七話
「一個目の深淵排除を完了だね。残り二つ、頑張ろう。おー!」
すみれが隣で拳を突き上げて鼓舞する。
彼女が側で応援してくれるなら、俺はどんなことでもやり遂げてみせる。必ず。
「次はどっちに行く? アメリカ、中国? 海外旅行はこれで二回目だね」
「旅行……まあ、いいか」
お気楽な旅ではないが、彼女がいれば地獄であろうがバカンスだ。
日本にはまだアグリウスタル人の兵士が残っている。日本人の生き残りを捜して殲滅するために。
申し訳ないが彼らの処理は後回しにさせてもらう。日本各地を渡り歩いて根絶やしにするには時間がかかりすぎる。
敵に気付かれる前にすべての深淵を消滅させる。この状況で向こうから増援が来る可能性はかなり低い。だからこそ、今のうちに移動手段をなくしておく。
「次は中国だな。距離的に」
「えっと、海を越える必要があるけど、どうしよっか。船盗んで使っちゃう?」
陸続きであればこの脚で渡れた。オーラで身体能力が上昇した俺たちなら車より速く移動できるから。
だが、海となると海上を走るわけにもいかない。……いや、漫画で海上を走るシーンを何度か読んだことがあるな。ワンチャンいけるか?
そのシーンを想像してみる。やれたとしても途中で力尽きたら海に沈むだけか。これは却下だ。
「方法はいくつかあるけど、一番手っ取り早い方法で……おっと、先にやることができたか」
鋭い目つきで前方を睨むと、少し遅れて彼女も同じ方向に目をやる。
視線の先にいるのはアグリウスタル人。兵士たちと似ているデザインの軍服を着ているが、襟や胸元に勲章が幾つも付けられ、一目で地位の高い人物であることがわかった。
身長は俺より少し高い。赤色の肌に赤色の長い髪を後ろで束ねている。
胸元が膨らんでいるので女性のようだ。
『貴様は……あの人間か』
熱を感じない冷め切った声と視線。
淡々と話してはいるが隠しきれていない動揺と警戒心が伝わってくる。
今「あの人間」と口にしたということは、俺が【穴】の異能所持者で【ワームホール】に目覚める可能性を秘めていることを知っているということか。
『あんたは何処のどなたかな?』
『原住民の奴隷ごときに名乗る必要はない』
地球人をゴミのように見下す、あの目つき。
アグリウスタル人以外を対等の存在と認めることがない。それがヤツらだ。
ならば、勝手に心を読むだけだ【読心】で。
当初は触れる必要があり、それから半径一メートル内であれば心の声が聞こえるように強化された。更にそこから時間逆行を繰り返して、尋常ではないほどに鍛え磨き上げられた【読心】は今や、見える範囲であれば距離が遠くても心の声を拾えるように進化している。
(深淵の周囲にいた部下たちはどうした。近くに気配すらない。……まさか、やられたのか⁉ 地球人の奴隷ごときに……それはあり得ないか。男一人に女一人。男は【ワームホール】に目覚める可能性のある重要人物だと知らされている。殺害は禁止。女の方も人質として残しておく必要がある)
心はかなり饒舌なようで、常に何かを呟いて考えを巡らせている。
『で、あんたは何処の何様なんだ?』
『名乗る義理も必要もない』
(末席である九十七将ではあるが、こやつを目覚めさせれば地位が上がる。まずは八十番台。これを足がかりに地位を上げ、五十を超え、いずれは一桁へと)
この女将軍は昼想より下の地位らしい。ヤツは九十六将だと語っていた。
アグリウスタル人は頂点に王が君臨し、その下に百将と呼ばれる将軍たちが控えている。数字の小さいものの方が地位は高く、一から九十九将まで存在する。
九十番台の将軍は先陣を切って危険な場所で戦わされることが多い。故に欠番が常にあり、その度に補充をする。
ヤツが九十七番で末席ということは、下にいるはずの九十八、九十九が死亡により空席ということなのだろう。
