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『心霊 × 仕事 ≒ 恋愛!?今日こそ何も起きませんように!〜自称数珠使いの可愛い先輩と点検に行くと、なぜか怪異に遭遇します〜』  作者: ハジェリ


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18/20

星見山ふれあい動物園

あの日から、何度も同じ夢を見た。


自分は部屋の真ん中にいて、いつまでも鳴り響く鈴の音。

木箱の中から、這い出てくる得体の知れない何か。

夢の中で目を覚ますたび、身体の奥に重たいものが沈んでいるような感覚があった。


しのさんは、あの日以来、少しずつ俺に憑《つ》いているものを引き剥《は》がしてくれていた。

一度に全部は無理だと、最初に言われた通り、時間をかけてそれは行われていた。


週に一度、請願寺《せいがんじ》に通う日々が続いた。

行くたびに、身体は軽くなっていった。 けれど、次に請願寺へ向かう頃には、またほんの少し重くなっている気がした。


しのさんは、いつも同じことを言った。


「まだまだ、時間がかかるよ。来た時には増えてるときもあるからねえ」


美咲さんは、そのたびに疲れた顔で笑った。


「そんな顔しないの。前より確実に減ってるから。安心しなよ」


それでも、完全に見えなくなったわけではなかった。

今も時々、何かが視界の端をよぎるし、視線を強く感じる時もある。

誰もいない場所から物音がするし、勝手にテレビも点く。ふいに声が聞こえる事もたまにある。


それは、思い出した子供の頃の記憶と同じだった。

見ない。

気づかないふりをする。

そうやって、しのぐしかない日々。


しのさんからは、こう言われていた。


「あんたが、しっかり見ないようにできるようになれば、向こうさんも、あんたを見つけにくくなる」


この世から怪異が完全に消えることは有り得ない。ただ、こちらが認知出来なければ、向こうも認知しなくなっていくらしい。

そういうものらしかった。


そして、あの後俺が休んでる間に、美咲さんから御手洗さんたちに全て話してくれていた。

俺の状態やこれからの見通し。

長い時間がかかること。


だから、退職願を出した時に、誰も驚かなかったのだと思う。

みんな、もう知っていたから。


「まあ、焦らず通い続けなよ。一番ヤバいのは終わってるんだから。それに、まだまだお婆ちゃんも現役だからね」


そう言って美咲さんは笑った。


──


あの後、社長と話し合った結果、俺は今日を最後に退職することになった。


退職願に書いたのは来月末日だったが、事情を聞いた社長が、俺の希望を受け入れてくれたのだ。


本来なら、もう少し時間があったはずだった。


御手洗さんと現場を回る時間も。

深山さんや課長と、くだらない話をする時間も。


けれど、今日で終わる。


そう決まってから、時間の流れが妙に早くなった気がした。


──


動物園は、想像していたよりもずっと広かった。

園舎が建ち並んでるのかと思っていたが、広大な敷地に、それぞれのエリアが離れて建っていた。


遠くから、動物の鳴き声がかすかに聞こえてきた。

普段は子供たちの笑い声が響き渡り、園内を走る小さな乗り物の音などがしているのだろう。

今日は休園日らしい、穏やかな雰囲気がそこにはあった。


「よし、早速二班に分かれるぞ」


小金井課長が、手にした点検票を見ながら言った。


「俺たちは管理棟が終わったら、事務棟な。外回りはまずゴリラとシマウマ、ポニー、あとヤギと電気設備と動物病院な」


「じゃあ、私たちは、ふれあいコーナーに動物教室、キリンとコアラと、あとカンガルー、クオッカとスナネコ、あと牛舎」


御手洗さんが、点検票を覗《のぞ》き込みながら言った。

声のトーンは、明るくて軽い。

何も変わらない、いつもの御手洗さんだった。


「じゃあ、終わったら無線で連絡な。昼休憩はいつものところ。今日は光生君の最終だから、特別に写真撮ってもいいぞ。見つかったら俺が責任取るから、死ぬ気で見つからないようにな」


