えっ?っと聞き直して、「分かりづらさとは何か」と考える
「〇〇と△△を出しておいてください。2番へ向かってください」。この短い文章が聞き取れなかった。
年齢を重ねて、とうとう耳もおかしくなったのかと思ったが、僕はそこまで年老いてはいない。しかし、その短いフレーズが十分には聞き取れず、かすかに聞き取った言葉をもとに「2番ですか?」と聞き直した。相手は頷いたので、何を出しておくのかはわからないまま2番へ向かった。
これは、車の免許を更新するために訪れた免許センターでのやりとりだ。同じようなことは、役所や病院でも頻発する。1日に何十回も繰り返し言うセリフほど、聞き取りづらいものはない。日常で耳にしない言葉が入っていると、なおさら聞き取りずらい。
健康診断で訪れた病院だと、「健康問診票をもって、5番室へお入りください」と突然言われる。健康問診票はこれで正しいのかな、と確認しているとと遅れを取ってしまう。機械的に何度も発せられた言葉は、繰り返すうちに角がなくなり、丸くなる。棒読みになって、低刺激になってしまい、こちらの鼓膜が反応できていないのではないかと推測している(冗談)。
人間は何度も同じことを繰り返すと、要領を得て上達する。ただ上達はある程度で限界を迎えるので、それ以上の向上が見込めなくなる。すると、人間は繰り返すことに飽き始める。飽き始めると機械的になっていき、次第と手段が目的になってしまう。
伝えること自体が目的となり、実際に相手へ伝わっているかは、なおざりになる。結果的に、わかりにくい説明となってしまう。わかりやすさには、人間味が必要で、そのためにはいつもと異なる新鮮さが必要だといえる。
それに対して、何か聞くことは、初めての話を聞くよりも慣れている話題のほうが聞き取りやすい。耳慣れない言葉を聞くと、引っかかるもの感じて頭に入ってこない。
繰り返し同じ説明をしている人と、はじめてその説明を聞く人は相性が悪いといえる。学校の先生が生徒に何かを伝えるのが難しいのは、このことからもわかる。




