大地の王宮最奥
大きな音を立て、5階層最奥にある巨大な扉が開け放たれた。ハルたちは扉の向こうに広がる広大な部屋に足を踏み入れる。
300メートル四方はあるだろうか。そこはまさに城の謁見の間といった感じの場所だった。左右に等間隔で竜や天使などの彫刻が彫られた柱が並び、入口から奥に向かって真っ直ぐにまるでレットカーペットのような赤色の地面が続いている。レッドカーペットの先には少し高くなった壇があり、その中央に豪華な意匠が施された玉座が鎮座している。
その玉座には豪奢な衣服を着た丸々と太った中年の男がふんぞり返るように腰を下ろしており、その玉座の隣に深々とフードを被った背の高い人物が立っている。
壇の下には数百の兵士と傭兵たちが隊列を組んでハルたちのいる入口の方を向いて並んでいた。
「入口の兵どもからネズミが入り込んだとは聞いておったが、我等が半年かけてようやくたどり着いたこの大地の王宮の最奥に僅か数時間で辿り着くとは大したものじゃな。グンドルフよ、こやつらが以前貴様の言っていた危険因子とやらか?」
「どうやらそのようでございます、テオバルド陛下。腕利きと噂の殺し屋に始末を依頼しておいたのですがどうやら失敗した模様です」
玉座に腰をおろすでっぷりと太った中年の男が隣に立つ長身のフードの人物に声をかけた。フードの人物は恭しい口調で玉座の男に答えた。
「なるほど。腕は確かなようじゃ。おい、貴様ら武器を捨ててその場にひれ伏せ。それなりの腕はあるようじゃし、今後余に忠誠を誓うのならば命は取らず飼ってやっても良いぞ」
玉座に座るテオバルドと呼ばれた中年男がハルたちに尊大な態度で声をかけてきた。
「(テオバルド・・・。確か当代のアクレスト王国国王の名がテオバルト4世だったはずです)」
セーラがハルたちに小声で耳打ちする。身なりと言い、態度と言い、どうやら玉座に座っているのはこの国の国王であるらしい。
ハルはテオバルド4世の呼びかけを無視して、状況の観察を行っていた。
壇の下にいるのはアクレスト兵200人に、傭兵が100人。傭兵の半数は魔力銃を手にしている。
兵士と傭兵の前方には先程ハルたちが戦った自立式魔動兵器のような機械の魔獣がハルたちに向かって立っている。どうやらそれらはアクレスト側の尖兵として使われているらしい。ただし、先ほど戦った本物の自立式魔動兵器と違ってハルでも何となく構造が分かる、つまり、アキト国でも再現しようと思えば可能だと思える程度の代物だ。もっとも外界であるアクレスト王国にそんなものが出回っているのは明らかに異常だが。その数は多く、大小合わせて300体ほど。どうやら大量の魔石と魔水晶はこれらの機械の魔獣を動かすのに使用されていたようだ。
そして壇上の2人。片方は玉座に腰を下ろしたテオバルド4世と思われる太った中年の男。その体格故に碌に動けそうになく、魔力もたいしたことは無いので脅威にはならないだろう。ただし、脂ぎった頭部の上に乗せられた古そうな王冠から何やら異様な気配が流れ出ており、注意が必要そうだと考える。
その隣に立つ長身の人物。声から判断するに男だろう。フードを深く被っているためその表情を窺うことはできないが、相当な手練れのようで立居振舞に隙が無く、体の奥底からは膨大な魔力が感じられる。
その魔力はどこか異質なものであり、戦って負ける感じはしないが、油断は命取りになるかもしれない。
「おいっ、貴様ら、余の言葉が聞こえんのか?さっさとその場に跪け!!」
ハルたちが立ったまま周囲を見渡しているのを見てテオバルド4世が苛立ったように大声を上げた。無視されたのが気に食わなかったらしい。
「悪いけどオレたちはあんたに仕えるつもりはないよ。それよりもこの迷宮は何だ?あんたたちはここで何をしていた?地震や魔獣の活性化の件とどういった関わりがある?」
ハルはテオバルド4世たちの方に向かって歩きながら質問した。
そんなハルたちの様子を見てテオバルド4世は怒りで顔を真っ赤にし、唇を戦慄かせていたが、どうやら怒りが限界値を越えて一周したらしくすぐに落ち着きを取り戻して顔に冷酷な笑みを張り付けた。
「ふん。余の寛大な配慮を無駄にするとは、どうやら多少腕が立つからと思い上がったどうしようもない屑共だったようじゃな。望み通りこの場で殺してやる。この場所がどんな所で、余が何をしていたか?よかろう。冥途の土産に愚かな貴様らに教えてやろう!!」
テオバルド4世は玉座から立ち上がり、壇上からハルたちを見下ろしながら口を開いた。
