第四話 【アンロマ】裏攻略開始
第二王子セシルは、中等部二年の十四歳。
兄と同じ金髪碧眼の、兄と違って天使のような愛らしさを持つ、「まるで絵に描いたような」美少年だ。
次の日の放課後、カミュエはそのセシルに会いに、お隣の中等部校舎に足を運んだ。
セントセレス学園は初・中・高等部それぞれに生徒会が存在し、セシルは現中等部生徒会長。
それも放蕩者の兄王子と違って真面目に、立派に務めている。
だからこの時間に生徒会室へ行けば、必ず会えることはわかっていた。
入室すると、変わっていない内装調度に少し懐かしさを覚えた。
カミュエも一昨年までは中等部の生徒会副会長として、この部屋を使っていたのだ。今同様にバリバリと、事務と指揮を執っていたのだ。
でも懐旧に耽るのは一瞬、
「まあ、カミュエ様だわ!」
「いつ拝見しても凛とした佇まいで、眼福ですこと~」
「中等部生徒会に何か御用だろうか?」
――と、カミュエの来訪に気づいた中等部生徒会の執行部員が、一斉に強い関心を向けてきたからだ。
中等部生徒会は――ウィリオット率いる高等部と違い――書記や会計など役員全員がちゃんとそろって執務机に向き合い、また無役の執行部員も男女が和気藹々と職務に励んでいて、とても良い雰囲気だった。
(会長であるセシル殿下自身が率先垂範しているから、周りもサボったりはできないし、かといって強権で締め付けたりはしていないから、みんな笑顔で励んでいるんでしょうね)
このこと一つとっても、セシルの人柄が伺えるといえよう。
「ようこそいらっしゃいました、カミュエ様!」
またそのセシルが、出入口に立つカミュエの元へ飛んできた。
生徒会長であり何より王子殿下の彼が、直々に出迎えてくれるなど、普通はあり得ない待遇だ。
御用聞きくらい、放っておいても誰かが気を利かせるだろうに。
おかげで副会長の侯爵令嬢が、「殿下お一人にお出迎えをさせるなんて、殿下の体裁があああっ」とばかりの慌てっぷりで、席を立たねばならなかったほど。
(私が未来の義理の姉で、王妃だから、気を使ってくれているのね)
セシルの気遣いがうれしくもあり、また副会長の慌てぶりが微笑ましくもあり、カミュエはクスリとしてしまう。
セシルはまだ十四歳であることを差し引いてもやや背が低く、逆にカミュエは女性としては高い方なので、今のようにヒールを履いているともう見下ろす格好になる。
自然、セシルが上目遣いになる体勢なので、カミュエからすると彼の「天使のように愛らしい容貌」がよけいにでも際立って見える。
そんなセシルがはきはきとした口調というよりは、やや食い気味になって、
「カミュエ様、どうぞこちらのお席へ!」
「ああ、どうかお構いなく、セシル殿下。下校する直前にお時間をいただけないかと思って、それだけお願いに参ったのです」
「時間でしたら今すぐ作りますとも!」
「いいえ、殿下には生徒会のお勤めがあるでしょう? わたくしの用件は少し長引きそうで……できれば時間を気にせず、ゆっくりお話させていただきたいの」
「わ、わかりました。カミュエ様がそう仰せなら!」
セシルは熱心に、何度もうなずいてくれた。
ちょっと大げさというか、王侯貴族の作法としてはいただけない挙措だったが、これまたカミュエとしては見ていて愛くるしかった。
こんな弟が欲しかった的な。
前世では弟が二人いたけれど、どっちもこんなに素直な子ではなかったし、ガサツでバカだったから。
ともあれセシルとの約束も無事とりつけて、その場は早々に立ち去った。
では他でもない第二王子殿下に、カミュエがどんな用があるのかというと――
◇◆◇◆◇
「確認するのだけれど――弟殿下のセシル様もきっと、ゲームの登場キャラよね?」
思い返せば昨日、エリザベスを屋敷へ招いた時のこと。
カミュエのその質問に、ゲーム脳女は凄まじい早口になって答えてくれた。
