十八話
「記憶と同じく見張りはいないか。監視カメラのような物はあるが」
天井や壁に設置されている赤く丸い物体がそれだ。
異世界人は不浄の存在。なので、アグリウスタル人はあまり近寄りたがらない。奴隷時代は遠巻きに眺めているのが大半で、飯の時や暴行を加えてくる時以外は常に距離を保っていた。
俺の見た将軍たちの記憶でも、この場所に直接来る物好きは96――昼想ぐらい。あれは将軍の中でもかなりの変わり者だったようだ。
ヤツの記憶だけは母星での日々より、異世界で過ごした日々の方が夢の内容が鮮明だった。母星よりも異世界で過ごした歳月の方が、ヤツにとっては有意義で満ち足りたものだったのだろう。
『おや、自分にそっくりな者がいるな』
だから、こういったハプニングに遭遇する。想定はしていたが……。
背後から聞こえてきた声に振り返ると、俺たちが利用した魔法陣の上に見知った顔の男が立っていた。
頭の角、赤い瞳、どこからどう見てもアグリウスタル人だが、その顔を俺は知っている。
どこか冷めた目つきに精悍な顔つき。均整の取れた体にすらっと伸びた手脚。以前はベースが地球人だったので、顔が少し違うのだがこっちが本当の姿。
夢で鏡に映るヤツの顔を俺は何度も見てきたので、本来の顔にも馴染みがある。
『久しいな九十六将』
俺たちは変身を解いて、元の姿に戻る。
その瞬間、ヤツは一瞬だけ目を見開き驚きの表情を見せるが、直ぐさま感情を殺した。
『親しげに呼んでくれるが、自分は貴様らを知らぬ。戦争反対を掲げる穏健派の仕業かと思ったのだが……どうやら違うようだ』
昼想を演じていたときと違い、感情に起伏がなく声も冷淡。あの芝居がかった言動が全て偽りだったことを実感させられる。
本来のヤツはこっちだ。
『側近の二人はいないのか』
『ほう、自分に化けるだけあってその程度の情報は得ているか。二人は決行日に来る予定だ。自分は数刻前から何やら胸騒ぎがしたので施設を訪れてみれば、この有様だ』
異能の力ではなく勘でやってきたというのか。
数刻前……おそらく、俺たちがこの世界に転移した頃か。これはもう因縁と呼ぶべきだ。
『見た感じ、足下に転がっている異世界人と同じ世界の者に見える。なるほど、どうやってこちらに来たのかは不明だが同胞を助けに来たと』
この異世界人と俺たちを同じ人種だと思っているようだ。
確かに似ている特徴はあるが、地球人が彼らを見て同じ人種だとは思わない。
『暇つぶしに遊んでやっても良いが時期が悪かった。新たな侵略戦争前で気持ちが高ぶっていてな、少し発散させてもらうとしよう』
上から目線で語る96――いや、ここだと九十六将と呼ぶべきか。
こちらの実力を見抜けていないようだ。膨大に膨れ上がったオーラは能力の上昇と共に細かい操作も可能となり、実力を隠蔽することが容易になった。強者であるヤツの目を欺けるぐらいに。
『悪いが即行で勝負をつけさせてもらう』
因縁の相手だが、今は時間が惜しい。
『言ってくれる』
互いに向き合い、ほぼ同時に踏み出す。
本能が悟ったのか、それともないはずの別世界での記憶が囁いたのか、ヤツは【制御】を解放して全力で挑みかかってきている。
全身からあふれ出ている黒いオーラと【闇】の異能。
肌色もどす黒く変色している。
以前なら力の差に恐れおののき体が萎縮していた。だが、今は違う。
正面から迎え撃った俺は、【闇】を纏った拳をギリギリで躱すと、懐に潜り込み下から顎をすくうように右拳を突き上げる。
咄嗟にオーラと【闇】で防御を厚くしたようだが。
「開け」
ヤツの顎までの道を貫通させて、その中を猛特急の拳が滑り込み……激突した。
ぱんっ、と音がしてヤツの頭が弾けた。あまりにも呆気ない幕切れ。
「悪いな、埋葬は後回しだ」
頭を失った死体に向けて謝罪の言葉を投げかける。
「もう、相手にならないんだね」
「今のヤツは1世界と同等だからな」
改めて自分が強くなったことを実感させてくれた。
将軍とのバトルがあったにも関わらず、ここにいる異世界人たちは無反応。
虚無な瞳は今も窓の外を見つめているだけ。
「何度か話しかけてみたけど、会話もできなかったよ」
「触れてみたが反応もない」
俺がヤツと戦っている間に二人は色々と試していてくれたようだが、全てが徒労に終わった。
意志を奪われ【ワームホール】を発動させ維持させるだけの道具と成り果てた、哀れな存在。
俺もいずれはここにいる彼らと同じ運命を歩まされていたのだろう。その為に目覚めさせられた異能【穴】なのだから。
「おっと、大量のお客さんがやってきたぜ」
「監視カメラみたいなので見ているんだから、こうなるよね」
魔法陣が連続で光を発する度に、中から兵士たちが飛び出してくる。
