ドリット鉱山②
取り残されていた鉱夫を無事に救出した翌日、この日も引き続き冒険者とカシス領兵はドリット鉱山の坑道内に入っていた。
「魔獣の数は明らかに昨日よりも減ってたね」
「そうですね。この調子なら2、3日中には片付くと思います」
まだまだ魔獣は徘徊しているものの昨日のように倒したそばから魔獣が集まってくるといったことはなく、戦闘の発生は散発的になっていた。そのため、坑道内の制圧は順調に進みハルとセーラは、きりがいいところで探索を切り上げて拠点に戻り、夕食の準備を手伝いながら坑道内のことを話していた。
まだ、日が落ちるまでには少し時間があるがハルたち以外にも多くの冒険者たちが今日の探索を終えて休憩を取っているように、冒険者が担当する区画の坑道の中の状況は全体的にかなり落ち着いてきているようである。
「そういえば兵士たちの方はまだ戻ってきてないな」
カシス領兵側を見ると初めから拠点で待機していた極少数の兵士しかいない。
「ドリット鉱山はカシス領の重要な収入源ですからね。カシスを治めるバクスター伯爵家にとっては一刻も早く操業を再開したい筈ですから・・・」
「・・・バクスター伯爵家に雇われている彼らとしては休みを削ってでも少しでも早く討伐を終えないといけないって訳か」
冒険者と違って収入は安定しているが、軍属である兵士たちは上からの指示があればそれに従わなくてはならない。その点、冒険者たちは基本が自己責任であるため今回のような緊急依頼でもそれなりに自己裁量が認められている。報酬分の働きさえしていれば休憩を取るタイミングや、いざという時の撤退なども好きにしていいという訳だ。
残っていた数名のカシス領兵たちが、多くの冒険者たちが早々に坑道の探索を終えて休んでいる光景を見て何か言いたそうな顔をしていたが、休んでいる冒険者たちは皆、充分な成果を挙げてから戻ってきていることもあり結局何も言わなかった。
ハルとセーラは夕食を取った後、装備の手入れや、他の冒険者との情報交換、冒険者講習の同期の者や親しくなった『草原の花』のメンバーとの雑談などをして過ごした。いい時間になったのでそろそろ明日に備えて寝ておこうと集まりを解散しようとしたときにハルはふと気が付いた。
「あれ?兵士たちはまだ帰ってきてないね」
「本当ですね。流石に坑道の中で一晩を過ごすことはないと思うんですけど・・・」
ハルたちの会話を聞いて周りの冒険者たちも兵士たちがまだ拠点に帰ってきていないことに気が付いたようだ。何人かの冒険者が冒険者側の指揮官のアレクセイ教官に視線を送る。
「・・・まだ日が変わるまでは時間がある。もう少し様子を見てみよう」
冒険者たちの視線を受けてアレクセイ教官は少し考えた後そう答え、坑道の入口がある方向を静かに見つめた。
「流石に妙だな・・・」
ずっと腕を組んで黙り込んでいたアレクセイ教官が呟いた。周りに集まっている冒険者たちも難しい顔をしている。
さらに夜は更け、とうとう日付も変わったのだが、朝、坑道に入って行ったカシスの兵たちは未だに戻っていなかった。
「こちらは何も聞いていないのだが、カシス領兵の部隊は今日は坑道内で夜営をする予定なのか?」
「いえ、我々も特にそのようなことは聞いておりませんが・・・」
アレクセイ教官は待機組の兵士を呼び出しカシス領兵側の予定を聞くが特に何も知らされていなかったらしい。彼らも困惑した表情を浮かべている。
「ふむ、となると何かあったと考えるべきか。おまえたち、まだ動けるか?」
「こっちは大丈夫だ!」
「我々も問題ありません」
「いつでも動けますよ」
アレクセイ教官の問いに冒険者たちはすぐに答える。冒険者を続けていれば、仕事中碌に睡眠がとれない状況になることもある。討伐部隊に参加している冒険者たちは1人前と呼ばれるDランク以上の者たちであり、その程度のことは問題でなかった。
