↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『心霊 × 仕事 ≒ 恋愛!?今日こそ何も起きませんように!〜自称数珠使いの可愛い先輩と点検に行くと、なぜか怪異に遭遇します〜』  作者: ハジェリ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/18

見たことのある夢

最初に浮かんだのは、手だった。

小さな、自分の手。

今よりずっと小さくて頼りない指。その手を誰かが強く握っている。


(母さんだ)


ここは海辺で父さんと母さんに連れられて、砂浜を歩いている。


「ねぇ、母さん見て、貝殻《かいがら》ひろったよ」


「あら、綺麗な貝殻ね」


母さんは優しく微笑み、父さんも暖かい表情でそれを黙って見ていた。


波は穏やかだった。

けれど沖の方でいくつもの手が伸びているのが、はっきりと見えた。


白い細長い手。

海面付近で肘《ひじ》から先を出して、こちらへ向かってひらひらと手を動かしている。


「ねぇねぇ、母さん見てー」


俺は、母さんの服の裾《そで》を引っ張った。


「海にいっぱい手があるよ。手招きしてる」


母さんは、すぐには答えなかった。

握っていた手が、ぎゅっと急に力が込められた。


「見ちゃだめよ」


「でも、あそこに――」


「だめなの!」


母さんの声が、砂浜に響いた。


海の手は、まだ動いていた。


波に合わせて揺れているのではない。


こちらを呼ぶように、同じ動きを繰り返していた。


──


次は夜の自宅だった。今度は一人だ。


二階の自室で布団に入る前、ふと窓の外を見た。

すると、窓の向こうに人が立ち、こちらをじーっと見下ろして観察している。

背丈は家の屋根よりも高いだろう。頭が二階の窓より上にあった。

顔は暗くて見えない。けれど、窓の上部からこちらを見ていることだけは分かった。


「ねえ、母さん」


一階へ降り、台所にいた母さんへ声をかける。


「窓の外に、おっきな人がいるよ」


食器の触れ合う音が止まって、水だけが流れ続けている。

母さんは、しばらく返事をしなかった。


やがて、こちらへ歩いてくると二階へ上がった。


「カーテン、閉めるね」


「でも、あの人がこっ――」


「見なくていいの」


母さんは窓に近づくと、外を確認することもなくカーテンを閉めた。

布が閉じる直前、それに合わせて窓の向こうで大きな影が少しだけ首を傾けた。


そしてまるで、こちらの声が聞こえたみたいに喋りかけてきた。



   ――焼きだんごぉが、やぁけたよ



──



また視点が切り替わった。これは夢なのだろうか。


次は車の窓から、流れ行く穏やかな田んぼを見ていた。運転手は父さんだ。


夕方の田んぼは、風に揺れる稲穂《いなほ》でいっぱいだった。この景色が綺麗でいつも眺めるのが大好きだった。


その稲穂畑の中に、細い白いものが立っている。

人のようにも見えたけれど、頭らしきものがなかった。

白いのが、稲の間からまっすぐ伸びている。


「父さん、田んぼに白いのがいる」


運転していた父さんの肩が跳《は》ねた。


「どこだ」


「ほら、あそこ、揺れてるよ」


指を向ける。


白いものは、稲穂の向こうでゆっくりくねくねと揺れていた。


風は車の横を通り過ぎていく。

稲穂も風に合わせて揺れていた。


白いものが歩いている。

足は見えない。


稲穂の上を、滑るようにこちらへ近づいてくる。


「まずいな、声を上げるなよ」


父さんが言った。

今度は、怒鳴らなかった。


あの白いものに見つかりたくないのか、声がひどく小さかった。


「父さん、追いかけてきてるよ」


──


そうだ。

いつも、そうだった。


見つけるたびに、父さんと母さんは顔を強張らせた。

見てはいけないものなのだと、子ども心にも分かっていた。


それでも、見えてしまう。僕は何もしていないのに勝手に向こう側からやってくる。


海の手も。

窓の外の大きな人も。

田んぼの白いものも。

他にもたくさん、毎日必ずと言っていいほど。


でも、いつか見たあれだけは別だったのかもしれない。

「おいで」と言われて、逆らえなかったから。


──


また意識が変わった。

今度はどこかの廊下を歩いていた。

見慣れた大きな手が、俺の手首を握っていた。

太い指の関節は硬く、伸びた爪の先が鋭くて、握られるたびに皮膚へ食い込んでくる。


「はやく来い」


とても低い声だった。焦っているのも伝わってきた。


(また父さんだ)


