白峰カントリー倶楽部
「ねぇねぇ、みつおくん。ドラキュラって知ってる?伯爵のやつ」
「ど、ドラキュラですか?まぁ知ってはいますけど。伯爵の」
「いるらしいよぉっ。ルーマニアには未だに」
「そ、そうなんですね」
唐突に御手洗さんが真剣な顔して、なんか言い出した。
「でね、気になったから調べてみたらさぁ、すごく綺麗なお城だったの!行ってみたいなぁ〜」
(にまにましだした。これは、否定できないぞ)
「確かに城ってロマンの塊ですよね」
「わぁ!さすがみつおくん!話がわかる子だねぇ。もはや光生くんは卒業で、今日からは、みっくんだよ!」
(またなんかいいだした。あれが琴線だったのか)
「あのお城はねぇ、ルーマニアの王妃の心臓が埋葬されてるんだって。ドラキュラの怪物の影よりも、城を愛した美しい王妃の幽霊のほうが今も城内を見守るように彷徨っているという、ロマンチックな怪談として有名なのです」
(結局怪談かよ!ってあぶねぇ…)
危うくカートから転げ落ちるところだった。
──
そう、俺はいまゴルフカートに乗っている。
もちろん遊びで御手洗さんとゴルフをプレイしにきてるわけではない。
今日はゴルフ場の点検に来たのだ。最初はゴルフ場って広いんだろうな、と思っていた。
だが話を聞くと点検のメインはクラブハウスのようだった。他にもコース上に散らばる売店、屋外のカート整備場、コースを管理している土木会社の事務所などがあるらしい。
小金井課長と深山さんはクラブハウスを点検していて、俺と御手洗さんは先に外回りへ行き、消火器の点検をしてから合流予定だ。本来は一人で回るところを、素人の俺のために御手洗さんが仕事を増やして付き合ってくれている。皆さんに少し申し訳ない気持ちになる。
「あれが最初の売店で、ずーっと上がっていったところに一番奥の売店ごあるんだよ。ここはショートカットできるけど、左に行かないと逆走になるから注意してねぇ」
さっきのドラキュラのように時たま冗談を挟みながら、仕事も教えてくれる。しかも可愛いし穏やか。御手洗さんは間違いなく最高の先輩だ。
気持ちいい風を浴び、髪をなびかせながらカートを運転している御手洗さんが、ちらりとこちらを見た。
「みっくん、風が気持ちいいねぇ〜」
「そうですね。ゴルフ日和でプレイしてる方達も楽しそうですね」
「そうだねっ。なんかさ、こうしてると私達、ドライブしてるみたいじゃない?」
「へ?」
「もう、赤くなっちゃってぇ……ドライブならいつもしてるでしょう?現場行くときに。かわいーなぁ、みっくんは〜」
「あっ!さては、いじって反応楽しみましたね!勘弁してくださいよ」
「ごめんごめーん!」
快活に御手洗さんは笑っていた。そうこうしているうちに売店へと辿り着いた。
最初の売店は無人のようで、売店というより休憩所のようになっている。
中と外の消火器を点検し、再度カートに乗り込む。
「忘れ物はないねっ?では出発、進行〜」
御手洗さんは慣れた手つきで発進し、やがて一番奥の売店に着いた。
――
奥の売店には、日焼けした店番のおばちゃんが一人だけいた。
「あら、消火器の点検今日だったのね。お疲れ様、暑いのに大変ね」
御手洗さんが愛想よく挨拶しにいった。俺は御手洗さんに言われた通り、点検票を取り出し、売店の裏手にある屋外用の消火器ボックスを開け点検を開始した。
すぐに屋外での点検を終え売店の中へ入ると、御手洗さんは既に消火器点検を終えていて、売店の女性と親しそうに話していた。どうやら面識があるようだ。
「暑いから水分ちゃんと摂ってね。はい、これ飲んでいいわよ」
おばちゃんが麦茶のペットボトルを差し入れてくれる。
「ありがとうございます!いつもすみません!……あ、そういえば前回来た時に話してた件、あの後どうなったんですか?」
御手洗さんがいつもと少し違う、トーンの抑えた口調で何かを質問しだした。
「あぁ、緑川土木さんの件?ううん、何も。見つかってもいないみたい」
「……」
なんの話をしてるんだ?と俺が考えているのが顔に出ていたようで、御手洗さんが説明してくれた。
「半年前の点検より少し前のことなんだけど、コースを整備してたここの土木職員さんが一人、突然行方不明になったみたいなの。朝作業に出ていって、そのままみつからないんだって」
「そうだったんですね……」
突然の重い話題に、俺は少し俯く。それをみた御手洗さんまで、神妙な顔をしていた。
さらにそれを見ていた売店のおばちゃんが気遣って、少しふざけたトーンで話を続けた。
「まぁ、若い子たちの間じゃ、まだコースを整備して彷徨い歩いてるんじゃないかって言う子もいるみたいよ」
