十四話
各地を渡り基本的には合法に深淵を消滅させていった。
国によっては深淵を利用しようと考えていて消されることを拒んだのだが、非合法な手段で忍び込み問答無用で消し去る。
悪いが、今の俺にとって厳重な警備など取るに足りない。【穴】で何処にでも入り込め【ワームホール】で好きな場所に瞬間移動もできる。どんな銃撃や兵器も【バイオレットオーラ】で容易く防げる。
守る側としてはたまったものじゃない。ここで初めて侵略者側の気持ちが少しだけわかった気がする。これほどまでに容易なら侵略を国策としたくなるのも理解はでき……いや、やはり理解したくない。
結局、一ヶ月も必要とせずに世界各国を回り、すべての深淵が1世界から消え去った。
「もう、行っちまうのか」
「まだ、やるべきことがあるからな」
「豪君、元気でね」
1世界で再会した豪と別れの言葉を交わす。
俺たちの経験してきた過去との矛盾があるとタイムパラドックスが発生し、世界自体が消滅しかねない。故に豪は過去改変をしないように力を抑え、影から力を貸してくれていた。
豪が本気を出せば昼想――96相手は厳しいかも知れないが、他の連中なら軽く撃退できたはずだ。それでも、俺とすみれが経験した過去が改変されてしまえば、俺はこの次元まで強くなることができずに世界は滅んでいた。
さぞ、歯がゆかったことだろう。助けられる力があるというのに世界を救うために耐え忍ぶしかなかった。頑張ったな、我が息子ながら誇らしい。
「次は2世界に行くのか」
「ああ、順番にたどり7世界が終着点だ」
「スケジュールびっちりで慌ただしい平行世界ツアーだけど、ハネムーンみたいなものだし」
「物騒すぎるけどな」
この状況でも笑ってそう言ってくれる彼女は最高の伴侶だ。
自然と見つめ合い、互いに微笑みを浮かべる。
「息子の前でいちゃいちゃするのはやめてくれ。こっちが恥ずかしくなっちまう」
「すまん、すまん」
そっぽを向いて頬を掻いている豪に謝っておく。
見た目は息子の方が遙かに年上なのだが、子供として違和感なく受け止められるようになってきた。
「俺たちが7世界に到達後が本番だ。本当に、いいんだな?」
表情を引き締め、1世界の息子にも同じ質問をした。
豪が何を言うかによって今後の行動が大きく変化する。
「ああ、覚悟のうえだ。どの世界のわしも同じことを言うはずだ」
確かに、7世界の息子も同じ返答だったよ。
わかってはいたが、確認を取らずにはいられない。2~6世界でも同じ質問を繰り返すことになるだろう。結果がわかっていたとしても。
俺が大きく頷くと、隣に並んでいたすみれが一歩前に踏み出してギュッと豪を抱きしめる。
「おいおい、わしはもう初老なんだぜ。ハグは照れくせえって」
「いいの。ママが抱きしめたいの」
口ではこう言っているが、体は一切抵抗していない。
すみれの想いが伝わっているからこそ、無下に扱えないのだろう。
そんな二人を黙って見つめていると、すみれがゆっくりと離れた。
「豪、こっちの世界は託したぞ。お前ならやれる」
俺は息子の肩を力強く叩き、激励の言葉を投げかける。
「おう、万が一失敗しても気にしないでくれ。こっちはわしが守ってやるから」
「頼もしいね。さすが、私たちの息子」
自信満々の豪を見て、すみれが涙を拭うと胸を張って威張っている。
名残惜しいが、そろそろ行くか。
「すみれ、こっちに」
「うん」
彼女を抱き寄せると、腰に手を回して抱きついてきた。
そんな俺たちを見て豪が苦笑している。
「元気でな」
「健康には気をつけてね」
「ああ、二人とも達者で」
すみれが大きく手を振ると、豪は小さく振り替えした。
その顔は少し照れていたが嬉しそうだった。
2世界の始まりは殺戮の宴とかしていた島。