「はーい、課長太っ腹ー!!撮りまくりまーすっ」


御手洗さんが手を上げる。


「じゃ、そろそろ行こっか」


「はい」


俺たちは、課長たちと別れた。


点検の際、園内は広いので車での移動となる。

車に乗り込むとシートベルトをして、発進した。


それだけのことなのに、妙に落ち着かなかった。

御手洗さんが隣にいるこの光景も、あと少しだ。 この現場に来るのも、今日が最初で最後になる。


そのことは、もう何度も自分に言い聞かせていた。

それでも、こうしていつも通りに歩いていると、明日もまた同じように出勤するような気がしてしまう。

御手洗さんが隣にいて。

深山さんが少し離れたところを歩いていて。

課長が先頭で、点検の順番を考えている。

そんな日々が、まだ続いていくような気がした。


──


最初の展示エリアは、早速のキリンだった。

キリンの展示場は、思っていたよりも天井が高かった。

柵の向こうで、キリンがゆっくりと首を伸ばし、吊るされた葉を食べている。

長い舌が葉を絡め取るたび、枝が小さく揺れた。


「やっぱり、おっきいなぁ」


御手洗さんが、キリンを指差した。


「本当ですね」


「前にお昼ご飯食べたらが話してたよね。キリンのまつ毛」


「動物園のキリン舎の二階で、消火器点検してた時の話でしたっけ」


「あっ、そういえば今日室内にいるじゃん!!殆ど外を歩いてるから、中々ないんだよ!今のうちに二階いこっ!」


御手洗さんは俺の腕を掴んで二階への階段へと急かす。


「間に合うかなー、逃げちゃうかなー」


歌うように呟き階段を登る御手洗さんの後を追う。階段を登り切るとそこは、二階と呼べるほどのスペースは無く、従業員専用の広めの通路だった。

柵《さく》と呼べるほどのものでもなく、木が二本、横に張られている手摺《す》り程度のものがあるだけだった。

高さがあり少し恐怖感を感じる。

その通路には二本消火器が設置されていた。


「手前の消火器やっといてねぇ。私奥に行ってくるからっ」


奥に向かって歩いて行く御手洗さん。通路には飼料が並べて置いてあり牧草のようないい匂いがする。

手摺(てす)りに背を向けて、壁にかけてある消火器を手に取った。


(ここでの事を話ししてくれてたんだ)


しみじみ置かれている状況を噛み締めながら点検をしていると、突然耳元に息がかかった。


「しーっ!ゆっくり後ろ見て!」


(え?)


言われるがままゆっくりと振り返ると、柵から顔を入れてこちらをじーっと観察しているキリンが目と鼻の先にいた。


(ま、まつげ!!まつげすごっ!めちゃくちゃでかい!!)


下から見た時は、長い首と大きなお尻が印象に残った。 想像していたよりも体高があり、迫力があるなと思っていた。

けれど、すぐ目の前で見るキリンは、まるで別の生き物だった。 吸い込まれそうなほど大きな瞳。そこに並んだ、長いまつ毛。 体毛の質感も、角も、鼻も、何もかもが新鮮だった。

いつまでも見ていたくなる。


(これは…御手洗さんもあれだけ楽しそうに説明してくるわけだ)


