四話
「訓練の前に守人。お前に見てもらいたい物がある」
豪先生は鞄から野球ボールサイズの物体を取り出した。正八面体でガラス製なのか透き通っている。
「これは昼想が残した持ち物の一つでな。なんと、異世界の道具らしい」
アグリウスタル人は科学と魔法が混じり合ったような技術の発展をしていて、地球ではあり得ないような道具が存在している。
選抜隊の兄弟や昼想と側近の二人が使っていた、他人に化ける道具がその一例だ。
「これが何であるか、どうやって使うのか。普通なら皆目見当がつかないところなんだが、うちには器量好しで超優秀な孫がいるからな」
豪先生が手元の道具から視線を隣に移すと「褒めすぎだよ、お爺ちゃん」静先生が照れくさそうに微笑んでいる。
「【鑑定】の力」
「ご名答だ、守人。ちょいと【鑑定】で、どういう代物なのか調べてもらった」
そう言うと静先生に向けて、道具をひょいっと下手投げで放る。
「わっ、わわっ⁉ お爺ちゃん! これすっごく貴重で大事な品だって話したよね! 乱暴に扱ったらダメだよ」
「すまん、すまん、つい。悪かった、悪かった」
大きな体を窮屈そうに折り曲げて謝っている豪先生。
小柄で華奢に見える相手に年上の大男が萎縮している姿が少しだけ可愛く見えた。
「話を戻すが、これはこの世界で例えるならパソコンみたいなもんだ。記録することも、それを再生することも可能な代物……らしい」
曖昧な発言なのは豪先生も完全には理解していないのだろう。
つまり、あの道具は選抜隊の兄弟が使っていた記憶媒体の道具と同じか、それの上位互換といった感じか。
「お爺ちゃん、説明代わるね。【鑑定】のおかげで操作方法は理解できました。構造まではわからなかったけど。でも、使用自体は問題ありません。ほら、私たちもスマホの構造を理解してなくても、使うのは問題ないでしょ」
わかりやすい例えだ。
「それで、ここが肝心なのだけど。この道具に入っていた情報が【ワームホール】の研究結果だったの」
ヤツらアグリウスタル人の目的の一つが、異世界を行き来する異能【ワームホール】の所有者の確保にある。その研究結果をヤツが所持していたとしてもおかしくはないか。
「ただね、記録されていた映像と会話内容から研究内容だというのは理解できたのですが、文字が読めなくて詳しいところまでは理解できなかったの。【鑑定】も映像内の文字には通用しなくて、ごめんなさい」
申し訳なさそうに肩をすくめて、謝罪の言葉を口にする静先生。
アグリウスタル人の言葉については既に、静先生や豪先生、それと研究機関の面々に教えてある。だが、文字については俺も簡単な文字しか理解できない。
「謝る必要はあらへんて。そんだけわかったら充分ちゃいまっか。なあ、守人」
「ああ、そうだな。簡単な文字なら俺も読めるのだが、正式に習ったわけではない」
奴隷時代にヤツらが同じような道具を使って、宙に浮かぶ文字を読んでいるのを盗み見していた。この世界で例えるなら、あれは電子書籍のような物だったのだろう。
それで、いくつかの単語や簡単な文字は覚えられたのだが。
「私たちはすべて目を通して記録していますので、これは石川君が持っておいてね。好きなように使ってくれて構わないから」
「わしらが持っていても宝の持ち腐れだ。【ワームホール】についての詳しい情報を得ることができれば、更に上手く扱えるようになるかもしれんからな」
断る理由がないので、ありがたく頂戴しておく。
手渡されたソレは少しひんやりしていて固い。だが、不思議と手に馴染むような感触だ。さわり心地は悪くない。
「早速、起動させてみても構いませんか?」
「おう、いいぞ。周りも興味津々のようだからな」
豪先生の言葉が号令だったかのように、俺を取り囲むように机と椅子を近づけてくる生徒たち。
異世界の道具となれば好奇心を刺激されて当然だ。
「確か、この類いの道具はここをこうして……」
似たような道具を扱っている場面を何度も目撃しているので上手くやれるだろう。
さっき、静先生が話していたように、起動させて扱うことは難しくない。
道具の側面を強めに押すと「ポインッ」と起動音がして、上部から映像が浮かび上がった。
仲間たちは一気に顔を近づけて覗き込んでいる。
「おおっ、SFで見たことあるで、こんなん」
「立体映像、ホログラムですか。さすが、異世界」
「こういう道具使っていたアグリウスタル人いたね」
「ほう……」
三者三様の反応だ。一人多いが。
映像は小さな【ワームホール】を前に研究者らしき面々が何かしている。
会話内容は安定性や維持させるにはどうすればいいか、もっと大きくする方法などを議論しているのか。
被験者らしき人物もいる。アグリウスタル人と見た目が異なっている。角はなく、頭が縦に長い。目が……三つあり、手脚がかなり長い。
明らかに地球人ともアグリウスタル人とも異なる外見。
服装は病院で入院患者が着ているような服で、目がうつろで心ここにあらずといった感じに見えた。薬や道具で意識を奪うかして操っているのか。研究者がそう口にしている。
「言葉がわからんから、海外のドキュメンタリー見てるような気分やな」
望や他の仲間のために通訳してやってもいいが、今は集中したい。
