八話
『何故だ、何故現地人ごときがここまで強い!』
『圧されているぞ! 攻撃の手を休めるな』
九十四将が弱音を吐くと、九十三将が活を入れる。
俺は今、二人の将軍と戦闘中だ。
九十四将は大男のマッチョで袖のない軍服。九十三将は細身で軍服の上にトレンチコートのようなものを重ね着。
対照的な見た目をした二人で仲も悪いようだが、連携は悪くない。
俺を挟み撃ちにして絶え間なく攻撃を加えている。
『部下共は何をっ!』
戦況が好転しないことに苛立ちを隠せない九十四将が周囲に目をやり、その光景に愕然とする。
『手を休めるなっ! 何っ⁉』
九十三将が直ぐさま咎めるが、同じ光景を見てしまい呆然と立ち尽くしている。
隙だらけの二人だが、今は手を出さないでやろう。
ヤツらが見たのは五十人以上の兵士たちを一人で相手にしている――すみれの姿。
「良き妻は夫の邪魔をしない。私の理想は古いタイプの大和撫子だから。これも多様性だよねっ」
と呟きながら兵士たちを手玉に取っている。
俺よりは劣るが純粋な戦闘力はかなり高い。それに強化された【譲渡】の力を完全に使いこなしている。下っ端の兵士ごときでは相手にもならない。
「ほい、ほいっと」
彼女に触れられた兵士は瞬時に別の兵士の元へ送られ、激突する。
触られるだけで強制的に瞬間移動させられるのはかなりキツい。防御力の高さが何の意味も成さないからだ。
だが、それは序の口。本当の恐ろしさはそこじゃない。磨き上げられた【譲渡】は更なる力を得た。
『力が出ない……どういうことだ⁉』
『オーラの出力が落ちているぞ!』
彼女に触れられた兵士たちが明らかに弱っている。全身からあふれ出していたオーラも今はか細く弱々しい光を発するのみ。
『ごめんね、力をもらっちゃった』
すみれは片目を閉じて舌を出し、手を合わせて軽く謝罪している。
その姿は……もちろん可愛い。
彼女の【譲渡】は触れた相手の力を、すみれに譲渡させることが可能になった。つまり、彼女の言うように強制的に自分の力を彼女へと貢いでしまうのだ。
ただし、異能を奪うのはまだ無理なようで、オーラだけを吸い取っているそうだ。
触れるだけで力の大半を奪われ戦力が削られていく兵士たち。既に大半の兵士は弱体化した体を引きずり逃走している。
『援護は期待できないようだな。さあ、どうする?』
『ならば、こちらも本気を出すまで! 出し惜しみは無しだ。異能を解放しろ九十四!』
『承知した、九十三!』
初見となる二体の異能。
全身が膨張していく九十四将。
体に雷を纏う九十三将。
両方とも俺の【穴】とは違い見栄えする異能だ。
『もう、油断はしねえ』
『一気に葬りますよ』
能力を解放した二人が同時に襲いかかろうとした――が、俺が一足先に動く。
目にも留まらぬ早さで二人の間をすり抜け、後方へと。
『『えっ』』
何が起こったのかも理解できないまま、二人の将軍はその場に崩れ落ちた。
「やはり【俊足】は普通に便利だな」
九十七将から奪った【俊足】。足が速くなるというわかりやすい能力だが、単純が故に強い。
将軍二人を穴に埋めて異能を奪っておくのを忘れない。
「【雷】に【身体向上】か。これで異能の数が合計……十一」
【穴】しかなかった頃に比べたら増えに増えた。
【穴】【譲渡】【地獄耳】【読心】【反射】【怪力】【硬化】【遮断】【俊足】【雷】【身体向上】
今後も増えることになるだろうが、多すぎるのもそれはそれで困る。
戦略の幅が広がるのはありがたいが、選択肢が多すぎると咄嗟の判断が鈍ってしまう。
広く浅くよりも、狭く深くの方が有利な場面も多い。これからも【穴】をメインで鍛えるのは間違いないが、他も二つぐらいに絞った方がいいのかもしれない。
……これは贅沢な悩みか。
「そっちも片付いたみたいだね」
すみれが駆け寄ってきた勢いのまま、俺の胸に飛び込んでくる。
さっきまで彼女がいた辺りには、力が枯渇しかけている兵士たちが力なく大地に寝そべり、重い足取りで遠くまで逃げようとする兵士の背も見えた。
「開け」
全員を容赦なく穴底へと叩き落とす。
逃がすつもりは毛頭ない。彼らを見逃せばまだ生き残っているかもしれない地球人たちに、害を及ぼすのは間違いないからだ。
「守人君。私がとどめを刺してもいいんだよ?」
申し訳なさそうに俯く、すみれの口から物騒な申し出が。
「いいんだ。何度も言っているけど、これは俺の我が儘だ。できれば、キミには手を汚して欲しくない。相手が異世界人であれ、一線を越えて欲しくないんだ」
