第39話「全てを失って……」
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「…………にゃろぉ〜」
舐めていた。
はっきり言おう。俺は舐めていた。
この強オークの力量。スペック。……単純にステータスとスキルを確認しただけでは測り切れないものだった。それを俺は見切れなかった。
認めよう。こいつは強い。おかげで多くの仲間を失った。
「それがわかっただけでも御の字か」
認識不足。戦力の大幅な減少。
しかし、問題は無い。何故なら俺が生きているから。
どれだけ計算ミスが起きようと、どれだけ味方を失おうと、俺さえ無事なら問題は無い。
それが『自己中心主義』を掲げる者のあり方だ。
そして、ここから俺がすべき行動は一つ。
(どうにかしてこの場を逃げる。……ということだ)
俺は、あの屋上戦からLVを上げて多くの仲間を手に入れた。しかし、それでもまだ強オークには及ばなかった。
ならば逃げるしかない。あらゆる者を犠牲にしてでも自己を優先してこその自己中。
「聞け〜いみんな!! たった今、俺に名案が思いついた!! 全員、時間を稼ぐため強オークに突っ込めっ!! 一時も攻めの手を休めるなぁ!!」
『オオーーー!!』
魔物達の雄叫びが上がる。直後、仲間達は再び肉団子となった強オークに向けて前進した。
……俺に名案など無い。
彼奴らには俺を逃すため、人柱になってもらう。
これで強オークから逃亡するのは二回目だ。全く、嫌になるぜ。
(アーサーと猪八戒はどうしよう? まだ女子更衣室で戦っているはずだけど…………まあ良いか)
女子更衣室まで移動する間に、強オークに追いつかれる可能性がある以上、見捨てていくしかない。
それに魔物使役があれば、また幾らでも仲間を増やせるからな。彼奴らにこだわる必要は無い。
そうと決まれば急ごう。少しでもここから離れなければ。
「えっほ。えっほ。……よしよし。追いかけてこないな」
少し後ろを振り向くと、強オークは仲間達と戦っていた。強オークの肉団子フォルムは見た目通り動作の融通が効かないようで、動きが鈍り仲間達を攻めあぐねている様子だ。
これなら、上手く逃げきれそうだ。良かった良かった。
「じゃ。然らばだみんな」
俺はそう一言かけて、真っ直ぐ体育館の外へと走り去った。
もう、後ろを振り返る必要はない。
*****
全てを失った。
……という程無くしてもいないな。モンスターマスターの力も使えるし、防御役のスラタロウは懐に隠れている。
それでも多くの仲間を失ったことには変わりないので、またスナッチして増やす必要があるけど。
「うーん。魔物が居ないぞ〜」
強オークから逃れるため体育館を脱出した後、俺は校庭へとやってきていた。ここならまだ魔物やゾンビが残っていると考えたからだ。
少しでも戦力を補充したいと思ったのに、どこを向いても全く見当たりやしない。
「もしかして全滅? 俺がスナッチし過ぎちゃったのか?」
そうなると、今晩は見張り無しで夜を過ごさなければならない。こんな世界になってしまった以上、せめて眠る間くらい守ってくれる味方が欲しかったのだが。
……現在時刻は十九時半。もうまもなく太陽が隠れようとしている。
夜間の外出は危険なため、一刻も早く安全な寝床を探さねば。
「いや、それよりも腹が減った。どこかで食料を手に入れないと」
昼頃からずっと動きっぱなしだったのだ。普段、運動などしないこともありすっかり腹ペコである。
結局、リリーの居所は分からずじまいなので拠点には戻れない。あそこには、食堂で手に入れた食料が沢山あるというのに。
「待てよ。まだ食堂に何か残っているかも知れないぞ」
コトノハさんも、流石に食堂にある全ての食料を獲ってきたとは考え難い。三葉坂高校には、千人の生徒が在学しているのだから、用意している食材は相当な数のはずだ。
俺は、食料確保のために食堂へと向かうことにした。
正直、問題は山積みだが、まずは食わねばやっていられない。
「…………そこの貴方」
「えっ?」
突然、背後から声を掛けられた。
魔物の鳴き声ではない。間違いなく人間の声だった。
しかし、あり得ないことだ。俺はつい先程、この周辺の何処にも誰も居ないことを確認したのだから。
恐る恐る後ろを振り向いてみると、そこに立っていたのは金髪の女性だった。
日本人ではない。顔立ちは、明らかにアジア系のものとは異なる。
そして、目も覚める程の美女だ。
長身で色白、肌は餅のように柔らかそうできめ細かい。スリットの入ったドレスから覗く長い脚は見てて扇情的だし、男なら彼女の容姿を見て皆惚れ惚れとすることだろう。
俺も、こんな状況でなかったら鼻の下の一つでも伸ばしていたかも知れない。
(まあ、そんな呑気なことを思っている場合じゃないけど)
滅んだ世界。魔物などの異形が徘徊し、不思議な力を宿す人間が現れるそんな無法地帯に突如現れた謎の美女。
シチュエーションとしてこの上なく怪しい。
問題なのは、彼女が俺に対して友好的か否かということである。
……何にしても、目を合わせてしまった以上無視は出来ない。
「どうしましたか? 俺に何か御用で?」
俺は、出来るだけ当たり障りのない返事をする。
まるで何気ない休日に、一人街を歩いていたら突然話しかけられたかのように、普通な態度で。
そうすると、美女は言う。
「いえ。たいした御用はありませんの。……ただ、貴方凄く困っているようでしたので」
「困っている? ええ、まあ。こんな状況ですからね。少なからず困っている状況ではありますが」
「例えば?」
「……え?」
「貴方は、一体何に困っていらっしゃるのかしら? それをお聞きしたいわ」
……何言ってるんだこの人?
