第四十二話 『終わり』、そして『始まり』
ミクとリリスが――
互いの手を握り合った。
次の瞬間。
眩い閃光が、
爆発するように放たれた。
「——ッ!」
白く焼けつくような光に、
思わず目を閉じる。
そしてその光は、
さらに強くなる。
まるで――
俺たちを包み込んでいた闇そのものを、
根こそぎ引き裂くみたいに。
やがて。
闇は、消えた。
再び視界が戻った時。
俺たちは、現実の魔王城へ戻っていた。
冷たい石床。
崩れた玉座。
空気中に残る、
激しい魔力の余波。
まるで巨大な嵐が通り過ぎた後のような光景だった。
「悠真! ミク先輩! 無事ですか!?」
最初に駆け寄ってきたのはカナだった。
俺は自分の身体を見下ろし、
反射的に軽く叩く。
「た、多分……無事?」
「よかったぁ……」
カナは目に見えて安堵した。
そして。
俺たちは同時に、ミクの方を見る。
彼女はまだ目を閉じたまま。
あの時と同じように、
手を伸ばした姿勢で立っていた。
ただ――
元々茶色だった長髪には。
今、淡く銀色の光が混ざっている。
夜の中に落ちた月光みたいに。
静かで。
けれど確かに、
そこに存在していた。
やがて。
ミクは小さく息を吐き。
ゆっくりと目を開けた。
「ユウマさん……カナちゃん……」
彼女は、ふっと微笑む。
「ただいま」
少し間を置いて。
静かに続けた。
「今度こそ……本当に」
その瞬間。
俺とカナは、ほぼ同時に息を吐いた。
胸の奥にずっと引っかかっていた重石が、
ようやく落ちたみたいだった。
……けれど。
ミクの表情には、まだ完全な安堵はなかった。
彼女は周囲を見回し。
小さく呟く。
「……ルシアは?」
「こっちだ……」
少し離れた場所から、
ヘスティアの声が聞こえた。
振り向くと。
ルシアが、ヘスティアのそばに倒れていた。
呼吸は、今にも途切れそうなくらい弱い。
ミクはすぐに駆け寄る。
ヘスティアはルシアを見下ろしたまま、
静かに言った。
「……さっきの空間を作るのに」
「最後の魔力まで使い切ったらしい」
その声音には、
珍しくわずかな哀しみが滲んでいた。
「魔力が完全に尽きれば……」
「魔族は肉体そのものを維持できない」
「もう……残ってるのは最後の命だけだ」
ミクはゆっくりと、
その場に膝をついた。
ルシアの姿は、
さっきよりさらに痩せ細って見えた。
輪郭すら曖昧になり、
まるで霧みたいに、
今にも消えてしまいそうだった。
「リリス様……」
ルシアは苦しそうに息を吐く。
「最後まで……」
彼女は力なく笑った。
「……失敗、だったのですね……」
「違うよ」
ミクは、そっと彼女の手を握った。
その声は——
驚くくらい、穏やかだった。
「ルシアは、もう十分頑張った」
「今まで……ありがとう」
ルシアの目が、
わずかに見開かれる。
そしてミクは、静かに続けた。
「分かってる」
「ルシアの理想は、本当は――」
「一番憧れていたリリスの手で」
「この世界から争いを無くしたかったんだよね」
彼女はルシアを見つめる。
その眼差しは穏やかだった。
けれど、決して目を逸らさない。
「でも」
「リリスは、その過程で必要になる『犠牲』を」
「背負いきれなかった」
「だからルシアは――」
「自分自身が、その『犠牲』になろうとした」
空気が静まり返る。
崩れた謁見の間には、
風の音だけが残っていた。
ミクの声は静かだった。
けれど、その一言一言は、
はっきりと胸に届く。
「全部、間違えてしまったとしても」
「それはきっと……」
「一人で世界を背負おうとしすぎたからなんだよ」
ルシアの唇が、小さく震えた。
ミクは、淡く微笑む。
「これからは――」
「私たちに任せて」
「ルシアが夢見た世界は」
「私たちが叶えるから」
その瞬間。
俺とカナは、思わず顔を見合わせた。
今、喋っているのは――
ミクなのか。
それともリリスなのか。
もう分からなかった。
ルシアは呆然とミクを見つめる。
次の瞬間。
彼女の瞳から、涙が溢れ落ちた。
「あ……」
何かをようやく手放せたように。
震える声で呟く。
「リリス様……」
「申し訳……ありません……」
「……もういいよ」
ミクは、優しく遮った。
まるで子供を安心させるみたいに。
そっと彼女の手を握り返す。
「お疲れさま」
ルシアの身体から、
ゆっくりと力が抜けていく。
彼女は静かに目を閉じた。
あれほど執念と苦痛に満ちていた表情は。
最後には――
救われたみたいに穏やかだった。
次の瞬間。
彼女の身体が、
淡い光へと変わっていく。
