最終話
『なんだ! どうなっている⁉』
『外の景色がおかしいぞ!』
『土の壁がっ』
『なんで、土の壁に覆われているんだ! いや、違う。これは施設が沈んでいるのかっ!』
施設内に響き渡る、怒号と悲鳴。
本来なら最上階に居る俺たちに聞こえるはずはないのだが、【地獄耳】の異能が施設内の声を拾ってくる。
俺たちは星の中心へ向けて下降中だ。
一度の掘削で到達できるとは思っていない。何度も繰り返し、施設ごと下へ下へと潜っていく。
アグリウスタル人は事の異常さに気付いたようだが、今更どうしようもない。慌てふためき、絶望の言葉を漏らすだけだ。
周囲の温度が上がってきている。ヤツ――96から奪った【闇】で家族を包む。更にすみれに譲渡した【遮断】で周囲の熱を遮っているので俺たちは無事だが、アグリウスタル人の声はもう聞こえない。
数秒前に聞こえた一際大きな悲鳴が断末魔だったようだ。
「たぶん、次で最後かな」
周囲の様子は何も見えないが、暗闇の中でそう呟く。
現状がどうなっているのかはわからない。だけど、この星が終わりを告げることは確実だろう。
「そっかー。とっても長い旅だったね」
闇の中に浮かび上がる家族の顔。
すみれが念のために渡しておいた【雷】の異能を発動して明かりを灯したようだ。
「わしは途中参加だがな」
「家族水入らずの物騒な旅だったが、最後に三人で過ごせて……よかったよ」
「うん、私も。辛いことも多かったけど、忘れたい記憶もいっぱいあるけど、それでも、守人君……あなたと過ごせてよかった」
頬が少し赤らんだすみれが上目遣いで見つめている。
感極まり彼女の細い腰に手を回して抱きしめた。こんなか細い体で逆境を共に生き抜き、俺を支えてくれたんだな。
「ありがとう、すみれ」
「こちらこそだよ、あなた」
見つめ合う二人は熱い口づけを交わす。
そこで息子……豪の存在を思い出したが、気を利かせて背を向けてくれていた。
「すまんな、豪」
「邪魔するほど野暮じゃねえよ。これで何もかも白紙に戻って、新たな世界が生まれるのか」
「おそらく……だがな」
誰も試したことのない憶測による行動。
正直に言えばタイムパラドクスも時間逆行も架空の想像で語られているだけで、誰も体験したことのない現象。
思い通りの結果になる保証はない。
「もう引き返せないんだから、信じようよ。私たちがやってきたことが無駄じゃなかったってね」
ウインクをして軽い口調で言い放つ、すみれ。今から死にゆく者とは思えないな。
すみれはこんな状況でも明るく振る舞っている。そんな彼女にどれだけ助けられてきたか。
「そうだな、この長い長い旅に意味はあった。ハッピーエンドに到達するための条件は整った。そう信じよう」
「おうよ! 子供が産まれたらちゃんと可愛がってくれよ。ガキの頃に遊びに連れて行ってもらった思い出がねえから、そこんところも楽しみにしてるぜ」
破顔して拳を突き出してきた豪。それに応じて拳を軽く当てる。
豪は侵略戦争の最中に産まれ、過酷な状況下で生きてきた。未来の地球が滅ぼされる直前に、俺とすみれに力を【譲渡】されて過去の世界へ。
まだ見ぬ未来の出来事なので、すみれも俺も子供の記憶はない。
「ああ、色んなところにいって、思いっきり遊ぶぞ」
「うんうん、セーターとかマフラーも編んであげるね」
「そりゃ楽しみだ」
三人で顔を見合わせて「ぷっ」と吹き出してしまう。
死への恐怖なんて微塵も感じない。心を満たすのは温かく輝く光のみ。新たな世界への希望。
「まだまだ、話したいことはあるけど、それは新たな世界に取っておくね。向こうでもいーっぱいお喋りしようね。あと、初デートも楽しみにしているから。……プロポーズもまだだし」
俺の胸に指を当ててぐりぐりしながら、ぼそっと呟く。