おばちゃんはそれだけ言うと、また笑顔に戻り、麦茶をもう一本取り出して、俺にもくれた。
「ありがとうございます。すみません、仕事しに来たのに」
「いいのいいの。またきてね」
――
「じゃ、行こっか。帰り道はみっくんが運転してねっ」
外に出ると御手洗さんはもう切り替えたようで、笑顔で鍵を渡してきた。
「え、いいんですか」
「うん、覚えといた方がいいからね」
俺は運転席に座り、隣に御手洗さんが座る。ハンドルを握ると、思ったより重かった。
「車とはまた違う感覚ですね。ゴーカート運転してるみたいな」
「確かにアトラクションみたいだよねっ。みっくん、ゴルフはねぇ、紳士のスポーツなんだよ」
「そうなんですね」
「マナーとエチケットが大事なの。構えてる人にプレッシャー与えたらだめだから、近づきすぎないで。うるさいのも嫌がられるから、カートも早めに停めてね」
「かしこまりました。御手洗さん、ゴルフ詳しいんですね」
「おかゴルファーだからやったことないけどねぇ」
「ゴルフは元々陸ですけどね。海ゴルファーとか?」
「あっ、ニヤッとした!さてはさっきの仕返しだなぁ?」
御手洗さんは頬を膨らませながらも目元は笑ってしまっている。
「みっくん。おかゴルファーが普通のゴルフってことは、私ゴルファーだったんだ……」
ガタンガタンとカートは進んでいく。
──
「あっ、構えてますね。止まります」
「おっけー」
カートを止める。少し先のティグラウンドに、男がクラブを構えていた。
「みっくんはゴルフやるの?」
「いえ、遊びで友達に連れて行かれて打ちっぱなしに行ったことがあるくらいです」
とひそひそ話していると、後ろからガタンガタンと音を鳴らして別のカートが来た。結構近くで停まって、大きめの声で喋っている。
「エチケットないですね」
「そうだね。まだ打ってないのにね。でも、長いね」
すると…。
「おーい、にいちゃんたち、どうしたー!はじめたいんやが!!」
「え?」
「え?じゃなしに!前の組、グリーンまで行ってもうとるで!はよどいてくれや!」
前を見ると、構えていた男がいなくなっていた。
(え、あの人は……もう打ったのか?いや、打った音もしてないし、時間も経っていないのにいなくなるはずがない)
背後のカートは、俺たちが道を塞いでいるとしか思っていない。男が消えたことには、誰も触れてもこない。
そして何より、思い返せばカートがどこにも止まってない。まさか徒歩でゴルフをしているなんてあり得ないだろうし。
「す、すみません!すぐ動かします!」
慌ててカートを出す。グリーンに向かって走らせながら、隣の御手洗さんをちらりと見た。
「少し離れていたとはいえ……絶対いたと思うんですけど」
「そうだねぇ。あれはいたね……」
「なんか毎現場、何かしら起きますね」
「そうだよねぇ」
―――まさかゴルフ場でUFOに攫われる人が出るなんて。
「え?」
(怪異じゃないの!?数珠って未確認飛行物体もいけんの!?)
御手洗さんは、それ以上は何も言わずに、また前を向いた。
(ゴルフ場なんて、これだけの山に囲まれた自然だし、それこそヤマノケとかのほうが、まだあり得ると思うんだけど。でも山もUFOの基地があるとかよくやってるか)
――
クラブハウスに戻り、小金井課長と深山さんの点検に合流する。その後は淀み無く点検は終了した。
「みっくん、おつかれぇ」
「お疲れ様でした。今日も色々教えていただいて、ありがとうございました」
車に道具を片付け終わると、御手洗さんがこちらを見上げながら微笑む。
「おぉっ?みっくん〜?二人ともやけに距離感が縮まってるな?さては…何かあったな?」
ニヤニヤしながら、小金井課長が顔を覗き込んでくる。
「やだなぁ、課長ったら。……ねぇ、みっくん?」
そう言うと御手洗さんは、気恥ずかしそうに顔を背けて、俺の制服の肘らへんを、ちょこんとつまんだ。
「え?ちょ、ほんとにあったの?ねぇ、おじさん聞いてないよ!?仕事中だよ!?」
(……もしかして御手洗さん、小悪魔!?まぁ、幽霊だかUFOだかあったのは事実だから、あながち嘘ではないけども)
「おい、光生くん!あとで、何があったか教えてくれるよな?な?」
「……いや、何と言っていいか分からないので、この話はここまでということで」
「そんなぁ〜!ずるいよ青春〜!」
小金井課長の嘆きは、まだクラブを構え続けているかもしれない誰かの耳にも届いたかもしれない。
「はいはい。とっとと帰りますよ」
呆れて小金井課長を車に押し込む深山さんと、それをみてクスクスと笑い合う俺と御手洗さん。
そして、車に乗り込んだ四人の頭上を、一筋の光が音も出さずに、不規則な動きで山の方へ消えていったことを誰も気づいていなかった。




