二十二話
頭が割れるように痛い。視界が霞むどころかぐるぐると回っている。
こみ上げてくる吐き気と不快感を抑え込み、全身がしびれるような感覚を無視して辺りを見回す。
夜だというのに人工の明かりが近くにはなく、街中だというのにかなり暗い。視界に入るビルやマンションから明かりが漏れることもなく、周囲からは引っ切りなしに工事音が響いてくる。
視界に見えるのは単管パイプを繋げただけのフェンス、というかバリケードがずらりと並び、大通りに面している場所だというのに人通りがない。
足下には俺が開けた穴。
そして、目の前には――二人の異世界人。
警官の格好はしているが頭から角を生やし、正体を現している。
「なんだ、急に苦しみだしたと思ったら呆けた顔をしやがって。俺たちを舐めているのか!」
「落ち着け、弟よ。油断を誘う策かも知れぬ」
いきり立つ弟をなだめる兄。選抜隊として地球に送られたアグリウスタル人の二人。
血は繋がっていないが兄と弟と呼ぶ間柄。
いつもの【ワームホール】酔いがなんとか抜けてきた。あの頭をシェイクされるような感覚は三度経験しても慣れない。
いや、以前と比べて悪化している気がする。あの時の不快感も相当なものだったが、今はそれよりも辛い。未だに完全には抜けていない。
「少し黙ってくれ」
キャンキャンと喚く弟が五月蠅いので手で制して、大きく息を吐く。
こっちはそれどころじゃない状況なんだ。この二人に構っている暇はない。
「なんだと、てめえ!」
「我々に対してのそこまでの侮辱。覚悟はできているのだろうな」
凄む二人に対し一歩足を踏み出して「開け」異能を発動させた。
「「えっ」」
突如開いた直径十メートルを超える穴に二人が呑み込まれる。深さも二十メートルは掘っておいた。
近くに転がっていたパイプを二つ拾い、落下中で小さくなっていく二人に向けて投げつける。
パイプの先端が眉間を容易く貫き、地面の底すらも貫通して埋没した。完全に意表を突いたようで、兄の方は切り札の【反射】を発動する余裕すらなかった。
「悪いな。構ってやる暇はない」
そのまま穴を閉じておく。
やはり、時間逆行を繰り返したことで能力が飛躍的に上昇している。2世界に渡った当時の能力がそのまま、3世界に渡る直前の俺と融合。
二倍近く強化されたのが今の一撃で立証された。
強化されたことは嬉しいが、それどころではない。現在の状況は最悪に近い。
「してやられた……。ヤツはこれを狙っていたのか」
豪先生を取り囲んでいた異世界の兵士たち。その中に昼想は潜んでいた。
さっき倒した選抜隊の二人も使っていた、相手の姿に化けられる道具。それを使って兵士に化けて見計らっていたのだ。
援軍の中にいた昼想は兵士に命じて、ヤツに化けさせていたのだろう。そうすることで、兵士として潜んでいることを悟られずに接近。
俺が【ワームホール】を発動させて過去へ戻るタイミングを、今や遅しと待ち望んでいた。
つまり――
「ヤツもこの世界に戻ってきている……」
俺と同様に前の世界の記憶を保持したままで。
それだけでも大問題なのだが、最悪が更に重ねられた事態に陥っている。
過去に戻ったということは、過去の自分と融合したということ。
ヤツは……過去の自分と交わり能力が飛躍的に上昇している。
「最低最悪な状況だ」
時間を逆行して強くなる。これがヤツらに対抗できる唯一の手段だった。
だというのにそれを利用され、ヤツを強化させ記憶までも……。
更にかけ離れた実力差も問題だが、情報戦においても有利に立つのが難しくなってしまった。
絶望の未来に頭を悩ませている最中だというのに、カーゴパンツのポケットから振動が伝わってくる。
スマホを取り出すと、マナーモード状態でブルブルと震えていた。
「この番号は、すみれか」
一人で悩みを抱え込んでいても埒が明かない。ここは仲間と連絡を取り、まずは集合することが先決だ。
四時間後、すみれの部屋に俺と望と七節が集合した。
以前の時間逆行後の経験を生かして全員の電話番号を覚えていたので、すぐに連絡が取れたのだが、同じ北海道内とはいえ北海道は広い。
望はスクーター、七節は軽キャンピングカーを全速力で飛ばしてやってきた。非常事態なので交通ルールは無視させてもらったそうだ。それでも四時間は必要だったが。
時間は早朝の五時前。深夜と言うより、朝と呼ぶべき時間になってしまっている。
