休日の二人
五日間の勤務を終え、ようやく訪れた休日だった。
朝、目を覚まして最初に思ったことは、単純に「ようやく休みだ」だった。それも仕方のないことだと思う。我ながら壮絶な一週間だった。
枕元に置いていたスマホを手に取る。
今日はアラームをかける必要がない。会社へ行かなくていいし点検表を確認しなくていい。朝から消火器の本数を数えたり、感知器の位置を確認したりする必要がない。
そんな当たり前のことが、妙に嬉しかった。
時計を見る。午前九時を少し過ぎていた。
もう一度寝ようか。それとも起きようか。そんな贅沢な悩みを抱えながら布団の中でぼんやりしていると、スマホが震えた。
御手洗さんからラインだった。
──
芽衣:(猫がおはよーっと笑ってるスタンプ)
芽衣:今日はオフだね〜!!
光生:おはようございます。そうですね。久々の休みです
芽衣:みっくん今起きたでしょ?
光生:いま起きました
芽衣:絶対まだ布団の中でしょ?
光生:なんで分かるんですか?超能力?
芽衣:みっくん研究の成果がでたからだよっ
光生:いつの間に研究されてました?
芽衣:日々観察してます
光生:怖いこと言わないでください
芽衣:ふふふ。気を抜いてはいけないよ〜
──
朝から何を言っているんだ、この人は。
そう思いながらも、少し笑ってしまった
──
芽衣:みっくん今日は何するのー?
光生:特に予定ないので、たまにはしっかり掃除でもしようかなと
芽衣:えーっ!せっかくの休みなのに!?
光生:平日は中々できないですからね
芽衣:休みの日にしかできないこと、もっとあるじゃん!
光生:例えば?
芽衣:えーっと……いっぱい寝る!
光生:寝てました
芽衣:あと、YouTube!
光生:それ休みじゃなくてもできますよね
芽衣:たしかに
光生:御手洗さんは何するんですか?
芽衣:わたしはねぇ、YouTubeで動物みる!!
光生:それも平日でいいのでは…
芽衣:休みの日に見る動物は特別なのだよ
光生:何が違うんですか?
芽衣:補給。それからしか得られないものがある
光生:なるほど
芽衣:納得した?
光生:してません
芽衣:してよぉ
──
思わず声を出して笑ってしまった。電車じゃなくてよかった。仕事中の芽衣さんは、いつもこんな感じだ。変なことを言って、俺が突っ込んで、本人は全然気にしていない。とおもう。
ただ、今日は現場じゃない。会社の車の中でもない。それなのに、朝からこうしてどうでもいい話をしている。
それが少しだけ、不思議だった。そして、まったく嫌ではなかった。
──
芽衣:あ!この前話してたクオッカ調べてみた?
光生:調べましたよ
芽衣:どう!?
光生:可愛かったです。ずっと笑ってるみたいな顔してるんですね
芽衣:そうなの!めっちゃ癒し顔なの!!
光生:でもあれ、生存戦略らしいですよ。天敵から逃げるときも、ああいう表情になるらしくて
芽衣:えっ、怖い話にしないでよ
光生:怖い話じゃないですよ!?
芽衣:せっかくいつも幸せな顔してるのに!
光生:クオッカの幸せは変わりませんよ
芽衣:今、ちょっといいこと言ったね
光生:普通のことです
芽衣:みっくん、たまにいいこと言うよねぇ
光生:たまに、なんですね
芽衣:褒めてるんだよ?
光生:ありがとうございます
芽衣:もっと褒めてほしい?
光生:十分ですよ
芽衣:えへへ。朝シャワーいってくるー
──
布団から出て、カーテンを開けた。外はよく晴れていた。現場へ向かう途中で何度も見た空なのに、休みの日に見ると少し違って見えるから不思議だ。
しばらくするとまたスマホが震えた。
──
芽衣:みて!
[写真:抜けるような青空。ベランダの手すりが少しだけ写っている]
芽衣:めっちゃ晴れてるよ!!
光生:いい天気ですね
芽衣:みっくんのとこは?
光生:いや、近いから同じだと思いますけど
[写真:カーテンの隙間から見える、少し雲の多い空]
芽衣:ちょっと雲ある!あの雲かなー
光生:それ面白いですね
芽衣:っぽいのはみつけた!同じのかなー
光生:離れたところで雲を共有するの不思議な感じしますね
芽衣:エモいこというねぇ
光生:そうですか?
芽衣:でもなんか嬉しいねっ
光生:ほんとですね。ちょっと家事してきます
──
洗濯機を回し、部屋を片付ける。掃除機をかけて、窓を開けた。気持ちのいい風が入ってくる。
最近は仕事が続いていた。現場へ行けば、何かが起こる。何も起こらない日が、むしろ珍しくなっている気さえする。
だが今日は違う。怪異もない。天袋から老人の顔が出てくることもない。背後から御手洗さんが飛び出してくることもない。
(……それはそれでありそうだな)
そんなことを考えながら洗濯物を干していると、スマホが震えた。
──
芽衣:みっくん、いまなんか失礼なこと考えてなかった?
