第二十五話 元カノ(わたくし)を「関係者以外」で済ませられるとでも、思っているのかしら?
「ヘスティア! 何してるのよこんな所で!」
鈴木が小走りでこちらにやってくる。
そして目の前の光景を見た瞬間、
露骨に顔色が変わった。
「ちょっとヘスティア!」
慌てた声で言う。
「あなた、騒がないって約束したでしょ?
藤原に会いたいって言うから、
私が連れてきたのよ!」
廊下の奥を指さす。
「こっちはまだ撮影中なんだから!」
その声にかぶさるように――
別の声が飛んできた。
「監督! 何かあったんですか!?」
ミクだった。
慌てて走ってくる。
その後ろには、
カメラマンの姿もある。
ヘスティアは鈴木を見て、
さらに後ろの人影を確認すると――
「……チッ」
小さく舌打ちして、
ようやく手を離した。
「本当にすみません、藤原監督」
鈴木は頭を下げる。
「ヘスティアが急に来日して、
強引に連れてきちゃったんです」
困ったように笑う。
「まあ、いずれ会うことになるとは思ってましたけどね」
そして、ちらりとヘスティアを見た。
「もうちょっと、
タイミング考えてほしかったんですけど」
俺は思わず吹き出しそうになった。
……飛行機?
もし本当に飛行機で来てるなら、
この世界はかなり平和なファンタジーだ。
その横で。
ミクがじっとヘスティアを観察していた。
眉を寄せている。
なんとも言えない顔だった。
どう見ても――
「普通の人間じゃない」
そう感じ取っている表情だ。
「……大丈夫です」
俺は乱れた襟元を軽く整えた。
「ちょっと俺が熱くなっただけです」
それから視線をヘスティアに向ける。
「ヘスティアさん」
わざと、そこを強調した。
「ですが、こちらはまだ撮影中です」
外を指す。
「関係者以外は、外で待っていてください」
その一言に――
ヘスティアの瞳が、
ほんの一瞬だけ揺れた。
まるで、
何かを言いかけて飲み込んだように。
だが次の瞬間には、
何事もなかったかのように微笑みを浮かべる。
「関係者以外?」
ヘスティアが小さく笑った。
冷たい笑みだった。
「藤原監督」
腕を組む。
その顔には、
妙な余裕が浮かんでいる。
「残念だけど」
「私は“関係者”よ」
「今回、日本に戻ってきたついでに」
「鈴木の事務所と、改めて契約したの」
さらりと言う。
「それと、CMも一本」
そして、ゆっくり俺を見た。
「制作チームは――」
「あなたの会社を指名したわ」
「……は?」
思わず声が出た。
「指名って……」
「ちょっと待て」
「俺、そんな仕事受けるなんて聞いてないぞ?」
ヘスティアは眉を上げる。
「そう?」
涼しい顔だ。
「でも」
「その会社、
あなたの個人事務所じゃないでしょう?」
言われて、言葉に詰まる。
そのとき。
背後から、
カナがそっと耳打ちしてきた。
「悠真……」
小声だった。
「実は今朝、あなたが来る前に……」
「社長がもう即答で受けちゃって」
俺のこめかみがぴくっと動く。
カナはさらに小さな声で続貴方
「私、一応……」
「スケジュールが厳しいって言ったんだけど」
少し間を置く。
そして、ものすごく言いづらそうに言った。
「……ギャラが」
「ちょっと、桁違いで」
俺は目を閉じた。
深く息を吸う。
ゆっくり吐く。
――そのとき。
「藤原監督」
鈴木が一歩前に出る。
「これはチャンスですよ?」
視線でヘスティアを示しながら続ける。
「今のタイミングでこの案件、
普通は取れません」
……。
俺はヘスティアを見た。
次に、鈴木を見る。
顔には――
完璧な、職業人の笑顔。
いわゆる。
皮肉百分率の、営業スマイル。
心の中に浮かんだ感想は、たった一つだった。
――男の意地とか、プライドとか。
そんなものは。
資本の前では、驚くほど脆い。




