第七話 エリザベスというポンコツ悪役令嬢
「あなたにも何かお礼をあげなくちゃね」
ローテーブルの対面でスイーツを貪っているエリザベスに、カミュエは言った。
休日、公爵家町屋敷の応接間のことである。
お茶請けはチョコレートプリン。
カカオの蟲惑的な香りを活かしつつ甘さは控えめのプリン本体と、添えられたたっぷりのホイップクリームが互いを引き立て合う、カミュエ好みのオトナの味だ。
カミュエが見出したパティシエが、今日も腕を振るってくれた。
ちなみにこのホライゼンの食文化では、調理技法はまだまだ未開のくせに、食材だけは異常にそろっている。
茶葉やコーヒー豆は言うに及ばず、カカオ、スパイス、トマトにジャガイモ、なんでもござれ。盛んに貿易されている。
カミュエにはチグハグなことに思えていたが、これも要するに「乙女ゲーの世界だから」というご都合主義なのだろう。
まあ、おかげで美味しいものが食べられるのだから文句はない。
「スイーツ仲間」も大喜びで、敢えて下品なくらい大きなプリンを用意させたのが正解。ガツガツとスプーンでかっこんでいた。
でもエリザベスは大変現金な性格でもあるので、「お礼」の言葉が聞こえた途端、
「え、ナニナニ!? なんかイイモノくれんのカミュエちゃん!?」
「あなたのゲーム知識が有用なことも確認できたし、今後とも仲良くしたいからね」
これもホライゼンの「付け届け文化」だと、敢えて明け透けに言う。
【アンロマ】ガチ勢であるエリザベスは、カミュエに対してゲームと同じ「悪役令嬢」像を望んでいる節を感じていて、それっぽい言動をしてやると喜ぶからだ。
そして実際、エリザベスに対する評価と感謝は本物。
現在、カミュエの提案を受けて父ダーカンダーク公爵が、ウィリオットを廃嫡させセシルを立太子するよう、宮廷工作を始めている。
様々な有力者を説き伏せる上で、材料は一つでも多い方がいい。それがどんなに些細なものでもだ。
父曰く、セシルが難しい史学試験で満点をとったという評判は――所詮は学校のお遊戯とはいえ――それなり以上の効果を上げているという。
やはり「苦手を克服した」という要素が、一人の人間を見直すきっかけとして印象的なのだ。
カミュエの計算通りであり、またその算式を考案する契機を作ってくれた、エリザベスのゲーム知識の賜物といえよう。
「ストレートに訊くけど、わたくしにプレゼントして欲しいものがある?」
「【風の精霊王の杖】が喉から手が出るほど欲しいですッ」
「あんなものが……?」
「風の精霊王の杖」は、風魔法の使用を補助してくれる魔法媒体の中でも、特に強力で希少とされる一つだ。
普通に宝石とかアクセサリとかねだられると思っていたのに、意外な要求にカミュエは目をしばたたかせた。
でも、すぐにピンと来た。
「ああ。今度はエリィからノウェク先生(婚約者)にプレゼントするのね」
「そ、そ! 【アンロマ】じゃあせっせとバイトして買って、【ノウェク】さまにプレゼントすることで【好感度】が爆増するの! だから前からずっと欲しかったんだ~」
「あんな高価なものがバイトなんかで買えるの……?」
「そこはまあゲームだからご都合主義ってゆーか……」
ゲームでは主人公がいったいどんな闇のバイトに手を染めている解釈なのか、カミュエは想像してちょっと面白かった。
「別にプレゼントするのはやぶさかではないけど、自分で買おうとは考えなかったの?」
ヘルブレイズ伯爵家はダーカンダーク公爵家ほどではないが権門だし、いくら高価なマジックアイテムとはいえ、そんなに必要ならとっくに自前で購入してよさそうなものなのに。
「アテクシ、ご令嬢としての礼儀作法や教養は壊滅的ザマスので、お父様にろくにお小遣いをもらえない弱い立場なのヨヨヨ……」
「まあその口の利き方ではねえ」
口の周りに菓子の食べかすを平気でつけたままのエリザベスに、カミュエは半眼を向ける。
「エリィもイイ歳なのだから、そろそろ改めたらどうかしら? その気があるなら、わたくしがレッスンしてあげるわよ?」
「やめてよカミュエちゃん! ママみたいな口うるさいこと言わないでっ」
「ま、ママっ!? せめてお姉ちゃんでしょ!」
人を育てたい欲がウズウズしてしまったカミュエに、エリザベスが痛いところを衝いてきたので、思わずムキになって言い返してしまう。
カミュエは自分の年齢について、極力考えないようにしていた。
前世では三十歳を迎える直前に過労死し、今世では十七歳。もしそれを合算する勘定なら《自主規制》。
肉体年齢が十七歳なのだから、もう十七ってことでいいではないか!
