二話
「百二十八倍ですか……」
静先生は驚愕の数字を口にしながらも脳が正しく認識できていないようで、虚ろな瞳で空を見つめている。
淵上は無表情でぼーっとしているので気を失っているように見えてしまう。
「当人比ですが、そうですね」
奴隷時代よりも百倍以上強くなっている。改めて考えると、とんでもないことだ。
昼想に化けたヤツも一緒に強化されていたので、増していく絶望感に目を奪われていたが、俺もしっかりと強くなっていた。
「ファンタジー系のバトル漫画とかだと、敵がどんどん強くなって、主人公もそれに応じて強くなるっていうのが定番だけど。それにしても」
「ええ……。すっげぇ、戦闘力が一気に百二十八倍に跳ね上がったぞぉ! なんて聞いたことがないです」
淵上の有名な某アニメキャラを真似た声はスルーするとして、確かに実際には一日も経過しない状況でここまで強くなるのは稀か。
「そこまで桁外れな強さになると興味が湧くね。実際、どれぐらい強いのか見せてもらってもいい? それによって今後の対策が変わってくると思うから」
「地球人としてどれだけの希望を抱いていいのか、ですね」
女性二人から期待の眼差しを向けられるのは悪くない気分だ。
実際、自分の実力がどれ程の物なのか興味はある。
「すみれ、選手交代してくれ」
「わかったー」
すみれは望と七節からの攻撃をすべて躱しきったというのに、疲れた素振りすら見せずにスキップで駆け寄ってくる。
その背後には息も絶え絶えな二人が仰向けで大地に寝そべり、恨みがましそうにこっちを見ていた。
「ま、ま、まじ、か。はあ、はあ、はあ」
「かっ、かすりも、はあはぁはぁ、しませんでしたね」
まさに手も足も出なかったようで、二人揃って呼吸の乱れを整えている。
「お疲れ様、すみれ」
「全然疲れてないよー」
明るく返す彼女は戦闘後とは思えない余裕の態度で笑っている。
単純に強くなったのもそうだが、彼女のオーラは青。回復に特化した能力なので、体力を消費しながら同時に自然回復するのだろう。
つまり、とんでもない持久力を手に入れたということになる。今ならマラソンをしても鼻歌交じりで完走できるのではないか。
「お疲れ様は……わいらに、言うべきと、ちゃうんかぁ」
「そう、ですよ。私たちは精も根も尽き果てています……」
望と七節が地面に倒れた状態のまま、匍匐前進の要領でこっちに近づいてきている。
なんだかんだ言いながらも、ツッコミを入れるぐらいの元気は残っているようだ。
「ごめんね。直ぐに回復するから」
すみれは小走りで駆け寄り、二人に手をかざす。
彼女の手からあふれ出す青いオーラが二人の全身を包み込んでいく。
「ふあああぁ、なんやこの、徹夜後に温泉に浸かったような気持ち良さわぁぁ」
「はあああぁぁ、疲れが抜けていきますよぉ」
二人は緩みきった顔で気持ちよさそうに吐息を漏らしている。
彼女の青いオーラは回復に特化している。それは自分だけではなく他者に与えることも可能で、青いオーラの所有者が治療係として重宝される理由だ。
「はい、おしまい」
「はああぁぁ、もう、おしまいなんか。もっと、もっと、あの快感をわいにぃぃぃ」
「あの気持ち良さは格別でした。癖になりそうなぐらい」
あまりにも気持ちよかったようで、うっとりとした表情で感想を述べる二人。
……青オーラ回復依存症とかにならないだろうな。
完全復活した二人は元気に立ち上がり、すみれに感謝の言葉を述べている。
すみれがいれば体力の消耗を気にすることなく鍛錬に励めるだろう。それに、体力だけではなく怪我の治癒力も上がっているはず。
それこそ、今なら重傷者でも一瞬にして治癒できるのでは。
「なら、遠慮なく殴れるな」
「今、めっちゃ物騒なこと呟かんかったか?」
「背筋がぞわっとしました」
おっと、声が聞こえてしまったか。
警戒する二人に歩み寄り、その肩に軽く触れる。
「じゃあ、俺と戦おうか」
「いやや! いやや! いやああああぁぁ、近くに寄らんといてぇぇぇ!」
「ひいいいっ!」
二人揃って全力で後退って距離を取る。
そこまで怯えなくとも。
「大丈夫、手加減はするから」
「大丈夫だよ。死なない限り、治せると思うから!」
穏やかに微笑みながら諭す俺に追従して、すみれが励ましの言葉を投げかける。
「ほな、安心やわぁ……って、なるかいっ!」
「死にたくても死ねない無限ループの完成なのでは⁉」
望のツッコミに負けないぐらい、七節のツッコミにもキレがある。
二人とも意外といいコンビになれるのではないだろうか。戦闘でもお笑いのコンビとしても。
「二人とも聞いてくれ。自分の実力を確かめる必要があるんだ。だから、二人に相手をして欲しい。だけど、過剰に怯えなくていい。俺は確かに強くなった。それこそ、すみれよりも」
「自慢風の死刑宣告か?」
望の発言は聞かなかったことにする。
「だからこそ、現在の正確な実力を確かめて、今後の侵略戦争に向けてどう生かすかを考えなければならない。地球を救うために」
