退職願
退職願
一身上の都合により、勝手ながら来月末日をもって退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。
蓮見光生
──
その日、俺は一枚の封筒を持って出社した。
中身は、退職願だった。
昨日の夜、何度も何度も書き直した。
もう辞めるのだから関係ないのかもしれないけど、字が汚かったり、なんだか納得いかなくて、何度も破り捨てた。
本当によくわからないけど、納得いくまで書き直し続けた。
内容は最初から一つも変わらなかった。
書けることなんて限られているし。
一身上の都合とは良く言ったものだ。
──
事務所に入ると、いつも通り小金井課長と深山さんがいた。
御手洗さんは、まだ来ていないようだった。
「おはようございます」
「おう、おはよ――」
小金井課長が、俺の手元の封筒を見て言葉を止めた。目が俺と封筒を何度も行ったり来たりしている。
「光生、それ」
「はい」
差し出した封筒を、課長はしばらく無言で見つめていた。
「……そうか。まぁ社長には最近の経緯は軽く話してはあるしな。俺から渡しておくよ」
それだけ言うと、課長は封筒を受け取った。
驚いた様子は、なかった。
深山さんも何も言わなかった。
ただ、缶コーヒーを飲もうとした手を一瞬だけ止めていた。
「御手洗には?」
「まだ、話してません」
「そうか」
課長は、封筒を机の上にそっと置いた。
それから、しばらくして事務所の扉が開いた。
「おはよーん、ございまーす」
いつも通りの、明るい声だった。
御手洗さんは、俺と課長の顔を交互に見ると、何かを察したのか、笑顔のまま少しだけ固まった。
「あれ……何かあった?」
「御手洗さん」
俺は、机の上の封筒をそっと見た。
御手洗さんの視線もそこへ向かったあと、小さく息を吐いた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……そっか」
御手洗さんは、それだけ言った。
引き止めもしなかったし、寂しがるわけでもなく、ただ、静かに頷いた。
「いつまで現場には来られるの?」
そして、仕事の話をした。
「一応社長と相談して決める予定ですが、ひと月は来る予定です」
「おぉ、ひと月ねっ」
そう言うと御手洗さんは、棚の予定表を手に取って何かを確認している。
「みっくん、それなら」
「はい」
「来週の動物園、行けるねっ!!」
「……え?」
思わず、聞き返していた。
予定表も確認する余裕が無かったから気が付かなかった。
御手洗さんは、いつものように笑った。
「退職までに間に合ったね」
そして、少しだけ間を置いて。
「楽しみにしてた動物園の点検、楽しみだね!!四人で頑張ろうねっ」
その言葉や反応が予想外だったのか、課長も深山さんも何も言わなかった。
俺もそれをどう反応していいのかわからず、頷くことしかできなかった。




