三話
「特別クラスの担当教師となった、野々上静です! 皆さん、よろしくお願いしますね」
覚醒者の育成を目的とする訓練所から、かなり離れた場所に建てられた丸太小屋の中。静先生が元気に声を張り上げている。
昼想との激戦から一年半後。俺たちは別世界と同じく覚醒者訓練所に入所。
以前はAクラスだったのだが、今回は時間逆行を経験した面々はAクラスではなく特別クラスとして、境界壁内部に建てられた小屋で授業を受ける流れとなった。
小屋を出ると直ぐそこで深淵が口を開けている。
「以前もお話ししましたが、我々は他の訓練生と実力がかけ離れてしまい、尚且つ石川君の時間逆行やアグリウスタル人についての機密情報を得ています。なので、他の生徒たちと触れあうと何かしらの問題や齟齬が発生しかねません。そこで、特別クラスとしてこの場所で授業を受けることになりました」
静先生からの説明を聞き終えたクラスメイトたちが小さく頷く。
ざっと室内を見回してみると、顔なじみの面々しかいない。
この教室も丸太小屋なので教室というよりは別荘感がある。リビングに訓練所の教室で使っていた机と椅子が並んでいるのが奇妙な感じだ。
「先生、自己紹介した方がええんとちゃいますか」
「いや、もう全員顔見知りだろ」
「ダメだよ、守人君。こういうノリは大切だから」
「すみれが言うなら従おう」
「相変わらず、すみれちゃんには従順やな。ほな、言い出しっぺのわいから。希望 望。恋人募集中の二十二歳。元動画配信者や。オーラは黄色、異能は【炎上】やで、よろしゅうに!」
二十二歳だったのか。俺よりも年上だったとは。
現状の俺は若い体だが、中身は爺さん。なので、実年齢が今の俺より高くても全員が年下の若者にしか見えない。
赤髪短髪で細い目の大阪人で配信者。改めて思う、キャラが濃すぎる。
「じゃあ、次は私が。えっと、花蓮 すみれです。歳は十九歳で、趣味は料理。青のオーラで異能は【譲渡】です。あと、名字は近いうちに石川になると思います」
潤んだ瞳で俺の方を見つめながら堂々と宣言をしている。
「けっ、お熱いことで」
望がしかめ面で何かぼやいているが、いつものことなのでスルー。
すみれは奴隷時代の記憶が戻ってから俺との距離をガンガンに詰めてきている。望むところなので平然と受け止めよう。
まだ、二十歳にも届いていない十代の若さ。年老いた彼女も魅力的だったが、今の生命力に満ちあふれた彼女も美しい。
「では、続いて。七節 六巳、二十五歳。趣味は家庭菜園。オーラは緑。異能が【光】【水】【土】。完全な自給自足生活を目指しています」
均整の取れた体つきで顔は爽やかイケメン。
街を歩けば芸能事務所からの勧誘が引っ切りなし。繁華街を通ったときは「ナンバーワンホストになれる逸材だよ!」と迫られていた。
その上、大企業の御曹司。何カ国語も話せ、頭脳明晰、覚醒者としての実力も高い。天は彼に色々と与えすぎだ。
この三人は以前もAクラスでなじみ深い面々。
「淵上 留留です。よろしくお願いします」
「それだけかい。もうちょい、なんかあるやろ」
簡潔な自己紹介に思わず望がツッコミを入れている。
彼女は【遮断】の異能でお世話になった元黒服。この世界では生徒として共に学ぶそうで、クラスメイトとなった。
諜報活動に長けていて【遮断】はかなり強力な異能だ。
黒服時代は黒髪のおかっぱだったのだが、今は青く染めた髪のベリーショート。外見の印象はまるで違うが、大きな目と無表情の顔は紛れもなく彼女だ。
服装も黒のスーツから白のジャージ姿に一新。そのジャージは訓練生に支給されている運動着。
全員の自己紹介が終わったので次は俺の番か。
「石川 守人。二十歳」
「わいより、年下やったんか」
オーバーリアクションで驚いている望。
そういえば教えてなかったな。
「趣味は……鍛錬か。紫色のオーラに【穴】【譲渡】【地獄耳】【読心】【反射】【怪力】【硬化】【遮断】が使える。あと、異能職【墓守】を所有」
この他に【炎上】【光】【水】【土】も覚えていたが、今は元の持ち主である望と七節に【譲渡】で返上した。
「ほんま、異能盛り沢山やな。そりゃ、他の覚醒者には教えられんわ」
望の言う通り、現在の俺の異能やオーラを他の連中が知れば確実に騒ぎとなる。
正確な俺の実力を把握しているのは、ここにいる面々と豪先生のみ。
「あっ、そういえば、私も異能職に目覚めました」
勢いよく手を上げて発言したのは七節。
軽いノリで言ってくれたが、その驚愕の内容に全員が注目する。
「マジか! 異能職ってめっちゃレアなんやろ⁉」
望が七節から俺へと視線を移して、興奮状態で唾混じりの質問を飛ばしてきた。
【反射】で唾をはじき返しつつ、疑問に答える。
「そうだな。アグリウスタル人の中でも稀な存在で、異能職に目覚めた者は一目置かれる」
奴隷時代に、これ見よがしに自慢している輩を何体も見かけた。
異能職は後天的に目覚める能力らしく、その人の所持している異能や経験に大きく左右される、との噂だったか。
「それで、それで、目覚めた異能職ってどんなの?」
答えが待ちきれなかったのか、すみれが七節に詰め寄っている。
「はい、その名も……【農家】です!」