急かされるまま、父さんに付いていくため暗い廊下を走っていた。


床は木製で、素足の裏に木目のざらつきが伝わってくる。踏みしめるたび、廊下がぎし、ぎし、と軋《きし》んだ。


「絶対に、後ろを見るな」


「なんで」


「見るなと言っている!!」


父さんの手に、さらに力がこもる。

振り返りたい衝動《しょうどう》が、腹の底から込み上げてきた。背後で何が起きているのか、確かめたくて仕方がない。

けれど、握られた手首は離されなかった。


背後から、何かが近づいてくるのがわかる。

それは足音ではない。

ずり、ずり、と、濡《ぬ》れたものを床に擦《す》りつけるような音だった。

木の床を這《は》い、こちらへ向かってきている。音の割に移動している速度が速く、走らなければならなかった。


その音がするたび、背中の皮膚が粟立《あわだ》ち背中がむず痒《かゆ》いような気持ちの悪さがあった。後頭部がじりじりと熱い。


「父さん、うしろ――」


「見るなと言ったんだ!!」


怒鳴り声に体が竦《すく》む。


その瞬間、視界がぶつりと途切れた。


──


次に見えたのは、白い布だった。


視界いっぱいに広がる白。その向こうで、ぼんやりとした灯りが揺れている。

自分がその布の下にいることに、少し遅れて気づいた。


頭からすっぽりと、何かに覆われている。


布が鼻と口に張りついていた。息を吸うたび、湿った繊維《せんい》が唇に触れる。吐いた息が内側にこもり、布の中だけがじわじわと熱くなっていく。


「動いちゃだめよ」


母さんの声だった。


優しいはずの声が、今はひどく強張《こわば》っている。


「絶対に、目を開けちゃだめ」


「どうして?くるしいこれ」


返事はなかった。


代わりに、周囲から低い声が重なり始める。


ひとつではない。男の声も、女の声も混じっているように聞こえた。言葉の形はあるのに耳に入ってこない。


低く唸るような声の合間に、鈴が鳴った。


チリン。


その音だけが、妙にはっきりしていた。


チリン。


(この音、知ってる)


どこかで聞いたことがある。


チリン。


けれど、いつのことなのか思い出せない。

布の下で息を殺していると、顔のすぐ近くを何かが通り過ぎた。


頬に、冷気が触れる。

氷を押し当てられたような冷たさだった。布越しなのに、皮膚の奥まで冷たさが入り込んでくる。


「動いちゃだめ。声も、出しちゃだめ」


母さんの声が震えていた。


「ごめんなさい」


チリン。


「お願いだから、じっとしてて」


側で話してくれたから、布の内側に母さんの吐息がかすかに届く。


チリン。


(怖い。でもぼくだけじゃないんだ)


母さんも怖がっていること。

それだけは、幼い自分にも分かった。


     ――見えでるべ?


また頬を冷気が撫《な》でた。母さんの気配まで消えてしまった。


──


場面が、また唐突に切り替わった。


仏間だった。


線香の匂いが濃く漂《ただよ》っている。畳には湿気がこもり、古い木材の匂いと混ざって、鼻の奥に重く残った。


仏壇の金の装飾が、蝋燭《ろうそく》の炎を反射してちらちらと揺れている。


父さんと母さんが、仏壇の前で頭を下げていた。


その隣には、見知らぬ老人が正座している。


白い着物をまとい、首から下げた輪袈裟《わげさ》のようなものが、灯りの中で鈍く光っていた。


「これで、もう大丈夫でしょうか」


父さんの声が震えている。


「……分からん」


老人は、感情の読めない声で答えた。


「一時的なものだろう。完全に切れたわけではない」


「でも、これでもう…見えなくなるんですよね?」


母さんが、すがるように尋《たず》ねた。


「あの子が、あんなものを見なくて済むんですよね?」


声の奥に、涙が滲《にじ》んでいた。


老人はすぐには答えなかった。


しばらくして、部屋の隅にいる自分へ視線を向ける。


「見えなくなるであろう。だが――」


そこで言葉を切った。


「いつか、繋《つな》がる時が来るかもしれん。その時は……」


その先は聞こえなかった。


──


視界がまた変わった。


見知らぬ寺の本堂だった。

円満寺とも違う。柱は黒ずみ天井は低い。薄暗い堂内に、古い畳の匂いがこもっている。


自分は、その中央に敷かれた布団へ寝かされていた。


体が重い。


腕を持ち上げようとしても、指先すら動かなかった。胸の上に、見えない重しを置かれているようだった。


周囲で人が動いている。


衣擦れの音。小さな話し声。誰かが近くを歩くたび、畳がかすかに沈む。


けれど、声は遠く、厚い壁の向こうから聞こえてくるようだった。何を話しているのかまでは分からない。


(ねむい)