『九十七将か』
読み取った情報をあえて口に出す。
『何故、貴様がそれを……まさか【読心】⁉ いや、【穴】の異能以外を所持しているという情報はなかったはずだが』
俺の一言に動揺を隠せずに思わず口にしてしまった失言。
そのことに気付いたのか、慌てて自分口を塞ぐが遅すぎる。
『心の声が表に出てしまっているぞ』
『知られてしまったのなら、もう価値はない。ここで処分する』
「自分で漏らしておいて責任転嫁はどうかと思うよね」
日本語でこそっと耳打ちする、すみれ。
相手には伝わっていないはずなのだが、雰囲気で察したのか眉間にしわが寄っている。
九十七将は腰にぶら下げていた片刃の剣を抜く。珍しく武器持ちか。
アグリウスタル人は全身にオーラを纏うことで身体能力を強化している。すべてを力でねじ伏せることに意味を見いだしているようで、武器を使うことを極端に嫌う。
だが、強さを追い求める者の中には手段を選ばず、武器を手にする連中も存在する。
この九十七将もその一人か。厄介だな。
武器持ちは下らない矜持やプライドを捨ててまで力を求める。故に強い個体が多い。
「今の実力を試すにはもってこい、か。すみれ下がっていて」
「うん、無理しないでね」
「ああ、無理しなくても倒せる相手だと思うよ」
余裕の態度を崩さずに笑みを返す。
実際の所、俺の実力も相手の実力も測りかねている。将軍で知っているのは昼想のみ。ヤツの強さは尋常ではなかった。
だが、今の俺なら時間逆行を繰り返す前のヤツにも手が届くはず。それを、ここで、証明する!
相手が黄色のオーラを噴き出したので、俺も負けじと紫色のオーラを放出。
右足を後ろに引き、左腕と右腕を胸元に上げて構えを取る。
じりじりとすり足で間合いを詰める九十七将。俺も同様に距離を詰めていく。
あと一歩踏み込めば剣が届く間合い。相手は動きを止めたが、あえてそこに俺は足を踏み入れた。
瞬間、振り下ろされる斬撃。
速いっ、だが。
後退もせず、横にも避けず、あえて前を選ぶ。
大地を踏みしめて蹴り込み、斜め前へ跳んで九十七将の脇を通り過ぎた。
後方で空気を切り裂く音がしたかと思うと、続けざまに冷たい光が後方から襲いかかる。
振り下ろしからのなぎ払いか。
後頭部を刈るように放たれた横薙ぎの一閃。
その場にしゃがみ込むことで頭上を刃が通り過ぎていく。
九十七将が目を見開き、驚きの表情で俺を睨んでいる。こうも華麗に躱されるなど思いもしなかったようだ。
『次は俺の番か』
素早く立ち上がると、軽いジャブの連打を放つ。
威力よりも速度を重視した攻撃を九十七将は辛うじて剣で防いでいる。
普通であれば拳と剣がぶつかれば傷を負うのは俺の方なのだが、オーラでコーティングしている拳は剣ごときには負けない。
結局オーラの質と量により勝負が決まるからこそ、多くのアグリウスタル人は武器を所有する必要性を感じないのだ。
しかし、武器があれば単純に間合いが広がり、攻撃の幅も広がる。
そう割り切っているのが九十七将のような連中だ。
相手の動きは悪くない。それどころか兵士たちと比べれば桁外れの実力。
そんな相手と戦っているというのに、俺には余裕がある。攻撃は既に見切っていて、本気を出せば今すぐにでも攻撃を当てられる。
『くそっ、くそっ! 何者なんだ! 原住民ごときがどうやって、これ程までの強さをっ!』
擦りもしない攻撃に苛立ちを隠せず、血走った目で睨みつけ叫ぶ九十七将。
『お前たち、アグリウスタル人を殺すために舞い戻ってきたんだよ、深淵から』
『何を……まさか、お前は時間逆行をっ⁉』
真実にたどり着いた九十七将の動きが一瞬だけ止まる。
その隙を見逃してやる優しさは……ない。
手刀が首に触れる直前、オーラが邪魔をするがそのまま力で押し切る!