精神年齢なんて所詮は曖昧なものだ。
IQが高い人は皆、精神年齢が高いのだから、むしろ誉め言葉だ。
だから「ママ」呼ばわりは暴言である。いいわね?
「エリィがそれでいいなら好きになさいな。一生お金に困ってなさいな」
「カミュエちゃん珍しく拗ねてる……?」
怪訝そうになるエリザベスのことを、カミュエはまだ恨みがましく睨めつける。
そして――話題逸らしも兼ねて――以前から気になっていたことを訊ねる。
「この学校のお嬢様にしては珍しく、エリィが宝飾品の類を着けてないのも、お小遣いがないから?」
「……ハイ」
「そういう趣味嗜好じゃなくて?」
「……ハイ」
エリザベスの顔には「宝石なんてあればあるだけ欲しいわ」「他のお嬢様が羨ましいわ」とはっきり書いてあった。
この女、強欲すぎる。
「そういうカミュエちゃんこそ一切、着けてないよね。前から変だと思ってたんだけど」
「わたくしは趣味嗜好で着けてないのだけれど、そんなにおかしいかしら?」
「うん。【アンロマ】じゃあ【カミュエ】ちゃんは、“ダイヤモンドプリンセス”の異名で呼ばれてたんだけど」
「なんて?」
「“ダイヤモンドプリンセス”」
「ダッサ……」
そんなあだ名で呼ばれたら嫌だと本気で思った。
「【ダーカンダーク公爵領】って宝石がどっさり採れるって設定でしょ?」
「設定言わないで。でも確かにそうよ」
「そんでゲームの【カミュエ】ちゃんは、全身にジャラジャラ宝石着けてたから」
「ダサい上に趣味まで悪い……」
自分が悪役令嬢ぶるには、まだまだ研鑽が足りないのではないかとカミュエは思った。もちろんブラックジョークだけど。
「そりゃわたくしだって前世のころは、人並みに宝飾品への憧れはあったけれどね」
しかし公爵令嬢に生まれ変わって、望めばいくらでも手に入るようになると、途端に色褪せたものにしか見えなくなった。
それよりはやはり努力で才能を磨いた人間の輝きの方が、遥かに貴重で美しく、尊いものだと――以前より一層――思えるようになったのだ。
「本当に美しい人間には、宝石なんて虚飾は必要ないの。顔の美醜の問題じゃないわよ? 生き様の話よ?」
「へー」
人が熱心に説明したのに、エリザベスは毛ほども興味なさそうな顔つきになった。
まあ、こいつはこういう女だろう……。
「いいわ。精霊王の杖とは別に、あなたに似合うルビーのブローチもプレゼントしてあげる」
「まぢスか!? カミュエさま一生ついていきますっっっ」
本当に現金な奴。
でも趣味の合うスイーツ仲間としても、ゲーム知識の情報源としても、カミュエの方こそずっと仲良くしていきたい。これくらいお安い御用だ。
「じゃあ今度、用意しておくわ」と自分が言えば、それだけでもうアーサーが気を利かせ、明日には杖とブローチを届けてくれるだろう。
エリザベスもますますご機嫌になって、鼻歌混じりにチョコレートプリンを平らげる。
お代わりも欲しそうだったので、アーサーに目配せして厨房に行かせる。
それを待つ間、エリザベスが新しい話題を振ってきた。
「カミュエちゃんはこの後、どうするの? セシルきゅんを口説くの?」