夜空に舞う蛍みたいに。
静かに。
空気へ溶けるように消えていった。
何も残さず。
ミクは、その光景を黙って見つめていた。
長い間、一言も発さずに。
「……ミク」
俺とカナは、ゆっくり近づく。
少しだけ探るように。
少しだけ、不安を抱えながら。
「さっきの言葉……本気なのか?」
俺は一度息を飲み。
そして、一番大事なことを聞いた。
「……今のお前は、一体誰なんだ?」
ミクはゆっくり立ち上がる。
そして、こちらを振り向いた。
その瞳は。
一瞬だけ。
リリスみたいに冷たく静かだった。
けれど次の瞬間。
いつものミクらしい、
悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「……さあ、誰でしょう?」
俺とカナは顔を見合わせ。
そしてようやく、本当に安心した。
——そうだ。
今ここにいるのは。
もう“ミク”だけでも。
“リリス”だけでもない。
二人が、本当の意味で一つになった存在だった。
やがて。
ミクの表情が、真剣なものへ変わる。
「ルシアの理想は」
「私が叶える」
彼女は遠くを見つめた。
「でも」
「私のやり方でね」
「色んなことがあって」
「エルフ王国も、魔界も……」
「みんな、すごく疲れちゃってる」
「前を向く元気を失ってるんだよ」
ミクは大きく息を吸う。
そして。
俺がよく知っている、
あの笑顔を浮かべた。
「だから――」
「みんなを、もう一回元気にしたい!」
俺は嫌な予感を覚えた。
「お前、まさか……」
ミクは力いっぱい頷く。
瞳をキラキラ輝かせながら。
「そう!」
彼女は両手を広げ。
まるで重大プロジェクトを発表するみたいに叫んだ。
「エルフも魔族も!」
「みんな一緒に参加できる超大型ライブをやるの!!」
「…………」
空気が。
一瞬で止まった。
俺。
カナ。
ヘスティア。
三人まとめて固まる。
「……は?」
だがミクは、本気そのものだった。
最初に正気を取り戻したのは、
ヘスティアだった。
額を押さえながら、頭痛を堪える顔で言う。
「……待て」
「そもそも、この世界に“ライブ文化”なんてないぞ?」
「会場、設備、観客整理、ステージ演出……全部ゼロからだぞ?」
「ユウマさん?」
突然ミクに振られた俺は、
乾いた笑いを漏らした。
「まあ……」
「俺はただの映像監督だし」
「大型イベント運営なんて専門外だけど……」
でも。
なぜか。
その光景を想像した瞬間。
少しワクワクしている自分がいた。
そして脳裏に、一人の顔が浮かぶ。
だから俺は、思わず言った。
「……鈴木さん呼べばよくない?」
「……え?」
今度はカナとヘスティアが同時に絶句する。
「お前、正気か?」
ヘスティアは呆れ顔だった。
「鈴木は有能だろうが、
ただの普通の人間だぞ!?」
カナも全力で頷く。
「……絶対気絶しますよ」
でも俺は笑った。
「芸能マネージャーを甘く見ない方がいい」
「そもそも、あの業界自体が異世界みたいなもんだからな」
俺は肩をすくめる。
「しかも——」
「自分の事務所のトップアイドルが、
実は異世界出身だったって知ったら」
「鈴木さん、絶対目を輝かせて“人材発掘”し始めるぞ」
一度言葉を切り。
俺はニヤッと笑った。
「マネージャーの一番怖いところ知ってるか?」
「危機管理能力じゃない」
「“売れる匂い”を嗅ぎつけた時——」
「彼らは異世界だろうが地獄だろうが突っ込んでいく。」
「さすがユウマさん!」
ミクが楽しそうに拍手する。
瞳はもう、
ステージ照明みたいにキラキラしていた。
ヘスティアは俺たちを見つめ。
数秒沈黙した後。
呆れたようにため息をつく。
……けれど、その後で笑った。
「……私は今まで、魔族が一番頭おかしいと思ってた」
「でも人間の方がもっと狂ってるな」
「まあ、それは同感です」
カナも苦笑いしながら頷く。
だがミクは、すでに完全に企画モードへ突入していた。
彼女はいきなりヘスティアとカナの手を掴む。
「じゃあ決定ね!」
「異世界横断、史上初の超種族ユニット『新生ミクララ』、ここに結成だよ!!!」
「魔王×王女×サキュバス!!」
「三人でステージデビュー!!」
「さらにユウマさんと鈴木さんが裏方サポート!」
「このライブ——」
「絶対成功させるから!!」
「え?」
ヘスティアとカナの表情が同時に固まった。
「……待ってください」
カナが不安そうに聞く。
「私たちもステージに立つって、どういう意味ですか?」
「ヘスティアはエルフ王女だし、芸能人でもあるでしょ?」
