SSSランク(伝説級)ベヒモス
「グオォォォォォォォォン!!!!!」
100メートル近い規格外の体躯を誇る超大型のSSSランク魔獣ベヒモス。かつて勇者をも苦戦させたというその怪物はハルたちに向かって地響きのような咆哮を放った。
「うっ、お!!?」
必死に耳を押さえながら風竜のブレスを彷彿させるベヒモスの咆哮を堪える。
咆哮が終わり、ハルたちは耳から手を放す。気が付くと全身から大量の汗が噴き出し、体中の筋肉が固く硬直してしまっていた。
(やばいな、完全に向こうが格上だ。伝説と呼ばれる魔獣の中でも上位に君臨するような奴だ。正直オレたちでもかなり厳しい相手だぞ・・・)
秘境にもSSSランクの魔獣は少数ながらも存在するが伝説級となると理性的な魔獣が多く、それこそ固有名持ちのように人語を解すものまでいるほどで、手を出さない限り基本的に争いになることはない。と言うより、一度戦闘になれば尋常ではない被害を被るとわかっているため見かけても敵対することは禁じられている。
よって、ハルたちもSSランクの上位までなら討伐の経験があるのだが、SSSランクは未だに討伐したことが無かった。
しかも、目の前にいるのはSSSランクの魔獣の中でも上位に位置するような相手である。
ハルとレナード、セシリアの戦闘力が装備も含めてSSランクの上位、ロッテの戦闘力がSSランク、セーラの戦闘力がSランク上位といったところだ。
5人で戦えばとなんとか、と感じるかもしれないがランク一つの差というのはとてつもなく大きい。そこには絶対的な実力の壁が存在する。
正直言ってまともに戦いたい相手ではないが・・・
(どう見ても理性的な相手じゃないね。話が通用するって感じじゃないな)
ベヒモスの目を見てハルはそう判断した。あれはハルたちを獲物としか思っていない目だ。
少しの間睨み合う形で対峙していたハルたちとベヒモスだったがついにベヒモスがハルたちに向かって歩き出した。
「っ、散開しろ!固まっているとまとめてやられるぞ!」
ベヒモスの動きが加速する前にレナードが指示を出す。ハルたちはばらばらな方向に走り出した。
ベヒモスは動き出した5人をじっと観察するように見つめた後、一番実力の低いセーラに向かって巨体を揺らしながら駆けだした。
「拙い、セーラじゃ相手にならないぞ!」
ハルとセシリアがベヒモスに向かってSランククラスの魔法を連発する。しかしベヒモスは意に介する様子もなく、セーラに向かって突っ込んでいく。
「くそっ、なんて硬さだ!?無詠唱とはいえSランク魔法が全く効いていない!!」
「『SSランククラスの魔法ならダメージが通るかもしれないわ。けど、この場所でそんなものを使うと自分たちを巻き込みかねないないわね」
「くっ!!」
ハルは魔装を発動し、ベヒモスに向かって駆けだした。
「喰らえ、アルダートン流二の型奥儀、【天断】!!」
超高濃度の風属性の闘気がハルのショートソードを核に巨大な風の刃を形成し、それを上段からベヒモスの背中目掛けて振り下ろす。ハルが使える戦技の中でも最高レベルの切断力を誇るその一撃は、岩山のようなベヒモスの背中に直撃した。
巨大な風の刃が徐々にベヒモスの硬質な肉体に沈み込んでゆく。
(よしっ、刃が通ってる。このまま切り裂いて――)
ガキン
次の瞬間、ハルは手の先から鈍い衝撃を受けた。思わず目を見開く。ハルが繰り出した必殺の1撃はベヒモスの岩山のような肉体に数センチ食い込んだ所で完全に止められ、オリハルコン製のハルのショートソードは半ばから圧し折れて宙を舞っていた。
「そんな――がっ!!!!?」
戦技後の硬直で動けないハルにベヒモスの尻尾が直撃した。ハルは弾丸のような速度で数十メートル吹き飛び、そのままの勢いで壁に激突してようやく停止した。
「がはっ!!?げほっげほっ!!」
尻尾の直撃を受けて意識が飛んでいたハルは、壁に激突したショックで意識を取り戻した。しかし、受けたダメージは大きく体に力が入らない。
ハルは倒れたまま自分に回復魔法を掛け始めた。下から上がってくる血反吐を咳き込むように吐き出しながらベヒモスの方に視線を向ける。
その時、ハルの目に映ったのは、ベヒモスの突進を受けて先ほどのハルのように吹き飛ばされるセーラの姿だった。
「セ、セーごほっがはっ!!?」
ハルは慌てて立ち上がろうとしたが、力が入らず再びその場に崩れ落ちた。
ハルのように吹き飛ばされたセーラは壁にぶつかりそのまま力なく崩れ落ちる。気配探知でセーラの状況を探ってみると、なんとか生きているが、かなりのダメージを負い気を失っていた。
(くそ、とにかく今は動けるようになるまで回復しないと)
ベヒモスの方を睨みながらハルは回復に集中する。
ベヒモスは今度はロッテに狙いを付けたらしくそちらに向かって走り出していた。
「【断罪の雷!!】」
セシリアが詠唱省略でSランク上位の風属性魔法を放ちベヒモスに牽制を入れるがやはりダメージが入った様子はない。ただし、鬱陶しいとは感じたらしくロッテからセシリアに狙いを変えた。
ベヒモスが軽く頭を持ち上げ大きく空気を吸うような動作を見せる。
ブレスが来ると察知したセシリアが自分の周囲に強力な防御の魔法を幾重にも張り巡らせた。
直後、轟音と共に砂嵐のような巨大な螺旋状のブレスがセシリアに向かって放たれた。
一瞬でセシリアがベヒモスのブレスに呑み込まれる。10秒近く続いたブレスがようやく収まった時、ぼろぼろになったセシリアが倒れているのが見えた。
(セシリアまで!?くそ、このままじゃ拙い!!)