「かつてより、この一帯は『勇者に祝福された地』と呼ばれてきた。四季ごとに高質な作物が収穫され、さらには必ず豊作になり、決して凶作の年が訪れぬ。だからこそ、それほど大きな国土を持たなかったシノノメ王国が、約800年もの間この地の覇者として君臨してきたと言えよう。
まったく、愚かなことだ。尽きることのない食料に、それを周辺国に輸出して手にした膨大な資金。800年もあれば大陸統一などとうの昔に果たせていただろうに、あのシノノメ王家は我らに滅ぼされるまで、一度も侵略戦争を仕掛けなかったらしいの。
まあ、あんな愚かな一族のことなどどうでもよい。余はシノノメ王国を滅ぼし、その領土の半分を手にした後、この地のことを我が配下どもに調べさせてきた。そして、数年前にこの一帯の大地には特殊な土属性の魔力が流れており、それが作物の成長を促していたということが判明したんじゃ。その魔力がどこから流れて来ておるのか。それを我が右腕にして栄えあるアクレスト王国筆頭魔法使いに就任した、このグンドルフめが半年ほど前に解き明かしたのじゃ」
そう言ってテオバルド4世は隣に立つフードの男を指し示す。フードの男は慇懃無礼な態度でハルたちに向かって頭を下げた。
「グンドルフは特殊な土の魔力の源が、旧シノノメ王国領の中心にあるこのトーキョーの地の地下深くにあることを確認した。そしてこの地を訪れて行った調査にて、この迷宮、『大地の王宮』を発見したのじゃ」
まるで自分の手でこの地の秘密を解き明かしたかのように胸を張るテオバルド4世にあきれつつもハルたちは頭の中で、テオバルド4世の言葉を整理していた。興味深い内容だったがまだ気になることがあり、ハルが口を開く。
「成程。この『大地の王宮』とやらを見つけるまでの経緯は良く分かったよ。けど、オレが聞いたのは、この大地の王宮がいったい何なのかと、あんたらがここで何をしていたのかと、地震や魔獣の活性化との関わりについてだよ。質問の答えになっていないと思うけど?」
ハルの言葉に面白くなさそうに鼻を鳴らしながらもテオバルド4世が再び口を開く。
「貴様らとて聞いたことがあるだろう。『十種の神器』という言葉を」
「「「「「!!!!?」」」」」
その言葉にハルたちは大きな反応を見せた。しかし、それは当然の反応だった。『十種の神器』という言葉はこのアーベンティア大陸に住む者で聞いたことが無いという者はいないであろうと言っていいくらいに有名な言葉なのだ。
「・・・なんでその言葉がここで出てくる?あれは有名な神話に出てくる空想上の秘宝のことだろう?」
ハルが少し声のトーンを落として尋ねた。
アーベンティア大陸には古くから伝わる1つの神話がある。要約すれば、『遥か昔、アーベンティア大陸には人間と亜人だけでなく、天界から訪れた神々と、魔界から訪れた魔族が住んでおり、交流が行われていた。しかし、魔神と呼ばれた力のある神が魔族を気に入り加護を与え、逆に他の神々と人を疎ましく思って、滅ぼそうとした。その結果、神々・人と、魔神・魔族の間で大きな戦争が起きた。その戦争は神々・人の連合が辛うじて勝利し、魔神は封印され、魔族は魔界に追い返された。戦いに勝利した神々は、かつての自分たちの仲間が戦争を引き起こしたことを悔いて、天界に引き上げることを決意。その際に、アーベンティア大陸のどこかに自分たちの力の一端を残していったという。それこそが十種の神器と呼ばれる10個の強大な力を持つ道具だ』というものである。
当然、神話はあくまで神話であり、『十種の神器』という言葉は知っていても、そんなものが実在すると本気で信じている者など、ほとんど存在しない。
しかし、テオバルド4世は狂気を孕んだ笑みを浮かべながら再び口を開く。
「かの『十種の神器』が空想上の代物だと誰が決めた?大陸全土で信仰されている神聖教も元を糺せばこの神話の神々が信仰の対象なのじゃぞ?さらに、800年ほど前に勇者に撃退された魔王や魔族、封印されたという魔神もまた、この神話に出てきたものと同一だと言われている。ならば『十種の神器』とて、この大陸のどこかにあってもおかしくはなかろう。事実、余はこの場で手に入れたのだからな。――『十種の神器』の1つ、『大地の王冠』をなぁぁ!!!」
そう言ってテオバルド4世は頭上の王冠を下ろし手のひらに載せた。次の瞬間、周囲を超高濃度の土属性の魔力が覆い尽くす。
「こ、これは!!?」
思わずハルが怯むほどの魔力だ。だが、アクレストの兵たちはその影響下の外にいるらしく特に変わった様子は無い。
(碌に魔法を使えなさそうなあの男がこれほどの魔力をこうもあっさり制御するとは・・・。本当に十の神器の1つなのか!?)