俺とすみれには理解できているので悪いが後回しだ。
場面が変わり、制御方法の実験を繰り返すシーンが映された。
成功例と失敗例が表示され、何故失敗したのかどうすれば制御できるのかを事細かく説明している。
……なるほど、移動先を明確に思い浮かべることができれば転移の成功率は上がる。
まず、【ワームホール】で繋いでから穴を通じて異世界の情報を得る。そのことで安定感が増す。深淵を空けてから三年も待つ理由はそこか。
今度は時間逆行についても触れているが、この能力は使用者の意識がないと発動しないらしく、傀儡と化した被験者では何度やっても再現できないようだ。
だからといって、意識を奪わなければ被験者は【ワームホール】を使い脱出できてしまう。故に時間逆行は切り捨てた。なるほど。
あれから二時間以上、映像を見続けた。
「ふうううぅ」
大きく息を吐き、乾いた目を潤すために何度も瞬きをする。
かなり集中して観ていた。すみれ以外の仲間は言葉が理解できなくてつまらなくなったのか、周囲からいなくなっていた。
小屋の外から声がするので、屋外で何かしているようだ。
これまでの知識を利用すれば【ワームホール】の性能と安定性がかなり向上するはずだ。これを時間逆行にも活用できれば、再び時を遡るのも可能なのではないだろうか。
淡い願望が頭に浮かんだが直ぐに振り払う。
……いや、失敗すれば死は免れない。試すにしても危険すぎる。
「どうだ、ためになったか?」
背後から聞こえた声に振り返ると、腕組みをした豪先生が佇んでいた。
豪先生だけはずっと待っていてくれたのか。
「そうですね、何度か試してコツを掴んで、もう少し威力が上がれば異世界への転移もできる……かもしれません」
「そりゃ頼もしいな。いずれはこちらからアグリウスタル人の本拠地に攻撃を仕掛ける。防戦一方だった地球側からの反撃。想像しただけで血が滾るぞ」
左手の平に右拳を勢いよく叩き付け、獰猛な笑みを浮かべる豪先生。
反撃のチャンスを得られるかも知れない。表には出さないが、俺も同じ気持ちだ。
「時間逆行にも利用できそうだ、とか思ってそうだな」
「まあ」
俺の心を読んだかのような発言。
意外と細かいところに気が付く人だ。
「時間逆行に関しては他の方法も思いついているんじゃないのか?」
「豪先生……実は【読心】とか使えます?」
「ははははっ、顔見りゃ、相手の考えていることぐらいある程度はわかるだろ。お前さんはポーカーフェイスを貫いているつもりのようだが、知り合いと同じような癖があるからな」
豪快に笑いながら俺の肩を遠慮なく叩く。
叩く度に軽い衝撃波が発生して近くにいるすみれの髪がなびいている。
「で、実際のところどうなんだ」
豪先生に隠しておく必要はないか。
「【遮断】を発動させれば、時間逆行による身体への負担をなくせるのではないかと」
【墓穴】の浄化すら防いでみせたのだ。どちらも穴から発生した能力。ならば、同じように防ぐことが可能ではないかと睨んでいた。
望と七節には異能を返したが、淵上には返さなかった理由がそれだ。【遮断】を【ワームホール】と組み合わせることによって、使い勝手が良くなるのではないか。
「やはり、そう考えるよな。だがな、やめておけ。【遮断】では防げん」
豪先生は曖昧な発言ではなく断言した。
どういうことだ?
今の言葉は聞き逃せない。どんな意図があって、その言葉を発した。
「まるで、見てきたかのように言いますね」
「見たことはねえぞ。聞いたことがあるだけでな」
聞いたことがある……。返答を聞いて謎が深まっていく。
今まで豪先生に対して頼りになる人という認識だった。だが、この意味深な発言で警戒心が一気に跳ね上がる。
まさか、アグリウスタル人が成り代わっているのか⁉
地球人にしては異様な強さも、この推測が当たっているなら納得がいく。
無駄な問答はなしだ、直接訊く。
「まさかアグリウスタル人なのか?」
「えっ、何を言っているの守人君」
すみれは俺の言葉に驚き目を見開いている。俺は椅子から立ち上がると、そんな彼女を庇うように一歩前に出る。
「おいおい、怖い顔で睨むな。警戒はしなくていいぞ。わしはアグリウスタル人でもなければ、地球を裏切ってもいない」
そんな俺を見て苦笑いを浮かべ、平然とした態度を崩さない豪先生。
「今のお前なら【ワームホール】を上手く操れるはずだ。今までは過去に戻る度に世界が分裂して、新たな平行世界が生まれてしまった。それは未熟だったが故にだ。能力が向上し、制御方法を覚え安定した今なら、分裂してしまった0~7世界に自分の意志で戻れる」
またも断言した。曖昧なではなく確たる証拠でもあるかのような、自信がうかがえる発言。
「何故、そんなことを言い切れる。何を知っている」
「石川守人、そして、花蓮すみれ。二人のことなら何でも知っている。この日をずっと待ち望んでいた。二人がその力に到達するときを。これでやっと、正体を明かせる」
そこで言葉を句切ると、俺たちに背を向けて教室の後ろまでゆっくりと歩いて行く。
壁際まで移動すると豪先生は振り返り、破顔した。
「わしは……二人の息子だよ。父さん、母さん」




