十七話
施設の入り口まで続く大階段。その先に多くの警備兵が配置されている。
ざっと数えてみたが五十は下らない。
入り口が大きいのは多くの兵士が出入りするためらしい。これも将軍の記憶で学んだ。
「この施設の最上階に操られている人が居るんだよね?」
「ああ、【穴】の異能者たちがまとめられている。上からの方が地面に【ワームホール】を設置するのが容易らしい」
「見通しがいい場所の方が指示も簡単ってか」
施設付近に潜みながら、すみれ、豪と並んで観察しているが猫の入る隙間もない厳重さだ。……この世界に猫が居るかどうかは知らないが。
「【遮断】があるなら正面から行くのもありじゃねえか?」
「それも考えたのだが【遮断】はそこまで万能じゃない。相手に直接感知されることはないが、発動範囲内が不自然なぐらい何も感じない空間になっている。音も匂いもない空間。観察力が鋭い者なら違和感を覚えるはずだ」
実際、0世界のアメリカで【遮断】の覚醒者を見つけたときは、その方法で俺が見破った。
「それに、そういうのに特化した異能者がいるかもしれないもんね」
「探索とか気配察知とか、そういう異能があっても不思議じゃねえか」
「特に重要な施設なら、探知能力に長けた者を配置するだろうからな」
二人は説明に納得してくれたようだが、このまま何もしないわけにもいかない。
タイムリミットは地球侵攻を開始する、二日後。
施設内部の構造はある程度、頭に入ってはいる。最上階へのルートも三通り考えてはきた。
「どうにか中には入れた場合、エレベーターのような転移装置を使って一気に最上階へ行くか、階段を駆け上がるか」
「エレベーターみたいなものって、なんか魔法陣みたい? なんだよね。その上に乗って起動させたら、好きな階に移動できる……。ちょっと経験してみたいかも」
「でもよ、そもそも起動できるのか?」
「それは問題ない。使い方は頭に入っている」
構造は不明だが使い方は単純明快だった。誰でも使える移動手段なのだから当たり前だが。
「とはいえ、仕組みがわからないのは不安もある。エレベーターの監視カメラのようなシステムが仕込まれていたら、俺たちが侵入したことがバレるおそれがある」
「地球でも忍び込む際にエレベーター使うヤツはあんまいねえか」
「深夜に忍び込む泥棒とかは使わないよね」
警戒に警戒を重ねて慎重に動くべきだ。
「そうなると、階段か」
「でもでも、階段も見張られているんじゃ?」
豪の提案に対し、すみれが即座に異を唱える。
ここは侵略戦争の要となる施設。監視の目が張り巡らされていることを前提に行動すべきだ。
「まあ、そうだろうな。いっそのこと、中には入らず壁を上っていくという手段もありだが」
見上げると首が痛くなるぐらい高くそびえ立っている建造物。
材質はコンクリートのように見えるが実際のところは不明。灰色のどんよりした色合いなのだが、妙に光沢がある。
つるっとした表面に突起物が殆ど見当たらない外装。大きな窓ガラスが大半を占めているので、普通なら上る姿が中から丸見えになる。
だが、俺たちは普通じゃない。
「壁に小さな穴を空けてウォールクライミングしてもいい。もしくは【ワームホール】の連続使用で空中移動も可能だ」
「じゃあ、【ワームホール】で一気に移動する方がよくない?」
「わしもそう思う」
二人はその移動方法を選んだか。
確かに今の説明だけなら、それが最適解のように思えるが。
「【ワームホール】はかなりの集中力を必要とするから、使用中は他の異能の発動がかなり難しくなる。なので【遮断】が解ける」
「「あっ」」
二人は同時にその光景を想像したのだろう。窓の外には姿が丸見えで連続ワープする三人組の異世界人。不審者にも程がある。
二人揃って腕組みをして唸っている。どれも採用するには一長一短があり、決め手に欠けるのを即座に理解してくれた。
「あのよ、もういっそのこと、父さんの【穴】で施設ごと埋めたらどうだ?」
小さく手を上げて意見を口にする豪。
すみれはその発想には至らなかったようで、手を叩いて驚いた表情をしている。
「それは俺も考えはした。施設の敷地面積は深淵の約三倍だ。今の俺だと深淵の二倍ぐらいまでならカバーできるが、それ以上となると難しい」
それが可能なら、まとめて穴に放り込んで話はそこで終わる。
「じゃあ、じゃあ、穴に半分だけ被るように掘ったら、建物が傾いて崩壊したりしないかな?」
「可能性はゼロじゃないが、失敗したら即座に警戒態勢が強化されて、上の穴が使える異能者たちが何処かに移動させられるおそれがある。それに……二人には話したが、【穴】の異能者と直接会う必要がある」
「そう、だったね」
「じゃあ、地道に壁を上るか、中に突入して階段を進むかの二択ってことでいいのか?」