全身から嫌な汗があふれ出てくる。ハルだけでなく、他の4人も圧倒的な力の一端を垣間見て厳しい表情をしていた。
圧倒されるハルたちを見て満足したらしいテオバルド4世は王冠から発せられる魔力を止め、語りだした。
「ここまでくれば貴様らのような愚か者にも余の偉大な計画がわかったじゃろう。この『大地の王宮』は、『十種の神器』の1つ、『大地の王冠』を守る遺跡じゃった。余は、『大地の王冠』を手に入れるために秘密裏に『大地の王宮』を攻略していた。地震や魔獣の活性化はこの『大地の王宮』の攻略が進むにあたって『大地の王冠』に何らかの負担が掛かった影響によるものらしいの。死ぬ前に知りたいことは以上か?で、あればそろそろ貴様らを地獄に送ってやらねばならぬな」
テオバルド4世は玉座に腰をおろし片手をあげる。それを合図に、機械の魔獣たちとアクレスト王国兵・傭兵たちがハルたちに襲いかかってきた。テオバルド4世とフードの男は後方で高みの見物をするつもりらしい。
「あの2人はまだ動かないようだな。それなら好都合だ。まずは雑魚を排除、その後にあの2人を各個撃破する。行くぞ!!」
レナードの号令でハルたちも迫る敵に突撃を開始した。アクレスト兵と、傭兵は気配から察するにDランクとCランクといったレベルだろう。ならば、それほど脅威ではない。問題は機械の尖兵のほうだ。小型のものは探索・哨戒用なのだろう。最低限の武装はしてあるが、それほど戦闘力はなさそうだ。ただ、大型のものはアキト国の軍団で正式採用されるレベルのガトリング式魔力銃や、魔力砲などを装備しておりかなりの高火力を誇るようだ。グンドルフと呼ばれたフードの男と同様にこの迷宮を攻略する際の主力だったのだろう。
高速で左右に移動し射線上から逃れながら大型の機械の魔獣を優先的に狙っていく。
少量のオルハリコンやアダマンタイトなども使われているようだが、主な素材はあくまで鋼鉄などの外界に出回っている物のようで、戦技でないとダメージを与えることができなかった自立式魔動兵器と違い、通常の攻撃でも十分に破壊できる。
小型の機械の魔獣で敵を発見して誘い込み、高火力の大型の機械の魔獣を並べて集中砲火という戦術で進んできたのだろう。接近戦を想定していないためか火力の割には装甲は脆い。
ハルたちは機械の魔獣の群れの中に飛び込み、走り回りながら大型の物を破壊していく。小回りが利くらしい小型の機械の魔獣が大型の陰から飛び出し、備え付けられた小型の連射型の銃で攻撃してくるが、同士討ちにならないようにするために見方が射線上にいる時は発砲を止める設定になっているらしいので、自分の位置取りを微調整し、小型の動きを封じながら戦いを進める。
突然少し離れた位置で鋭い閃光が走ったと思ったら、人間の兵士たちが呻きながら地面に倒れ、体を小さく痙攣させていた。後方から魔法を撃っていたセシリアが『広域スタン』の魔法で感電させたようだ。
これで残りは十数体の大型の機械の魔獣と100体ほどの小型の機械の魔獣である。
「【アイスストーム】!!」
ハルの魔法が発動し、冷気の渦が機械の魔獣の群れを襲う。範囲内にいた物はすぐに全身が凍りつき、稼働を停止した。
魔法の範囲外にいた敵の残りをレナードたちが手早く始末していく。
「はっ!!」
レナードが最後の一体を真っ二つにし、辺りに静寂が訪れた。
「・・・ば、馬鹿な!?こうもあっさりと我が軍が全滅じゃと・・・?」
テオバルド4世が目を見開きながら思わずといった様子で呟く。
この大地の王宮という高難易度迷宮の最奥まで辿り着くのに貢献した機械の魔獣があっという間に全滅したのがショックだったのだろう。
「悪いけどあの程度の強さではオレたちの相手にはならないよ。けど、今の機械の魔獣のことは気になるな。これからゆっくりと話を聞かせてもらうよ」
「ひっ、く、来るな!!!」
