大地の王宮2階層
いけそうなら後でもう一つ投稿します。
「えっ?」
「こっ、これは!?」
1階層最奥の階段から2階層に下りてきたハルたちを待っていたのは、降り注ぐ雨と、泥濘んだ湿地帯という思いも寄らない光景だった。
「どうなってるの?天井じゃなくて空があるよ!?」
「それに見渡す限り足場の悪そうな沼地が広がってますね・・・」
ハルとセーラは驚いて呆然とした。そんな2人を見てレナードが苦笑を浮かべる。
「そうか、2人はまだあまり迷宮に入ったことがないんだな。それなりのレベルの階層にくるとこういうことはよくあるんだ。階段を下りてくると深い森が広がっていたり、吹雪く雪原だったりとな。まあ、そこは迷宮ということであまり深く考えない方がいい。未だに解明されていない部分が多いのが迷宮という場所なんだから」
レナードからわかるようなわからないような何とも言えない説明を受け、微妙な表情をしながらもハルたちは2階層、湿地帯のエリアに足を踏み入れた。
「この方向のずっと先から周囲と比べて、ずば抜けて強力な魔獣の気配を感じるよ」
「よし、ではそいつが階層主であると想定してその方向に最短で向かうぞ」
前の洞窟エリアと違い、どちらに進んでいけば次の層に辿り着けるか想像もつかないため、試しにハルが【感覚強化】を使い気配を探ってみたところ数キロ先に強力な気配を発する魔獣が見つかったためそちらに向かって進むことになった。
5人は【身体強化】の1つ【魔力装甲】を脚部に発動した。魔力装甲によって足元の泥が足に纏わりつかなくなり、泥濘に足を取られることなく進んでいく。しばらく進んだところで5人は近くの沼の中から何かの群れがやってくるのを察知した。近寄ってくる気配に意識を向け、それぞれ装備を構える。水面から何かの姿が見えたと思った瞬間、1メートル近いその影は力強く跳躍し、5人に跳びかかって来た。ハルとセシリアが魔法で数匹を撃ち落とし、残りの3人も直撃コースだった相手を斬り捨てる。ハルたちの反撃を受けた敵は即死したようだが、まだ20匹くらい残っており魔獣たちは5人を取り囲んだ。
「カエルの魔獣?オレの見たことのない種類だ」
ハルたちを囲んでいるのは毒々しい紫色に白の斑が入ったごつごつした体をもつカエル型の魔獣だ。大きな口からは伸縮性のある長い舌が覗いている。
「Bランク魔獣ポイズントードだな。単純な強さならDランク相当だが、口から解毒が困難な猛毒の息を吐く。早速来るぞ!!」
周囲のポイズントードが一斉に大きな口を目一杯開く。その奥からは紫色の気体が見えていた。
「猛毒の息か!だったら!【テンペストシェル】!!」
ハルは周囲を暴風の結界で覆う風属性のAランク防御魔法を使った。次の瞬間、ポイズントードが猛毒の息を吐きかけてきたが、ハルの目論見通り毒の息は【テンペストシェル】による暴風に散らされ、一瞬で霧散した。
「いいぞ、ハル!よし、今のうちに排除するぞ!!」
ポイズントードの猛毒の息は強烈だが連発はできないらしい。ハルたちはすぐさま反撃に出た。喉の奥にあるという毒袋に傷をつけないように気を付けながらポイズントードを駆除していく。猛毒の息以外では体当たりと舌を伸ばして鞭のように振るう程度しか攻撃手段がないらしく、ポイズントードの群れはすぐに壊滅した。
「ふう、終わりましたね。それにしても毒を持つ敵ですか。厄介な相手がいるようですね」
「上級の解毒ポーションもあるから過剰な心配は不要ニャー。とはいえ確かに厄介な相手というのは間違いないニャー」
「視界も悪いし気は抜かない方がいいわね」
ハルたちは警戒を強め、再び歩き出した。最初の沼地を超えると、比較的足場がしっかりとした背の低い草原に出る。雑魚(といってもCランクレベルだが)を排除しながら草原を進むと小さな沼が点在する湿地帯に到着した。湿地帯の向こうには大きな崖があり、そこに洞窟の入り口が見えていた。強敵の気配はその洞窟の奥から漂ってきているようだ。
