二十七話
両親は下級兵士で侵略戦争中に死んだそうだ。
オーラ量も少なく異能もたった一つしかない哀れな両親は、異世界での戦闘中に呆気なく返り討ちに遭った。結果、戦争孤児になった自分が取り残された。
六歳の頃だ。
それからは孤児ばかりを集めた施設に放り込まれ、拷問と呼んだ方が相応しい訓練の日々。
十歳になるまでに兵士として体作りをしつつ、成人までに異能を一つでも覚えなければならない。それが生存条件。
異能の中でも【読心】【怪力】【硬化】は才能がない者でも開花する可能性が高い。詳しく特性を調べられた後に一番相応しいと判断された異能を覚えさせられる。
そこで自分は類い希なる才能を開花させた。【読心】【怪力】【硬化】の三つを一年も経たずに習得し、更に【闇】の異能にまで目覚め教官たちを驚愕させた。
元から黒のオーラを所有している希少な存在だったので期待はされていたのだが、その期待を遙かに上回る実力を見せつけることになる。
施設に入ってから一年後、立場が一変した。
顔を見る度に怒鳴り散らし、体罰という名の暴力を振るっていた教官が今や、薄ら笑いを浮かべて媚びへつらう。
薄汚い檻の中から引っ越し、家具の揃った個室を与えられ、プライバシーを初めて手にした。
下級兵士訓練所から、上級兵士訓練所へ移り訓練を続けた。今度は虐待ではなくまともな訓練を受け、実力が留まること知らずに右肩上がりで伸びていく。
戦場に出る兵士として認められる十六歳の誕生日を迎えた日には、上級兵士の中でも有望な新人として注目されていた。
どん底から誰もがうらやむ転身。
当時の自分は才能に酔い、うぬぼれていた。いずれ、将軍になりトップに上り詰める。惨めに死んだ両親とは違う。
出世街道まっしぐら、だというのに虚しさが消えない。
実力があるから上を目指す。将軍になりトップに上り詰める。だけど、それは夢じゃない。願望ですらない。ただの目的でしかない。
将軍になった未来の自分を妄想しても心が弾まない。
幼い頃から感情が大きく動くことがなかった。命令に従い黙々とこなし、結果を出す。
それだけの人生。出世したところで何かをしたい訳ではない。今は将来が有望視されている優秀な子供を演じているだけ。
このまま大人になっても、何かを演じる仮初めの人生が続くだけなのだろう。
初めての異世界侵略に駆り出された自分は、新人を率いる部隊長に任命される。
実力からして順当であり、誰もが認める抜擢。
部下三十名を率いて、異世界の地に降り立った。
ここから自分の快進撃が始まり、出世街道を駆け上がる。そう信じていた初戦は――見るも無残な負け戦。
我々アグリウスタル人は数多の異世界を滅ぼし、すべてを奪い尽くしてきた。今回の侵略戦争も当然そうなるものだと誰もが思い込んでいた。
だが、現実は違った。そこは今までの異世界とはまるで違ったのだ。
知的生命体の存在は珍しいことではない。我々と同等かそれ以上に文明が発展した世界で戦うことも多かった。
我々にはオーラと異能があり、敵側の有りと有らゆる兵器や戦力を純粋な力でねじ伏せてきた。今回もそうなると誰もが信じていた、自分も含めて。
――だが、それは覆された。
目の前に広がる光景に思わず自分は息を呑んだ。
【ワームホール】を潜った先にあったのは、見渡す限り広大な荒野。
草木は一本も生えておらず、大地がむき出しになっている。岩山が点在している程度で、殺風景な光景だった……のだろう、以前は。
現在、大地は血で真っ赤に染まり、無数の死体が転がっている。
それもアグリウスタル人の兵士ばかり。
周囲から聞こえてくるのは共通語の怒号と悲鳴。
「どうなっているんだ。現状を教えろ」
既に戦闘中の部隊が近くにいたので、呆然と立ち尽くしている兵士の肩を掴み、こちらへと強引に振り向かせる。
その兵士は涙をボロボロと流し、緩んだ口元からは涎が止めどなく溢れていた。
正気ではない、一目見て理解する。
他の兵士も似たようなものだったが、比較的まともな者を見つけ出して情報を聞き出す。
「ここの原住民は異常だ。強すぎる……」
「どういうことだ、詳しく説明をしろ」
「化け物ばかりだ、ここは。あれは勝てない、勝ちようがない」
「馬鹿なことをっ」
我々アグリウスタル人を倒せるのはアグリウスタル人のみ、と自負するほどに我々は強い。
とはいえ、侵略戦争中に死亡する兵士は多い。個々の戦力が高くとも罠や数の暴力で押し切られることもあるからだ。
それでも侵略された側と比べれば圧倒的に被害は少ない。