「そう、“理想の弟”ポジションキャラ――それが【セシル】きゅんだよ! ゲームで登場するのは少し遅くて五月に入ってからで、他にも【ウィリオット】さまたちメインキャラ陣に比べると全体に扱いが悪いんだけど、その不遇さがかえって推せるのっ。母性愛と庇護欲がグイングインに刺激されるのっっっ。実際、【セシル】きゅんはデキのイイ兄王子の陰に隠れて、お城でも貴族社会でも蔑ろにされてるのがコンプレックスっていうキャラで、それを主人公が完璧に導いてあげることで(注:ネットで答えを調べて各ルート分岐ごとに最適解を選ぶだけ)【セシル】きゅんも【ウィリオット】さま超えを目標にみるみる成長していくの! 途中、シナリオの展開で【ウィリオット】さまが病気になって、代わりに【セシル】きゅんが高等部の生徒会長の代役を務めて、【ウィリオット】さま以上の会長っぷりで周囲をこれでもかって見返すっていう神イベが発生した時は、感動で涙が止まらなかったしね!」
「お、おう」
もっと端的に(箇条書きレベルで)教えて欲しかったのだが、あまりに要らない情報の洪水に、カミュエは思わず令嬢らしからぬ相槌を打ってしまった。
しかも一度走り出した暴走列車は止まらない。
「エンディング絵では背も伸びて非の打ち所のないイケメンに成長した御姿を拝謁できるんだけど、そこはネットで『ずっと天使クンのままの方がよかった』って賛否両論で、でもアタシ的に大アリです! 超絶美男子になった【セシル】きゅん――否、【セシル】さまと舞踏会で踊って周囲のセンボーのマナザシを集めまくる、あの良さがわからんニワカどもとは旨い酒は飲めないですわ! そもそもあのニワカどもは【セシル】きゅんへの解像度が低くて――」
「…………」
と、だんだんゲームの【セシル】の話から、【セシル】のアンチへの不満鬱憤罵詈雑言の話になってきて、カミュエはドン引きした。
もうツッコむ気も起きないでいると、エリザベスがずーっとアンチを罵っているので、「もし止めなかったらコイツいつまでしゃべり続けるのかしら?」と楽しくなってきて、本当に止めなかったら本当に一時間以上わめきっ放しだった。
その間、従者のアーサーが気を利かして軽食を持ってきてくれて、カミュエだけ夕飯を済ませてしまった。
「――ってワケなのカミュエさまわかった!?」
「ええ、聞いてたわ(棒)」
しゃべりっ放しで喉がガラガラになったエリザベスに、カミュエは仮面のように貼り付けた笑顔で答えた。
まあアンチの解像度ウンヌンは置いておいて、エリザベスが持つゲームの知識は実際、ありがたかった。
非常に考えさせられた。
閉じた扇子の先を頤に当てながら、
「そう……セシル殿下は、ウィリオットにコンプレックスを抱いていたのね。超えたいという願望を秘めていたのね」
「【セシル】きゅんって生真面目なところがラヴリィ★なんだけど、でもそこが要領の悪さにもつながってるって設定なんだよね! だからポテンシャルを活かしきれてないだけで、主人公さえしっかりリードしてあげれば、どこまでも伸びる“未来の完璧イケメン”ポジなんだよね!」
「確かに生真面目すぎて要領が悪いという点は、思い当たる節があるわね」
カミュエにとっては義理の弟になるはずの相手だったから、セシルとは昔からそれなりに接してきた。
だからそれなりには為人も知っていた。
でも「ウィリオットを超えたい」なんて願望のことは、エリザベスのような特別な情報源を持っていなければ、知り得ることではなかった。
当然だろう。
第二王子が王太子より優れた存在になりたいなどと、まかり間違えば未来の国王に対する謀反を疑われかねない事案だ。
セシルだって愚かな子ではないし、おくびにも出すはずがない。
「でもセシル殿下のその気概は正直、わたくしにとって願ったりだわ」
カミュエはエリザベスの前で、そう言ってほくそ笑んだ。
自覚はなかったが、まさに悪役令嬢そのものの表情であった。
「どゆこと? どゆこと? アタシ気になりますっ」
「わたくしはウィリオットに婚約破棄されてしまった。そのことを王家に責任をとってもらわないといけないの。ダーカンダーク公爵家としては追求しなくてはいけないの。これは処刑エンドの回避どうこう以前の、絶対の前提条件よ」
