101曲目 ゴブリンの祈り
「はっ!」
私は目を覚まします。暮軽由利は眠りにつき、リリアとして。
だけど、意識がつながっている私は、とても落ち着いてなんかいられませんでした。
「どういうことなのかしら。兄さんの事務所が、消えている……?」
私は顔を押さえながら、由利として見た光景を冷静に思い出しています。
ふと思い立って記憶にある兄さんのバンドが借りているビルの一角を見に行ったんです。そしたら、入居しているはずの兄さんのバンド名は入居者の一覧から消えていました。
さらには、ジャケットのイラストも消えてしまっていました。ただ、CDの中身自体は無事だったので、音楽を聞くことはできました。
なんとも不可解な現象に、私は身震いをしてしまいます。
(このままでは、兄さんたちの存在が、あちらの世界から消えてしまう……?)
怖くてたまりません。
兄さんは、私にとっての唯一の兄弟です。大学に進学してきてからというもの、時々遊びに来てくれて相手してくれましたし、音楽でよく励ましてもくれました。
そんな兄さんが消されていってしまうのかと思うと、私は怖くてたまりません。
「だけど、どうしよう……。このまま兄さんたちが向こうの世界から消えていってしまうことを、兄さんたちに伝えることができるのかしら……」
私は怖くて、肩を抱いてベッドの上で震えてしまいます。
でも、どうしたらいいというのでしょうか。私はそのまま、一人で悩むことになりました。
お昼を迎えました。
私は魔物たちと一緒に冒険者ギルドの依頼をこなしています。ただ、私は同行者としているために、依頼をこなすメインは他の魔物たちです。
ですが、私は気がかりがあるせいで、まったくというほど魔物たちを制御できていません。それでも、兄さんたちの音楽で従えられた魔物たちは、きちんと依頼をこなしています。
「クゥーン……」
依頼をこなしている魔物の内の一体が、私の方へと近付いてきます。どうやら、私の様子に気が付いて心配してくれているようです。
ぺろぺろと、私の頬をなめています。
「心配要らないですよ。ちょっと考えごとをしているだけですから」
私は魔物にそう答えますが、どうも私のそばを離れようとはしてくれません。よく見ると、他の魔物たちも時折心配そうに私を見ています。ということは、この子は代表して私のところに来てくれたということなのでしょうか。
ふふっ、まったくもう。人の心の分かりそうにない魔物たちに心配されるだなんて、私は露骨に態度に出してしまっていたようですね。
はあ、いけませんね。今はこちらに集中しませんと。
私は魔物の頭を軽く撫でます。
「さぁ、さっさと依頼をこなして戻りますよ」
「ワウッ!」
拳を握って立ち上がりますと、魔物も元気よく返事をしてくれました。
私が元気を取り戻したことで、依頼はなんとあっさりと終わってしまいました。びっくりですよ。それだけ私の気持ちが、魔物たちにも影響を与えていたのでしょう。
やはり、気持ちはきちんと切り替えなければいけませんね。私は深く反省するのでした。
ティックの街に戻ると、私はモニーさんと出くわします。
「あら、リリアさん。ちょうどよかったです」
「えっと、モニーさん? 私に何かご用でもあるのでしょうか」
「ええ、ございますとも。ご一緒しませんか?」
どうもモニーさんは私に話があるみたいです。
そんなわけでして、私たちは二人きりで話をすることとなりました。冒険者ギルドでお部屋をお借りして、二人きりでのお話です。
「モニーさん、一体、どんなお話なのでしょうか」
私はモニーさんにストレートに聞きます。
「ええ。リリアさん、今日は朝から様子がおかしかったので、心配になっていたのですよ」
なんと、気付かれていましたか。
でも、私はなんて言っていいのか分かりません。モニーさんはキーボさんを背負っていますし、話してしまえば、兄さんたちにも自然と話がいってしまうでしょう。
ああ、なんとも悩ましいことですね。
ですけれど、やはり私一人で抱えておくのにも限界があります。キーボさんもいることですし、モニーさんになら話してもよいでしょうか。
「……分かりました。モニーさんもキーボさんも驚かれることと思いますが、正直にお話をします。ですが、リードさんたちにはまだ少し、黙っていていただけますでしょうか」
「はい、分かりました」
『どうやら、深刻な話のようですね。いいでしょう。約束します』
モニーさんもキーボさんも、私のお願いを聞き入れて下さいました。
そんなわけでして、私は暮軽由利として見てきた向こうの世界のことをすべてお話しました。
私が向こうの世界とつながっていることを知らなかったモニーさんは、そこからして驚かれていましたね。当然といえば当然ですけれど。
私がメロディさんの持つギターに宿るリードさんの向こうの世界での実の妹であるなど、一体誰が信じられるというんですかね。ああ、説明文だけで長いです。
『なんということですか。向こうの世界では、私たちの存在が消されつつあるというのですか?』
キーボさんの反応に、私はこくりと黙って頷きます。
「なるほどですね。事故を起きていながらも何も発見されていないわけですものね。となれば、なんらかの力で私たちの世界に飛ばされてきたと見ていいのでしょう。その存在のすべてをこちらに移したわけですから、つじつま合わせとして、向こうの存在が消されつつある……。これは由々しき事態ですね」
モニーさんは意外とすんなりとすべてを理解して下さいました。
「分かりました。私は聖女ですから、人々を救うという使命があります。祈りを捧げることで、その進行を何とか食い止めてみせましょう。ただ、異世界にまで通じるかは分かりませんが」
「いえ、お願いします。このまま、兄さんたちの存在が消えてしまうのは、私が耐えられませんから……」
私は涙を流しながら、モニーさんにお願いをしました。
お願いですから、このまま私から兄さんたちを奪わないで下さい。