彼女の意図はまるで読めない。取り敢えず、思ったことを口に出して行けば良いのだろうか?
「そうですね。まず、衣食住。特に安全で寛げる場所が欲しいです」
「なるほど」
「出来ることなら、家族の安否も確認したいところですかね。皆、俺よりも優秀な者ばかりなのであまり心配はしていませんが」
「そうですか。…………で、それだけですか?」
「思いつく限りは、そのくらいです」
今日の昼間まで当たり前にあった生活・日常。
その大切さを俺はよく理解している。だから俺が為すべき行動は、それを如何にして取り戻すかだ。
俺がそう考えていると、美女はふと何か思い込むような素振りを見えた。
「……うーん、これは少し予想外ですね。もっと強欲な方だと思っていましたのに」
「はい?」
「いえいえ、こちらの話です。その程度の願いでしたら、私が手を貸すまでもありませんわ。貴方に目覚めた力、『モンスターマスター』さえあれば如何様にも解決出来ることですから」
「何故、俺の力のことを?」
「うふふっ。それは秘密です」
美女は、悪戯っぽく微笑んだ。
……男泣かせな性格してそうだな。まあ、この人も何らかのスキル保有者なのだろう。
「素性を話したくないなら聞きません。そのくらいの配慮は出来るつもりです」
「あら。紳士的な方ですのね」
「しかし、俺の力だけで解決出来ると言いますが現状厳しいですよ? ビックリするくらい巨大化するオークが居るし、その他にも羽の生えた少女や魔物の大群。これらの問題を片付けようと数時間働きましたが、結局未解決なままです」
オークも羽の少女も強いし、魔物の大群はスナッチ出来ても次から次へと湧いて出やがる。
学校の敷地内だけでもこれなのだ。街へ向かったらこれ以上の障害が出て来ても何ら可笑しくないこの状況下で、平穏な日常を取り戻せるには時間が掛かるように思える。
少なくとも、今すぐには無理だな。俺も疲れたし。もう働きたくない。
「……二階堂翼様、でしたね?」
「俺、名乗っていませんよね?」
何で知っているんだよこの人。
まあ、名前くらい別に知られて構わないけど。
「貴方は、まだモンスターマスターの力を使い熟せていません。その力の正しき方法を知れば、貴方は指先一つ動かすことなく多くの望みを叶えられるのです」
「……ほう。それは興味をそそりますね」
楽して大金を稼げます、ってくらい興味をそそる話だ。
胡散臭さは倍増しだけど。
「それが出来ればこの上なく有り難いです。是非、その方法を教えてくれませんか?」
情報はあるだけ欲しい。
それが例え胡散臭い与太話だったとしても、そこから導き出される答えが出てくるかも知れないからだ。
すると、美女は微笑んだ。
「勿論、お教えしますわ。貴方様のためですもの。さあ、こちらにいらしてください」
「……………………」
美女は、笑顔を浮かべて俺を招き入れるように両手を差し出す。
その笑顔は一切の邪気が感じられない。見ているだけで心洗われてくる。
凄く胡散臭いけど。
(何アレ? ハニートラップ? 俺を接近させてどうするつもりだ?)
「……? どうかなさいましたか?」
「知らない人に近づいてはダメと言い聞かされましたので」
あまりにも怪しかったので、少々語彙を強めてしまった。警戒されていると勘付かれただろうか?