「あの洞窟内に何かいるみたいだね」
「だが、その前に再び湿地帯だ。何が出てくるかわからない。慎重に行くぞ」
ハルたちは再び足に魔力装甲を発動し湿地帯に足を踏み入れた。そのまま小さな沼の間を縫うように進んでいく。その時上空から接近してくる存在を発見した。
「小型の竜種?いや、あれは・・・フライトコブラか!!」
上空から現れたのはコブラに蝙蝠の翼を生やしたような容姿を持つ魔獣フライトコブラだ。ポイズントード同様に強力な毒を持っており、噛み付きや口から毒液を飛ばして相手を毒で仕留め丸呑みしてしまう獰猛な魔獣だ。10体ほどの群れが現れ、ハルたちの上空から毒液を落としてきた。
ハルたちは毒を回避しながら魔法や投げナイフで反撃を図る。と、その時ハルたちは足元からも気配を感じた。咄嗟にその場から飛び退く。直後、泥の中から無数の棘のついた紫色の鞭のようなものがいくつも飛び出してきた。次いで10本ほど、地中から泥塗れの赤い花と紫色の茎が出てくる。その高さは2メートル近い
「今度はダーティーローズのお出ましね。上空からと地中からの挟撃は厄介だわ」
地中から鞭で襲ってきたのは肉食の植物型魔獣ダーティーローズ。紫色の茎の上に咲く真っ赤な薔薇に良く似た花は綺麗だがよくよく見ればその花の中心には円形の口があり、無数の牙が並んでいる。茎の所々から棘のついたいくつもの蔓も出ており、それが先ほどの鞭の正体だ。
「ハルとセシリア様は空中のフライングコブラを!残りの3人でダーティーローズを倒す!!」
レナードたちは地中から襲ってくる鞭を躱しながらダーティーローズ本体に肉薄する。ダーティーローズ本体に近付くほど鞭の攻撃が激しくなるが、時に躱し、時に切り飛ばしてダーティーローズの元に到着した。接近を許したダーティーローズは花の中心にある口で何度も噛み付きを繰り出す。しかし、レナードたちはそれをあっさりと避け、花の付け根を茎から切り落としていった。花を落とされたダーティーローズは力を失い次々と倒れていく。
同時に、ハルとセシリアはフライングコブラと対峙していた。上空という安全地帯から次々と毒液を吐きかけるフライングコブラに対しハルとセシリアは魔法を放つ。ハルが放ったのは【フレイムランス】。炎の槍を高速で撃ち出す魔法だ。セシリアが放ったのは【エアカッター】。風の刃を撃ち出す比較的簡単な魔法だ。ハルの放った【フレイムランス】は一匹に直撃した瞬間、周囲にいた数匹を巻き込んで爆発をおこした。火だるまになったフライングコブラは空中で力尽き墜落する。セシリアが放った一発の【エアーカッター】は弧を描くように飛び、残っていたフライングコブラを全て空中で真っ二つにした。
「どうやら周囲の魔獣は一掃できたようだな」
ダーティーローズを倒し終えたレナードが周囲の気配を探った後そう告げた。まだ、いくつかの魔獣の気配は残っているが近寄ってくる様子はない。
「余計な敵が増える前に洞窟に向かおう」
ハルたちは洞窟に向かって再び沼と沼の間を歩き始めた。
その後魔獣の襲撃を受けることなく湿地帯を抜け、5人は洞窟に足を踏み入れた。じめじめしていて快適とは言い難いものの雨風をしのげる場所に着き、ほっと一息つく。
「さて、ハルの言っていた気配はこの先ね。確かに上のミノタウロスと同等以上の圧力を感じるわ。けどこの気配、妙な感じね」
「だよね。漂ってくる威圧感でいえばこの周辺で出てきた敵より確実に格上ではあるんだけど、なんだか気配がぼんやりしているというか、漠然としているというか・・・。威圧感はあるのに明確な気配は掴めないんだよね」
通常、強い魔獣は強烈な威圧感を垂れ流し、明確な気配を放っている。もしくは隠密に優れた種ならば威圧感も気配もうまく隠し、存在を悟らせない。しかし、この洞窟の奥から漂ってくるのは強者であることを示す強い威圧感と、いまいち存在が捉えきれない中途半端な気配だった。