纏うオーラを砕き相手の首筋に直撃する直前、九十七将の姿が掻き消えた。
『甘く見ていたっ』
後方から押し寄せる殺気と風を切る音。
目の前と足下に【穴】を二つ空けて右腕を【ワームホール】に突っ込み、【ワームホール】を通った右腕で自分の足首を掴み、更に【穴】を被せて掘る。
瞬間、俺の体が真下へと一瞬で移動する。昼想にやったことを回避行動に流用してみた。
見上げると覗き込む九十七将と目が合う。
今の目にも留まらぬ早さの瞬間移動は――異能か。将軍ともなれば異能の一つや二つ所持していて当然だ。
『よくぞ、我が【俊足】による一撃を躱した』
やはり、異能か。素早さに特化した黄色のオーラと【俊足】の異能。組み合わせとしては最良だ。
このまま穴から飛び出せば狙い撃ちをされるだけ。ならば。
「開け」
俺が今いる穴を中心として、更に巨大な穴を被せる。直径百メートルはある大穴を。
『なっ、地面がっ⁉』
足場を失い、空中に放り出される九十七将。
どれだけ足が速かろうが、踏みしめる足場がない空中ではどうしようもないだろ?
俺は大地を蹴り上げ飛翔する。
九十七将は咄嗟に防御の構えを取り、オーラを大量に放出するが無駄だ。
【穴】の異能を使うまでもなく単純な力量の差でオーラを破り、その首を手刀で切り裂いた。
『えっ、私が死ぬ、のか?』
最後の言葉は自分の死を受け入れられずに戸惑う声だった。
あっさりと決着がついた。一番下位の将軍とはいえ、苦戦することなく勝利。
「ここまで、強くなっているのか」
右手をぎゅっと握りしめ、大きく息を吐く。
油断は禁物だが希望の光が見えてきた。
「お疲れ様、守人君。手応えはどうだった?」
「かなり自信がついた。慢心はしないが」
「うんうん、すっごく格好良かったよ」
異世界人とはいえ殺害をした直後の俺に相応しい言葉ではない。だが、こんな状況だからこそ屈託なく笑い励ましてくれているのだろう。
俺たちは平和で平穏な日常とは違う世界にいる。これからも多くの敵を殺し、戦い続けることになる。だとしても、人としての心は失いたくはない。
俺が人でいられるのは彼女が側にいて繋ぎ止めてくれているから。
「ありがとう、すみれ」
「ふふ、どういたしまして」
多く語らなくとも伝わる想い。
復讐の炎を絶やすことはない。炎が消えないように彼女が一緒に薪をくべてくれるなら、それだけで充分だ。
「少し休憩したら、お隣の大陸に出発だね。あっ、それで結局海はどうやって渡るの?」
そういや、話の途中で九十七将が乱入してきて有耶無耶になっていた。
「【ワームホール】を使って海の上を飛んでいこう」
「わっ、わっ、慣れると面白いかも」
「喜んでもらえたのなら、光栄だよ」
当初は彼女を背負う予定だったのだが、要望によりお姫様抱っこをしながら海の上を移動している。
遠くを見つめ【ワームホール】を設置。同時に足下へ【ワームホール】を出し、先の【ワームホール】までワープする。これの繰り返しだ。
以前の俺にはできない芸当だ。前までは自分が触れた場所にしか穴を設置できなかった。だが今は目視できる範囲なら何処にでも設置が可能。
それも地面だけではなく空中にも置けるようになった。
「これだったら、かなり時間を短縮できそう」
「とはいえ、距離がある。しばらくは海上になりそうだ」
「ずっとこのままでもいいよー。海上デートだね」
すみれはご機嫌な様子ではしゃいでいる。
「落ちないように、しっかりと捕まっているんだよ」
「うん、ぎゅーっとね」
俺はこの温もりを二度と離さない。
改めて自分自身に誓いながら、滅び行く世界の海を渡った




