亡都トーキョー
本日2話目です。
亡都トーキョー。かつては勇者の末裔の治めるシノノメ王国の王都として栄え、最盛期には30万人もの人が暮らしていたという。初代国王である伝説の勇者の方針によりシノノメ王国では亜人族への差別が禁止されていたため人間だけでなく、多くの亜人族も人間と共にこの地で暮らしていたそうだ。シノノメ王国はそれほど大きな国ではなかったが、国内の土壌は養分が豊富で毎年多くの作物が育ち、人々は豊かな生活を送っていたらしい。
しかし、今から15年前、シノノメ王国に転機が訪れる。その年はアーベンティア大陸西部全体が不作に見舞われた年だった。作物の値段が高騰し、各地で混乱が起こった。しかしシノノメ王国は数少ない例外で、その年も例年通りの豊作だったという。過去に各地が凶作に見舞われた年も同じような事があり、人々はシノノメ王国の土地を『勇者に祝福された地』であると噂し始めた。
その噂に興味を示したのが、シノノメ王国に隣接していた軍事大国のアクレスト王国とゼノビア共和国である。2国は同盟を結び、さらには世界最大の傭兵団であるフェンリルを雇って、聖陽歴801年の冬、シノノメ王国に侵攻を開始した。シノノメ王国は豊かな国であったが、その歴史の長さと勇者の末裔の国ということで周辺国から一目置かれておりそれまで他国から攻撃を受けたことが無かったため、それほど大きな軍事力を持っていなかった。戦況は次第に悪化し、翌年の聖陽歴802年6月、ついに王都であるトーキョーの街が陥落しシノノメ王国はその長い歴史に終止符が打たれることになった。
積荷の確認を終えた馬車はゆっくりとしたスピードで廃墟となったトーキョーの街を進み始めた。ほとんどの道は瓦礫などで埋め尽くされ、まともに歩ける状態ではないが、馬車の入ってきた南側の入口から街の中心方向へ向かう大通りだけは瓦礫が撤去され、馬車が十分進めるだけのスペースが確保されていた。ハルたちも姿を隠したまま馬車の後についていく。
しばらく真っ直ぐ進んで街の中心付近に近付くと、何か大きな建造物が崩れた跡地に辿り着いた。数人の兵士と、傭兵風の男たちがその跡地周辺を警護しているようだった。そこの前で馬車も足を止める。
すぐに跡地から数名の兵士が馬車の方に歩いてきた。
「ご苦労だった。積荷はこちらで降ろす。おまえたちはしばらく休んでいろ」
やって来た兵士のまとめ役らしい男が、御者と護衛の兵士をねぎらった後、部下に命じて積荷である魔石と魔水晶をどんどん降ろしていく。降ろされた魔石・魔水晶は別の兵士たちによって跡地の方に持っていかれた。しばらくして積荷を全部降ろし終えると馬車は瓦礫を撤去して確保されたスペースに造られた厩舎の方に向かって行った。その隣にはアクレスト王国の国旗である黒地に赤い獅子の紋が入った陣幕が張られている。その中からも50人近い数の人の気配がしていた。
「(どうやらあの跡地に何かあるみたいだね)」
「(魔石を運んで行った兵たちの気配は途中から下に向かって行きました。どうやらどこかに地下に向かう階段か何かがあるようです)」
「(気付かれないように行ってみるニャ―)」
ハルたち3人は隠密マントを被ったまま跡地のほうに歩き出した。かなり窮屈な思いをしながらなんとか見張りの兵士と傭兵の間を抜け、跡地に足を踏み入れる。その瞬間ハルは自分が何故かどことなく懐かしい気分になっていることに気付いた。
(なんだろう。ここにいると心が落ち着くような・・・。今にも崩れ出しそうな廃墟なんだけどな)
不思議に感じながらもそのまま兵士たちの気配が下に向かって行った場所を目指した。その場所はすぐに見つかった。
「(あったよ。下に向かう階段だ。)」
「(本当だ。結構下まで続いているみたいですね)」
「(見た感じ探知系の装置は無さそうニャー。とりあえず降りてみるニャ―)」
3人は壁に取り付けられた魔力ランプの薄暗い光を頼りに、どこまでも続いているように感じる長い階段を下り始めた。
降り始めて十数分経った頃ようやく階段の終わりが見えてきた。その先は広いスペースがあるようで、かなりの人数の気配を感じる。3人は慎重に階段を降りきり、その先の広場に出た。そこは、30メートル四方ほどの大きさになっており、階段の正面には巨大な扉がある。その扉を守るように100人近い兵士と傭兵がその場に陣取っていた。
「(ここはいったい・・・。この雰囲気はどこかに似ているような気がするのですが・・・)」
「(ひょっとしたら冒険者講習で入った戦鬼のダンジョンじゃない?あそこの最下層もこんな空気だった。それよりロッテ、傭兵たちの装備を見てよ)」
「(ニャー、あれはどうみても魔力銃だニャー。アキト国で造られてるのものより数世代はスペックが落ちそうニャけど、外界で魔力銃が造られているなんて聞いたこと無いニャー。いったいどういうことなのニャー?)」
「(さあね。ただ、誰にも気付かれずにあの扉の向こうに行くのは難しそうだ。それにあの先がダンジョンになっているならかなりの難易度が予想される。あの先に進むなら一旦引いて準備を整えたほうがいいね)」
「(了解ニャー。団長たちに連絡も取りたいところニャし、一旦地上に戻るニャー)」
ハルたちは降りてきた階段を引き返し地上に向かった。再び十数分かけて地上に戻り、念のため、一旦トーキョーから出て近くの茂みに身を隠しハルが義父に【念話】を送る。