「フンフンそれで!」
「だけどウィリオットと復縁したいとは思わない。あんな浅はかな男は願い下げ」
「アタシとしてはゲームの【ウィリオット】さまに憧れがあったからフクザツだけど、現実に浮気されたら萎えるよねー。『アリ』か『ナシ』かで言えば『地獄に落ちろ』よねー」
このゲーム脳女はあくまで推しキャラの肩を持つかと思ったが、意外やカミュエに共感と同情をしてくれた。
ゲームと現実の混同をしている部分はあれど、存外ちゃんと「今というリアル」に生きている部分もあるのかもしれなかった。
そのことを確認しつつ、カミュエは己が思惑を打ち明ける。
「だから国王陛下には、ウィリオットに責任をとらせて廃嫡してもらう。
代わりにセシル殿下を王太子にしてもらう。
その上で――わたくしとセシル殿下の婚約を認めてもらうのよ」
聞いたエリザベスは「えっっっ」と目を丸くした。
「兄がダメだったから弟を狙いに行くの!? カミュエさまってば鬼畜~っ。淫獣~っっっ」
「失礼なことを言わないで頂戴」
カミュエはジロリとにらむ。
エリザベスも「ぎゃーゴメンナサイ!!」とすぐに泣いて謝った。
アーサーが「お嬢様への誹謗中傷は許しませんよ?」とばかりに、ナイフを喉元に突きつけていたからだ。
「いい? わたくしたち貴族にとって結婚とは、恋愛ではなくて目的を達するための手段なのよ? だからわたくしはこの国を立て直すために、王妃にならなければならないの。セシル殿下がそんなに将来有望なら、ますます結婚相手として申し分ないという話で、それ以上でも以下でもないの」
「アタシは今でもメンタル日本人だし、【アンロマ】オタクだし、そこまで割り切れないけど……カミュエさまはタフだねえ」
「あなた以外からも『兄を切って弟を選ぶのか』『そこまでして王妃の座を手に入れたいか』ってさんざん陰口を叩かれるでしょうけどね。知ったことではないわ」
カミュエが毅然として断言すると、エリザベスも「か、かっこいい……」と認めてくれた。
「手始めにセシル殿下には、ウィリオットの中等部時代より遥かに優れた成績を収めてもらいましょうか。第二王子の方が優秀だという評判になれば、国王陛下もウィリオットを廃嫡する踏ん切りがつくでしょうしね」
セシルのことは以前から、磨けば光る人物だと思っていた(だからこそ今回の策を思いついたわけで)。
そしてゲームにおいても主人公のリード次第で、とんでもなく成長する余地があるというのだから、カミュエの見る目は間違っていなかったことになる。
これまでは王太子の許嫁という立場から、弟王子に過剰に関わることはできなかった。不義密通を疑われるリスクが高かった。
しかしウィリオットに婚約破棄された今、もはや一切の遠慮はない。
主人公に代わって、カミュエがセシルという王子を磨き抜くのだ。
才能を持ち腐らせているウィリオットとは大違いの、次期国王に相応しい人物へと光り輝かせるのだ。
「ありがとう、エリザベス嬢。ウィリオットに婚約破棄された時は頭痛が止まらなかったけど、おかげで活路が見えたわ」
「エヘヘ、それほどでも~」
「お礼というほどのものではないけど、食べていって頂戴」
カミュエがアーサーに目配せすると、心得た従者はそれだけでこちらの意を酌み、厨房からデザートをとってきてくれる。
ローテーブルに配膳されたそれを見て、エリザベスがこれでもかと瞳を輝かせる。
「こ、これってまままままさか“おアイスクリーム様”っっっ!?」
「そのまさかよ」
「どうやってゲットしたの!? こっちの世界に存在しないでしょ!?」
エリザベスが鼻息荒く訊いてくる。
こちらの世界のデザートといえば、ボソボソした食感の焼き菓子だとか、ハチミツをまぶした揚げパンだとか、そこに季節の果物があしらわれていれば上等だとか、そんなレベル。
現代日本の多種多様なデザートを知る者からすれば、到底物足りない代物。
だからこそエリザベスも「おアイスクリーム様」だなどと表現したわけだが、決して大げさな物言いではなかろう。