横を見ると御手洗さんはスマホを構えていた。

何枚か撮った後に、スマホを背後に回し、自撮りしようとしていたので、邪魔になると思い避ける。


「あっ、動いちゃだめ」


そう言われたので、画角に収まるようにして笑っておいた。

その後すぐにキリンは立ち去り、屋外をお散歩しに行ってしまった。


「さいっこうの写真とれたよっ。キリンさんと見つめ合ってるの。ほら〜」


御手洗さんはスマホを逆さにして見せてきた。そこには至近距離でキリンと見つめ合い、呆《ほう》けた顔をした俺がいた。


「ほんとですね、写真撮るの上手いですね」


「全部ラインで送るね!」


その場で何枚か見せてもらえたが、キリンと御手洗さんと一緒に撮った写真が、俺は一番好きだった。


「はぁ、やっぱキリンさんすごいわぁ〜。やっと、二人で見れたね」


「はい」


それだけのこと。

あの時聞いた話が今日になって静かに繋がって

、いま隣にいる。

御手洗さんと感覚を共有している、たったそれだけの違いなのに、なぜか胸の奥が温かくなった。


「ねえ」


「はい?」


「やっぱり可愛いねぇ」


「そうですね。ほんとに可愛いですね」


御手洗さんは、少し笑った後に、しばらくキリンを見ていた。


──


次に向かったコアラの展示では、ガラス越しに、丸まって眠っている姿が見えた。

木の枝に身体を預け、微動だにしない。


「動かないですね」


「一日二十時間くらい寝るらしいよ」


「羨ましいです。今の自分には」


軽口のつもりだった。けれど、御手洗さんは少しだけ黙った。

眠っているコアラから視線を外し、俺を見る。


「……そうだね」


それ以上、何も言わなかった。


御手洗さんは、いつも通りに話していた。


けれど、その明るさの奥にあるものを、俺はもう知っていた。


笑っているからといって、何も感じていないわけではない。

明るいからといって、苦しくないわけではない。


そんなことを、俺は最近になって少しだけ理解できるようになってきた。


「次、いよいよクオッカだねっ」


御手洗さんが、いつもの調子に戻しつつ、こちらを見ずに点検しながらそう言った。


──


クオッカの飼育スペースの前で、御手洗さんが足を止めた。


小さな身体。丸い耳。

そして、口元に浮かんだ、笑っているような表情。


「ふわあぁ〜、可愛いがすぎるよぉ〜」


「うわっ、ほんとに笑ってるみたい」


「ねっ」


御手洗さんは、ガラスの向こうにいるクオッカをじっと見つめた。


「生存戦略だって、教えてくれたでしょ?」


「はい」


「あれ聞いてから、ちょっと見方が変わったんだよね」


「悪いこと言いましたかね」


「ううん」


御手洗さんは、首を横に振った。

それから、少しだけ困ったように笑った。


「笑ってても、平気とは限らないんだなって思っただけ」


その言葉が、なぜかまっすぐ胸に刺さった。

笑っているように見える顔。小さな身体。

その姿を見ていると、御手洗さんのことを考えてしまう。

いつも笑っている。

いつも明るい。

けれど、その奥には、誰にも見せないものがある。

俺が知らなかっただけで、ずっと。俺は御手洗さんのことを殆《ほとん》ど知らない。


「御手洗さん」


「んー?」


「……いえ」


呼んだだけだった。

御手洗さんは、不思議そうに俺を見た。

けれど、何も聞かずに笑った。


「じゃあ、次…いこっか」


「はい」


──


最後に、砂猫の展示スペース前に来た。消火器を点検し、誘導灯の確認を終えた。

展示スペース内には穴のあいた岩山のようなものと砂が敷かれている。


砂色の毛並み。

大きな耳と、少し険しく見える目つき。


「あ、いたっ、ほらあそこ!」


「ほんとだ、こっちに来ますよ!」


スナネコは展示スペースの外周を徘徊するように、同じルートをずっと歩いていた。


「クレオパトラライン!」


「よく覚えてますね」


「みっくんと話ししたことは、全部覚えてるよ」


その一言に、何も返せなかった。

御手洗さんは、何気なく言ったのだと思う。

けれど、俺にとっては、簡単に聞き流せる言葉ではなかった。

自分が話したことを覚えていてくれる。

くだらない話も。動物の話も。

何気なく送ったLINEの内容も。

そういう小さなものを、御手洗さんは覚えていた。

俺は、砂猫を見た。

けれど、やっぱり隣にいる御手洗さんのことばかり気になった。

来週も。

その次の週も。

こうして隣にいられるような気がした。

そんな未来を、ほんの一瞬だけ想像してしまった。


「あっ。ぼーっとしてる」


「……はい」


「砂猫に恋しちゃった?」


「いえ。でも、砂猫本当に可愛いですね」


「ねー。ちょっと怒ってるみたいな顔なのにねぇ」


「そうですかね」


御手洗さんが笑い、俺も笑った。

しばらく、二人で砂猫を眺めていた。

いまはただ、隣に御手洗さんがいた。

それだけで、十分だった。


「そろそろ、移動しよっか」


御手洗さんが、点検票を見ながら言った。


「はい」


御手洗さんが先を歩く。

俺は、その背中を追った。

いつも通りの現場。

いつも通りの仕事。

いつも通りの…御手洗さん。

それなのに、胸の奥には、言葉にできないものが残っていた。


これからもきっと、今日のことを思い出すのだろう。

キリンのまつ毛を。

眠っていたコアラを。

笑っているクオッカを。

そして、スナネコと、俺の隣にいた御手洗さんを。


「みっくん、こっちだよ」


前を歩いていた御手洗さんが、振り返った。


「はい、今行きます」


俺は、彼女のところへ歩いていった。

いつも通りに。


これが、俺の最後の現場だった。


──


請願寺には、その後も通い続けた。


週に一度が、二週に一度になり、月に一度になった。


しのさんは、相変わらず「まだまだだね」と言い続けていたが、その言葉の温度は、少しずつ変わっていった気がする。


見えるものは、減っていった。

聞こえるものも、静かになっていった。

完全に、というわけではない。

それでも、もう、あの頃のようには怖くなかった。

見なければいい。気づかないふりをすればいい。

それだけで、大抵のことは、やり過ごせるようになっていた。



そして、数年が経った。

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