ハルたちは首をかしげながらも、洞窟の奥に進んでいく。2度、3度と曲がった道を進んだ所で、目的の場所が見つかった。
「あった!やっぱりボス部屋だ!!」
洞窟の先に禍々しい模様の描かれた大きな扉が見えてきた。つまりその先にボス部屋と、階段・ポータルのある小部屋があるはずだ。
「ここまで近づいても気配がはっきりしないな。とはいえ、ここで足を止めるわけにもいかない。――進むぞ」
レナードを先頭に5人は扉を開け、ボス部屋に侵入した。一歩踏み入れた瞬間に足場が大きく沈む。どうやらボス部屋の地面は湿地帯のように泥になっているらしい。魔力装甲を発動し部屋の中心に向かって進んでいく。背後の松明に火が灯り徐々に大部屋の中がはっきりと見え始めた。
「あれ?何もいない・・・」
大部屋の中を見渡すがどこにも敵の姿が無い。しかし、ぼんやりと魔獣の気配は感じる。
「どういうこと?ひょっとして姿を消す能力持ち?いや、それにしては気配が・・・」
魔獣の気配は大部屋全体から漂ってきている。姿を消しただけなら見えなくても気配は魔獣のいる場所から感じる筈だ。
「・・・姿を現さないのなら奥の小部屋に向かうぞ。相手に戦う気がないのならそのまま抜ける。逆に、戦う気があるのなら何らかのアクションがあるはずだ」
「そうね。何があっても対応できるように警戒しながら進みましょう」
5人は戦闘態勢を取ったまま奥の小部屋に向かって歩きだした。部屋の真ん中まで来たがやはり何のアクションもない。不思議に思いながらももう一歩前に踏み出した瞬間に動きがあった。
「え?キャ、キャアァ!!!?」
「な、なんなのニャー!!!?」
「うっ、これは・・・!!?」
突如背後の女性陣から悲鳴があがり、ハルとレナードはぎょっとして振り向いた。そこには――
地面から伸びる無数の泥の触手に拘束され、全身を撫で回されるセーラ、ロッテ、セシリアの姿があった。
「お、おおっ!!?ええっと・・・ありがとうございます?」
「誰にお礼言ってるんですかっ!?や、ちょっと!?そこはダメっ!!?」
「ニャハハハハ!!く、くすぐったいニャー!やめるニャー!!!」
「あっ、んん・・・べとべとして気持ちが悪いわ」
目の前で広がる、泥でできたヌルヌルの触手と美女・美少女の格闘というとても素敵な光景に、ハルは無意識のうちに触手に頭を下げていた。ちなみにレナードは助けるべきか見ないようにすべきか迷い、動けないでいる。レナードはとても紳士であった。
そこで、地面や部屋の壁から無数の触手が伸びてきてハルとレナードにも襲いかかってきた。とりあえず自分も触手に撫で回されるのは嫌だったのでハルとレナードは『魔装』を発動し、触手を弾きながら反撃を行う。どうやらただの泥ではないようで、触手を切った時に妙な手応えがあった。
それなりの数の触手を切り落とすと部屋に変化が起こった。地面や壁面の数か所に泥が集まるようにして盛り上がっていく。最終的に泥は5か所に集まり、小さな山のようになった。
「これは・・・スライム種?」
「そのようだな。全身が泥でできているマッドスライム。サイズからしてマッドスライムキングといったところか。気配が曖昧だったのはこいつらが混じり合い、大部屋全体を覆っていたからか」
ゼリー状の体に核というシンプルな構造の不定形型魔獣スライム。その亜種で泥の体を持つマッドスライムの上位種であるマッドスライムキングが5体、ハルとレナードの前に現れた。女性陣3人はその内の3体の触手に取り込まれたままである。
「く、かなり手強そうだ!!義父さん、もう少し様子を見よう!!」
「・・・ハル。おまえが様子を見たがっているのはスライムじゃなくてセシリア様たちなんじゃないか?」
「そ、そんなことはないョ?」
