表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼーっとながら、ふわっと考える  作者: 仲麻呂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/10

えっ?っと聞き直して、「分かりづらさとは何か」と考える

 「〇〇と△△を出しておいてください。2番へ向かってください」。この短い文章が聞き取れなかった。


 年齢を重ねて、とうとう耳もおかしくなったのかと思ったが、僕はそこまで年老いてはいない。しかし、その短いフレーズが十分には聞き取れず、かすかに聞き取った言葉をもとに「2番ですか?」と聞き直した。相手は頷いたので、何を出しておくのかはわからないまま2番へ向かった。


 これは、車の免許を更新するために訪れた免許センターでのやりとりだ。同じようなことは、役所や病院でも頻発する。1日に何十回も繰り返し言うセリフほど、聞き取りづらいものはない。日常で耳にしない言葉が入っていると、なおさら聞き取りずらい。

 

 健康診断で訪れた病院だと、「健康問診票をもって、5番室へお入りください」と突然言われる。健康問診票はこれで正しいのかな、と確認しているとと遅れを取ってしまう。機械的に何度も発せられた言葉は、繰り返すうちに角がなくなり、丸くなる。棒読みになって、低刺激になってしまい、こちらの鼓膜が反応できていないのではないかと推測している(冗談)。


 人間は何度も同じことを繰り返すと、要領を得て上達する。ただ上達はある程度で限界を迎えるので、それ以上の向上が見込めなくなる。すると、人間は繰り返すことに飽き始める。飽き始めると機械的になっていき、次第と手段が目的になってしまう。

 伝えること自体が目的となり、実際に相手へ伝わっているかは、なおざりになる。結果的に、わかりにくい説明となってしまう。わかりやすさには、人間味が必要で、そのためにはいつもと異なる新鮮さが必要だといえる。


 それに対して、何か聞くことは、初めての話を聞くよりも慣れている話題のほうが聞き取りやすい。耳慣れない言葉を聞くと、引っかかるもの感じて頭に入ってこない。

 繰り返し同じ説明をしている人と、はじめてその説明を聞く人は相性が悪いといえる。学校の先生が生徒に何かを伝えるのが難しいのは、このことからもわかる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