深淵の縁に立つ俺たちの前にいるのは頼もしい背中を見せて、獅子奮迅の活躍を見せている豪の姿。
「手伝うぞ」
「その見た目……戻って来たのか!」
「説明は不要だよねっ」
豪を挟むように俺とすみれが両隣に立つ。
「家族共演か。はっ、力が漲るぜ」
「親子とわかった状態で力を合わせて何かするのはこれが初めてか。ふっ」
「一家団欒だね」
「「それは違う」」
すみれの惚けた発言に、俺と豪が思わずツッコミを入れる。
息子と顔を見合わせると、思わず苦笑してしまう。
「二人だけ息ぴったりでずるいー」
「母さん、駄々っ子みたいなことを言わないでくれ」
「いつまでも若くていいだろ」
と暢気な会話をしているが、俺たちは敵を撃退中だ。
兵士相手なら今更苦戦する要素はない。昼想――96は俺と一緒に3世界に旅立った後なので、この島に脅威となる存在はいない。さっさと片付けるとしよう。
島の兵士たちをすべて倒し、1世界と同じ流れで各国の深淵を消していく。
抵抗する国は、まあ、同じ末路を迎えている。
その後は別れを惜しむすみれを引き剥がすようにして、3世界へ移動。
ここは境界壁の内側の深淵側からスタートで、俺とすみれが96と一緒に時間逆行を繰り返す、スタート地点だ。
豪に事情を話し、1、2と同じことを繰り返し、すみれを豪から引き剥がして【ワームホール】を潜る。
3、4、5、6はほぼ変わらない世界なので6世界ではどれだけ時間短縮ができるか、タイムアタックの要領で深淵を消滅させた。
「これでおしまいかー。なんか、思っていたよりも早く感じるね」
「そうだな」
0世界では半年、1~6世界では滞在時間が一ヶ月にも満たなかった。
合計で一年ぐらいしか経過していない。想像を超える手際の良い……と表現するのも違う気がするが、予定よりも短い時間旅行。
「7世界に戻ったらみんなびっくりするんだろうね」
「見た目が老けたからな」
「老けてませんー。大人の魅力が増しただけですぅ」
確かに二十代半ばの彼女は若い頃とはまた違った魅力に溢れている。俺はどの年代のすみれも等しく愛しいので、共に歳を重ねていく今後も楽しみでしかない。
「じゃあ、行こっか」
「そうだな」
豪とは先に別れを済ませたので見送りには来ていない。
目の前に【ワームホール】を設置すると、二人揃って飛び込んだ。
「たっだいまー」
「帰ったぞ」
「おっと、おかえり。なんか見た目が変わったな」
丸太小屋内部に作られた急ごしらえの教室の壁際で腕を組んでいる豪。
【ワームホール】から飛び出した俺たちを見て、一瞬だけギョッとした目をしたが直ぐに受け入れたようだ。
「三十路手前だからな」
「ママは永遠の十代です」
俺も豪も肩をすくめるだけで何も言わない。
「その様子だと無事に目的は果たしたのか」
「0から6世界の全てで、やるべきことをやってきた」
「ミッションコンプリートだね」
豪との話し合いで決めていた目標はすべて達成。
平行世界は今後異世界との争いが発生することはない。
「強くなるのが主な目的だったが、保険は必要だ」
「ああ、そうだな。本来の目的が達成されれば、平行世界の平和も関係なくなる」
俺はあることを実行するだけの力を手に入れるために平行世界を渡り、力を蓄えてきた。
その目的とは――
「本当にやるの?」
すみれは俺と豪に歩み寄ると、俯いたままぎゅっと服の裾を掴む。
「決めたことだろ。その為にここまでやったんだ」
「母さん、今更それは言いっこなしだぜ」
俺も豪も覚悟は決まっている。すみれはあの時も最後まで抵抗していたが、結局は折れてくれた。
だが、目的が達成される直前になって迷いが生じたようだ。
気持ちの揺らぎを批判はしない。咎めもしない。俺だって同じ気持ちなのだから。
