とある日のふたり
午前の現場は特に何も起きなかった。
点検はすんなり終わり、指摘事項もほとんどなし。
御手洗さんと二人、立ち寄った公園のベンチで昼食をとっている。
「なんだか今日は平和ですね」
「そうだねぇ、平和が一番だねぇ」
御手洗さんはお茶を飲みながら、のんびりと足を伸ばしている。こんなに何もない日は、思えば入社後初めてかもしれない。
「そういえば」
俺は前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「御手洗さんって、なんでこの仕事を選んだんですか?」
「んー?」
御手洗さんは少し考えるような顔をしてから、にっこり笑った。
「そうだねぇ〜、いろんなところ行けるからかなぁ」
「いろんなところですか」
「うん。普通の人はあんまり入れないところ、たくさん行けるでしょ?ゴルフ場でカートに乗ったり、色んな工場とか、いつもいってるところの裏側見られたりね」
「確かに言われてみれば特殊な経験ですよね」
「そうそう。動物園のキリン舎のニ階で消火器点検してた時なんて凄かったんだよぉ。振り返ったらキリンさんがね、一メートルもない距離でじ~っと見ててさぁ。座ってる私と目の高さが同じくらいでさ、まつ毛ばっちばちでくりっくりのつぶらなおめめが可愛くてさぁ…あれは夢のような時間だったなぁ」
「確かにそれは中々経験できることじゃないですね。キリン可愛いですけど、案外迫力ありますよね」
「やっぱりみっくんはわかってるなぁ。座ってる私とキリンさんの顔の大きさがあまり変わらなかったんだよ。牛もポニーも可愛いし」
「自分も牛好きです」
「可愛いよねぇ。あっ、そういえば砂猫って知ってる?」
「砂猫…初めて聞きました」
「砂漠の天使って言われてるんだけどね。一日中見てられるくらい可愛いんだよ。みっくんは好きな動物いる?」
「うーん、動物全般好きですけど。カピバラとかハシビロコウ好きです」
「センス輝いてるなぁ。クオッカみたいに笑っちゃって」
御手洗さんが、ぼそっと呟いた。
「ん?何みたいって言いました?」
「なんでもないよ?」
御手洗さんは、いたずらっぽく声を落とした。
「仕事の話だけどさ。普段押したらいけないボタン、堂々と押せちゃうのもすごいよね」
「ベル鳴っちゃいますもんね」
「そうそう!初めて押すときは、ドキドキしたよね」
「緊張しました。刷り込みですよね」
「子供の頃から、押しちゃダメって言われるとやりたくなるタイプなんだよねぇ。あっ、イタズラでは押してないからね?」
「ドキッとしました。仕事だけでよかったです」
「うん」
なんとなく分かる気がした。この人らしい理由だと思う。でも、何かこの話題、雰囲気変わった気がする。
「みっくんは?なんでこの仕事に?」
「自分は……その、就職活動でたまたまですね。どんな事をやるのかさえ知りませんでした。すみません」
「なんで謝るの〜?就職なんて大体そんなもんじゃないかな。仕事があるだけラッキーだよね」
御手洗さんは特に気にする様子もなく、おにぎりの残りをぽいっと口に入れた。
しばらくお互い黙って食べていたが、ふと目に入った御手洗さんの手首の数珠が気になって、俺はもう一つ質問することにした。
「あの、その数珠って、いつ買ったんですか」
「これ?」
御手洗さんは、嬉しそうに手首を持ち上げる。
「これね、実は買ったんじゃなくて、当たったの」
「当たった?」
「ホラーゲームの予約特典!発売日にお店行ったら、数量限定で貰えたんだよねぇ。しかも、かなりの激レアらしいよ」
「……特典、ですか」
「うん!しかもそれが、みっくんが入社する前の日だったんだよ。運命だと思わない?」
(入社と特典の運命の繋がりとはいかに……)
「へぇ……そうだったんですね」
「でしょでしょ!だから私、この数珠のこと信じてるんだぁ」
御手洗さんは満足げに頷いている。俺は、余計なことは言わないことにした。
「みっくんも、何か欲しいものある?今度一緒にゲームやる?映画見にいく?」
「いいですね!是非お願いします」
「じゃあ、約束ね」
そんな話をしているうちに、昼休みは終わった。
――
午後の点検も、結局何も起きなかった。
「今日は平和でよかったですね」
「そうだねぇ」
現場から車に戻ってる途中、夕焼けに照らされた御手洗さんが振り返った。
――最近、こういう日の方が珍しいね
「そう……ですね」
その通りだった。
「でも、たのしいね」
俺たちはそれ以上、何も言わずに、車に乗り込んだ。