俺の反応を受けて、美女は少し怪訝な表情を浮かべた。
しかしすぐに笑顔に戻ると、彼女はこう口にした。
「ああ、この地にはそういう風習があるのですか。でしたら、私が近づけば良いのかしら?」
瞬間、美女の顔が俺の間近に迫っていた。
「なっ!?」
思わず驚愕の声を漏らしてしまう。
先程まで、俺と美女との距離は約四メートル。それが、瞬きよりも短い時間で彼女が接近していたのだ。
速いとかどうとかの話ではない。まるで時間でも止められていたのかのように、気が付いたら彼女の体が自分のすぐ側まで来ていた。
俺はあまりのこと驚いていると、その隙をついて、美女は徐に俺の頰を撫で出す。
「……へぇ。思ったより可愛い顔をしていますのね」
「…………どうも」
容姿を褒められるなど、お世辞で言われる時くらいだ。
つまりこれもお世辞なのだろう。
しかし、俺としては『可愛い』より『格好良い』と言われたいものだ。可愛いって、男を褒める台詞として微妙に不適切な感じだし。……これ、気にしているの俺だけかな?
「あの『モンスターマスター』の会得者がどんな方になるか気になってはいましたが……人は見た目によらないということかしら?」
「何の話です?」
「こちらの話ですわ。さあ、耳を貸して」
そう言って美女は、そっと俺の耳に口元を近づける。
不意に、甘く優しい香りが漂ってきた。美女というのは、匂いにもこだわるらしく、香水などを付けているのだろう。知らんけど。
そして、美女は俺にモンスターマスターの力の使い方を説明し出す。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
説明を終えると、美女は俺から離れた。
「はぁ〜。そんな単純な話だったんですか〜」
「はい。これで貴方はオークも、羽の少女も敵ではありませんわ」
美女はそう断言してくれる。
まあ、聞いた感じそんな難しい話ではなかった。寧ろ、何故今まで思い付かなかったのかと不思議に思うくらいだ。
彼女の話が本当かどうかはこれから試す必要はあるが。それは、おいおいタイミングを見てからにするとしよう。
「貴重な情報、教えてくれてありがとうございます」
「構いませんわ。他ならぬ貴方を思ってのことですから」
「……初対面、ですよね? 俺と貴女」
「ええ。でも、貴方にはこれからも生き抜いて戴きたので。こんなところで死なれたら困りますもの」
「それはそれは」
意味がわからん。
……しかし、俺は何となく予感がしていた。
この人は、多分俺のことを心配してサポートしてくれているんじゃない。
「ちょっとお尋ねしたいんですけど」
「何でしょうか?」
「貴女って…………悪い人ですよね?」
はっきり言ってこれ以上なく失礼な発言。
そんな一言を俺は、目の前の美女に向けて容赦なく放った。
そして、美女の返しはこうだ。
「はい」
迷うことのない、真っ直ぐな返事
その返事を聞き、俺の心の中にあったモヤモヤが晴れていく。
「おー! そうですかそうですか! やっぱりなぁ〜! そうじゃないかと思っていたんですよ〜!」
俺は、久しぶりに旧友と会えたような爽やかな気持ちになった。顔に笑みが浮かび、声が弾む。疲れた体もどこ吹く風という感じだ。
「見た瞬間からさぁ〜。そうなんじゃないかと思っていたんですよね〜。貴女もそうなんじゃないかって!」
「……ほぅ。私のこと、どう見えましたか?」
「悪い人だって、思ったんですよ! それもただの悪い人ではない。『自分のことを悪だと言える覚悟がある人』です!」
「…………」
この世界に、自分を悪だと認める者がどれだけ居るだろうか?
俺が知っているだけでも数人も居ない。何故なら大抵の人物は、自分のことを『正義』だと思いたがるからだ。
ルールを破ろうが、罪を犯そうが、人を殺そうが、刑務所に行こうが。
どんな悪を遂行しても悪と認めない。そういう奴らばかりなんだ。
しかし、この美女は違う。
「自己紹介が遅れましたね! 初めまして、俺は二階堂翼!」
俺は美女に手を差し出した。
美女は、その手を躊躇することなく握り返す。
「これは御丁寧。私のことは『クイーン』と呼んでください」
「どうもどうもクイーンさん! お会い出来て光栄です!」
「……随分、打ち解けてくださいましたね。正直、驚いています」
「まあ、俺だけの感性と言いますか。とにかく、俺は貴女を気に入りました!」
普通の奴らは理解できないことかも知れない。
しかし、俺にとっては滅多にないのだ。『同族』と巡り会える機会は。
この人も、俺と同じく誇り高き『悪の道』を行く者ならば。
だってそれは、俺にとって初めての『友人』であると言っても過言ではない!
「お友達になりましょうクイーンさん!」
「ええ、喜んで。…………何というか、予想外の展開になってきましたわね」
そう呟いて、クイーンさんが困ったような表情を浮かべる。
美女は、困った表情も素敵だな。と、俺は率直にそう思った。
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