一話
「ほな、お手並み拝見といこか!」
「ふふっ、かかってくるがいいですわ!」
「なんで、傲慢お嬢様風なのですか」
現在、深淵の直ぐ側で三人が睨み合っている。
すみれ一人に対し、望、七節が挑む形だ。それを俺と静先生と淵上がぼーっと眺めている。
昼想に化けたアグリウスタル人の将軍を【墓穴】の浄化により消滅させたことで、俺たちは一時の平穏を手に入れた。
あの後直ぐにやってきた仲間たち――希望望。七節六巳。野々上静。淵上に事情を説明し終え、ひとしきり喜び合った後に……こうなった。
何故、このような流れになったのか。それは望の余計な一言が原因だ。
「ほんまに言うほど強くなってんのか? マジでぇー?」
半分冗談で口にしているのは理解しているが、その言葉には隠しきれない棘があった。
実際の戦いを目にしていないので実感が湧かないことと、自分たちを置いてけぼりにして時間逆行を繰り返したことに理解はしているが納得はいかない、といった感じか。
「守人君と私はすっごく強くなったんだよ」
「守人はわかるとしても、すみれちゃんも? えーほんとにぃー」
望の口元を押さえてからかうような素振りにカチンときたのか、すみれは腰に手を当てて胸を反らして反論する。
「じゃあ、その体で確かめてみる?」
「ほほう、言うようになったやないか。ほな、遠慮なく。七節と一緒にやらせてもらおうか!」
「えっ、私もですか⁉」
傍観者だったはずの七節を巻き込み、二対一で戦う流れになった。
なんだかんだ言いながらも、一対一では適わないと判断したのだろう。
「ぐへへへ、その綺麗な顔を泣きっ面にしてやるぜぇぇ」
「悪役プレイは必須なのですか?」
舌なめずりをしながら前屈みになる望に呆れながらも、七節は構えを取る。
三人が同時に全身からオーラを噴き出した。
すみれは青、望は黄色、七節は緑のオーラを。
「すみれちゃんのオーラがかなり大きく濃くなってるね。私と同じ青色なのに圧倒されちゃう」
静先生が目を細めて羨ましそうに、すみれを見つめている。
「回復特化の青なのに、大丈夫でしょうか」
淵上は無表情ながらも心配をしてくれているようで、その視線が三人から逸れることはない。
戦いに参加しない二人は能力が戦闘向きではないので、見学側に回っている。
「青は回復、赤は攻撃、黄色は素早さ、土色は防御。この四色が基本色となっていて、色によって特徴が異なります」
思い出したかのように教師口調で説明を始める、静先生。
「先生、七節さんは緑で、石川さんは紫色ですが?」
意外とノリがいいのか、淵上が手を上げて質問している。
「いいところに目を付けましたね。お二人はかなり貴重なオーラ所有者でして。一色ではなく二色のオーラを所有することで色が混ざったのです。七節君の緑は黄と青。石川君の紫は赤と青という具合に」
そう、元々は赤のオーラしか使えなかった。だが、別世界となった未来で俺は……すみれから青のオーラを譲渡され、赤と混ざり合い紫色――バイオレットオーラに目覚めた。
「戦闘向きではない青のオーラなのに、二対一で戦うのは無理がありませんか?」
「確かに同じ量や濃度のオーラであれば、赤のオーラが有利です。しかし、そもそものオーラ量が違いますからね」
そう言って静先生が戦場に目を向けると、望が仕掛けたところだった。
黄色のオーラを纏う望は素早さに特化しているので、目にも留まらぬスピードで動いている。常人ならその姿を目で追うのが精一杯だろうが、俺の目は動きを完璧に捉えている。
それは――彼女も同じだった。
側面に回り込み、容赦なく突き出された拳をすみれは難なく躱す。
続けざまに連打が繰り出されるが、そのすべてを余裕の表情で避けきった。
「マジか! 何ぼーっとしてんねん!」
「女性を二人がかりで襲うのは気が引けますが、そんな余裕はこちら側にはないようです、ね」
実力差を感じ取った七節が参戦か。
望よりも素早く、動きに無駄がない。常に挟み込むような立ち位置を維持して、望の呼吸に合わせて自分も仕掛けている。
四方八方から襲いかかる突きと蹴り技。
すみれはそれを、ぴょんぴょんと軽く跳ねるような動きで翻弄している。今のところ当たるどころかかすりもしていない。
「これは予想を遙かに超えているかも。石川君とすみれちゃんは何回、時間逆行をしたの?」
驚愕の表情で冷や汗を流している静先生が、視線は戦場に向けたまま質問をぶつけてきた。
何回、か。正確に思い返してみよう。
「ええとですね。まず、滅びた世界……仮に0世界と呼んでいますが、そこから移動して一回」
異世界からの侵略により滅んだ世界で俺は四十年もの間奴隷として生きてきた。齢六十を超えた体で、日本で唯一の生き残りとなった俺は追い詰められた状況から、四十年もの時間を逆行して過去の世界に舞い戻った。