そういや、こんな大きな子供がいるのにプロポーズはまだだったな。ずっと一緒にいて側にいるのが当たり前だったから、すっかり忘れていた。
心の中では愛しているの言葉を繰り返していたが、実際に言葉に出して伝えたのかどうかも定かではない。こんなギリギリの状態で思い出すとは、なんて間抜けなんだ。
「すみれ、俺と結――」
すみれは人差し指を立てた右手をすっと俺の口元に持っていき、唇を塞ぐ。
「それは再会したときにお願いしてもいいかな。この記憶がなくなるのはもったいないから、ね」
茶目っ気のあるポーズでウインクをされてしまっては、これ以上続けるわけにもいかない。
「そうだな。デートプランと、もっと素敵なプロポーズの言葉を考えておくよ。だから、湿っぽい別れは……なしだ。最後は家族ならこの言葉か」
家から外に出かけるかのように、声を揃えて元気に告げよう。
「「「いってきます」」」
「北海道なのに暑いなぁ」
気温を確認するためにスマホを取り出す。
現在は7月7日の午前十時。気温は……げっ、二十八度もあるのか。
暑さから逃れるためにわざわざ北海道にやって来たのに、これじゃ本州となんにも代わらない。
電車もラッシュに巻き込まれて散々だった。
朝の電車がやたらと混んでいたのは、近くのドーム球場でやる音楽フェスに向かう人の群れのせいだ。
「あれが会場か」
左に視線を向けると巨大な白い屋根が日差しを浴びて輝いて見える。
会場の周辺には臨時の露店が建ち並び、ファンに向けてグッズを販売しているようだ。暑い中、ご苦労様です。
少し興味はあるが、覗きに行くほどじゃない。それよりも、近くの喫茶店かファストフード店に入って涼みたい。
何軒か手頃な店を発見したのだが、みんなも同じ発想だったようでことごとく店が満員。数分とはいえ外で待たされるのはきつい。
日陰を移動しながら手頃な店がないか辺りを散策していると、足下から振動が伝わってきた。
「なんだ、地震か。結構大きかったみたいだけど、ただの地震なら問題ないか」
無意識に口から出た言葉に違和感を覚えた。ただの地震なら問題ない?
呟いた言葉が引っかかり、首を傾げてしまう。なんだこの気持ち悪さは、喉に小骨が引っかかって取れないかのような違和感。
「きゃっ、あっ、ただの地震か」
考え込んでいると女性の声が近くから聞こえた。
ふと、その方向に顔を向ける。
そこに居たのは薄い紫色のワンピースを着た可憐な女性。清楚でありながら側に居るだけで温かみを感じさせ、その声は他人を癒やして魅了させる。
初めて見る相手だというのに頭の中が、彼女を称賛する言葉で埋め尽くされていく。
一目惚れ、とはこのことなのか。
「「あ、あの」」
何故か頬が赤らんでいる彼女が同時に声を掛けてきた。
何かを言わなければならない、何かを伝えなければ。言うべき言葉があったはずだ。
気持ちは逸るが声が出ない。
彼女の姿を目の当たりにしてある言葉が頭に浮かんだ。初対面の相手に相応しくない、それはわかっている。
だけど、俺は自然と微笑み口を開いていた。
「ただいま、すみれ」
すると彼女は今にもこぼれ落ちそうな涙を目に湛え、満面の笑みを浮かべて口を開く。
「おかえりなさい、守人君」
胸に飛び込んできた彼女を受け止め、空を見上げる。
雲一つない青空が広がっていた。
大きく深呼吸をしてから、万感の思いを込めて彼女に告げるべき言葉を口にする。
「すみれ、愛しているよ。結婚してください」
「はい! 喜んで」
これで完結となります。
タイムリープを題材にした作品を書いてみたかったのですが如何でしたでしょうか?(他作品でもタイムリープする展開はあったのですが、それがメインではなかったので)
終わりもあえて捻りすぎずに王道の結末を迎えてもらいました。
感想、評価などお待ちしております。
次回作への励みになりますので。




