二十三話
「いやいやいやいやいや! 待て待て待て待ってくれや! 昼想がこっちに向かってきてるって言うんか⁉ そもそも、あいつ今何処におって、どっから向かって来てんねん!」
話の内容が衝撃過ぎたのか、目を剥いて唾をまき散らしながら必死に訴えかけてくる望。
気持ちはわかる。俺もその事態を想定して頭を抱えたぐらいだ。
「まず、昼想たちは現在韓国の首都近くにいるはずだ。昼想と日輪と神無月の三人は旅行で韓国に訪れた際に……深淵と遭遇した」
男一人と女二人の旅行というシチュエーションに思うところはあるが、今はそこに触れる必要はないだろう。
「女二人連れて旅行って。どこぞのセレブか、ラブコメの主人公かっ!」
望は俺が自重したことを迷わず口にした。この状況でもツッコミ魂を忘れないのは、さすが関西人と言うべきか。
……と感心している場合ではない。
「その際に記憶と体を盗まれ殺された、と見て間違いない」
「ほな、今はまだ海を挟んだ外国ってことか。今は深夜やから移動手段もない。明日までは猶予がある、ってことやな。あっ、もう早朝やから今日中に来るんか」
望がブツブツと呟きながら情報を整理している。
その考えは間違いではない、のだが、何処か引っかかりを覚えている。ヤツの異常性に触れる度に、拭えない違和感と疑念がまとわりついてくる。
不吉な考えを振り払うように頭を軽く振って、深呼吸をした。
すみれの部屋に漂う芳香剤の優しい香りが、俺の心を少しだけ穏やかにしてくれる。
「これは選抜隊の二人から読み取った記憶なのだが、異世界人たちの選抜隊は全員同じ時刻に転移している。なので、ヤツが地球に降りたった時間も同時刻と考えるべきだ」
「えっと、守人君が戦ったのはアグリウスタル人が深淵から現れて直ぐ、なんだよね?」
小首を傾げながら質問する、すみれに対して小さく頷く。
「ああ、そうだよ。正確には少し様子を見た後、ヘルハウンドを倒してからということになる。現れてから五、六分といったところか」
「質問良いですか?」
律儀に手を上げて順番を待っているのは七節。
「ああ、構わない」
「昼想さんに化けたアグリウスタル人は、あの性格からして私たちをあえて倒さずに傍観するという選択肢もあるのでは?」
確かに、俺もそれを考えた。
ヤツは自分が楽しむためならなんでもやる。味方を殺し、軍の規律を破ることも躊躇わない。
強い相手と戦いを楽しみたい。今までの発言からしてそれが原動力のように思えた。
「可能性はゼロじゃない。だが、さっきも言ったが最悪の事態を想定して動くべきだ。俺たちが力を蓄えるまでヤツが待ってくれるなら御の字。だが、その予想に甘えて対策を怠れば……詰む」
「愚問でした。申し訳ありません」
咎めるつもりはなかったのだが、七節は深々と頭を下げて謝罪をした。
「いや、いい。皆も疑問や気になる点や意見があれば、なんでも言ってくれ」
一人の知恵などたかが知れている。俺の考えが常に正しいわけでもない。
三人寄れば文殊の知恵という諺があるように、全員で作戦を練った方がいいに決まっている。
「じゃあ、昼想君たちが日本に向かうとしたら、早朝で日本行きの飛行機ってことになるのかな?」
「船便もあるだろうが、最速は飛行機で間違いない」
「一番早い便が何時か調べてみるね」
「私も手伝います」
すみれと七節がスマホを取り出し検索している。
俺はスマホの操作があまり得意ではないので、ここは二人に任せよう。
望も素早く取りだしたのだが、今は貴重な存在となった二つ折りのガラケーをパカパカさせている。
一応アレでも新型らしくネットも使えるのだが、スマホと比べて画面が小さいので色々と面倒らしい。あと、寂しそうな顔でじっとこっちを見るな。
「ちなみにこれガラケーやのうて、ガラホって言うんやで」
「そうか……」
手持ち無沙汰だからと言って、そんな微妙な話題を降られても。
二人が懸命に検索している側で何もしないのは悪い気がする。もう少し実のある話をするべきか。
