十話
外国のアグリウスタル人は日本と見た目は変わりなかった。当たり前だが。
ここは防御特化の土色オーラが七割を占めていて、残りのオーラ色がちらほら見える程度。
アメリカは銃社会で軍事力もある。他の国に比べて抵抗が激しいと踏んで意図的に集めたのかも知れない。
そんなことを考えながら迫り来る兵士たちを迎撃していく。
相手の攻撃が届く前に拳を打ち込む。すべて一撃で仕留める。
フェイントや連携を使うほどの相手ではないが油断は禁物。下級の兵士ばかりのようで純粋なオーラ量は大したことはないが、稀に珍しい異能を活用してくる輩もいる。
不意に視界が歪み、少し体が重くなった。
風景がゆらゆらと揺れ、脚がすっと地面から離れて体が安定しない。
どうやら、異能の力により大量の水で俺の全身を包んだようだ。
大地を踏みしめて踏ん張っている兵士が三人見えた。一人ではなく同じ異能持ちが力を合わせて発動させたか。
『【水】の異能で動きを止めた。一斉攻撃で仕留めるぞ』
『了解した!』
水中を漂っている俺を数人の兵士が取り囲み、右手を突き出す。
遠距離攻撃が可能な兵士か。
その右手にはバチバチと弾ける金色の火花が見えた。これは雷の異能だ。
水中の相手に雷を叩き込む。理に適った最適解の連携。
予め、この攻撃方法が確立されている部隊なのか。動きにも統率があり、日本や中国の兵士たちより明らかに練度が高い。
『放て!』
ほとばしる稲妻が俺を捕縛している水に突き刺さり、水中を暴れ回る。
『やったか!』
異世界人も似たようなフラグを立てるのか。
期待の声を裏切って悪いが、全身からオーラを放出して雷を帯びた水を弾き飛ばした。
兵士たちは一瞬だけ愕然としていたが、直ぐに表情を引き締めて再び構えを取る。やはり、鍛え上げられている部隊のようだ。
『本当の雷を見せてやろう』
右手を振り上げて天空を指差す。人差し指の先に稲光が集まり光量と大きさが増していく。
これは中国で倒した将軍から奪った【雷】の異能。ぶっつけ本番だが、試しに使ってみるか。
人一人を飲み込める程に巨大化した雷の塊を確認すると、兵士たちへ突きつけるように右腕を振り下ろした。
バチバチと放電しながら放たれた光線が兵士たちをなぎ払う。
俺から直線方向の大地が抉られ、光の通り過ぎた後には地面が湾曲した一本の道が完成した。道の幅が十メートルはある。
「力の加減を間違えた」
平然とした態度を貫いてはいるが、内心はかなり動揺している。
想像を遙かに超える威力で内心は、すみれたちのいない方向に放ったことに安堵していた。
『化け物、だ』
『現地人にこれほどの猛者が存在するのか』
『誰か将軍に伝えろ!』
一瞬にして十人以上の仲間が吹き飛ばされたというのに、混乱の中でも統率を取ろうとしている。
この兵士たちの上に立つ将軍は中々の切れ者かも知れない。
『はっ、あんだけ派手にやらかしてくれたら気付くっての』
側面から不意に聞こえた声。
その声は軽い口調でありながら、混乱状態にあった場の空気を一気に引き締めた。
「将軍のお出ましか。すみれ、その人たちを連れて離れて」
「うん。思う存分戦ってね」
背後から聞こえる声に対し、軽く手を振って送り出す。
生き残りのアメリカ人たちは彼女に任せておけばいい。振り返って確認するまでもない。
細く長く息を吐き、頭をボリボリと掻いている声の主をじっくり観察する。
俺よりも頭一つはデカい。身長は二メートルを超え、何故か上半身は裸で、下は軍服のズボンにブーツ。
脂肪がそぎ落とされ筋肉が浮かび上がった肉体。ゴリマッチョほど太くはないが、マッチョと呼ぶに相応しい体型をしている。それも、見せるための肉体美ではなく機能的な筋肉の付き方。
髪は短く角も短く太い。強い意志を感じる瞳に、闘争心をむき出しにして笑う口。アグリウスタル人は角と瞳を除けば人間に似ているのだが、こいつは特に人に近い容姿をしている。
『俺は九十将。残党処理を任された軍のトップだ。地球限定だがな』
ここで、九十番台で最強の敵が登場。
漲る気迫と自信は実力の裏付けがあってのことか。
『地球に残っているのは九十番台の将軍のみか』
『そうだぜ。上の将軍連中はもう地球に興味がなくてな、後始末を押しつけて別の異世界を攻略中だ』
さすが、侵略、強奪が趣味の野蛮な戦闘民族。
奪うものを奪った地球はもうどうでもいいのか。出がらしの地球に興味はない、と。
ヤツらの思考回路に苛立ちを覚えるが、こちらにとっては都合がいい。こいつを倒せば、これ以上の脅威が地球には存在しないということになるのだから。
『だからといって、俺はイヤイヤ後始末を押しつけられているわけじゃないんだぜ。俺は戦うことが大好きだ。飯と寝ること以外は戦いだけでもいいぐらいにな』