「口説かないわよ。ゲームじゃあるまいし」
まずは父の宮廷工作により、セシルの立太子を確定させる。
その後で、ウィリオットがカミュエを婚約破棄した責任を王家に追求し、新たにセシルとの婚約を認めさせる。
貴族の結婚は親同士で決めるものであり、本人同士がどうこうするものではなかった。
口説く必要があるのは、家を捨てて本物の恋愛に走る時か、愛人を囲ったり不倫する時だけだ。
ゲームならば特例というかご都合主義で、家を捨てないまま恋愛を謳歌できるのだろうが。
(とにかく今は、セシル殿下がウィリオット以上の英才だと印象付けるために、殿下の評判をもっともっと高める時期よ)
宮廷において父の役割があるように、学校においてはカミュエが果たすべき役割がそれ。
具体的には月末に催される、全校ダンスパーティーを利用しようと考えていた。
パーティーでは毎年、最も優れたペアを教師陣の投票で選び、「キング&クイーン」として表彰する。
カミュエとウィリオットのペアは、中等部二年の時に初めて選ばれ、以来去年も一昨年も獲得している。
ウィリオットは万事に要領がよく、しかもダンスのような派手なお遊びは大好き。だからダンスに関してはちゃんと練習するし、その腕前は本物だった。
カミュエも負けじと特訓してきたし、ウィリオットのペアが務まるくらいの実力はあると、自負している。
とはいえ高等部も参加するダンスパーティーで、まだ中二のころのカミュエたちが最優秀ペアに選ばれたのは、「未来の国王と王妃」に対する教師たちの忖度だったことは疑いない。
(そして今回、セシル殿下がウィリオットを押しのけて、キングに選ばれたら? 同じ中二で初選出でも、ウィリオットより遥かに優れた結果だと、誰もが受け止めることになるわよね)
そして無論、セシルのペアはカミュエ自身が務めるつもりだった。
ウィリオットは確かに手強いが、カミュエ以上の相方を見つけるのは不可能のはず。
なんならウリエラを――ダンス経験があるはずのない平民を――ペアに選ぶ可能性も高いと、カミュエは見ている。
ウリエラとの仲をアピールし、身分違いの恋愛関係をなし崩し的に周囲に認めさせるために、あの男なら恐らくやる。
「【アンロマ】の【ウィリオット・ルート】では、主人公が身分の違いもなんのそので、【ウィリオット】とダンスパーティーのペアを組むイベント? か何かあるんじゃないの?」
「あるよー! 【ウィリオット】さまが他のどんな令嬢よりも主人公を選んでくれて、ダンスなんか全くやったことない主人公をステキにリードしてくれて、しかも他の令嬢どもを嫉妬で歯ぎしりさせる神イベが五月にあるよー!」
(そう。やっぱりね)
だったらウィリオットのような名手相手でも、付け入る隙は大きい。
カミュエとセシルの頑張り次第で、勝算は充分にある。
(投票する先生の中には、古黴た価値観の人も多い。王子が平民と踊るというだけで眉をひそめるでしょうしね)
「カミュエちゃんがなんか悪いこと考えてる~っ」
エリザベスがうれしそうにはしゃいだ。
今は何も演技していないのだが、そんなに悪役令嬢っぽい顔をしていただろうか?