「何かあると考えて今回は全員で隊列を組んで進むぞ。地形上どうしても隊列が細く伸びてしまうから側面からの襲撃には特に注意するように。魔獣の接近は気が付いた者が周囲に知らせろ。魔獣が逃げ出しても深追いはせず、部隊から極力離れないように行動するように。ではこれより兵士たちの捜索に入る。俺に続いて進め」
アレクセイ教官の指揮の元、冒険者たちは教官に続いて兵士たちが担当していた坑道内に入った。時折現れる魔獣を倒しながら慎重に奥に向かって進んでいく。
「うわあぁ!!」
「「「「!!!」」」」
探索を始めて30分ほど経ったころ、争うような物音と共に明らかに人間のものである悲鳴が聞こえてきた。
「急いで向かうぞ!」
アレクセイ教官を先頭に声がした方に向かって走り出す。
2度、3度と大きくカーブした坑道を駆け抜けると、傷だらけになりながら10匹以上の魔獣から必死に逃げ回っている1人の兵士を見つけた。
「おい、こっちに逃げてこい!冒険者は後ろの魔獣を排除しろ」
アレクセイ教官の大声を聞き、傷だらけの兵士は必死の形相でこちらに逃げてくる。逆に冒険者たちは武器を構え、兵士を追いかける魔獣たちに襲いかかった。
その場にいた魔獣はどれもDランク以下の魔獣だったこともあり、すぐに全滅した。
その間にアレクセイ教官は兵士に怪我の回復を速めるポーションを飲ませており、兵士は多少落ち着きを取り戻していた。
「おい、何があった?他の兵士たちはどうした?」
すぐさまアレクセイ教官が兵士に事情を問いかける。兵士は傷の痛みに顔を顰めながらも話し始めた。
「我々は、順調に坑道内の探索を進め夕刻にはこの坑道の一番奥にたどり着くことができたのです。そこでこの間の地震が原因と思われる坑道が大きく崩れた場所を発見しました。
どこかに繋がっており周囲に魔獣が多かったことからそこが今回の魔獣の大発生の原因となった場所ではないかと考え、隊長の指示のもと身軽な数名が斥候として送られました。自分もその内の一人です。少し進んだ先で自分たちが見たのは当たり一面が魔水晶に覆われたかなり広い空間でした。おそらく坑道内をうろついていた魔獣たちはもともとは魔水晶に惹かれてそこに集まっていたんだと思います。
まだちらほらとは魔獣もいるようでしたが、もともとそこにいた魔獣の大部分はそこから坑道中に出て行った後ですので、それほど脅威となるような数でもなかったのでそのように報告したところ、そこの制圧を終えてから拠点に戻るということになり、全員で魔水晶の広場に進撃したのです。
実際、我々はその場の魔獣をすぐに全滅させることに成功しました。ただ、その後、領主様に魔水晶の広場のことを報告するために魔水晶の一部を持ち帰ろうと広場の中央の大岩の頂上にあった一際大きな魔水晶に手を触れた時に、事故が起こりました。
大岩だと思っていたそれは擬態していた大型魔獣だったようで、背中から多数の魔水晶を生やした巨大なアリのような魔獣を起こしてしまったのです。かなり硬い上に酸のブレスを吐き、さらには土属性の魔法まで使う強敵で我々はすぐに撤退をしようとしたのですが、奴はここの魔獣たちを従える存在の様で、あちこちから魔獣が集まってきてあっという間に退路を断たれてしまいました。やむを得ず広場にいくつかあった横穴の一つに立てこもり防戦をする一方で自分を含めた数名が冒険者側に救援要請をするために何とか突破を図って横穴から出てきたのですが・・・」
「なるほど。魔獣に追われて怪我をしてしまったという訳だな。残念ながらお前以外の兵士も拠点に戻ってきていない。魔獣に追われどこかに身を隠しているか、あるいは・・・だな。とにかく事情は分かった。急を要す事態の様だし、話を聞く限り戦力の分散は避けたい。怪我をしているところで悪いがその大広間まで案内してくれ」
「わかりました。ポーションも効いてきましたし肩を貸していただければ問題ありません」
ハルたちは兵士の案内で、坑道の奥に向かった。