一度でも経験しているのと未経験には雲泥の差がある。こんなことは経験しなくていい。
俺の手は既に血で汚れている。そのことに後悔はない。覚悟も完了済みだ。
だが、彼女は……すみれには、その一線を越えて欲しくない。
割り切っているはずなのに毎夜、罪悪感が押し寄せて死者の顔が頭に浮かぶ。
なんとか眠りにつけても能力を奪った引き換えに、殺した者たちの夢を毎日、日替わりで見続ける。
家族と和やかに過ごす日常。戦場で共と談笑する姿。大切な人への想い。
最悪な目覚めと共に新たな殺戮の日々が始まる。
すみれ。キミだけは、この苦しみも後悔も知らないままでいてくれ。
「でも、私だけ手を汚さないなんて……ずるいよ、卑怯だよ。私だって覚悟はっ」
涙目で訴える彼女の口にそっと指を当てて黙らせる。
「だから、俺の我が儘なんだって」
すみれは頬を膨らませて不満げだが、それ以上は何も言わなかった。
「中国の深淵も消去完了」
日本より一回りは大きな深淵も無事に除去できた。
残るはアメリカ大陸にある一つのみ。
アグリウスタル人の帰り道は一本に絞られた。そこも塞いでしまえば、彼らは帰郷する手段を失う。
兵士や将軍たちの力も取り込んで、この0世界に来てからかなりパワーアップしている。
「えっと、深淵を全部閉じたら、もう二度と地球には行けないんだよね?」
「ああ、そうらしい。将軍たちの記憶によるとだが」
すみれが小首を傾げて質問してきたので、即座に返す。
「そもそも、異世界同士を繋げる方法が強引で無理がある。異世界を繋ぐ方法は【穴】の異能所持者が遠く広く思念を送り、波長が合う異世界を見つけ情報を得る」
なので、【穴】を扱える異世界人の種族によって繋がる異世界が異なる。
「まだ、穴が空いてないのに情報をゲットできるの?」
「良い質問だ。俺も【穴】の異能が使えるからわかるのだが、設置したい場所に意識を集中すると、その場の情報が伝わってくる。地面の材質や周辺の景色とか」
深淵程の大きさになると情報量は比べ物にならないだろう。
多くの情報得ることで【ワームホール】の安定感は増す。
「そして、強引に異世界と繋げるわけだが。実はワームホールの覚醒者は繋いでから数年後に例外なく……死亡している」
「えっ⁉」
すみれを心配させないために黙っていた真実を暴露する。
「発動した者が死んでも【ワームホール】は残り続ける。だから、異世界を繋げる異能者は基本使い捨て。だからこそ、新たな【ワームホール】の覚醒者をヤツらは自ら作り出している」
「じゃあ、守人君も捕まったら……」
「搾り取られてポイ捨てだろうな」
アグリウスタル人にとって、自分たち以外の存在価値はない。そこに情けなんてものはなく、ただの使い捨ての道具だ。
「だが、だからこそ、深淵を消すことに意義がある。消してしまえば二度と繋げなくなる。もし発動した異能者が生存していたとしても、こんな大規模な【ワームホール】を二度も発動させるのは不可能だから」
「だから、深淵を消して回っているんだね」
理解してもらえたようだ。
帰還できなくなったヤツらの慌てふためく顔を想像するだけで、少し溜飲が下がる。
「ここからアメリカまでの移動はかなり時間がかかりそう」
「流石に距離があるからな……」
日本海を越えた要領で【ワームホール】の連続使用が妥当か。
今のオーラ量ならアメリカまで持つと思うが、念のために浮き輪を調達しておこう。海のど真ん中で力尽きたら目も当てられない。
この滅びかけている地球で使い物になる飛行機を探したところで、見つけるのは至難の業。というか、存在しているかも怪しい。
ならば、地道な作業になるがやるしかない。
「ここからだと、日本を通るルートと真逆に進むのとどっちが早いのかな」
「地図だと似たり寄ったりの距離に思えるが」
「深淵の場所はなんとなくわかるんだよね?」
「これだけ遠いと方角ぐらいしかわからないが」
同じ【ワームホール】なので、俺はその場所を感じ取ることができる。中国にあった深淵に迷わず行けたのもその為だ。
「もしかしてなんだけど、同じ穴で【ワームホール】なんだよね。守人君なら、直接ワープできたりしない?」
「あっ」
意外な盲点。その発想があったか。
時間と空間を歪める能力。それが【ワームホール】。異世界に移動することと比べれば、この程度の距離など問題にもならないのでは。
意識を集中してみる。これはいけそうだな。
彼女を手招きして抱き寄せる。
結果、アメリカへ……あっと言う間に到着した。




