五話
時が止まった気がした。
今まで衝撃の場面には何度も遭遇してきた。
だが、今回の衝撃はその比じゃない。耳どころか正気を疑う発言をしなかったか、今。
「ええええええええええええええええええええええっ⁉ 私こんな大きな子を産んだ覚えがないよ⁉」
大声で叫びながら震えている指を豪先生に突きつける、すみれ。
驚くポイントがずれているが、それにツッコミを入れる余裕が俺にはない。
「そりゃ、母さんはまだ産んでねえからな」
「そうだよね、よかった」
すみれはほっと胸をなで下ろしている。突っ込まないぞ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。冗談じゃ……ないよな」
「ああ、マジで、わしは石川守人、花蓮すみれの子だ」
イタズラが成功したかのように笑う豪先生。言われてみれば、その顔にすみれや俺の面影があるような気が……いや、頬から顎まで繋がっている髭が邪魔で判断が難しい。
「そっかー、言われてみれば目元とか私に似てて、口元が守人君に似てるかも」
「ガキの頃は父さんにそっくりだったらしいぞ」
二人は和んだ様子で会話が弾んでいる。
……ちょっと待て。
「なんで、あっさり受け入れているんだ⁉ おかしいだろ!」
「守人君が取り乱すなんて珍しいね?」
「確かに、家でも滅多に見なかったな」
少し驚きながらも感心するような素振りを同時にする二人。
「自称、俺たちの子なんだぞ?」
「うん、それは聞いたよ。守人君は時間逆行できるんだよ? それと比べたらそんなに不思議なことかな?」
すみれが頷いてから素直な意見を口にした。
確かに、と一瞬納得しそうになる。
「それに、未来から自分の子供がやって来る展開なんてよくあるよね。ほら、国民的アニメの猫型ロボットも未来の子孫と一緒に会いに来たし」
「そういう展開の漫画やアニメは何度も見たことはあるが……」
言われてみれば、異能の存在自体がファンタジーでしかない。おまけに俺の【穴】は時間逆行やワープも可能。
……とんでもない設定が一つや二つ増えたところで、今更か。そう考えると心が少し軽くなった気がした。
「とはいえ、疑問は尽きない。確たる証拠のようなものはないのか?」
「そうだな……まず、わしの強さにこれで説明がつかないか? わしは父と母である二人から能力を託された。これが証拠だ」
豪先生は目を閉じて意識を集中した。すると、全身からオーラがあふれ出す。今までの赤ではなく紫のオーラが。
こいつ、赤だけではなく紫のオーラも自分で調整して放出できるのか。
「二人から異能とオーラを【譲渡】された。それに幼い頃から父さんに鍛えられ、鍛錬に明け暮れた」
「だから、短期間で目覚めたはずなのに俺たちより強かったのか」
豪先生の強さの秘密に合点がいった。俺たちの力を受け継いでいるなら強いに決まっている。
「じゃあ、じゃあ、私たちの異能も全部受け取ったの?」
「ああ、そうだぜ。ほら、こうやって穴もな」
床に手を向けると、そこに人一人がすっぽり入る大きさの穴が空いた。
見間違いようがない。俺と同じ異能の【穴】だ。
「認めるしかないか。俺たちの子だというのを」
「なんとなくだけど、親しみを感じていたのは子供だったからなんだね」
母は強しと言うべきか、理屈じゃなく感覚で感じ取っていたのか。
だから、俺よりも素直に現実を受け止められた。
「となると、豪先生……いや、あえてお前と呼ぶが、お前は今後の未来もすべて把握しているのか」
俺たちの子なら未来からやって来たはず。ならば、すべてを理解した上で行動していると考えるべきだろう。
「それについては詳しく言えねえんだ。なんでも、未来を知りすぎると未来が大きく変わる恐れがあるから、らしい」
「誰だ、そんなことを言ったのは」
「はあああぁ、父さんだよ」
呆れた顔でため息交じりにこぼしている。
俺か、俺なのか。
「未来を知ってしまうと、下手したら……わしも生まれないらしくてな。だから、条件が整うまで打ち明けるのを待っていた」
「条件?」
「ああ。大きく能力が向上して、【ワームホール】についての知識を得る。それで制御可能となった【ワームホール】を発動できるタイミングを見計らっていた」
確かにその条件なら整っている。
何度も時間逆行を繰り返したことで、能力が飛躍的に向上。昼想が持っていた道具で【ワームホール】についての制御方法も学べた。
ここまでの話をすべて聞いたうえで疑問……いや、どうしても問いただしたいことがある。
「お前が本当の強さを発揮していたら、人々を……世界を救えたのではないのか?」
怒りと憤りを込めた視線を豪先生――息子にぶつける。
俺の視線を正面から受け止めた息子は、視線を逸らさずに口を開いた。
「残念ながらわしの実力では世界を救えない。まだ、ヤツらには届かない」
今の俺とすみれの力を掛け合わせた存在である息子でも、ヤツらには及ばないというのか。