◇◆◇◆◇
セシルとは今後も、定期的に勉強会を開く約束をしていた。
試験も終わり、さすがにもう毎日というわけにはいかない(お互い暇な身分ではない)が、カミュエとしてはテストで良い点を獲るコツなど、まだまだ伝授したいことはたくさんある。
特に史学に関しては、付け焼刃の勉強法しか教えられていない。今セシルを放置すれば、すぐに元の歴史嫌いに戻ってしまうだろう。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、鉄血宰相ビスマルクの言葉。
ホライゼンの未来のためにも、セシルにはぜひ造詣を深めて欲しい。
というわけで休み明けのその日に、試験後初の勉強会を予定していた。
お互いの生徒会の活動が終わる十六時。
セシルの待つ中等部生徒会の応接室へ、カミュエは優雅に足を運ぶ。
部屋のすぐ前に立っていた、第二王子付きの侍従(兼護衛)がドアを開けてくれて、ソファに腰掛けていたセシルへ挨拶する。
「ご機嫌如何かしら、セシル殿下」
「ようこそいらっしゃいました、義姉上」
セシルは王子なのだから、別に座ったままカミュエを迎えてもいい。その場でちょっと立つだけでもいい。これがウィリオットなら絶対そうする。
でもセシルは必ず出入り口の前まで、わざわざ出迎えてくれる。
(心根が紳士なのね)
まだ十四歳の“理想の弟”に、カミュエはいつも感心する。
そして、いつもならカミュエにソファを勧めた後、セシルも対面に腰を下ろすのだが、今日はどうしてか突っ立ったままでいる。
何かあるの? と目で訊ねると、セシルは頬を紅潮させて答えた。
「義姉上のおかげで、試験で実力以上の成果を収めることができました。改めてお礼を申し上げたくっ」
「ふふっ。お礼ならもう何度も言ってもらったわよ?」
試験の結果が張り出されたその日に、この応接室でちゃんと喜びを分かち合ったのだ。
律儀なセシルはその時だって、何度も何度もお礼を口にしてくれた。
なのに、
「い、いえっ。言葉だけではなく、改めて感謝の気持ちを表したくっ」
今日はいきなりそう言い出すや、用意していたらしい小箱を、おずおずと差し出してきた。
それ自体がもう宝物のような、金と銀で精緻に装飾された小箱だ。
「今、開けてもいいかしら?」
「もちろんですっ」
何度もうなずくセシル。愛らしいけれど、王子の所作としてはちょっといただけない。
でもこの場は「姉弟」しかいないのだからと、カミュエも笑って受け流す。
そして小箱を遠慮なく開ける。ただしがっつかず、公爵令嬢に相応しい優雅な手つきで。
中に収められていたのは、大粒のサファイアがあしらわれた金の髪飾りだった。
「私なりに義姉上にお似合いのものを吟味したつもりですっ。もしよろしければ、月末のダンスパーティーで使っていただければとっ」
「ありがとう。そうさせてもらうわね」
正直に言えばカミュエの趣味ではないわけだが、そんなのは些細な問題だった。
透かし彫りにされた金細工がそれはもう見事な髪飾りで、王子といえどこれほどの逸品を手に入れるのに数日要するのは当然で、そこまでしてくれたセシルの気持ちがうれしいのだ。
「着けてくれる?」
「わ、私がですか!?」
「じゃあアーサーに頼もうかしら」
「い、いえっ、やりますっ。お任せください!」
セシルがあせあせとカミュエの後ろに回り、ぎくしゃくと髪飾りを着けてくれる。
王子といえど淑女のエスコートはできなくてはならない(将来、他国の姫を娶るかもしれないのだから)。セシルとてこんなシチュエーションになってもいいよう、幼いころから教育されているはずで、実際着け方も知っている様子なのだが、それにしては緊張しすぎ。
カミュエはクスリとさせられる。
でも事前にちゃんと鏡を用意してくれていたのは、まさに気配りというものだった。
セシルがいそいそと掲げてくれて、カミュエは鏡に映る自分と髪飾りを確認する。
(まあぶっちゃけ今の私、なんでも似合っちゃうのよねえ)
カミェエ・ダーカンダークは幼いころから、「まるで絵に描いたような」完璧な美貌の持ち主だった。
実はゲームのキャラだったと知った今では、納得がいくようないかないような。
でもどんなに派手なものをもらっても、ドレスやアクセサリに負けてしまわないのは役得だと思う。
「お気に召しましたでしょうか?」
「八十点というところね」
「……義姉上は手厳しいです」
「百点にするために、あなたに要望があるのだけれど?」
「は、はいっ。義姉上のためならなんでもしますっ。どうぞ仰ってくださいっ」
カミュエにお願いされるのが、そんなにうれしいのだろうか? セシルは内容も聞かずに、勢い込んで請け負ってくれた。
では遠慮なく、カミュエは要望を言った。
「今度のダンスパーティーで、わたくしとペアを組んで欲しいの。あなただって、自分のダンス相手に自分のプレゼントしたアクセサリを着けてもらってこそ、男冥利というものではなくて? わたくしももらってうれしい、あなたもあげてうれしい、これこそ百点の贈り物だわ」
同じ誘うでも事務的にお願いするのではなくて、思わぬプレゼントのおかげでちょっとオサレな誘い文句にできて、カミュエも満足だった。
後はセシルがいつものように、うなずいてくれるだけで――
「え……?」
「え?」
――よかったのだが、セシルは彫像の如く固まっていた。
どころかサーッと蒼褪めていた。
予想とはまるで違う反応に、カミュエも当惑する。
「もしかして先約があるとか?」
「ち、違いますっ。そんな相手は誓っていません!」
「では運営側に専念したいとか? いくらあなたが模範的な生徒会長とはいえ、そこまで滅私奉公しなくても……」
「わ、私だってそこまで杓子定規ではありませんっ」
では何が問題なのか?