「なんで、あいつは過去に戻ろうと思うたんやろか。守人が厄介な存在ってわかってるなら、さっさとわいらを始末するべきちゃうんか?」
「案外、過去に戻るのを経験してみたかっただけかもな」
「いやいや、まさか……うーん、あの性格やからあり得ん話でもないんかなぁ……?」
適当に思いついたことを口にしただけだが、核心を突いたのではないだろうか。
ヤツは自分の目的や楽しみを優先にして、同胞に愛着がない。側近の二人が倒されても悲しむ素振りは無かった。
「ただ、最悪なことにヤツは時間を遡ることで、力が強化されていることに気付いた。それを知ったヤツはこう考える。俺たちも同じように強化されているはずだと」
「そやな」
望が大げさなぐらい頭を縦に振って頷く。
「時間逆行を繰り返すことで、俺たちは力を増す。そして、いずれは自分に追いつき、追い越す日がくるのではないかと危惧する」
「別世界が増えるのを無視したら可能やけど」
俺がそれをやらないのは望が危惧した、別世界が増え続ける問題。
勝利だけを考えるなら、仲間と一緒に何度も何度も時間逆行を繰り返せばいい。倍々に強くなっていくのだから。
それにもう一つ心配事がある。
「望、時間逆行して直ぐはどんな感じだった?」
「そりゃもう、めっちゃ気持ち悪かったで。前ん時よりも、なんか気分悪うて吐きそうになったわ」
「あっ、私も」
喉元を抑えて吐くのを我慢する振りをする望。
俺たちのやり取りが聞こえたのか、すみれはスマホの画面から目を逸らさずに同意している。
「そうなんですか? 私は初体験だったので、軽く車酔いしたぐらいの感覚でしたが」
七節もスマホを見つめたまま感想を口にした。
嫌な予感が的中か。そもそも、時間逆行なんて行為が無条件で行えるわけがなかったのだ。深淵のように異世界に人を運ぶ行為ですら成功率は高くない。
安全のために三年は寝かせなければ安定しないというのに、空間転移よりも困難であるはずの時間逆行にデメリットがあって当然。
それも即座に発動させて、安定しない状態で飛び込んでいる。
三度目はかなり体への負担を感じた。あと、数回ならまだ耐えられるだろう。
望とすみれは次で三回目なので、もう一度時を遡って最悪の事態になる、ということはない。俺に関しては……保証できないが。
何か回避する方法や手段はないのか。安全に行えるなら【ワームホール】は、まだ切り札として役立ってくれる。
「それがどうしたんや?」
「いや、気にしないでくれ」
あえて話す必要はない。時間逆行の数をこなすことで最終的に死んでしまうとしても、まず俺が死ぬはず。二人が最悪の事態に陥ることはない。
とはいえ、別世界を作り出す懸念に加えて、身体にかかる負担の大きさも把握しておくべきだ。益々、安易に時間逆行をすることができなくなってしまった。
今すぐに時間逆行をすることも考えたが、体の負担を除外したとしても俺たちが消えたこの3世界に強化された昼想が残る、という最悪な結末が待っている。
結果……間違いなく3世界は滅ぶ。
「えっとね、一番早いのは朝の七時四十分みたい」
「そうですね。他にも何かないか調べてみたのですが、それが最速で間違いないかと。ちなみに二時間と四十分で新千歳空港に到着するようです」
調べ終わった二人が顔を上げて、検索結果を口にした。
「十時半ぐらいには空港から出られるんか、空港からここまではどんぐらいや」
「それも調べ終えています。車で四十分程度ですね」
さすが、七節。仕事が早い。
「最速で十一時過ぎ、か。現在は……」
壁掛け時計に目をやると、五時を少し過ぎている。
「タイムリミットまで残り六時間。それまでに最善の策で出迎える必要がある」
力が倍増して警戒をしている昼想。
加えて情報を共有している、日輪と神無月の存在。
日輪はどうとでもなりそうだが、厄介なのが神無月。面倒な異能の数々を所有し、参謀的な立ち位置だけあって知恵もある。
この三人を同時に相手にするとなると、現状でもかなり低い勝率が更に削られてしまう。
何かないのか。この逆境を覆す奇策は……。




