に、下着まであったので私は卒倒しそうになった。
(そもそも、男性に服を買ってもらうって、なんだか夫婦みたいじゃない。というか、恋人や婚約者でもなければ、そんなことしないのに)
ルディアス様は一体どういうつもりなんだろう?
家出をして、母方の実家は没落してなくなってるから、私のことを平民の娘として扱ってるの?
親がいない孤児のつもりなら、服を贈っても悪くはないだろうけど……施しの一環として。
でも手を差し出してエスコートしようとする姿からは、こちらを貴族令嬢だと思っているようにしか見えない。
「それなら、約束通り町を案内しよう」
この様子からは、実際にどう考えているのかはわからない。
(いや……もしかするとベリータさんが気をまわして、手配したのかもしれないし)
私は一端服のことは忘れて、ルディアス様の差し出した手に、自分の手を重ねる。
「お願いします」
だってようやく、館の外へ出られたのだ。
町も見て回りたい。
これから精霊使いとして生きていくつもりなんだから。
※※※
二日ぶりの外は、晴れていてちょうどいい暖かさだった。
山からの小道をルディアス様と歩いて下った後、すぐにルーフェン町に入る。
先日見た時よりも、中央通りは活気がある。
市が立っている日だったようだ。
まず私が向かったのは、換金ができる店だったのだけど……。
「ダントン商会なら、換金もできる」
とルディアス様が言うので、まっすぐに目的の店へ向かった。
ダントン商会は、立派な灰色の石造りの建物にお店を構えていた。
アイアンサインも精巧で美しいクジャクの意匠だ。
その下に、赤と白の布を下げているので、通りを歩いていてもすぐ目にとまる。
中に入ると、きらびやかな調度品に様々な装飾品や瓶、そして……窓際には植木鉢がいくつも陳列していた。
確かにこれなら、精霊花を扱っていてもおかしくはない。
「いらっしゃいませ。……あ、ルディアス様! お越しいただきありがとうございます」
奥から出てき小太りのころころとした男性が、窮屈そうにお腹を縮めてお辞儀する。
たぶんここの支店長なんだと思う。
着ているベストも、庶民のような中古の服を買ったような着古した感がないから。
「急にすまない。実は、この人の持つ品を換金してもらいたいんだが」
ルディアス様が私を紹介してくれる。
支店長はちらっと私を見て、一瞬で何かを見定めたようだ。
柔和な微笑みを浮かべて私にも一礼してくれる。
「はじめまして、お嬢様。ルーフェン支店長のオットーと申します。お持ちくださったお品を拝見させていただいてよろしいでしょうか?」
「はい、あの、これです」
差し出したのは、母の形見の品の一つだ。
伯爵夫人として持っていた宝飾品のうち、私が隠し持っていた物。
お母様の物については、父はほとんど興味がなかったこともあって、無くなったことにすら気づいていない。
代々の品には手をつけなかったからかもしれないけど。
とはいえこれも、結構いい品だと思う。
大きなルビーを十もあしらい、間にはカットされてきらきらとした水晶の粒を連ねている。
王宮のパーティーにもつけていける物だと、お母様からは聞いていた。
「では、鑑定させていただきます」