「それでも、もっと手を貸してくれていたら、死者は減っていたよね? 守人君もこんなにも苦しまなくて済んだはずだよ!」
すみれもその点については看過できなかったようで、感情をむき出しで息子に迫っている。
「ごめん、母さん。父さんと母さんが苦しみ抜いて、足掻き、挫けずに歩み続けていたからこそ、今があるんだ。わしが手助けして歴史を変えていたら、父さんたちはここまで強くなれなかった」
それは……その通りだろう。
1世界で息子が本気で手を貸してくれていたら、俺は自らを鍛える必要がなかった。昼想との戦いもあっさり片付いていたはずだ。
「父さんたちが強くならないと、この強さを手にしたわしが存在しなくなる。父さんが歩んできた歴史を変えてしまえば、未来が変わってしまう。これをタイムパラドックスと言うそうだ。父さんが教えてくれた言葉だよ」
タイムパラドックス。時間逆行が使えるようになってから、タイムリープ系の漫画やアニメ、そういう関連の書物には目を通した。
そこで何度も登場していた定番の現象がタイムパラドックス。
一番わかりやすい例えだと、過去に戻って自分の祖父を殺すと、自分が生まれなくなる。なら、今ここにいる自分は誰なんだ? という矛盾。
それでも殺人を起こせば自分という存在は消える。
「父さんが強くならなければ、わしはこの場にいない。わしが父さんの代わりに敵を倒したら、父さんは強くなれない。結果、わしは存在しなくなる。この矛盾のループが存在する」
「つまり、この未来を掴むためにはすべて必要事項だった、というのか」
理解はできる。感情を押し殺せば、という条件付きだが。
だが……辛いのは俺だけじゃない。この俺よりも大きく厳つく育った息子の方が、もっと、もっと、辛かったはずだ。
力はあるのに過度の干渉が許されず、歯がゆい思いで何度俺たちが傷つく様を見てきたのか。
「すまなかった。よく頑張ったな」
「うん、さすが私たちの子供だね」
「ははっ、わしよりも若い両親に褒められるのは妙な気分だ。でも、悪くない。すべてが報われた気分だよ」
ぼそっと呟いた息子を俺とすみれが強く抱きしめる。
抱きしめ返してきた息子の力強さに苦笑するが、今はこの幸せを噛みしめよう。
あれからしばらくして、落ち着きを取り戻した俺たちは机を挟んで対面に座り、再び話し合いが始まった。
「今更なんだが、未来を知ってしまえば歴史が変わるなら、この状況はよくないのでは?」
「ああ、これで未来が大きく変化する。実は本来の父さんたちが歩んだ歴史では、わしが打ち明ける場面はない」
「「えっ」」
予想外の答えに俺とすみれの声が重なる。
「父さんたちは一年半後の侵略戦争に向けて、仲間たちと鍛えあって能力を高める。準備万端で迎撃したことで当初は地球側が有利にことを運べた。だが、硬直状態が続いた五年後に他の異世界侵略を実行していた将軍たちが、地球へやって来てしまう。それも上位、一桁台の将軍が」
昼想でも叶わないと語っていた存在。
百人近くいる将軍の中で数字が少ないほど強く、昼想は将軍ではあったが下位の九十番台だった。それだけで、ヤツらの強さがうかがえる。
「必死に抵抗したが力及ばず、最後の望みを託して父さんと母さんは、わしにオーラと異能を託して、【ワームホール】で過去へと送った」
そんな壮絶な未来が待っているのか……。
作り話だと疑う気は毛頭ない。その瞳に宿る決意を目の当たりにして、そんなことは口が裂けても言えない。すべて事実だ。
「あの未来を変えるために、すべてを明かすことにした。だが、初期の状態で手を貸して強さを失えば元も子もない。だから、条件を満たす強さを手に入れてもらうまでは、ずっと耐え忍んできた」
「そうか、ありがとう。苦労をかけたな」
「お母さんは嬉しいよ。息子がこんなにも立派に育って」
まだ、産んでもない子供の存在。それも、見た目は俺たちよりも年上。
だけど、間違いなく俺とすみれの血を引いた子供だ。親として子供の努力に報いなければ。
「これでも、まだ、力が足りないのか。絶望の未来を覆すには」
「ああ、残念だけど。でもな、だからこそ、わしがここにいる。未来を変えるために」
豪快に笑う息子の姿が頼もしすぎる。
これも俺とすみれの教育の賜物か、と自画自賛したくなる。一番は息子の才能なのだろうが。
……まだ結婚もしていないのに既に親馬鹿なのか、俺は。
「制御方法を覚えた今の父さんなら別世界を作り出すことなく、過去への転移が可能なはずだ。最後に父さんが俺……わしを1世界に送ったように。そのコツは今から教えるから、大丈夫」
未来の俺ができたのだから、再現は可能なはずだ。
「わかった。分岐させずに過去に戻ることが可能ということは……」
「今まで分岐させた0から7世界までの移動が可能になる。父さんと母さんにはもっと強くなってもらうために、0世界に飛んで地球を救ってきてもらいたい」