「静先生とも連絡は取れたが、大穴の警備中で豪先生もいるらしく、現状を説明して説得してくれているそうだ」
北海道に深淵が開いたことで、北海道中の警察官と自衛官が集められ、警備や避難所の設置に奔走している最中。
陸軍幕僚長でもある豪先生の忙しさは尋常ではない。孫である静先生でなければ接触を図ることすら難しいはずだ。
唯一、過去に戻れなかった豪先生は現状を理解できていない。静先生なら上手く説得してくれるだろうと期待している。
「そういや、黒服の姉ちゃんは? 淵上とか言ってたよな」
望がパンッと手を打ち鳴らして口にしたのは、この場にいないもう一人のメンバーだった。
「彼女とは連絡の取りようがない。電話番号もわからないし、能力に目覚めて勧誘されるまでは何をしていたかも不明だ」
クラスメイトと黒服も含めた覚醒者の情報には目を通していたが、全部記憶するのは無理がある。
要注意人物に関しては殆ど記憶したが、淵上には注目していなかった。
「ですが、淵上さんは記憶を保持しているはず。なので、向こうから何らかの接触を図ってくるのでは?」
「一番身元がしっかりしているのは、静先生だよね」
七節が額に手を当てながら呟き、すみれは温かいお茶を入れながら意見を口にする。
「そうだな。淵上のことも静先生に任せておけばなんとかなるだろう。それよりも、重大な問題が発生した。皆は深淵に飛び込んだ際に目を閉じていたので気付いてなかったようだが」
あの時、俺を除いた全員が強く目を閉じていた。助かる可能性があるとはいえ、落下する恐怖に耐えかねたのだろう。
なので、ヤツの存在には気付いてなかったはずだ。電話で連絡を取った際にもそのことには触れないでいた。混乱させるだけだとわかっていたから。
全員が俺の言葉を待って注目している。大きく息を吸ってから、はっきりと断言する。
「昼想も【ワームホール】に飛び込んだ。おそらく、俺たちと同様に時間逆行に成功している」
言葉の衝撃に仲間たちの動きが止まった。
すみれの注ぐお茶がティーカップから溢れているので、俺が手に取って持ち上げておく。
「ど、ど、ど、どういうことやねん⁉ なんや、その笑えん冗談は!」
「こんな質の悪い嘘……なんて吐きませんよね」
「守人君、詳しく説明してもらえる?」
全員がテーブルに身を乗り出して、至近距離まで迫ってきた。
俺は大きく息を吐き、正面から仲間を見つめながら、あの時の状況とそこから考察した説明を始める。
すべてを話し終えると、俺を除いた全員が力なく床に横たわった。
「マジか……。あいつ端から、これを狙ってたっていうんか……」
「時間逆行は石川さんの特権だというのに……」
「ホテルで逃げる私たちを見逃したのも、追い詰めていったのも、深淵に誘導するためだったんだね……」
ぼーっと天井を見つめながら、仲間たちが弱々しく呟く。
絶望の状況を理解してくれたか。
「ほなら、あいつは前の世界……ええと、今が3世界やから2世界の記憶を持ったまま、今この3世界におるっちゅうわけやな」
「2世界でやった不意打ちは通用しないと考えるべきでしょうね」
「それだけじゃなくて、強さも二倍になってるんだよね。ど、どうしたらいいの」
時を遡れば状況は俺たちへ有利になっていく……はずのアドバンテージが今回のことで消え失せた。
「私たちの力も強化されているのは間違いないですが、それでも昼想さんの能力アップは桁違いすぎる。以前の状態でも叶わなかったというのに」
「戦ってもまず勝てない。それどころか同じ手は通用しない。更に俺たちの存在を知って警戒をしている」
事実を淡々と羅列して口にしていく。その度に仲間の顔色が悪くなっていく。
絶望に絶望を重ねて悪いが、それでも現実と向き合わなければならない。
「あいつと再会するのは入所式なんか。今から一年半は猶予あるけど……」
大きなため息を吐いて、頭を抱える望。
そんな彼にもっと辛い現実を伝える心苦しさがある。
「猶予はおそらくない。最悪の事態を想定して動くべきだ」
俺が不穏な言葉を口にすると、全員が上半身を起こして俺の顔を凝視する。
その表情は「もう止めてくれ」と訴えていたが、それでも言わなければならない。
「ヤツは時間逆行をする俺の存在を把握した。あの性格からして、放置すると思うか? 何か手を打たれる前にこちらと接触して、倒すか捕縛をするのが妥当な判断だろう。つまり、もう既に日本に向かっている可能性が高い」