光生:いえ、普通に洗濯物干してました。無心ですね
芽衣:そっかぁ。女の勘が警報を鳴らしたのに。それよりみて!これー[動画ファイル]
光生:おっ、動画ですか。見てみます
芽衣:可愛いの見つけたんだよー
光生:これが砂猫なんですね
[動画:砂漠でまん丸おめめの砂猫が歩いてる]
芽衣:そう!めっちゃ可愛くない!?
光生:とんでもなく可愛いですね
芽衣:目がすごくない?
光生:確かに印象的な目つきですね
芽衣:ずっと半開きみたいじゃない?
光生:半開き…?ではないと思いますけど。目の周りの黒いラインが特徴的ですね
芽衣:あ、それクレオパトララインってやつだ!でも眠そうじゃない?
光生:御手洗さんみたいですね
芽衣:え?
光生:朝、よく眠そうにしてるじゃないですか
芽衣:……それって悪口?
光生:違いますよ!
芽衣:(ジト目をした椎茸が壁から顔を半分だして「怪しいたけ…」といってるスタンプ)
光生:可愛いって意味です
──
(…やべ、きもかったかも)
送ってから、少しだけ手と思考が止まった。別に変な意味ではない。眠そうな顔が、という意味だ。慌てて続ける。
──
光生:すみません。眠そうな表情が可愛いらしいという意味ですよ?
芽衣:焦ってる
光生:焦ってません
芽衣:めっちゃ補足してるし謝ってるけど?
光生:誤解されると思ったので
芽衣:誤解?
光生:いえ…なんでもないです
芽衣:ふーん。でも、可愛いって言われたのは覚えとくね
光生:忘れてください
芽衣:無理!スクショしたもん!
──
完全に遊ばれている。だが、不思議と嫌ではなかった。
昼近くになり、冷蔵庫を開ける。中途半端な食材ばかりだった。
(買い物行くかぁ。めんどくせー)
外へ出る。太陽はすっかり高くなっていた。スーパーへ向かう途中、ふと近くの建物を見る。
(……あそこもどこかの業者が点検してるんだろうなぁ)
買い物を済ませ、家に戻る。結局めんどくさくなって、ほぼ具無し焼きそばを作った。御手洗さんが写真を送れと言っていたことを思い出し、皿に盛りつけて撮影する。
──
光生:できました!野郎飯
[写真:ソースの色が濃すぎる焼きそば]
芽衣:うわっ、ソース濃くないっ!?
光生:そうですかね
芽衣:茶色い!でも茶色いものは大体美味しいもんね
光生:ありがとうございます
芽衣:目玉焼き乗せればよかったのに
光生:うわっ、やればよかった…
芽衣:今からでも!
光生:もう食べ終わっちゃいます
芽衣:早くない?
光生:味わうほどのもんじゃないので
芽衣:みっくんのご飯、もっと見たかった
光生:また作ったら送ります
芽衣:ほんと!?
光生:はい
芽衣:やったぁ!
──
喜ぶことだろうか。そう思ったが、俺も御手洗さんの作るご飯を見てみたいなぁと思ってしまったので、そこは黙っておいた。
午後になり、ソファに座ってスマホを眺めていると、御手洗さんから次々に動物の動画が送られてきた。カピバラ。レッサーパンダ。ラッコ。そして、またクオッカ。
──
光生:御手洗さん、何時間YouTube見てるんですか
芽衣:そんな日もあるさ☆今はカピバラ特集!
光生:おっ、カピバラいいですよね。あの何も考えてなさそうな顔がいいですよね
芽衣:分かる!!でも絶対、色々考えてるよ!
光生:あの顔でですか
芽衣:カピバラの群れに襲われるよ?
光生:御手洗さんもクオッカに悩みなさそうって言ってましたよね…
芽衣:クオッカは笑ってたから!
光生:クオッカも悩んでるかも
芽衣:…たしかに。ご飯が少ないとかあるかもしれないもんね。寒いとか
光生:納得早いですね
芽衣:クオッカさん、ごめんなさい
光生:カピバラさん、ごめん
──
気づけば、一時間以上こんなやり取りをしていた。動物の話。昼ご飯の話。天気の話。本当にどうでもいい話ばかりだった。それでも、時間が過ぎるのが早かった。
そしてしばらく返信が止まる。御手洗さんも何かしているのだろう。スマホをテーブルに置いたとき、通知が来た。
──
芽衣:メッセージの送信を取り消しました
──
送信取り消し。なんだろう。めっちゃ気になる。でも聞きにくいよなこれ。
だがしばらく待つが、新規メッセージはこない。
聞いてみるか。
──
光生:どうかしましたか?
芽衣:あ、ううん!なんでもないよっ
光生:そうですか
芽衣:うん
──
数分後、また通知が来た。
──
芽衣:みっくん、そういえばさー
光生:はい
芽衣:あのさ
光生:どうしました?
芽衣:前に約束したこと、覚えてる?
──
もちろんすぐにわかった。以前、休みが合えばどこかへ行こうという話をしたことだろう。
──
光生:ゲームか映画の話ですか?
芽衣:そう!覚えてくれてたの!?
