100曲目 変わりつつある現実
ピリリリリリ……。
「あ、朝か……」
私はスマートフォンの音で目を覚ます。
示す時間は六時前。目覚ましはいつも五時五十分に設定してあるので、ちゃんと時間通りの起床ができているわね。
しかし、ぐっすり眠っているはずなのに、どうも寝た気がしない。
やはり、こちらの体が眠っている間に、ゴブリンのリリアとして活動していることが影響しているのかもしれない。
「ふわぁ~……」
つい、大きなあくびをしてしまう。
季節はもう春。
兄さんたちが行方不明になってからというもの、もう二月以上が経過した。だけど、家族である私のところには、まったくといっていいほど情報が入ってこない。
大みそかから元日にかけて、都内のクラブハウスから山中に向かったということだけが分かっている。その山中では、破れたガードレールが発見されたのだけど、その周辺を捜索したのはいいものの、なにも発見できなかったという話を聞いたのが最後だった。
(はぁ……。私だけが行方を知っているけれど、それをこっちで話したところで、誰が信じてくれるっていうのよ……)
私はものすごく憂鬱な気分だった。
三月も中旬となって、今は大学の春休み中。バイトも増やして一生懸命稼いでいるけれど、正直言って気が気じゃないわ。
兄さんたちがいなくても、世間は問題なく普通に時間が過ぎていくんだもの。
とはいえ、今日は昼の十時から夕方の五時までバイトが入っている。いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
体を起こした私は、いつものように顔を洗ってから朝食を取ることにした。
バイトを行く前に私はカバンに荷物を入れていく。
その時、私の手がぴたりと止まる。
「うん、これは持ち歩く必要がないわ……」
うっかりカバンに入れそうになってしまったのは、うっかり百均で買ってしまった十徳ナイフ。
なんで買ってしまったのかというと、異世界におけるリリアの影響を受けたから。リリアは魔法で簡単な武器を生み出して操れるほか、短剣を使った攻撃を得意としている。なので、意識を共有している私にも、その影響が出てきてしまったというわけ。
だけど、こっちの世界じゃ意味もなく刃物を持ち歩いていたら、銃刀法違反で捕まっちゃう。なので、私はそっと引き出しの中に十徳ナイフをしまっておいた。
うん、いけないいけない。
私は、リリアとのつながりを示すマイクだけをカバンに入れて、バイトへと出かけていった。
「おつかれさまでしたー」
夕方の五時を回り、私は定時でバイトを上がる。
兄さんが行方不明の現在は、親の仕送りと自分のバイト代だけでどうにかするしかないものね。
……そういえば、兄さんたちの借りている場所って、今どうなっているのかしらね。
兄さんのことをふと思い出した私は、そのことが気になってしまった。
なんといっても、兄さんたちは元日から行方不明だ。少なくとも二回は、賃料の支払いが行われているはず。
私はバイトを上がってから、兄さんのバンドの事務所を訪れてみることにした。
何度か訪ねさせてもらったので、私はその場所を覚えている。電車を乗り継ぎ、目的の場所にたどり着く。
「な、なによこれ……」
目的地にたどり着いた私は、そこで信じられない光景を目にしてしまった。
そこは都内某所にある雑居ビル。入口にある入居の一覧から、兄さんのバンドの名前が消えていた。
外に出てじっと窓の方を見てみる。
誰もいないわけだから明かりがついていないのは当然だけど、私はその部屋の中をじっと見つめてみる。
(どういうこと? 中に何もないわ)
集中して見つめた私の目には、部屋の中が空になっている風景が飛び込んできた。
正直、薄暗くなっていて見えるものではないと思っていたんだけど、これも異世界におけるゴブリンからの影響なのだろうか、私の目には部屋の中の光景がはっきり見えた。
そこまで兄さんたちは散らかしていないものの、窓の外からでも見えるものがあった。これは何度か事務所を訪れている私だから分かることだわ。
だけど、それがまったく見当たらなかった。どういうことなのかしら。
私は慌てて、ビルを管理している会社の電話番号を電話帳に登録する。今の時間帯だと、対応時間外になっちゃうから、明日改めて問い合わせを入れるしかないわね。
私は事務所のカギは持っていないから、私自身が事務所の中を確かめることはできない。そのせいで、目にした光景が気になって不安になってきてしまう。
(一体、何が起きているというのかしら)
気になるけれど、いつまでもここにいるわけにはいかない。
私は何度も雑居ビルに目を向けながらも、やむを得ずその場を去っていった。
家に帰った私は、とりあえず普段通りの生活を行う。
お風呂に入って、夕食を食べて、大学の勉強と。
そうだ、勉強のお供に、久しぶりに兄さんの音楽でも聴こうかな。
私がそう思ってCDへと手を伸ばした時だった。手に取ったCDケースを見て、私は思わず顔を青ざめさせてしまう。
「こ、これって、どういうことよ……!」
そこで見たものは信じられないものだった。
この間まで、しっかりと印刷されていたはずのジャケットのイラストが、そこにはあったはず。だというのに、私が手に取ったCDケースはすべてが真っ白になってしまっていた。
CDケースと同じように私は真っ白になってしまい、しばらくの間、何もすることができなくなってしまったのだった。