そんな期待通りの反応をしてくれて、カミュエは広げた扇子で口元を隠しつつ、フフフとほくそ笑む。
「我が家に奉公してくれているパティシエのお手製よ」
「スゲエエエエエエエ何者!?」
「センスが良い上に、氷魔法の才能まで持っている職人を市井で見つけて、その場でスカウトしたのよ。それからこちらの世界にはないデザートの作り方を一通り覚えてもらって、今ではわたくし好みのものを作ってくれるようになったの」
「そっか、氷魔法が使えるならアイスクリームでもシャーベットでも、作り方さえわかれば作れるよね!」
「魔法の手ほどきもわたくしができるしね」
これもカミュエの性分というか、人材収集癖および育成癖の一環である。
なおデザートの知識は前世の商社務め時代、大手製菓会社相手の営業チームにいたこともあるので、一通り自学していた。
「ああああ夢に見たアイス(クリーム)がもう一度、食べられるなんて!」
「ただのストロベリーアイスでも、ひとしおでしょう?」
「うんっ!! てか前世で食べたのよりずっと美味しい気がするっ。感動が調味料になってるだけかなあ?」
「気のせいではないわ、素材が全然違うから。ミルクは今朝搾り立ての無調整だし、苺だって完熟してから摘んだもの。工場の大量生産品とは比べ物にならないわよ」
夢うつつで頬張るエリザベスを見て、カミュエまでうれしくなってくる。
実はこのアイスクリーム、家人には不評だった。「冷たすぎて舌が麻痺する」とか「頭痛がする」とか散々だった。
人間の味覚は案外保守的で、新しすぎる美味を得てして理解できないものなのである。カミュエだとて「パイナップル味のおでん」とか出されたら、拒否反応を示す自信がある。
魔法を除けば前近代レベルの文明しか持たないこちらの人々に、アイスクリームはまだ早すぎるようだ。
でもエリザベスは当然、違う。
自分が見出し、自分が育てたパティシエがようやく正当に評価されて、鼻が高い。
それに今まではカミュエがどんなに美味しいと思っても、その感動を分かち合う相手がいなかったのが寂しかった。
同好の士を得られない数寄者のように、少し虚しさがあった。
「今日は用意がないけれど、今後もいろいろと食べにいらっしゃいな」
「他にも作れるの!?」
「ええ。マカロンでもムースケーキでもショーソン・オ・ポンムでもなんでもできるわよ」
「食べたああああああああああい!!!!!」
エリザベスがヨダレをダラダラ垂らしながら叫んだ。
お行儀は〇点だが、まあ気持ちはわかる。
というかエリザベスの方こそこれからは、「カミュエ好みの理解者」になってくれるだろう。
くだけて言えば「スイーツ仲間」だ。
「ともあれ今日はアイスを堪能なさいな、エリザベス嬢。わたくしの分もあげるから」
「アザーーーッス! ってか『エリザベス嬢』なんて他人行儀じゃなくて、『エリィ』でいいよ~」
「わかったわ。ではこれからは愛称で呼ばせてもらうわね、『ザベ子』」
「『ザベ子』ってナニィ!?」
「あなたにぴったりの愛称を考えて、天啓の如く思いついたのよ。嫌なら『アホザベス』でもいいけど」
「どっちもヤダーーーーーー! アタシ、前世でも『笑莉依』って名前だったから『エリィ』で呼んでよ~っ。一番しっくり来るから~っ」
「わたくしがしっくりこないのよね……」
カミュエは前世が「永理」だったから、自分で自分の名前を呼んでいるような違和感がある。
とはいえまあ、ここは「スイーツ仲間」の希望に沿うとしようか。
「わたくしのことも呼び捨てでいいわよ、エリィ」
伯爵令嬢が公爵令嬢に対し、貴族社会ではよほど親しい相手以外あり得ないことだが――この礼儀作法も言葉遣いも習得していない同胞を相手に、あまり肩肘を張るのもバカらしかった。
実際カミュエ自身、エリザベスの前ではつい素の口調が出てしまったことが、何度もあったし。
(奇妙な友人ができてしまったわね)
扇子で隠すのも忘れ、苦笑いを禁じえないカミュエだった。