胸を張り、堂々と発表する七節。
そんな彼に対し俺たちは沈黙で答えた。
農……家。異能職は戦闘系の職業が主な筈なのだが、農家、か。俺も【墓守】という変わり種だから、人のことは言えないが、戦闘向きとは思えない。
「まあ、なんや。七節っぽくはあるな。ちなみに、その農家はどんな能力なんや?」
「どうやら、【光】【水】【土】の威力が上がって、あと植物の育成を早めたりもできるみたいです。凄く便利で使い勝手がいいですよね!」
興奮状態でまくし立てる七節に反して、俺たちは微妙な表情で取りあえず頷いておく。
異能が強化されるのは喜ばしいが、植物の育成速度が上がったところで……。七節の望みである完全な自給自足生活への願望が目覚めさせた力なのかもしれない。
戦力アップには間違いないので落胆することはない。と、自分に言い聞かせておく。
パンパンと手を打ち、微妙な空気を吹き飛ばしたのは静先生。
「はい、自己紹介も終わったので、ここからは今後の計画に、この国の未来についての相談となります」
丸太小屋で話すような内容ではないが、俺たちはこの国で最大の戦力。……それどころか、地球で最も強い存在が俺だ。
これは自意識過剰ではなく、ただの事実。いずれ、とんでもない才能を持つ覚醒者が現れる可能性は捨てきれないが現状では最強だろう。
すまない、豪先生。地球最強の称号は頂いた。
心の中で謝っておく。
「知っての通り、時間逆行を繰り返したことで、石川さんはとんでもない力を得ました。地球で石川君に適う者はいないと思われます」
静先生も俺と同意見のようだ。
仲間たちも同じ考えらしく、大きく頷いている。
「単純な戦闘力なら次いで、すみれさん、七節君、希望君、淵上さんの順番になりますね」
俺よりも少ないが共に時間逆行を繰り返した彼女は、オーラも異能も桁外れにパワーアップした。
残り三人も時間逆行に巻き込まれ、望と七節は俺と一緒に鍛え続けてきた。なので、淵上よりも能力が上なのは納得できる。
「それこそ、初めの頃……石川君が一回目の時間逆行した頃と比べたら、比べ物にならないぐらい戦力アップしています」
あの時は今と比べて単純計算で百分の一以下の実力しかなかった。今とは雲泥の差だ。
「それでも、対するアグリウスタル軍がどれ程強いのかが不明なので楽観はできません」
その通り。昼想はなんとか撃退したが、それもまともに戦って勝ったわけじゃない。奇策を用いて、罠にはめて、なんとか勝利を手にした。
正面から正々堂々戦っていたら、間違いなく負けていたはずだ。だが、今なら強くなる前の1世界で遭遇したヤツなら倒せるのでは……。
「そんでも、守人の強さは尋常じゃないやろ」
余裕の態度を隠そうともせずに、笑顔を俺に向ける望。
「自画自賛するわけじゃないが、確かに俺は強くなった。だが、アグリウスタル人の上位将軍は尋常ではない力らしい。相手の強さは未知数だ」
希望を打ち砕くようで悪いが事実を曲解せずに、現状を正しく理解しておく必要がある。
そう言いながらも負ける気はないが。
「更に付け加えるなら昼想の方が強かったにも関わらず、俺はヤツを倒せた。単純な戦闘力が勝利に繋がるとは限らない。油断は禁物だ」
「そやな、わいが甘かったわ」
納得してくれたようで、大きく息を吐いて背筋を伸ばす望。
それに個の戦力が高くても数で圧倒されたらどうしようもない。俺だけが強いだけでは、世界を救うことは難しい。
【ワームホール】による時間逆行を繰り返せば、皆も強くなるのだがあれは体の負担が大きすぎる。
それに、昼想を倒すために繰り返した影響で限界に到達してしまった。あと一回、時間逆行を実行すれば……おそらく、俺は死ぬ。
なので、この手段は封印する。自滅しては意味がない。
ただ、一つ可能性が残されてはいる。異能が強化されたことで【ワームホール】も使い勝手が良くなり、時間だけではなく穴と穴とを繋ぐ瞬間移動――つまりワープも可能となった。
それだけではなく、時間逆行も今ならもっと上手く操れる自信はある。
とはいえ、もう一度あの負荷に体が耐えられるかどうか。だが、それをクリアする方法については見当がついている。博打要素が高いので試す気にはなれないが。
「そこで、特別クラスはこの深淵の側で徹底的に鍛えます。あっ、訓練の担当はお爺ちゃんがするから、安心してね」
お世辞にもベースの身体能力が高くない静先生は回復と頭脳労働専門。以前と同じく、鍛錬担当は豪先生になるのか。
「やっと、わしの出番か」
外でタイミングを見計らっていたようで、勢いよく扉を開けて豪先生が入ってきた。
白の訓練着姿で肩から鞄をぶら下げている。
六十近い年齢だとは思えない、見事なまでに鍛え上げられた肉体。訓練着を内側から鋼の肉体が押し上げている。
覚醒者はオーラの力が重要で、どれだけ鍛えようが筋力=強さではない。
それはわかっているのだが、あの肉体を前にすると圧倒されてしまう。これはもう、長年培ってきた人としての本能か。
「以前のわしがどうだったかは知らんが、わしは甘くないぞ」
望むところだ。どんな無理難題でも乗り越えてみせる。
ようやく掴んだ希望の光を手放すわけにはいかない。




