第40話「食堂へ」
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幼い頃、両親を失ってから私の人生は変わった。
両親の死後、私は殆ど付き合いのなかった親戚の家に預けられた。しかし、半ば強引に押しつけられた私という存在は、彼らにとっては疫病神以外の何者でもなかったらしく、私はあの家で数年間、腫れ物のように扱われた。
中学校ではクラスメイトからのいじめに遭い、三年間地獄のような日々を過ごした。
それから高校受験をする年齢になると、親戚達は私を追い出すように一人暮らしを勧めてきた。私自身、あの家には居辛かったのでその話に特に反対することもなく、中学卒業後アパートを借りて暮らし始めた。それ以来、あの人達とは顔すら合わせていない。
いじめをしてきたクラスメイトから逃げるように、遠くの高校に入学して、知り合いのいない一人きりの学校生活が始まった。いや、最初から友達と呼べる人など私にはいなかったのだけれど。
私は孤独だった。
毎日死ぬことばかり考えていた。
生きていても何も希望が持てず、人生を無駄に消費する日々に、ウンザリしていた。
ある日の休憩時間。
人集りから避けるため校舎を歩いていると、私は偶然屋上の扉の鍵を見つけた。
好奇心で、屋上の中へと入ってみると、そこは風がとても強くて、とても高い場所だった。
屋上の端へ立ち、下を覗いてみると、沢山の生徒達で賑わっていた。
それと同時に、こんな考えが脳裏を過ぎった。
『……ここから飛び降りれば死ねるのではないか?』と。
あと一歩。あと一歩踏み出せば楽になれる。……そんな考えで心がいっぱいになった。
私は、大きな期待と戸惑いが渦巻くのを感じて、しばらくその場に立ち惚けていた。
しかし結局、その日の私は飛び降りることなく、屋上を去った。
それから、私は毎日昼休憩になるとここへ訪れるようになった。いつか、いつか飛び降りてみようと思って。楽になろうと思って。
でも、駄目だった。どうしても、最後の一歩を踏み出すことが出来なかった。
理由は何故か、私にもわからない。
この世界に、人生に、希望なんてもう無いというのに。
学校に来ては屋上を訪れて何もせず帰る。そんな日々を、私は数十日過ごした。
何も変化のない無駄過ぎる時間だとはわかっていた。
転機が訪れたのは、なんてことのない平日だった。
突如、世界が滅んだのだ。
*****
「……また料理作るんですか?」
「うむ」
「……さっき食べましたよね?」
「そうだな」
「……何かリクエストとかは?」
「任せる」
「……わかりました」
取り敢えず厨房に立つ。
食材は、まだまだ残っているので作るには問題ないだろう。しかし、何を料理したら……。
……カレーの材料を見つけた。今晩はこれにしよう。
「みー」
「手伝ってくれるの? じゃあ、皮剥きをお願い」
リリーに包丁を渡すのに躊躇いがあったので代わりにピーラーを渡す。やり方を教えると、リリーは慣れない手付きながらも真剣に野菜の皮を剥き始めた。
私も、残りの野菜を包丁で皮剥きしていく。
調理中。私達の中で沈黙が流れていった。
「…………」
「…………」
「…………あ、あの。ありがとうございます。おかげで助かりました」
「気にすることはない。俺もお前には一度助けられた。今回は、その借りを返しただけに過ぎない」
フードの大男は、ぶっきら棒にそう答える。
あの戦いの後、傷付いたリリーを彼は介抱してくれた。
安全な場所へ移動させる必要があったので、校舎を離れて食堂へ。その後、彼が薬?のようなものを飲ませると、あれだけ弱っていたのが信じられないくらいリリーは元気になった。
彼曰く、『回復アイテム』というものらしい。凄くゲームっぽい感じの名前だ。
そんなものが存在するなんて信じられないけど、私達の日常は魔物という生き物が現れて以来、色んなことが可笑しくなっている。そう考えれば『回復アイテム』があるのも不思議ではないのかも知れない。
「そこのスパイダーガールが戦ったモンスター。インセクトキッズは、このエリアを指揮している長だ。ランク☆☆☆☆程度ではあるが、強力なスキルや各種アイテムを所持している。倒すのは難しい相手だ。何故戦った?」
