十一話
0世界に戻ってから半年が経過した。
アメリカで三ヶ月を過ごし、将軍を二名追加で処分。
そこから中国に舞い戻り、生き残りの兵士を含めた将軍をすべて倒した。
最後は日本に戻って残党を見つけ出しては倒していく。あまりにも力の差があるので、討伐よりも作業に近い。
他の将軍から得た情報で世界各地に散らばっている連中の場所を把握できたので、思っていたよりかは楽に始末ができた。
「これで憂いはほとんどない、か」
「すべてのアグリウスタル人を倒したわけじゃないからね」
「まだ、何処かに生き残りが潜んでいるはずだ」
ヤツらが持っていた記憶媒体と倒した将軍たちの夢から拠点の位置を割り出し、すべての拠点は潰しておいた。そこに居た兵士もすべて倒し、穴へと放り込んだ。
それでも地球は広い。アグリウスタル人を一人残らず倒すことは不可能。
「でも、将軍は全部いなくなったし、増援もこないから大丈夫だよね」
「復讐者たちもいるから、おそらくは」
アメリカで助けたジェニファーが率いる、覚醒者集団。
彼女たちはこの地獄を生き残っただけあって、各自の能力が高い。一対一ならアグリウスタル人の兵士と互角かそれ以上の実力だ。
「おまけに、守人君の異能を分けてあげたから、大丈夫だよ。……ジェニファーはどうでもいいけど」
すみれが頬を膨らましてぼやいている。
顔をつきあわせる度に口論が絶えなかったからな二人は。でも、俺の目には罵り合いながらも楽しんでいるように見えた。これを指摘すると不機嫌になるので言わないが。
「でも、でも、異能をあげて良かったの? 大切な力なのに」
「いいんだよ。ここでの戦いで手に入れた異能で使い道に困りそうなのを渡しただけだから。異能の数が増えると戦略の幅は広がるが、手段が多いと迷いも生じる。異能を厳選して鍛えた方が、結果的には強くなるはずだから」
広く浅い器用貧乏よりも、狭く深く絞った方がいい。
これが後衛で支持やサポートに徹する立場なら前者の方が有能かも知れないが、俺は先陣を切って前衛で体を張って戦う役目を担っている。
戦闘に活用できない異能は邪魔になるだけだ。
「結局、0世界に来てから増えた異能はあんまりないんだよね?」
「そうでもないよ。【俊足】【雷】なんかは優秀で、あとは【通話】も便利だ」
前の二つは将軍から。【通話】は兵士から奪った異能。遠くの人とも会話が可能になる、というスマホが必要なくなる異能で使い勝手も悪くない。
「これで思い残すことはない、かな」
「そうだな。苦い思い出しかない0世界もこれで最後か」
改めて辺りを見回す。
老人になった頃よりは町並みが原形を留めているが、壊滅状態であるのは間違いない。
日本でアグリウスタル人の処理をしている最中に見つけた、生き残りの日本人たちを救い出した。その数は三十二名。
これが多いのか少ないのかは判断に悩むが、同胞の血が絶えなかったことだけでも喜ぶべきか。
救った人々は力を合わせて自給自足の生活を始めている。その中で一人の優秀な若者に異能の一つ【水】を託した。
水を自由自在に操れるだけで農業の効率はぐんと上がるはずだ。便利な異能なので本音を言えば渡すのに躊躇いがあったのだが、この滅び駆けた世界を懸命に生き抜こうとする人々に何か残していきたい、という想いの方が強かった。
あとは頼んだよ、0世界の――七節六巳。
日本のリーダーに選んだときの顔を思い出して微笑む。
彼はこの過酷な環境で生き延びていた。もちろん、俺たちのことは知らず0世界では初対面だったが、事情をすべて話すと素直に受け止めた。
マンガアニメ好きが功を奏して、荒唐無稽な話をあっさり信じてくれたのは1世界での説得シーンと同じだが、彼は後に興味深いことを語っていた。
「何故か、初めて会ったのに初対面のような気がしなかったのですよ。不思議ですね」
時間逆行がそもそも理に反した行いで、実際にはあり得ない現象。
化学では立証されない不思議な繋がりがあっても……いいじゃないか。理屈じゃなく心で感じても。