将軍に化けている状態なら、この状態を監視されていようが問題なかったが、九十六将と戦い正体を現した時点でアウトだ。
「こっちは任せてくれ」
「守人君の邪魔はさせない」
頼もしい家族に背を預け、俺は装置と化した異世界人たちへ歩み寄る。
背後から聞こえる爆発音や悲鳴や怒号を無視して、彼らの前に跪き語りかけた。ヤツから奪った【念話】で。
『この声が届いているかわからないが、今から俺はあんたたちを殺して【穴】の異能をもらい受ける。そして、その力でこの星を滅ぼす。あんたたちの怨みは俺が代わりに果たすから、その異能を俺に譲渡してもらってもいいかい?』
反応がないとわかっていながら、心の声を飛ばした。
じっと見つめていると、彼らはすーっと一筋の涙をこぼし、わずかに頷く。
微かに残っていた心の欠片が反応してくれたのか。それだけで……充分だよ。
床に手を突き、意識を集中する。
普通に穴を空けても下の階に繋がるだけ。なので、この穴は【ワームホール】の性質を持たせる。放射線状に寝そべっている彼らの真下に【穴】を発動させると、その中へとゆっくりと沈んでいった。
その表情が安堵しているかのように見えたのは、心の弱さが見せた罪悪感を紛らわせるための幻想だったのかもしれない。
実験により限界まで強化された【穴】の異能が俺の体に流れ込んでくる。
押し寄せてくる力と情報量。体の中心で一度収縮した何かが大きく弾け、全身の血管と神経を伝い電流のような痛みと光が暴れ回る。
その衝撃と痛みに立っていられず、膝を突く。
心臓の鼓動がうるさい。全身の脈が異常に速い。血が逆流したかのように感じ、体温が上昇しているのがわかる。
胸元を押さえ、荒い呼吸を繰り返しなんとか意識を繋ぎ止めた。
『まずは、こいつからだ!』
朦朧とする意識の中、すみれと豪を避けて俺の方に突っ込んでくる兵士を目の端で捉える。
辛うじて動く右腕を差し出すと、目の前で兵士が消滅した。無意識で【ワームホール】を発動したようだ。
今、ほんの少しだけ体の負担が軽くなった気がする。そうか、この制御しきれない溢れんばかりの力を放出すれば……。
「開け、落ちろ」
俺たちを取り囲んでいる兵士たちを一瞥すると、その足下に【穴】が一斉に現れ、全員が瞬時に吸い込まれ消える。
いとも容易く百近い兵士を瞬殺した。
「マジか、すげえな」
「上手くいったんだね」
駆け寄ってくる二人になんとか微笑み返し、ゆっくりと立ち上がる。
「ああ、なんとかな。一応……」
魔法陣の上に【穴】を被せて設置。転移した瞬間に落ちるようにしておく。
これでしばらく援軍は無意味となる。
「父さん、やれそうか?」
「大丈夫そう?」
息子とすみれが心配そうに俺の顔を見つめている。
「準備万端、整った。今ならやれる」
俺の言葉を聞いて二人は大きく頷く。
その顔が上がると、瞳に強い意志と覚悟が宿っていた。
「全力で異能を発動させて、この星の中心まで穴を掘る」
これが地球に残してきた仲間には話していなかった最終目標。
地球に繋がる【ワームホール】を壊したところで、再び地球に繋がる【ワームホール】が現れない保証はない。確実に侵略戦争の未来を無くすためには、アグリウスタル人を滅ぼすしかない。
【穴】の異能者はすべてこの星にいるので、この星さえ滅べば彼らは移動手段を失う。現在、別の異世界に侵略中の連中はどうしようもないが、新たな被害者が生まれることはなくなるだろう。
俺とここの百人から得た力を合わせた巨大な穴を堀る。それも限界まで深く。
この星の内部が地球と同じかどうかはわからない。だが、星の中心部にあるコア、もしくはその近くまで掘れば星は崩壊するはずだ。
あまりにも馬鹿げた壮大すぎる作戦。
物理的に地球の中心部まで穴を掘ることは不可能らしいが、これは異能だ。物理法則など超越した能力。
「しっかし、ほんと無茶苦茶なことやろうとしているよな」
「ふふっ。地球に穴掘って裏側まで貫通させたらブラジルに声が届く! みたいな発想だよね」
「違いない。一度やってみたかったんだよ、限界まで穴を掘ったらどうなるのか」
子供の頃、砂場で夢中になって穴を掘っていたことを思い出す。
砂にまみれ、ただひたすらに穴を掘る。生産性のある行動ではないが無性に楽しかった。
こんな状況でも笑って馬鹿なことが言えるのは、大切な家族が最後まで側にいてくれるから。
これで全てが終わる。
生み出してしまった多くの平行世界も全て消え失せ、新たな一つの世界が誕生するはずだ。
恐怖は……ない。後悔も……ない。
俺はこの星に大きな大きな墓穴を掘る。
肺の限界まで息を吸い、強く吐き出す。
よしっ!
「さあ、墓守として一世一代の大仕事だ!」