「え、えっと。私にもよく……」
あの時、リリーは弾かれるように屋上へ向かって魔物と戦い始めた。
その理由は、未だに分かっていない。
ふとリリーの方を振り向くと、まだ頑張って皮剥きをしているところだった。所々、剥けてない箇所や逆に剥き過ぎで歪な形になっていたりしているけど、初めてにしては良く出来ていると思う。
私は、リリーが剥いた野菜を手に取り、少し状態を整えてから包丁でカット。
続いて、鍋に火を付けてお肉やタマネギなどを炒めていく。
そして水を入れてしばらく煮込む。
「リリー。何で屋上へ行ったりしたの?」
「みー」
「えっ。『屋上に強い魔物の気配がしたから倒そうとした』? な、何でそんなこと……」
「みー」
「……『私を護りたかった』? って、ええっ!?」
驚きだった。
リリーがあれだけ命を張っていたのは、私のためだったらしいのだ。
どうして……リリーが私を護る理由なんてないはずなのに。
「…………まあ良い。命の使い方など当人の自由だ。俺がとやかく言う資格は元より無い」
「そ、そういう問題ですか?」
「それよりも聞きたいことがある。お前、これからどうするつもりだ?」
「……どう、とは?」
「言葉通りだ。この場にとどまるのか、それとも何処かへ向かうのかを尋ねている」
以前にも似たようなことを尋ねられた気がする。
こんな世界になってしまった以上、生き抜くためには色々とやるべきことがあるのだろう。
……しかし、あまりやる気には慣れなかった。生きることについて。
元々、死にたいと思っていたのだから、今この瞬間に軽はずみで死んでも別に構わないと思っている。
……でも。
「みー」
「うん、ありがとうリリー。…………そうですね。取り敢えず、安全な場所を探そうと思います」
リリー。
この子まで命の危険に晒すのは間違っている。せめて、この子の身が保障されるまで私が付いていかないと。
(そのためには、この場に居続ける訳にはいかないよね)
一応の拠点にと思っていた茶道室は、校舎の崩壊でだいぶ危ない状態になっている。長居は出来ない。
それに、この校内は魔物だらけだ。見つかって襲われる危険性はある。
やっぱり避難するなら人が大勢居て助けが多い場所が望ましいだろう。
「そうか。しかしモンスターだらけのこの世界だ。今のお前達が外で動くのは危うい。不本意かも知れないが、しばらくは奴の力を借りると良い」
そう言って彼は、席を立った。
カレーの鍋は既にぐつぐつと煮立ってきている。もうすぐ完成しそうだ。
「ど、何処か行くんですか?」
「ああ」
「でも、カレーが……」
「今、奴に接触する訳にはいかない。悪いが、そのカレーという料理はまた今度食べさせてくれ」
フードの大男は、食堂の扉を開いて外へ出て行ってしまった。
雰囲気といい、言動といい、よく分からない人だ。
「……どうしよう」
「みー」
「そ、そうだね。折角だしカレー、食べようか」
あれから時間が経って、もう晩ご飯の時間だ。
気付けばお腹も空いていた。私達も食事を済ますとしよう。
予め炊いておいたご飯、そしてカレーを器に盛り付けていく。
先に席へ座っていたリリーの前にカレーを並べ、私もその正面の席に座る。
すると。
「あれあれー? なんか良い匂いがするぞー?」
再び食堂の扉が開き、外から誰かが入ってきた。
その人物は、今まで行方知れずだった二階堂翼くんだった。
「あ! コトノハさんじゃないか!? それにリリーも!」
「……二階堂くん」
「いや、探したよ〜! 何処にいるのか分からなくて、本当に心配してたんだ〜!」
彼は、底抜けに明るい笑顔を浮かべていた。
とても上機嫌な様子。何か良いことでもあったのだろうか?
「おーおーカレーじゃないかぁ! 美味しそうだなぁ〜。ねえ! 俺にも分けて貰って良い?」
「う、うん。良いけど」
「ありがとう!」
二階堂くんはそう感謝の言葉を述べると、早速厨房に入り、嬉々としてカレーをよそっていった。
その間も、彼はずっとにこやかな表情で笑っていた。
本当に。本当に上機嫌だった。
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