「よっし、思い残すことはもうないよ! 0世界さようなら!」
「ああ、さらばだ。忌まわしき過去よ」
「あっ、ちょっと格好付けちゃった?」
俺の呟きを聞き逃さなかったすみれが、周囲をぐるぐる歩きながらからかってくる。
「恥もこの世界に捨てていくからな」
「ふふっ、また別の世界に行くんだもんね。【ワームホール】は大丈夫そう?」
「かなり力を付けて安定している。今なら完璧に制御できる」
以前は時間逆行を繰り返す度に、別の世界――平行世界を作り出していた。それは制御が未熟だったから。本来の力を行使できれば、無駄に世界を分岐させずに過去へ戻れる。
ただし――
「今度は平行世界を狙って作り出せなくなったんだよね?」
「あれはバグみたいなものだったのだろうな。制御が可能になったからこそ、あの現象を意図的に発動させるのが難しくなった」
故に俺が安全に渡れる世界は既に作り出してしまった0~7世界のみ。
「おまけに、各世界に一度きりしか飛べなくなった。それも以前に空けた穴のどれとも繋がらない」
なので、平行世界に穴を新たに空けて繋ぐ必要がある。別世界の自分が空けた他の穴がある状態だと安定せず、こちらの穴を繋げるのが困難を極める。
過去の自分がいなくなったタイミングを見計らって穴を繋ぐのが一番安定する方法のようだ。
バグが残っている未熟な過去の【ワームホール】に今の自分が繋げると不具合が発生する、と直感が告げている。
どういう理屈なのかは不明だが、そもそも【ワームホール】が人知を超えた異能。すべてを把握することは一生ないのだろう。
「この0世界にはもう二度と来ないんだね」
この景色は本当に最後の見納め。
出会った人々とも二度と会うことはない。
半年は短いようで長く感じる。戦いに明け暮れ、濃密な時間を過ごした。
「これでコンプリートだ。やるべきことはすべてやった!」
そう断言できるぐらい、充実した毎日だった。
「次はやっぱり……あそこだよね」
「ああ、これは初めから決まっていた」
0世界の次に行く平行世界。幾つにも分かれた世界があと七つ残っている。
踏ん切りはついた。過去の因縁にけりを付ける時が来た。
この世界は奴隷生活でろくな思い出はないと思っていたが、常に彼女が……すみれが側に居てくれたことだけが心の支えだった。
「どうしたの、守人君?」
俺の視線を感じ取ったすみれが、上目遣いで俺の目を覗き込んでいる。
「幸せだな、って思って」
「ふふっ。滅びかけた世界でこういうことを言うと不謹慎かも知れないけど、私は守人君と一緒にいられるなら、それだけで幸せだよ」
同じ想いを抱いてくれている。相思相愛なんて言葉を口にするのも野暮なぐらい、俺たちは通じ合っていると信じているのに、言葉にしてもらえるとやはり嬉しい。
「俺も同じ気持ちだよ」
いつもなら、こんなやり取りをしていると望が邪魔をしてくるのだが、0世界にまで出張してツッコミをする能力はないようだ。
俺たちは熱い口づけを交わすと、二人で顔を見合わせて微笑み【ワームホール】へ飛び込んだ。
「そう……きたかっ」
【ワームホール】を潜って真っ先に聞こえてきたのは歓喜の声。
辺りを見回すと少し離れた場所に歪な形をした木々が見える。その先にあるのは巨大な壁――境界壁。
続けて出てきたすみれの手を取って、正面を見据える。
深淵をバックに仁王立ちをしている男が一人。そして女が二人。
どれも見覚えのある顔ぶれだ。
歓喜に震えている男は俺に指を突きつけて破顔すると、腹を抱えて大声で笑い出す。
「ふははははははっ! 最高じゃないか、この世界も! まだ、まだ、楽しませてくれるようだ!」
この声を懐かしく感じるときがくるとは。
地球人を見下した態度と悪役ぶった演技を目の当たりにしても、怒りを覚えることはない。
一切波打たない平穏な心で、ヤツらの視線を受け止め口を開く。
「久しぶりだな、昼想。帰ってきたぞ」