お手本のような戦闘狂か。
アグリウスタル人には結構多いタイプだが、こいつは筋金入りのようだ。
『だがな、戦いにも種類があってよ。俺は徹底的に追い詰めた相手を圧倒的な力でねじ伏せ、完膚なきまでに叩き潰す瞬間がたまらなく好きなんだ。自分は不幸のどん底にいるとあきらめきった表情が、更なる絶望で上塗りされ染まる瞬間。あれを見るために生きているといっても過言じゃねえ! あの顔を想像しただけで、絶頂しそうだっ!』
前屈みになり唾をまき散らしながら戯言を吐き続けている。
前言撤回。こいつは戦闘狂ではなく、ただの狂人。……生きる価値はない。
『んー、怒っちまったか? いいねえ、怒りからすべてをあきらめ絶望する。今は下準備、肉にたーっぷりとこしょうを振った状態だ。できあがりが楽しみじゃねえか』
『涎をふけ。食事のマナーがなってないぞ。だから野蛮な民族は困る』
無視してもよかったが、地球人を代表して挑発に乗ってやる。
『お前に踏みにじられてきた多くの犠牲者たちに代わって……叩きのめしてやる。その固そうな肉が柔らかくなるまでボコボコにしてやろう。今度はお前が調理される番だ』
『そりゃ楽しみだ。料理対決ってわけだ!』
辛抱が限界に達したのか、九十将が前屈みの体勢のまま突っ込んできた。
防御を捨てた特攻にしか見えない。躱すか、足下に穴を空けるのが妥当な選択。だが、それでは腹の虫が治まらない。
腰を落として構えを取って正面から迎え……穿つ!
全身からあふれ出ているオーラはオレンジ色。赤と黄色の特性を持つ。攻撃と素早さに優れているのか。まさに戦闘に特化したオーラ。
今まで多くの敵をその力でねじ伏せてきたのだろう。突進に迷いが一切感じられない。
踏みしめた大地を陥没させながら、力強い足取りで迫る九十将。
更に腰を下ろし、大きく息を吐き拳に力を込める。
相手は顔の前で腕を交差させて、頭を守りながら突撃するつもりか。この体当たりの威力は計り知れない。まともに受けたら、今の俺でも無事で済むとは思えない。
だが、引く気はない。腰を限界まで捻り、右拳に力を蓄える。徐々に迫るヤツの顔面に向けて渾身の一撃を放つ。
『恐怖で間合いを見誤ってるぜっ!』
まだ距離があるのに攻撃を繰り出した俺をあざ笑う、九十将。
俺を見下した顔が唐突に歪む、物理的に。
ガードしている腕を無視して右側面から飛び出してきた拳に頬を殴られ、宙に浮いたヤツはきりもみ回転をしながら真横へと吹っ飛んでいく。が、まだだ。
九十将の進路方向と目の前に【ワームホール】を設置。それを潜って飛行中の九十将の正面に瞬間移動する。
意識を辛うじて保っている九十将が突如現れた俺を見て、唖然としている。その顔を下から蹴り上げると更に顔が歪む。
再び【ワームホール】を設置。上空で待ち受け、今度は地面へと叩き付ける。
真っ逆さまに落ちているヤツの行き先は――暗く深い穴。
穴に飛び込まされた九十将の姿が闇に呑み込まれたのを確認してから、穴を閉じた。
今の動きは漫画やアニメのようだった。そんなことを実際にやれる自分に対して少し引く。強くなったと自覚はしていたが、ここまでくると我ながら失笑してしまう。
「異能の数は増えてないが……【怪力】と【硬化】の力が増したか」
九十将は下級兵士からの叩き上げだったのだろう。この二つの異能しか所持せずに、この地位まで駆け上がったのは尊敬に値す……いや、どう転んでも尊敬の対象にはならないか。
0世界でやるべきことのメインが終了した。
一つ目が、深淵をすべて壊してアグリウスタル人の移動手段を奪い、二度と地球に来られないようにする。
二つ目が、将軍や兵士たちを倒して、その力を奪い己を強化する。
三つ目が、帰れなくなったアグリウスタル人の残党処理。立場が逆転したな。まだ、これができていないので、もうしばらく0世界に留まることになるだろう。
とはいえ地球にいるすべてのアグリウスタル人を倒すのは難しい。だが、最低でも将軍クラスは倒しておくべきだ。
他の将軍や兵士たちの情報は倒した将軍たちの記憶を夢で見ればわかる。その夢を見るためにも数日は過ごす必要性がある。
そのすべてが終われば……。
「守人くーん、おーつーかーれーさーまー」
「ダーリーン! 格好良かったよー」
「誰がダーリンなのっ! 守人君は私の伴侶なの!」
「まだ結婚してないって言ってたね。じゃあ、奪っても文句ない!」
「文句あるに決まってるでしょ!」
遠くから、すみれとジェニファーの罵り合う声がする。
ジェニファーが好意を寄せているのは一目瞭然だが、すみれ以外の女性に興味はない。ご都合主義のハーレム展開になることは今後もあり得ない。俺は生涯、すみれ一筋だから。




