カチャカチャ仕事をしながら、減点方式の会社を見つめる
日本人は、いつも周囲の目を気にして生きていると言われている。
昔のように、集落で助け合いながら生きていく必要があるときは、お互いがどういう人間で、どういう考えを持っているかを共有することは重要だった。お互いのことを把握する情報の共有が、周囲の目となり、監視されているような印象を今では持たれるようになった。
現代は、隣に誰が住んでいるのかもわからなくても生活できる地域がほとんどだ。それぐらいに地縁の力は薄まったのだが、それでも日本では「出る杭は打たれる」と言われている。周囲の人間よりも才能や力を持つと、自ずと目立ってしまい、眉をひそめられる。
この傾向は、1つの会社のなかでも起こる。新しいことに挑戦したり、これまでのやり方を変えようとすると周囲の人間から抵抗を受ける。たとえ、新しい挑戦が将来的に自分たちをラクにしてくれるとしても、周囲は重い腰を上げようとはしない。周囲を説得したところで、上の人間から「許可がおりない」と言われて頓挫する。
その結果、発起人は目立ってしまい、出る杭となってしまう。本人も、そういう周囲の状況を鑑みて新しい提案をしなくなり、諦めることを覚える。気づいたら、消極的で保守的な環境が生まれている。
こういう環境を観察していると、人々が「減点方式」で世界を捉えていることがわかる。基本的な業務をこなすことは当たり前とみなされ、通常通りに業務をこなせなかったり、取引先に迷惑をかけると社員は減点される。新しい提案をしても、目立つだけで印象を悪くして、減点されるリスクがある。波風立たないようにするのが得策だと悟る。
当たり前のことを当たり前に実行し続けることは、評価されない。そもそも、加点されることがほとんどない。素早く仕事をこなしたところで、効率よく働いたことを誰も見ていない。自分で生み出した自由な時間を、暇だと思われて仕事が増やされるかもしれない。人より多くの仕事をしても、給料は変わらないように見える。
上の人間が指示した内容を、つつがなくこなすのがよい。早く終わらせても加点はされないのであれば、ギリギリに終わらせるほうが得策だ。だから、急いで仕事はしない。ゆっくりと仕事を進めて、仕事がなくならないようにキープはしておく。結果として、わざと仕事をしないという状況が生まれる。
意欲的なお偉方が、「いまの社員はやる気がない」と感じるかもしれないが、残念ながら日本の雰囲気がやる気を捨て、保守的な人間になるように求めている。働いている人たちもそれよいと思っているので状況はなかなか変わらない。
挑戦は、成功とともに失敗するリスクもあるので、「波」がある。そういう人生よりも、毎日同じ業務をこなして、円滑に物事が進んで、それで家に帰ることができればそれでいいという「凪」の人生を多くの人々が求めるようになった。若い人ほどそうではないだろうか。
「凪」の生活は悪いものではない。安定した平和な社会ともいえる。ただ、どことなく退屈だと感じる。