カミュエはさっぱり思いつかず、本人の返事を待った。
「とにかく義姉上のお頼みといえどそれだけはお受けできませんっっっ」
セシルは一息に叫ぶと、そのまま脱兎のごとく応接室を出ていった。
淑女に向かって大声を上げるのも、取り残していくのも、作法としては〇点だ。
まるでセシルらしくない非紳士的行為だ。
(どういうことなの……)
カミュエはしばし呆然となって、開きっ放しになった出入り口を凝視する。
我に返ってからもしばし、頭痛を堪えるように閉じた扇子の先を額に当てる。
「……アーサー」
「失礼いたします、お嬢様」
「ザベ子をウチに呼んで頂戴」
「畏まりました。首根っこを引っつかんで参ります」
◇◆◇◆◇
「【セシル】きゅんはご幼少のみぎりにね、どっかの貴族の令嬢とダンスをしてて、思いきり足を踏んじゃって、大泣きさせたことがあるって設定で、それ以来誰とも踊らないようにしてるの! トラウマになっちゃってるの!」
エリザベスがこれでもかと得意げにゲームの設定を語った。
【アンロマ】話ができるのが、よほどうれしいのだろう。夕食直前にもかかわらずすぐに招きに応じてくれ、アーサーの御す馬車で公爵家町屋敷に駆けつけてくれた。
そんな新しい友人に対し――カミュエは怒りが収まらなかった。
「セシル殿下がダンスにトラウマを持ってるですって!? そんな重要な話、全然してくれなかったじゃないっ。あれだけウンザリするほど殿下の話を垂れ流したのにっっ。わたくしも我慢して聞いたのにっっっ」
「しょーがないじゃん! このアタシが【セシル】きゅんを語り尽くそうと思ったら、三日三晩でも足りないんだしっ。それをたかだか一時間やそこらしかカミュエちゃんは聞いてくれなかったんだからっ。かいつまんだ話になっても当然じゃね?」
「あんたの話はほとんどアンチに対する敵愾心だったでしょうが! その時間でもっと有益な情報をよこしなさいよ!」
「じゃー今度こそ【セシル】きゅんの話、全部聞く? 三日三晩聞く!?」
「お断りだわ!! あんたに三日三晩もつき合ったら絶対頭がおかしくなるっ」
ローテーブルを挟んで、ギャアギャアとわめき合う。
カミュエはこんなに興奮したのは久しぶりだった。
おかげで「あんた」なんて令嬢らしからぬ言葉を使ってしまった。
気を利かせたアーサーが、厨房から冷水(パティシエが氷魔法で冷やした)を持ってきてくれたので、それを一息にあおって頭も冷やす。
「第一あなた、言ってたわよね? 『超絶美男子になった【セシル】きゅん――否、【セシル】さまと舞踏会で踊って周囲のセンボーのマナザシを集めまくる、あの良さがわからんニワカどもとは旨い酒は飲めないですわ!』って。あのゲーム情報もあってわたくしは、ダンスでウィリオットに勝つ作戦を立てたのよ?」
「スッゲーよくそんな一言一句憶えてるね、カミュエちゃん!」
「前世の職業柄よ。褒めても許さないわよ」
一流商社の営業職はとにかく多忙で、いちいちメモをとってる時間が惜しいレベルだった。
最初の直属の上司も、「出世したかったら、聞いたことは一回で憶えろ。上司の言葉でも、取引相手の言葉でもだ」が口癖だった。
パワハラでもなんでもなく事実、出世するためには必要なスキルだったので、必死に習得したものだった。
「で? あの舞踏会の話はなんだったのかしら?」
「アタシの好きな同人誌で読んだ非公式ネタでしたーん」
「だから現実と妄想を混同するのはやめなさいよアホザベス!!」
全く悪びれないエリザベスに、カミュエはまたもキレ散らかしてしまった。
(このアホの言うことを鵜呑みにした、私がバカだったわ……)