光生:もちろん覚えてますよ
芽衣:良かったぁ
光生:忘れるわけないですよ
芽衣:忘れてたら泣こうと思ってた
光生:そこまでですか
芽衣:泣かないけど
光生:泣かないんですね
芽衣:やっぱ、ちょっとだけ泣く
光生:何にせよ覚えてるので!
芽衣:ふふふ。
芽衣:………あのさっ、水族館とかどうかな
光生:だいぶ変えましたね笑
芽衣:生き物繋がりで!
光生:いいですね!水族館
芽衣:ほんと!?
光生:はい。俺行ったことないので
芽衣:えっ!?水族館行ったことないの!?
光生:ないですね
芽衣:人生損してるよ!!
光生:そこまでですか!?
芽衣:わたしも行ったことないけど!
光生:(ないんかーいとツッコむ貝のスタンプ)
芽衣:陸の動物は現場でいっぱい見れるからね!
光生:普通の会社員は、仕事中に間近でキリン見れませんからね
芽衣:でしょでしょ!でも水の中の動物は未開拓なんだよぉ
光生:じゃあ、一緒に開拓しますか
──
送信してから、また少しだけ後悔した。
(一緒に開拓ってなんだよ。なんか調子狂うなぁ。きもって思われてそう)
もっと普通に言えばよかった。
──
芽衣:開拓!?いいね、みっくん隊員!!
光生:何の隊員ですか
芽衣:水中生物調査隊!
光生:また研究ですか
芽衣:今回はちゃんと共同研究!
光生:それなら安心です
芽衣:じゃあ、今度日程決めようね
光生:はい、楽しみにしてます
──
既読に少し間があった。
(ほんとは嫌だったりしないかな。つーか、なんでこんなネガティブなんだ今日は)
──
芽衣:ふふーん
光生:どうしました?
芽衣:デートの約束しちゃったね
──
指が止まった。画面を見つめる。
(……え?デート?デートなのか?御手洗さんとデートしようとしてるのか?ちょっと、落ち着け俺。変になるぞ、変なこと送るなよ。
・このまま付き合っちゃいます?→0点
・そうですか?→0点
・何だかソワソワしちゃいますぅ→0点
だめだ!0点しか取れない!落ち着け!考えろ!急げ!誠実にだぞ!)
目を閉じて頭を抱えて思考をフル回転させる。そんなことをしてると、新たな通知が来ていた。
──
芽衣:メッセージの送信を取り消しました
──
どう返そうかと少し目を離していると、何かが送られてきていたようだが、取り消されていた。
──
芽衣:なんてねっ
──
ちょっとまて、今取り消したのは何だったんだ。
(デートの約束しちゃったね、の後に何送ったんだ…?見損ねたぞ)
うそだろ…なんて間が悪くて隙だらけで情けなくて役立たずなんだ俺は。
死ぬほど聞きたい気持ちと、聞いたら何かが変わってしまいそうな予感が同時に浮かんだ。
そして結局、聞けなかった。
──
光生:そうですよね
──
「そうですよね」
(なんだそりゃ。0点どころかマイナスも良いところだろ。だせぇ。いじけたガキみたいだ)
ため息と同時にスマホを置いた。
いや、別に。御手洗さんは最初から冗談で言っただけだ。なんてねっ、なんていつものことだろ。
俺だって最初、水族館へ行くことをデートだと思っていたわけではないのに、なんでこんなことで…
(ん?……思ってないよな?)
スマホが震えた。
──
芽衣:いつもお話聞いてくれてありがとっ。
デート、楽しみにしてるね
芽衣:(イカゲソがハートを作ってるスタンプ)
──
(こりゃ……水族館、楽しみだ。…いや!そうじゃない!目を覚ませ、急いで返信しないと!)
──
光生:自分も楽しみにしてます!!いまから予習しまくります!!今日は水生生物のYouTubeの日にします!!
光生:(高速で反復横跳びしてるピーマンのスタンプ)
芽衣:みっくん気が早いなぁ
芽衣:じゃあまたね、良い休日を〜
光生:御手洗さんも、良い休日を
芽衣:(タコ焼きがぺこりとお辞儀しているスタンプ)
──
さっき取り消されたメッセージのことはもう頭になかった。俺は昔から女の人が何を考えているのか、ちゃんと分かった試しがない。
でも最後は難しく考えずに素直に文字にできた。
スマホを置き窓の外を見る。
いつの間にか空は夕方の色になっていた。
今日は朝から何も起こらなかった。
怪異も。
幽霊も。
天袋から顔が出てくることもない。数珠の出番もなかった。
掃除をして。
買い物へ行って。
焼きそばを作って。
御手洗さんとずっと動物の話をしていた。
朝は、「ようやく休みだ」としか思えなかったけど、今は「仕事に行きたい」と思ってしまっていた。
静かな部屋。窓から入ってくる夕方の風。
休みが終わればまた御手洗さんと現場へ行く。
そうしたら、また何かが起こるかもしれない。
(ん?何か…起こるかも?…忘れてた。やっぱ行きたくない気もしてきた)
ただ一つだけ。
まだいつ行くかわからないけど、休みが少し楽しみになった。




