侑汰への告知
駅に到着し、そこからバスに乗って少しすると目的の水族館に到着した。梅雨も明けたばかりで外は本当に暑い。
俺達は冷房の効いた水族館へと急いだ。
入場券を購入して中に入ると仄暗い室内に様々な水槽があり、海水や淡水の生物たちを見ることが出来る。
入場すると朱莉と沙奈江はキャッキャ言いながらあっちこっちの水槽を興味深げに覗き込んでいた。
朱莉と沙奈江は手を繋ぎいつもより仲良く楽しそうにはしゃいでいる。俺もそんな彼女達に釣られてなんだか楽しい気分で見学していた。
順路を進んでいくと海底トンネルのような場所に行き着いた。周りがガラスでできたトンネルで海底から水中の様子を見ることが出来る。この水族館で最も大きな水槽には小魚からサメのような大型のものまで様々な魚たちが泳いでいた。
ここは外からの日が水槽を通して入ってくるので、水槽で屈折した日の光がこの空間をキラキラと照らしている。二人とも水槽のガラスに手を当てその様子を眺めている。まるで子供のような表情をして無邪気に見ている彼女達を水槽からの光がキラキラと照らすその光景を見た俺は思わず息を呑んだ。
彼女達は本当に美しい…
それから暫くしてお腹も減ってきたのでレストランに入り遅めの昼食を食べることにした。
「あの大型の水槽は凄かったね。サメが私の近くまで来てびっくりした」
朱莉が楽しそうに言うと、
「そうそう、あれだけ色んな魚を混ぜて小さなやつとか食べられたりしないのかな…」
沙奈江は不思議そうに言った。
この日はどういうわけかあまり俺にかまうことなく二人で楽しんでいることの方が多い。俺も二人が微笑んでいる様子を静かに見守っていられるので、この状態は俺にとっても凄く落ち着けて楽しい気分になることが出来た。
食事後はアシカやアザラシ、イルカなどのショータイムを順番に見学していこうとなった。ショータイムまでの待ち時間に少しその辺でも見ようとなって一緒に見学していったが、朱莉と沙奈江の二人ではその感想も大きく異なる。
「わ~、侑汰君見て あの石鯛は結構高いんだよ、でも私はやっぱり真鯛の方が美味しいと思う」
「アンコウがいる… やっぱり不細工だけど鍋にするとおいしいよね」
超現実主義の朱莉は魚を見ては直ぐに値段と味の評価をしていた。こいつの言うことはあまり小学生には聞かせたくない。
一方沙奈江は綺麗な魚を見るとまるで少女のように見つめる。鰯が群れを成して泳ぐ姿を見た沙奈江は、群れが移動するたびにキラキラと光る鱗やその集団が形成する形の変化に驚いて呆然と見つめていた。沙奈江は見た目は大人っぽく見えるが、中身は少女のままだ。
でもそのギャップが何とも言えず魅力的に思える。しかし残念なことは沙奈江の知識も少女のままの所がある。
「侑汰、鰯って大きくなって出世して秋刀魚になるんだっけ?」
ならないから… ハマチからブリみたいに進化しないからね…
そうこうしてる間にイルカのショータイムとなり、皆で見学に向かった。プールを泳いでいるイルカを見て朱莉が喋りはじめた。
まさかここで「美味しかった」とか言わないよね? そう思っていたが、流石にそれは言わなかった。
「イルカってクジラと一緒だよね」
朱莉が言うと
「イルカとクジラは別物に決まってるじゃん」
沙奈江が自信をもってしたり顔をして朱莉に言った。
「あのね、体長4m以下がイルカ、6~9m位がシャチ、それより大きいのがクジラだよ。全部哺乳類で同じ生き物」
俺が沙奈江の勘違いを訂正すると沙奈江は唖然として「そうなの?」と言っていた。
沙奈江の常識度チェックをすると2時間ぐらいは楽しめそうな気がする。多分意味不明な回答が結構出てくると思う…
イルカのショーは結構迫力もあり見てて楽しかった。何であんなに水中からジャンプできるのか不思議でならない。
たかが数十匹の小魚の餌に釣られて芸を仕込まれたイルカに憐れみを感じつつも、ショー自体は素晴らしかった。
それからラッコのお食事タイムも見学したが、お腹の上で上手に貝殻を割り中の身を取り出して食べるラッコを見て二人ともキャーキャー言って喜んで笑顔で見ていた。
しかし朱莉の口から出る言葉…