「あれを見て見ろっ!」
兵士が唾をまき散らして、自分の顔を両手で挟み込み強引に視線を誘導する。
荒野から上空へと視界が変更されると、そこには巨大な何かがいた。人型ではないが生物であるのは確かだ。
背中に大きな羽が四枚生え、黒い鱗で全身が覆われ、長い尻尾。口が頬まで割け、鋭い牙がずらりと生えそろっている。
「古代竜の一体だ。この世界では竜を神と崇め、信仰の対象になっている」
「神だと、はっ」
我が国にも神――戦神が存在する。といっても、都合良く人々を扱うための架空に生み出された存在でしかないが。
各地に神殿も存在していて、侵略戦争前には神官が祝詞をべらべらと述べて送り出す行事も恒例だ。
この異能やオーラも神のお力らしいが、その姿を拝見したことは一度もない。
「こっちの神は実在して自ら戦ってくれるのか、お優しいことだ」
神と崇められている黒い竜は現在進行形でアグリウスタル軍を蹂躙している。
口から吐き出される灼熱の炎は大地を溶解させ、オーラすら溶かす。遠距離攻撃が可能な異能を飛ばす者もいるが、すべて黒い鱗に弾かれていた。
空中飛行が可能な兵士たちが空中戦を仕掛けては、鋭い爪の一振りで両断されていく。
圧倒的な殺戮劇。いつもなら、殺戮する側はアグリウスタル軍であり、決して逆ではない。
だがどうだ、為す術なく殺されていく同胞たち。
手も足も出ないとはまさにこのことか。
「確かに強い。尋常ではない。だが、あの程度なら上位の将軍なら倒せるのでは……」
これは希望的観測ではない。目の前の黒い竜は強い、それは認める。
だが、それでも百人近くいる将軍の上位には届かない強さだと断言できた。あの人たちは別格だ。
上級兵士候補になってから、一桁台の将軍五人と手合わせする機会があったのだが手も足も出ないどころか、刃向かおうという気力すら湧かない存在。
動けなかった。動いたら死ぬ、と本能が叫び微動だにできず屈辱を味合わされた。生まれて初めて自分より強い、桁外れに強い存在と遭遇して、情けなく全身が震え膝を突いた。
あの黒い竜からはそこまでの脅威は感じない。あの将軍たちなら楽勝とはいかなくても倒せるという確信がある。
「違う、違うんだ。あれは神の僕でしかない。アレよりも、もっともっとヤバい……あっあっあっ」
目を限界まで見開いた兵士が口を開閉させるだけで、声にならない声を漏らしている。
涙を滝のように流す目は俺を見ていない。
彼の視線の先に何があるのか。知りたいという好奇心を遙かに凌ぐ恐怖心。
それでも俺は抗えない力に操られるかのように、ゆっくりと顔を巡らせてそれを……見た。
上空の雲まで届く巨体を揺らしながら近づいてくる女の姿を。
全身から強烈な光を発しているというのに何故か眩しさを感じない。頭から角は生えていないが、自分たちに似ている外見をした女は穏やかに微笑んでいる。
異世界の原住民だというのに、生まれて初めて他人を美しいと思った。
一枚布を巻き付けただけの粗末な格好。戦場には相応しくないが、その存在に圧倒されている現状でそんなことはどうでもいい。
ぼーっとただ見つめることしかできない自分の前で、その巨人はゆっくりと手を大地に振り下ろし――アグリウスタル軍は壊滅した。
あれから、あの異世界は侵略中止となった。
将軍と一部の上層部を除いて事実は隠蔽され、何も知らない兵士たちは今もアグリウスタル人が最強だと信じて疑わない。
兵士たちには知る術がない、最高機密の一つとなった異世界の存在を。
あの戦いで生き延び、なんとか帰還した自分は功績を認められた……というのは建前で、情報の秘匿を条件に最下位の将軍に昇進した。
あれ以来、夢ができた。
いつか、あの化け物を倒せる力を手に入れたい、と。
目の当たりにした瞬間、恐怖よりも歓喜が上回り、生まれて初めて心が大きく動いた。
圧倒的な存在感。微笑んでいる顔。
目を閉じれば今も鮮明に思い浮かべられる。
あの化け物を倒す姿を想像するだけで全身が熱を帯び、興奮が収まらない。
「強くなろう。誰よりも強くなって、あれを殺そう。そうしたら、この昂ぶりも収まるはずだ」
その為には将軍のトップに君臨する必要がある。
力こそ正義なこの世界では将軍の要望はなんでも通る。将軍の行動を咎められるのは上位の将軍のみ。
つまり、最上位である一将にまで上り詰めれば、侵略が中止になったあの異世界へ再び渡ることも可能。
強くなるついでに最高の地位を手に入れるのも悪くない。
「待っていろよ、名も知らぬ巨人。いつか、必ず貴様を蹂躙してやる」