頭痛がひどくて、アーサーが給仕してくれたマカロンをヤケ食いしてしまった。
間に挟まれた林檎ジャムの糖分が、スーッと痛みに効く気がした。しないとやってられなかった。
ともあれ――セシルがいきなり逃げ出した原因はわかった。
キレるのはもうおしまいにして、ここからは建設的な話をするべき。
エリザベスを呼び出したのは、決して恨み言をぶつけるためだけではない(理由の一つではある!)。
「ゲーム中にセシル殿下がトラウマを払拭するようなイベントとか、プレイヤーが関与する余地とかはなかったの?」
「それが意外とないんだよね~。開発者は【セシル】きゅんがちょっと不遇なくらいが、ファンにウケるって考えてたフシがある」
「『母性愛と庇護欲がグイングインに刺激される』のだったわね……」
これもエリザベスが以前、吐き散らかした言葉だ。
「でも実際さ~、セシルきゅんがダンスできなくったって別によくね?」
「そうね。セシル殿下に次の国王になってもらうとして、歴史が苦手では困るけれど、ダンスができない程度はご愛敬ね」
「じゃ~他の分野をカミュエちゃんが伸ばしてあげて、ウィリオットさまに勝てばよくね?」
「ダンスができないのが、ただの殿下の苦手意識だったら、わたくしも考え直したわね」
カミュエは自分や他者の才能を磨くのが大好きだが、その価値観の押し付けだけはしないと決めている。
望まぬ相手に努力を強要するのは戒めている。
だけど、今回は話が別だ。
「心の傷なんて、払拭できるものならしてあげたい――違って?」
カミュエにとってセシルはゲームのキャラクターではない。
血肉の通った人間だ。
ウィリオットが婚約破棄をしでかす前から、義弟として接してきた相手だ。
「その方が推せるからといって、不遇のままでいいわけがないのよ」
「それは……そうだね。反省します……」
エリザベスはゲーム脳女だが、ここで非を認められるのは美点だと思った。
「じゃーどうやったらセシルきゅんのトラウマが癒えるか、作戦会議だね!」
「端的に思いつくのが、やっぱり成功体験を積ませてあげることね。わたくしを練習相手に上達すれば、遠からず忘れることができると思うの」
「練習中にカミュエちゃんの足を踏んづけちゃったら、トラウマ再発しない?」
「そうならないよう気をつけるし、考えもある。ただし殿下がレッスンに応じてくれればの話だけれど」
「結局、話はそこに戻るのかー」
「ちなみにエリィだったらこの状況で、どう殿下を練習に誘う?」
一応は【アンロマ】のエキスパートに、何か名案がないか聞いてみる。
「アタシだったら【伝説のつるぎ】とか【騎士道のすゝめ】とか、【セシル】きゅんの【好感度】が爆増するプレゼントをしてダンスに誘います!!」
「却下。殿下のわたくしに対する好感度は既に高い」
「スッゲー自信カッケー!!」
エリザベスが喜ぶだろう「悪役令嬢」像っぽく無駄な謙遜はせずに言うと、釣り堀の雑魚くらい食いついた。
「でも興味深い情報ね。伝説のつるぎに騎士道のすゝめ? それで殿下が喜ぶってことは内心、騎士になりたい願望があるとか?」
「職業的な意味での騎士じゃなくて、【セシル】きゅんは『困っているレディを助けられる、男らしい男』像としての騎士に憧れてるんだよ!」
「なるほど。やはり根が紳士なのね」
今のは良いヒントになった。
おかげで次の作戦も思いついた。
エリィの話は鵜呑みにできなかったり、そのまま使えなかったりするが、やはり彼女の持つゲーム知識自体は有用だと感じた。
(そう。肝要なのはエリィの知識を、私がどう活用するか――)