「わ~ あんなにおっきなホタテ食べてる… この前スーパーで見たけど高かったんだよねー 贅沢…」
現実を離れて憩うために水族館に来てるのに、現実しか考えてない朱莉がそこにいた。
その後、ふれあい水槽なるものを見つけた。ヒトデやカメなどが中にいて自由に手に取って触っていい事になっている。
朱莉はすぐさま水槽の中のヒトデを手に取り俺たちの方へ向けた。
「ヒトデって本当に星みたいな形してるよね、それに思ったより硬いんだ…」
そう言ってヒトデをぷにぷに指で押している。
ヒトデを向けられた沙奈江は… 顔が引きつり慌てて俺の後ろに隠れた。
「あ、朱莉、 こっち向けないでよ!」
マジ切れ状態で沙奈江は怒っているが、手はカタカタと震えていた。そんな沙奈江を見て朱莉はニタァ~と笑い、
「触ってごらんよ、結構可愛いよ」
そう言って沙奈江に近付けてくる。
「ほんとにやめてッて言ってるでしょ!」
沙奈江はそう言って俺の後ろで隠れているが、その手は俺のTシャツを思いっきり掴んで引っ張っている。
朱莉、本当にやめてくれ… 俺のTシャツが伸びるし首が締まって苦しい…
それから色んなショータイムなどを見学し、時間を見ると5時近くになったので水族館を後にした。
「そう言えばこの先に海水浴場があったよね… ちょっと寄って行かない?」
朱莉の提案で近くにある海水浴場の方へぶらぶらと歩いていく。
丁度海開きも始まったばかりの海水浴場は人もまばらで、殆んど人もいなかった。
「沙奈江、ちょっと海に入ってみない?」
朱莉が言うと
「そうだね、冷たくて気持ちいいかも… 侑汰も行こう」
そう言って二人は砂浜でサンダルを脱いで裸足になっていた。
「俺は遠慮しておく。荷物は見ておいてやるから二人で波打ち際まで行って来いよ」
「じゃ、行ってくるね」
そう言って二人は元気よく波打ち際へ行き、波に合わせて行ったり来たりを繰り返していた。
朱莉はワンピースの裾を膝上で結び、ショートパンツの沙奈江はそのまま海に入っている。二人の白くて綺麗な足に波が打ち寄せ引いていく。
日も少し傾いてきて太陽は二人を橙色に照らす。その様子を浜辺から俺は呆然と眺めていた。
綺麗な夕日を浴びながら波打ち際ではしゃぐ可憐な少女二人… 俺は思わずスマホを取り出しその情景を撮影した。
学校では決して見れないような笑顔を二人は俺にだけ見せてくれる… その笑顔を見るたびに俺の心は彼女たちに引き寄せられていく。
多分俺は二人同時に惚れ込んでいっているんだろう… そう感じていた。
やがて二人は海から上がり俺の元へやってきた。
「冷たくて気持ちよかったよ~」
「侑汰も来ればよかったのに…」
二人は楽しそうにそう言いながらタオルで足を拭きサンダルを履いた。
すると二人は急に真顔になって俺に向かい話しかけてきた。
「侑汰君、今から大事なことを言うね」
「急にどうしたの?」
朱莉が妙に真剣な表情で俺を見つめている。
「侑汰君は私達のこと好きだよね?」
朱莉は何も誤魔化さずストレートに聞いて来た。その真剣な眼差しを見ると俺も本気で答えざるを得ない。
「ああ、今は間違いなく好きだと思ってる…」
「これから私と沙奈江は別行動する。侑汰君とは二人きりで会うことになる。それで侑汰君に選んでほしい。私か沙奈江、どちらを選択するのか…」
いつかはその言葉を聞くことになるのは分かっていたが、まさかこのタイミングで来るとは思いもしなかった。
3人で遊んでて今が一番幸せだと感じていた。何より楽しい… 出来ればもう少しこのままでいたかった。
だけどそれは俺の我儘だ。 それに何時までもこのままでは彼女達に失礼だ… それは分かっている…
でも今の俺にはどちらを選ぶ自身もない。だけど彼女たちが決断したのなら俺も応えざるを得ない。
「……分かった。そうする…」
本当は嫌だがそう答えるしかない… 俺は力ない返事を彼女達に返した。
「でも心配しないで。私と朱莉は争ったり喧嘩したりしないから… 侑汰が決めてくれればそれでいいの」
沙奈江がそんなことを言ってくれた。怜治を奪い合った時とは様子が違うことも直ぐに分かった。
俺の心は彼女達の言うことに真剣に向き合おうとする気持ちと、やり切れないモヤモヤした感情でいっぱいになった。