必死に回復しているが受けたダメージが大きく、なかなか回復が進まない。焦るハルの視線の先ではレナードとロッテがベヒモスに肉薄しているところだった。
2人も戦技を繰り出すが、ベヒモスの防御力の前に、まともなダメージを与えられない。ついにロッテが前足で弾き飛ばされ、直後レナードも自身よりも遥かに巨大な角による突きを防ぎきれず、後方に吹き飛んで動かなくなった。
「ぐっ、ここまでとはね・・・」
ようやく立ち上がれる程度に回復したハルが倒れたまま動かない4人を見て思わず呟く。
秘境で何度も修羅場をくぐって来たアキト国の4人がいてあっさりと壊滅状態だ。ベヒモスという魔獣の強さはそれほどずば抜けていた。
「どうじゃ!これが余の手に入れた力じゃ!!これだけの力があれば余がアクレスト王の内に大陸制覇を達成することも夢ではない!!さあ行けベヒモスよ!余に逆らう愚か者どもを成敗いたせ!!」
テオバルド4世の命令を受け、ベヒモスが一歩一歩唯一立っているハルに近付いてくる。ハルはある程度回復したものの、まだ目の前の相手とまともに戦えるような状況ではなかった。
いや、完全に回復していたとしても相手にならないだろう。ハルの渾身の一撃はその岩山のような肉体にほとんどダメージを与えられず、逆にハルはたった1撃でしばらく動けなくなるほどのダメージを受けるのだから。
(まいったな。こんな奴をどう倒せばいいんだか。苦戦したとはいえ、最後にはこいつを倒したっていう勇者様っていうのは本当に強かったんだなぁ。ん、勇者様?そういえば前に・・・)
ベヒモスが迫る中、ハルの頭にふと浮かんだ物があった。
アイテムボックスからそれを取り出す。
すると、それまで悠々とハルに向かって歩いてきていたベヒモスの足が止まり、逆に気圧されるように一歩後ろに後退した。
「ぬうっ!?な、何だそれは?」
「まさか・・・」
ハルが取り出した物を見てテオバルド4世は怯みながら声を上げる。対照的にグンドルフという男は興味をそそられたらしくハルの方をじっと見つめる。
ハルは、それを手にした瞬間に全身に力が巡るのを感じていた。アキト国を出る前にセシリアたちから預かり、これまで切り札として取っておいたもの。
ハルの右手には聖剣デュランダル、左手に聖盾アイギス。ハルがアキト国から外界に出る前にセシリアたちから預かった勇者の遺産が握られていた。
「預かってから1度も使ってなかったからすっかり忘れてたよ。不思議だな。これを持ってたらなんだかいけそうな気がしてきた」
体に残っていたダメージが抜けていくような感じがして、逆に体の奥底から力が漲ってくる。
「これが勇者様が愛用していたという武具の力か・・・。よしっ!!」
次の瞬間、ブレるようにしてハルの姿が掻き消えた。同時に、ベヒモスが悲鳴をあげて転倒する。ベヒモスの体には深々と鋭い切り傷が出来ていた。
戦技ではなくただの斬撃。しかし、ハルが繰り出したその一撃は確実にベヒモスにダメージを与えていた。
「な、何じゃと!!?そんな馬鹿な、ベヒモスといえば勇者の逸話に出てくる伝説級の魔獣じゃぞ!?や、奴はいったい何者じゃ!?」
「ほう、あれを使うことができるのですか。ということは彼は・・・。成程、これは今後の計画にいくつか修正が必要になりそうですねぇ」
ベヒモスがダメージを受けたことに驚きを隠せないテオバルド4世に対し、意味深な言葉を呟きながらもグンドルフはあくまで冷静に、状況を静観する。どちらもハルとベヒモスの戦いに介入する様子は無い。
(手を出してこないか。ならベヒモスに集中させてもらうよ)
ハルは続けざまにベヒモスに斬撃を繰り出す。ベヒモスは痛みに悲鳴を上げながらも角や前足でハルに反撃を繰り出す。しかしその攻撃はハルの左手の盾に完全に阻まれ、さらに盾の持つ能力なのか攻撃の威力がそのまま跳ね返され、ベヒモス自身がダメージを受けることになっていた。
完全にハルがSSSランクの魔獣、ベヒモスを圧倒している。しかし、ハル自身にはそれほど余裕が無かった。
(ヤバい!デュランダルとアイギスにがんがん魔力持っていかれる!!それほど長くは持たないぞ)
デュランダルとアイギスは自身の能力を大幅に底上げしてくれるようなのだが、同時に膨大な量の魔力を消費し続けている。魔力量なら元からSSSランククラスのハルだったが、あっという間に魔力が減ってしまっていた。
「だったら、一気に押し切るまでだ!!」
ベヒモスの左右の前足に突きを放ち、体勢を崩す。そしてハルはデュランダルを上段に振り上げた。
「今度こそ喰らえ!!アルダートン流二の型奥儀【天断】!!」
先ほどの一撃とは比べ物にならないほど大きく、濃度の高い風の刃が生み出される。技の名の通りに天をも切り裂くかのような威力の斬撃がベヒモスの真正面から振り下ろされる。その1撃はあまりの切れ味故にハルにベヒモスの体に刃が通る手ごたえを感じさせなかった。しかし、巨大な刃は確かにベヒモスの体を通り抜け、そのままあっさりとベヒモスを両断した。