「俺としては正面から中に入って階段を進む方法をオススメしたい。それも【遮断】を使わずに正面突破をしよう」
提案が意外すぎたようで、二人が大きく目を見開いて俺の顔を凝視している。
そんな二人にとある道具を見せると疑念は消えたようで、満足げに頷いてくれた。
『戦争が近いと穏健派の輩が騒ぎ、妨害工作を始める。不審者の見張りは徹底するように』
『はっ、了解しました!』
俺は偉そうな態度で見張りの兵士に話しかけると敬礼をしている。
それに応えるように軽く手を上げると、他の兵士たちも背筋をピンと伸ばして同じく敬礼をしてくれた。
目の前で透明の扉が左右に分かれ、施設内部へと難なく潜入することに成功。
もちろん、俺だけではなく、左右に豪とのぞみもいる。
『九十六将、九十四将、九十三将がお揃いでいらっしゃるとは珍しい』
『予定より早いお着きだが』
『新たな侵略戦争まであと二日だからな』
ひそひそと囁く声を【地獄耳】が拾う。
ヤツらが言う将軍とは、この世界の他人に変身する道具を利用して化けた俺たちのことだ。もちろん、将軍の軍服に似せた服も持ってきていた。
ちなみに衣装制作は静に頼んでおいたが、完璧な仕上がりだ。
「だから、そんな大きな鞄持ってきてたんだ。仕立てもばっちりだね」
取り出した道具と衣装を見て、すみれが感心していた。
全員、直接戦った相手で【穴】に埋め記憶も得て、スケジュールも全て頭に入っている。ヤツらが到着するのは明日。
ちなみに、俺は因縁のある相手――昼想こと九十六将。すみれは細身の九十三将。豪は体格の良かった九十四将に化けている。
まずは入口を無事通過。
中は大きなホールで柱が一本もない構造だ。
外部と違い中は白で統一されていて、塵一つ落ちていない。清潔感があり、異世界と言うよりは近未来を舞台にしたSFの建物を彷彿とさせるデザインだ。
こんな巨大な建物を外壁だけで支えるのは、地球の技術では不可能なのだが異世界では可能なのか。外壁の一部だけでも持って帰って分析をしたら、地球の技術が一気に飛躍するかもしれない。
ホールのど真ん中を突っ切っているが軍服姿の兵士だけではなく、白衣のような服装の研究者らしき人物もちらほら見かける。
全員が俺たちに注目していて、目が合うと足を止めて敬礼をしてくる。アグリウスタル人にとって将軍は憧れであり絶対的な権力者だというのは本当らしい。
『偉くなった気分だね。なんか注目されすぎて恥ずかしい』
『堂々と胸張りゃいいんだよ。しっかし、誰も疑わねえな』
『この世界では他人が将軍の名を語ることや、名声を利用するだけで重罪。姿を模倣すればどうなるか全員が理解している。あと、二人とも私語は慎むように』
静かに注意を促すと、咳払いを同時にして口を噤んだ。
そのまま黙々と歩を進め、謎の異世界エレベーターである魔法陣の前に到着した。
『将軍様、お早いお付きで。まずは部屋への移動をお望みでしょうか?』
魔法陣の側に立つアグリウスタル人が声を掛けてきた。
ヤツは魔法陣の操作係だ。一般兵士には立ち入り禁止の場所もあり、相手の身分に応じて移動場所が制限されている。将軍はほぼ全部の場所へ移動可能となっているので、注目される将軍をわざわざ選んで化けたのはその為だ。
地面に光る紫色の文字と模様。この上に立ち起動させれば、施設内の行きたい場所へ即座に転移する。
『最上階へ頼む。最終確認をしておきたいのでな』
『わかりました。では、お乗りください』
操作係に促されるまま、魔法陣の上に立つ。
足下から伸びる薄紫色の光に包まれ、視界が一瞬だけ歪む。
光が消えると、視界が一変していた。
俺たちが転移した場所は最上階の壁際。
ぐるっと見回すが周囲に壁はなく、全て透明の窓ガラスのような物で覆われている。ここからなら、どの方角も目視で確認できる。見通しは抜群だ。
「酷い……」
「これは、エグいな」
あえて見ないようにしていた室内の様子を真っ先に見てしまった、すみれと豪が口元を押さえながら悲壮な声を漏らしている。
彼らの視線の先にいるのは、首輪を装着させられ粗末な服を着せられた被験者の異世界人。
逃げられないように膝から先を切り落とされ、四つん這いの状態で顔だけは窓の方を向いて虚ろな瞳がぼーっと外を見つめている。
外見は人間にかなり近い。耳が異様に長い者や背丈が子供ぐらいに見えるが顔はひげ面といった特徴の者もいるが、人間とかけ離れた容姿の者はいない。
【ワームホール】を繋げる際には、異能者と相性の良い世界が繋がるらしい。それ故に人体的特徴が似ている彼らが地球へ繋いでしまったのだろう。
数は百名ぐらいか。地球に空いた深淵の数と同じ。
俺はこれから、ただ操られているだけの犠牲者である彼らを――殺さなければならない。