ハルたちが玉座の方に近付いていくと青ざめたテオバルド4世が大声をあげた。そこで、ずっと静観をしていたグンドルフというフードの男が動く。
「陛下、何も恐れることはございません。ここに陛下の忠実な僕たるグンドルフめが残っております。さらに陛下のお手元にはかの『大地の王冠』があるではございませんか。確かに、陛下はそれを手にしたばかりで恐れながら使いこなせているとは言い難いですがあれの呼び出し方は先程お教えしたはずです」
「お、おおグンドルフ!!そうじゃった。余は『大地の王冠』を持っているのじゃったな!確かにあれを呼べば彼奴らなど一溜りもあるまい」
グンドルフに何か囁かれたテオバルド4世は突如余裕を取り戻し、ハルたちに邪悪な笑みを向けた。
「ふん。たった5人で大地の王宮を数時間で突破しただけのことはあるようじゃな。じゃが、貴様らの悪運もこれまでじゃ!この『大地の王冠』の持つ力の1つを使えば貴様らなど一瞬で終わりじゃ!!」
(凄い自信だな。何をするつもりかは分からないけどその前に意識を奪った方が良さそうだ)
テオバルド4世の様子を見て、動かれる前に倒した方が良いと判断したハルは全力で身体強化をして、テオバルド4世に向かって飛び込んだ。
(反応できていない。このまま倒せる!!)
ハルの動きに反応できていないテオバルド4世にハルの拳が迫る。しかし次の瞬間、直感で危険を察知したハルは急ストップし後方に跳んだ。
ハルが鋭い視線を玉座の方に向ける。
見れば、テオバルド4世が強力な【バリア】に囲まれており、ハルが直前までいた所を灼熱の焔が覆っていた。どちらもグンドルフと呼ばれた男が無詠唱で放った魔法だ。
「なるほど。相当な手練れだとはわかっていたけどここまでとはね。一体何者だ?」
「先程アクレスト王国筆頭魔法使いグンドルフだと陛下から紹介して頂いたはずですが?それより、私なんかに構っている余裕はありませんよ。間もなくあれがここに現れるのですから」
グンドルフの思わせぶりな言葉にハルたちが眉をひそめた時それは起こった。
テオバルド4世が持つ『大地の王冠』から膨大な量の魔力が発せられる。それに呼応するように地面が徐々に揺れ始めた。
「地震か?これがあの王冠の力なのか?」
レナードが警戒しながら周囲を見渡す。しかし、レナードより魔法の技能が上のハルとセシリアはこれがただの地震ではないことにすぐに気が付いた。
「これは、王冠を使って地震を起こしたわけじゃないよ。あの王冠は何かを呼び出そうとしている。この揺れはあくまで副次的なものだ」
「気を付けなさい!来るわよ!!」
次の瞬間、部屋の中心に巨大な光の球が現れた。直径にして100メートルはあるだろうか。
徐々に光は小さくなっていきそれに伴って、光の中から巨大な何かが見え始めた。同時に4層の階層主であったSSランク上位のアンタレスとは比べ物にならないほどの強烈な威圧感が部屋の中を満たす。その威圧感は、セシリアの魔法で床に倒れていた兵士たちが白目を剥いて失神する程のものだった。
光が完全に収まり、その全貌がハルたちの前に曝される。とにかく大きい。4本足で立つその体は頭から尻尾の先まで100メートル近くあり、竜のような頭部からは1本の大きな角が生える。岩山のようなごつごつとした硬質の肉体ははあらゆる攻撃から身を守ることができるのではないかと思わせるほど分厚い。
「・・・なんか勇者の英雄譚で出てきた魔獣にこんな奴がいたよね」
「奇遇だなハル。俺も同じことを考えていた」
「信じたくないけどこれはどう見てもその魔獣よね・・・」
「あ、あれに勝てるイメージが湧かないニャー・・・」
「同感です・・・」
テオバルド4世の持つ王冠によりハルたちの目の前に呼び出された超大型の魔獣。それは、かつて世界を救った勇者が死闘の末辛うじて倒したと伝えられるSSSランク魔獣、ベヒモスであった。