「だって、だって、7世界も平和にしたら、直接アグリウスタル人の住む星に乗り込むんだよ?」
そう、俺たちの最終目標は地球に手を出せないように根本である、アグリウスタル人の母星に乗り込み滅ぼす。二度と地球を含めた他の世界に手を出せないように、叩きのめす。
今の俺なら全力を出せば、事の始まりである0世界に乗り込んでくるタイミングよりも過去に移動できる。
深淵を逆に利用して、時間逆行と異世界への転移を同時に行う。そして、直接アグリウスタル人の本拠地である星に攻め入り、根本であるヤツらを滅ぼして永遠の平和を手に入れる。それが本当の狙いだ。
荒唐無稽にも思える作戦だが、実際にソレを行えるだけの力は得た。
多くの深淵を消しさると同時に、【譲渡】で深淵の力を取り込んできた。
結果、【ワームホール】の仕組みを隅々まで理解し、制御も完璧となった。本来【譲渡】はすみれの物だが、返したのは1世界だけで、それ以降は返さずに俺も所持している。
「勝てるとも限らないし」
「その為に強くなったんだ。今の俺は以前の俺とは違う」
「それはわかってる! わかってる……けど、でも、上手くいったとしても、それだと豪君が」
彼女の心配は勝敗の行方だけではない。
この作戦が上手くいき、アグリウスタル人を滅ぼし、地球に侵略戦争を仕掛けるという過去が存在しなくなれば、どうなるのか。
ヤツらがいたからこそ、俺は強くなった。侵略戦争がなければ今の強くなった俺は存在しない。その侵略戦争そのものがなくなればどうなるのか。
俺は異能にも目覚めず、時間逆行もできない。過去改変による矛盾――タイムパラドックスが発生。
分岐した平行世界は矛盾のない正しい歴史を構築するために一つになり、アグリウスタル人が侵略してこない新たな時間軸の統一された地球が生まれる。
それこそが俺たちの真の狙い、目的だ。
「そうなったら、豪君はどうなるの……。私と守人君はその世界でも出会えるの?」
「まあ、今のわしではなくなるだろうな。平和な世の中で平和に暮らす、二人の息子として人生を謳歌しているさ」
過去が改変されて侵略戦争がなかったことになる世界。
そこでは俺とすみれの記憶も改変されることだろう。アグリウスタル人の存在すら覚えておらず、初めて出会った覚醒者訓練所も存在しない。
そんな世界で俺とすみれが再び出会い愛を育めるのか。……確たる保証はない。
だが、それでも俺は。
「必ず、出会って恋に落ちる」
断言した。
幾つもの平行世界を渡り、苦楽を共にした掛け替えのない人。
すみれとの絆は理屈じゃない。運命だと信じている。
「うん、そうだよね。私も必ず、守人君と出会って恋に落ちる。もう一回初恋から始められるなら、お得だよ!」
正面から見つめ合い、指を絡ませるようにして手を握る。
記憶ではなく体に染みついた彼女の温もりを俺は決して忘れない。
「いちゃいちゃの波動を感じ取ったで!」
「だから、そういうのやめましょうよ、望さん」
バンッ、と勢いよく扉を開け放ち、乱入してきたのは望。
その愚行を止めようと続いて飛び込んできたのが七節か。少し遅れて、静先生と淵上もやってきた。
顔を見ただけでほっとする面子が揃い踏みか。この一年は二人きりだったが、騒がしい日常に帰ってこられたことが純粋に嬉しい。
「なんか、二人……大人びてへんか? この数分で何があったんや! 秘密にしといたるから包み隠さず全部話してみ!」
「確かに同年代の筈が年上に見えますね。あれ、服装も違いますよね?」
「本当だね。それにお爺ちゃんの二人を見る目も変わったような?」
「どうやったら、この短時間で老化を?」
「えっと、あの、一人ずつ聞いて欲しいかな!」
飛び交う質問の嵐にたじたじになっている、すみれ。
やっぱり、もう少し静かな方が嬉しいかもしれない。