強い想いを込めて語る俺に対し、怯えていた二人の表情が引き締まっていく。
そして、二人が顔を見合わせると小さく頷き、望が口を開いた。
「建前はわかった。本音は?」
「どれだけ強くなったか実験したい」
「わいらは案山子でもモルモットでもないで!」
「人権を尊重して欲しいです!」
口をとがらせ一斉に批難する二人。
心の底から嫌がっているようで、このままだと練習にもならないか。
「わかった。模擬戦に付き合ってくれたら、二人に最高のプレゼントを与えるから」
「おいおい、そんな甘言に騙されると思うてんか。ちなみに、プレゼントってなんや?」
ぷいっ、とそっぽを向いて興味なさげな素振りをしながら、その目は俺を見ている。
なんだかんだ言いながらも、釣れたようだ。
「ご承知の通り、俺とすみれはあれから何度も時間逆行を繰り返した。結果、オーラだけではなく、異能も強化された」
「やっぱ、自慢か」
「違う違う。その強化された異能の中に二人の【炎上】【光】【水】【土】も含まれているのを忘れていないか?」
そう、彼らが昼想に殺され遺体を【穴】に埋葬したことで、二人の異能を俺は手に入れた。そこから四回も俺は時間逆行をした。
「つまり、二人の異能もかなり育っているということだ。そして俺には【譲渡】の異能がある」
【譲渡】に関しては元々、すみれの異能で1世界では彼女に返したことで、俺は【譲渡】を失っていたのだが、巻き戻った時間軸は彼女に再会する前で、異能はまだ俺の中にある。
「それって、パワーアップした異能を返却してくれるってことか!」
「それが可能なら、私たちの異能がかなり強化されることになりますね」
あれ程までに拒絶していた二人の表情が一気に輝く。
やる気を完全に取り戻してくれたようだ。
この強化案は当初から考えていた。彼らが昼想に殺されたとき、怒りと悲しみが押し寄せはしたが、何処か冷静に頭を働かせている自分も存在していた。
あまりに多くの死を目の当たりにしてきた弊害なのか、親しい間柄である人間の死ですら利用しようと咄嗟に考えた俺はもう……人の皮を被った化け物なのかもしれない、な。
「それやったら話は別や! わいらもめっちゃ強うなるってことなんやな? ほら、さっさと準備せんか」
「異能がどれ程強く使い勝手が良くなっているか、興味が尽きませんよ。さあ、やりましょうか」
直ぐさま臨戦態勢に入る二人。現金なヤツらだ。
だが、そのノリが今は嬉しく思う。
「全力でかかってきてくれ。そうでないと、力量が測れないからな」
「その鼻っ柱たたき折ったるで!」
「一撃ぐらいは入れたいところですがっ」
俺が片手で手招きをすると、正面から二人が突っ込んできた。
すみれとの戦いで連携の練度が上がったのか、互いを補うような動きで攻撃を加えてくる。
が、その攻撃のすべてがスローモーションに見えた。
意識を集中すると時間の流れが遅くなったかのようにゆっくりと動いて見える。
拳、蹴り、そのすべてを軽々と避けていく。
体が羽毛のように軽く、それでいて同時に力強さも感じる。以前とは比べ物にならない身のこなし。
「防御力も確かめておくか」
あえて攻撃を避けずに正面から受ける。
望の右ストレートが右頬に命中。空手を幼い頃から習わされていた七節の華麗な回し蹴りが、左側頭部にクリーンヒットした。
ダメージは全くない。それどころか、かなりの衝撃があった筈なのに体が揺れることすらない。
「ビルでも殴ったみたいな手応えやで!」
「これは……絶望感しかありませんねっ!」
平然としている俺を見て、二人が目にも留まらぬ早さの連撃を繰り出すが、そのすべてをノーガードで受け止める。
無傷、か。
今の実力なら、時間逆行を繰り返す前の昼想になら届くのでは?
1世界のヤツ相手なら倒せるほどの実力を手に入れたのではないか。
結局、ヤツは全力を出す機会を与えられずに葬られた。最後まで本当の実力を知らないままだ。自分が強くなったことで心の余裕が生まれたのか、今は少し惜しいと思ってしまう。
ヤツの全力を見てみたかった、と。
「ちょっとー、男子ぃー。こっちが真面目に攻撃しているときに、ぼーっとするのやめてもらえるぅ。真面目にやってよねっ!」
戦闘中に別のことを考えていた俺に対して不満を口にする望。何故か女子小学生風なのだがスルーする。
「じゃあ、要望に応えてちょっと本気で行くか」
「ちょっ、ちょっと待って――」
力を抑えて望の胸を小突くと、その姿が一瞬にして掻き消えた。
「ぶぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
悲鳴が徐々に遠ざかる。その音源に目をやると、望の体が重力に逆らい地面と水平に移動して、深淵を容易く飛び越えて向こう側に着地したのが見えた。
「望くうううううんっ⁉」
すみれが慌てた様子で、全力疾走で駆けていく。
その背を見ながら望に対して合掌した。
「すまん、加減が難しい」