意識が、深く沈んでいく。


水の底へ引きずり込まれるように、音も光も遠ざかっていった。


その時、遠くで何かが自分を呼んだ。


「―――――――」


行かなきゃ。


──


気づくと、山の中にいた。


空は灰色に濁《にご》っている。


夜なのか昼なのかは分からない。ただ、山の斜面も、空も、遠くの木々も、同じ色に沈んでいた。




木々のざわめきはない。

虫の声も、鳥の声も聞こえない。

風がないのに、木の葉が時折がさりと裏返った。


足元を見ると、自分は裸足で歩いていた。


足の裏に湿った土がまとわりつく。小石が皮膚へ食い込み、歩くたびに鈍い痛みが走った。冷たさは足の裏からふくらはぎへ、ゆっくりと這い上がってくる。


前方に、暗がりがあった。


山肌に、ぽっかりと口を開けた黒い空間。


祠《ほこら》のようにも見える。

けれど木材の骨組みなのか、石を積んだものなのか、目を凝らしても輪郭が定まらない。洞穴《ほらあな》にも見えるのに、自然にできたものとは思えなかった。


見てて思うことは、「なんで見えないんだろう」だった。


入口は妙に整っている。

人が通れるほどの大きさなのに、周囲の山肌だけが、そこを避けるように盛り上がっていた。

祠でも、洞穴でもない。

どちらにも見えるのに、どちらとも違う。


その奥から、声がした。


       ――おいでぇ


女の声にも男の声にも聞こえる。

老人のようでもあり、子供のようでもある。

声の高さも年齢も、うまく捉えられない。

目眩《めま》がする。


     ――こっちゃぁおいで


不思議と恐怖はない。

むしろ、懐かしいような気持ちになる。

ずっと昔、どこかでこの声を聞いたことがある。そう思えてならなかった。


(……行かなきゃ。呼んでる)


誰が呼んでいるのか、何のために呼ばれているのか、何ひとつ分からない。

それでも、あの中へ行けば答えがある。そんな確信だけが、頭の中に残っていた。


足が、勝手に前へ進んでいく。


暗がりが、少しずつ近づいてくる。


入口から漏れる冷気が頬を撫でた。


腐葉土の匂いがする。

それに混じって、何か甘いものが腐ったような、饐えた匂いが鼻へ入り込んできた。甘ったるいのに、喉の奥がひりつく。


    ――おいでぇ、おいでぇ


声が、はっきりと聞こえるようになった。


もう、すぐそこだった。


あと数歩で、暗がりに手が届く。





    ――ようやぐ、会えたねえ




その時。

背後から、何かが強く手を掴んだ。

とっても温かかった。


今までの記憶の中で感じたどんな温度よりも、はっきりとした熱がそこにあった。


「……だあれ?はなしてよ」


振り返ろうとした。

けれど、体も顔もそちらへ向かない。 

ただ足を前に出そうとしていた。


た掴まれた手の感触だけは確かに残っている。

強く握る指が手の甲へ食い込んでいた。

何が何でも離すまいとしているようだった。


――いかないで


震えていた。声が震えていた。


泣いているように聞こえる。


「どうして?行かなきゃいけないのに」


――おねがい


その声に聞き覚えがある気がした。


「今は呼ばれてるから、だめなの」


――もどってきて


誰だろう。思い出そうとすると、頭の芯がずきりと痛む。名前を掴《つか》みかけた瞬間、何かに引き裂かれるような痛みだった。


暗がりの奥から、声がさらに強く呼びかけてくる。


   ――はやぐ、なかに、おいでぇ


洞穴から呼ぶ声が更に激しさを増して、勝手に足が前に動いてしまう。



手を掴む力が、さらに強くなった。

僕に振り払われまいと、必死にしがみついている。



――いかないでっ



その声が、少しずつ形を持ちはじめた。



――そばにいてよぉ



掠れて、震えている。




それでも確かに、名前を呼んでいた。






――っくん……ッ






   ――離ぁせえぇぇぇーーーっ!!






「みっくんッ!!」


強く肩を揺さぶられた。


それと同時に、視界が一気に白く弾けた。




──



「起きてよぉ!しっかりして、みっくんっ!!」


目を開けると、御手洗さんの顔がすぐ近くにあった。


頬に、生温かい滴《しずく》が落ちてくる。


御手洗さんの目から、涙がぼたぼたと零《こぼ》れていた。


「うっ……ぁ」


声を出そうとしたが、掠《かす》れてほとんど息にしかならなかった。


体を起こそうとすると、全身に鉛を詰め込まれたような重さがあった。関節という関節が軋《きし》み、肺の奥まで痛む。


「よかったっ……」


御手洗さんは、息を吐き出すように呟《つぶや》いた。


そのまま俺の胸に額を寄せ、肩を震わせて泣き続けた。


目で部屋の中を見回すと、祭壇の前では、しのさんが険しい表情の美咲さんに支えられて項垂《うなだ》れる様に座り込んでいた。

顔中に乾いた血がこびりついて目を閉じている。


木箱は蓋を閉じたまま、何事もなかったかのように静まり返っていた。


「御手洗さん…しの、さんは大丈夫、ですか?」


かろうじて、それだけを絞り出す。


しのさんが、ゆっくりと目を開き、顔を上げた。


「なんとか、お互い生き残った…ねえ」


まだ息は荒い。

けれど、その目に残っているのは、さっきまでの鬼気迫《ききせま》るものではなかった。深い疲労と、隠しきれない痛みだけが浮かんでいる。


「…今日のところは終わり。よく戻ってきたね」


しのさんの代わりに美咲さんが答えてくれた。


「今日のところ…?」


「最初に言ったとおりだよ。一度に全部は、流石にうちらでも無理だからね」


美咲さんは、そう言って力なく笑った。


「けど……ずいぶん、軽くなったはずだよ。よく頑張ったねえ」 


今度はしのさんが、初めて会ったときのような口調で答えた。

その声は、何かを噛みしめるように静かだった。


「みっくん、おかえり」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。