「(義父さん、ハルだ)」
「(どうした。何かあったか)」
ハルの口調から重要な連絡があると察したらしい義父はいつもより低い声で尋ねてくる。
「(アクレストに流れていた魔石と魔水晶の最終的な行先がわかった。場所はアクレスト王国北東部、旧シノノメ王国王都トーキョー。街の中心部にある大きな建物の跡地に地下に向かう階段があって、そのさきにかなり高難易度のダンジョンがあるみたいだった。魔石・魔水晶はそこに送られていたみたいだ。)」
「(なっ、トーキョーだと!!?ハル、今トーキョーにいるのか!?)」
「(え、いや今は街の近くの茂みに潜んで連絡してる。急にどうしたの?)」
珍しく義父がかなり驚いていることを不思議に思ったハルが尋ねる。
「(あ、いや、すまない。少し思うところがあってな。もう少し詳しい状況を教えてくれ)」
「(さっきも言ったけど今はトーキョーの外の近くの茂みの中にいる。ロッテとセーラ・・・前に言ってたパーティーメンバーと一緒だよ。トーキョーの街の中にはアクレストの兵士と傭兵がいる。街の中心付近の大きな建物の近くにアクレスト軍のものと思われる陣があって、そこに50名ほど、跡地の警戒に20名ほど、街の入口に5名ほど兵士と傭兵がいる。跡地の階段を下りた先は30メートル四方程度の広いスペースがあって、階段の正面に大きな扉がある。気配から察するにその先は高難易度のダンジョンだ。その扉の前には武装した兵士と傭兵がだいたい50名ずつ。傭兵側の主な装備が魔力銃になっている。アキト国で造られている型じゃない。スペックも数世代分は遅れてはいる。突入前に準備と連絡をするために街の外で待機中。以上だ)」
「(・・・なるほど。状況はわかった。ハルたちがいるのは街のどちら側だ?)」
「(南側だけど?それがどうしたの?)」
「(ちょっとした確認だ。戦闘準備を整えておくのは構わないが突入はもう少し待って欲しい)」
「(ん?どういうこと?)」
「(こちらも少しやっておきたいことができたんでな。また後でこちらから連絡する。しばらくその場で待機しておいてくれ)」
「(しばらくってどれくらい?)」
「(そうだな・・・。おそらく1時間もかからないだろう)」
「(ん、わかった。それじゃあ準備だけして連絡を待つよ)」
「(ああ、それではまた後で)」
ハルは義父との念話を終えた。ハルの表情から話が終わったと判断したロッテが話しかけてくる。
「団長はニャんて言ってたのニャー?」
「何かやりたいことがあるらしくて準備はいいけど突入はしばらく待て、だってさ。1時間はかからないと思う」
「了解ニャー。早速装備を整えるニャ―」
ロッテは腰のアイテム袋から自分の上位の装備を取り出し用意を始めた。
「ええと、ハル、私はどうすれば?」
「セーラの装備は悪いものじゃないけどあのレベルのダンジョンを進むには心もとない。オレの装備にセーラでも何とか使えそうなサイズのものがあると思うからそれを貸すよ」
ハルはアイテムボックスからゼノンに貰ったアキト国の装備入りのアイテム袋を取り出した。その中からセーラに合いそうなものを選び渡していく。
「ハ、ハル!!?何かとんでもなく凄そうな装備なんですけど!!」
「アキト国でも最高クラスの装備だからね。外界じゃどれだけお金を積んでも買えないよ。そんなことより早速装備してみてよ。違和感がないか確かめて欲しい」
ハルがセーラに渡したのは、軽くて丈夫な風竜の素材を使い世界最硬の鉱石オルハリコンで接続した軽装の防具一式と抜群の衝撃吸収能力を誇るホーリーシルクで織られたコート、ミスリルに次ぐ魔力伝導率とオリハルコンに次ぐ硬さを誇るアダマンタイト鉱石製のショートソードだ。貴重で強力な秘境の素材をふんだんに使い高い技術力を持つロックベル大工房のドワーフが造り上げた最高の装備の一つである。
少し離れたところで装備を変えてきたセーラは軽く体を動かして調子を確かめ始めた。
「この防具、凄く丈夫なのにとても軽いし、この剣も凄まじい切れ味ですね。魔力もとても通しやすいです。私はこの装備に見合った実力を持っていませんが・・・」
「ま、そこはこれからの努力次第だね。でもこれでセーラの戦闘力はかなり底上げされたはずだよ。どう?動きを邪魔する部分とかは無い?」
「まったくないですね。まるで長年使ってきた愛用の装備のようなフィット感です」
「流石はロックベル大工房製ってわけだね。それじゃあオレも準備を整えようか」
そう言ってハルも装備を整え始める。ハルの装備は火竜とオルハリコンの装備一式に同じくホーリーシルクのコート、アダマンタイトのショートソードにミスリル製のナイフといったものだ。
「さて、それじゃあ後は義父さんが【念話】を送ってくるのを待つだけだね」
ハルたち3人は茂みに身を隠しレナードからの連絡をじっと待った。
レナードの連絡を待ち始めてそろそろ1時間経つという頃、ハルたちは自分たちが身を隠している場所に近付いてくる2つの気配を感じた。
「え、この気配は!?そんな馬鹿な・・・」
思わず呆然とした声をあげるハルたちのもとに2つの人影が現れた。変化の指輪を使っているらしく若干の違和感を感じるもののハルが見間違う筈のない存在。
「な、なんでここにアキト国にいるはずの2人がいるんだ!!?」
思わずハルが声をあげた。そこに立っていたのは義父レナードと、魔法の師セシリアだった。