ハルはどうやって女性陣を助け出すか考えるべく、3人が拘束されている部分を重点的に観察しながら、マッドスライムキングの繰り出す触手を躱し続ける。3人を凝視しているのはあくまで助け出す方法を探すためだ。断じて『あ、なんかエロいなー』なんて考えていない。
「ちょっと、ハル!!?早く助けてくだ、んん!!?あ、いやっ・・・」
「くっ、待っててくれ3人とも!今そいつらを倒して助けるよ!!」
「・・・ハル。本音と建前が逆になっているぞ」
「はっ!?オレはいったい何を・・・。まさか精神干渉系の魔法まで!!?」
「いや、違うだろう・・・。冗談はその辺にして敵に集中しなさい」
「はーい。って言っても実際どうする?セーラたちが取り込まれている以上あの3体には手を出し辛いよ?」
魔法で、残りの2体の核を撃ち抜きながらハルはレナードに問いかける。スライムはゼリー状の肉体をいくら傷つけられても平気だが、コアを破壊すれば死ぬ。勢いよく魔法を撃ったのでコアの中にある魔石まで砕いてしまったようだが、女性陣を拘束していなかった2匹のマッドスライムキングはその場に崩れ落ちた。
「そうだな・・・あの3人が自力で拘束を抜け出したところでコアを破壊するというのが一番確実だろうが・・・」
「おーい!自力で抜け出せそう?」
「無茶言わないでくださいよ!!抜けようとすると・・・ひゃうっ!!?」
3人が拘束を振りほどこうと力を入れた瞬間に触手が体中を撫で回すのでうまく力が出せないようだ。
「うーん、自力で抜け出すのは難しそうだよ」
「となるとこのままでは3人の体力が奪われるだけか。止むを得ない。接近してから核を叩く」
「了解!!」
ハルとレナードはマッドスライムキングに向かい駆けだした。スライムは拘束したセーラたちを盾にするように前に突き出す。
「今だ!!【アースランス】!!」
セーラとスライムの核が離れた瞬間にハルが魔法を発動する。次の瞬間、マッドスライムキングの真下から鋭い岩の槍が飛び出した。勢いよく伸びた岩の槍はマッドスライムキングのコアを真っ直ぐ貫いた。
「よっと。セーラ怪我は無い?」
拘束が緩み地面に落下しそうになったセーラを抱き止め声を掛ける。
「はい、大丈夫です。でも、もっと早く助けて欲しかったんですが・・・」
「人事は尽くした。今のが最速での救出だね」
「・・・本当ですか?」
「おっと、セシリアを助けに行かないと~」
セーラにジト目を向けられたハルはセーラを下に降ろすと戦術的撤退を図った。決して逃げたわけではない。
レナードはロッテを拘束しているマッドスライムキングと戦っているようなので、ハルはセシリアを拘束しているスライムに向かった。
先ほどのハルの戦いを見ていたので、セシリアと自身の核を近づけ、魔法の発動を封じる気らしい。しかし、それは失策だ。
「いい加減にしなさい!!」
セシリアが隙をついて持っていた杖をマッドスライムキングに突き差した。その一撃は核に届き、破壊まではしなかったものの大ダメージを与えたらしい。セシリアが解放され、ハルはセーラと同様にセシリアを空中でキャッチした。
「泥だらけだけどセシリアも怪我はないようだね」
「ええ。・・・ロッテの方も終わったようね」
セシリアの言葉に振り返ると、レナードが剣でマッドスライムキングの核を破壊し、ロッテを解放したところだった。
「流石義父さん、危なげない戦いだった。さてこいつはどうしよう」
ハルは目の前のスライムに目を向ける。セシリアの突きを受け衰弱しているもののまだ生きている。
「ちょっとスライムに興味が湧いたしな・・・。いや、触手はどうでもいいんだよ、ほんとに?ただ、今後の魔獣の研究のためやはりここはテイムして―――」
「【サンダージャベリン】!!――あら、何か言ったかしらハル?」
「・・・いえ、何でもありません」
セシリアが明らかにオーバーキルな攻撃をして、最後のマッドスライムキングはバラバラに消し飛んだ。同時にセシリアが浮かべた壮絶な微笑みを見てハルは若干怯えながら敬礼を送った。