ミクは当然みたいに答える。
「だからエルフ代表として出演!」
「カナは魔族代表!」
「しかもアイドルユニットなら——」
「三人組の方が映えるでしょ!」
「どんな理論だそれは……」
ヘスティアはまだ抵抗していた。
そして俺は。
笑いを堪えながら、二人の肩に手を回す。
「いや、でも超いい案だと思うぞ?」
俺は悪い顔で笑った。
「これは魔界とエルフ王国の歴史的イベントなんだ」
「お前らだけ観客側ってわけにはいかないだろ?」
俺は二人を見る。
ニヤニヤしながら。
「諦めろ」
「一緒に派手に暴れようぜ!」
「……それに」
俺はヘスティアだけを見て、付け加えた。
「このライブが成功すれば——」
「魔界とエルフ王国の戦争危機は消える」
「そうなれば……」
「王位継承を急いで結婚で解決する必要も、
なくなるんじゃないか?」
ヘスティアの動きが、一瞬止まった。
彼女は俺を見る。
何かを計算するように、少し沈黙した後。
「……まあ」
わずかに目を逸らす。
「ユウマ……」
ヘスティアが、俺の肩に置かれた手を握った。
笑顔が。
妙に優しい。
「お前の言葉……とても説得力があるな」
彼女はカナへ視線を送る。
カナも満面の笑みで頷いた。
「ですね」
「決まった以上——」
「すぐ行動に移すべきです」
次の瞬間。
二人同時に、俺の手を強く掴む。
猛烈に嫌な予感がした。
「ま、待っ——」
「そうそう、ちょっと待って!」
ミクが小走りで近づいてくる。
止めてくれるのかと思った。
だが。
彼女は満面の笑みだった。
「新生ミクララ最初の“リハーサル公演”だよ!?」
「派手にやらなきゃ!!」
「……どういう意味だ?」
ミクは答えない。
ただ楽しそうに、掌へ虹色の魔力球を作り出す。
ヘスティアとカナはそれを見て。
一瞬で“理解した”笑顔になった。
そして次の瞬間——
「お、お前ら待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
俺は左右から持ち上げられ。
超高速で空へ打ち上げられた。
速すぎて悲鳴すらワンテンポ遅れる。
夜空の中。
ヘスティアとカナは、
俺を抱えたまま高速旋回。
完全に異世界アクロバット飛行ショーだった。
そして俺の魂が抜けかけた頃。
ふと下を見ると。
ミクが手を掲げていた。
虹色の魔力球が——
俺たちの飛行ルートへ、正確に撃ち込まれる。
次の瞬間。
ドォォンッ!!!
夜空に、巨大な花火が咲いた。
色とりどりの光が。
魔界の空を鮮やかに染め上げる。
「うわぁぁぁ!! 当たる!! 本当に死ぬぅぅぅ!!」
俺は全力で絶叫した。
その横で。
いつの間にかミクも飛んできている。
しかも、めちゃくちゃ楽しそうだ。
「大丈夫だってー!」
「ふふっ」
ヘスティアも珍しく笑う。
「これで開幕花火と空中演出は完成だな」
カナも笑顔で続ける。
「じゃあ次は人間界に戻って——」
「ミクララ初の魔界ライブ準備ですね!」
「よぉぉし!!」
俺も徐々にこの速度に慣れ始めていた。
いや、なんかテンションまで上がってきた。
「もっとだ!!」
「さらに飛ばせぇぇぇ!!」
「全速力で帰って——」
「ライブ準備するぞぉぉぉ!!」
「おおーー!!」
次の瞬間。
俺たち四人は、一筋の流星となって。
魔界とエルフ王国の夜空を駆け抜けた。
その先頭を飛ぶミクが、振り返る。
最高に楽しそうな笑顔で。
「もっと速く! ユウマさん!」
そして俺は。
もう限界寸前なのに、
意地だけで叫び返した。
「——おう!! もっと来いぃぃぃ——あああああああああ!!!」
その日以降。
異世界には、こんな奇妙な伝説が残った。
曰く。
あの史上初の超大型ライブ前夜。
夜空には。
花火だけではなく——
悲鳴を上げながら飛ぶ流星も現れたのだと。
—終わりー
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
悠真、ミク、カナ、ヘスティアたちの物語は、
これにて完結となります。
本作は、自分にとって初めての長編作品であり、
初めて最後まで書き切った物語でもありました。
執筆を通して、多くのことを学び、
次の作品を書くための大きな経験になったと思います。
もし楽しんでいただけましたら、
評価や感想などいただけると励みになります。
また、次回作にも興味を持っていただけましたら、
ぜひフォローしていただけると嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