ここで初めて平行世界を生み出した。
「次に四十年前の世界――1世界で二年近くの時を過ごしたのですが、昼想に追い詰められて、すみれと望を巻き込んで一緒に」
これで時間逆行は二回目となる。
時間逆行と名付けはしたが、実際には時間を遡ると同時に世界は分岐している。滅びた世界も俺がいなくなった状態で存在をし続け、0世界と1世界と2世界に分岐した。
俺が【穴】の異能から派生した【ワームホール】の異能で時を遡る度に、新たな世界を生み出している、らしい。アグリウスタル人の将軍である、昼想の言う事を信じるなら。
「これで二回目となり2世界へと移行。そこで一度昼想を退けたのですが、復活したヤツが再び立ちはだかり、今度は二人も承知のように……俺、すみれ、望、七節、静先生、淵上を連れて時間逆行をしました。三回目ですね」
「誤算だったのが、昼想も一緒に【ワームホール】に便乗して時間逆行に成功してしまった」
そのことを思い出した静先生が大きなため息をつく。
無理もない。ただでさえ強く厄介な相手だったヤツが、俺の切り札を逆に利用したのだから。あの時に感じた絶望は計り知れない。
「時間を巻き戻る度に、移動先の自分と今の自分のオーラと異能が混ざり合い強化される。だから、回数をこなす度に倍々と強くなっていくんだよね?」
一度、静先生には説明したのだが、今は一緒にいる淵上にも伝わるように質問をしてくれているのだろう。
「そうですね。記憶とオーラと異能は過去の自分と融合します。なので、繰り返せば繰り返すほど、労せずして能力が増していきます」
とはいえ、時間逆行にもデメリットは存在する。回数を重ねる度に不快感が増し、体への負担が増える。実際のところ、もう一度行えば……命の保証はできない。
なので、もうこの能力は封印した方がいい。死んでは元も子もないからだ。
「そこで話が戻るわけだけど、何回戻ったの?」
話の途中で話題が逸れてしまっていた。
今は三回目まで話したか。
「3世界でも昼想が現れ」
そこで言葉を句切り、戦闘中の望、七節、そして、この場にいる淵上に目を向ける。
「三人が殺されました」
そう、3世界でヤツに追い詰められ、三人が犠牲になった。
3世界では三人はもういない。なのに、こうして別の世界では存在している。
「そこは、まったく自覚がないので不思議な気分です」
三人が殺される前の別世界の時間軸へ移動したのだから、生存していて当然ではある。
だが、俺の目の前で殺されたという事実がなくなるわけではない。
「そこから、俺とすみれと昼想は時間逆行を四回繰り返し、世界は0、1、2、3、4、5、6、7の八つの世界に分岐。俺は合計七回跳んだということになります。すみれは一回少ないので六回ですね」
「ということは倍々計算だから、二倍、四倍、八倍、十六倍……三十二倍……すみれちゃんは六十四倍の強さに⁉」
指折り数えていた静先生が想像を超える数字のデカさに、驚愕の声を荒げている。
「それってとんでもない事だよ!」
「そ、そうですよ。二人がかりでも叶わないわけだ……」
静先生と淵上が限界まで目を見開き、唖然とした表情ですみれを凝視している。
その視線からは驚きと……少しの怯えを感じた。無理もない、同レベルかそれ以下だった存在が、体感では一日も経たない間に、尋常ではない力を手に入れたのだから。
元々、すみれの実力は低く、二倍でも他のクラスメイトより少し上ぐらいの実力だったので、初期値の六十四倍とはいえ、そこまで強いというわけでもない。
二人相手に圧倒するぐらいの実力はあるが。
「そっかー、じゃあ、もう最強クラスなんだね、すみれちゃんは」
「すみれ様と呼んだ方がよろしいでしょうか?」
感心する静先生と珍しく冗談を口にする淵上。……いや、あの目は冗談じゃないのか?
「どれだけ力を手に入れようと中身は変わらない。俺も彼女も」
「うん、そうだね。二人はこの世界を救うために強くなってくれ……た……あっ」
言葉尻が弱くなっていく静先生が一度俯くと、ゆっくりと顔を上げて俺の顔を凝視する。
さっきも驚いてはいたが今は大口を開けて、眼球がこぼれ落ちそうなぐらい限界まで見開いた目が俺を捉えて放さない。
そんな静先生の顔を見てギョッとする淵上だったが、その驚きの原因に思い当たったのだろう。同じような表情をして俺を指差している。
「す、すみれちゃんは六十四倍だけど、石川君は……」
「あっあっあっ」
その答えにたどり着いてしまったか。
誤魔化しても仕方がないので、事実を口にする。
「すみれより一回多く、加えて俺は初めからオーラにも異能にも目覚めていたので、初期値と比べるなら……百二十八倍」
「「ひっ、ひゃ、く、にじゅう、はち、倍」」
二人が座っている状態から上半身を仰け反らせ、仰向けに転がった。
我ながらインフレにも程があると思う。




