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隷奴(レイド)のサクラ

 ◇◇◇


 木々が揺れ、葉の隙間から きらきらした風が流れていく。

 初々しい新緑のグラデーションが心地よい風をたなびかせている。


 帝国の中心から少し外れたところの場所に、小さなお菓子屋さんがある。

 どこまでも続く青い空のもと、背の高い木々が天然のパラソルのようになっている。丸太を輪切りにしたテーブルに、木製のベンチが向かい合わせになっていて、オープンカフェ形式になっている。僕とココはいまそこにいた。


 少し待っていると、フェリンデールさんがやってきた。

 対面に腰かけてくると同時に、ウエイターがフェリンデールさんの元へお茶を差し出した。フェリンデールさんが軽く口につけてティーカップを置くと、テーブルに載った僕達の二つの琥珀色のお茶の水面が小さく揺れた。


「まずは退院おめでとう。早々になるけど状況説明をするわ。何から知りたい?」

「みんなの状況を教えてください。病室から一歩も出れなかったので」


 あのあとは入院搬送されて、みんなと会えずじまいになってしまった。たまたまアルフとは病室が一緒になったけれども、ユーリやフラン、ロイ達とは会っていない。


「そうね。まず、ユーリム、フランチェシカはまだ退院できていないわ。でも、酷い怪我と言うわけではないの。二人とも学園長の直接攻撃を受けたから、様子見の期間が長いだけって感じかしら」


 フェリンデールさんが淡々と話を続けていく。


「そして、私とロイは、幸いにも致命傷を負っていなかった。だから、今回の事件を上に説明したりしていたの」


「処分か何かはありますか? たとえば、アルフとか……」


 フェリンデールさんは、僕の不安を汲みとったのかふわりと笑った。


「アルフレイドさんの処分はありません。直接的な証拠は見つけられませんでしたし、そもそもの元凶はアルフレッド学園長がやったことなので。まあ、アルフレイドさんには厳重注意、と言ったところです」


「そうですか。見舞いに行きたいですが、すぐには会えない状況ですよね?」


「はい。事件の処理が大方終わるまで。本音も混じった建前ですが、一番の重傷だったので入院が長いのも理由の一つですけれども」


 たしかに。僕が魔力ダメージを負わせたうえで、アルフは疲労困憊の状態で学園長と戦っていたんだった。

 自分も無関係ではないわけで、なんとなく心の居心地が悪くなってお茶で喉をうるおす。



 僕とアルフは同じ病室だった。

 外に出られず退屈だったのが背を押すように、いろいろと話しをしていた。


 アルフが言うには、定まった運命の中で、僕だけは運命が決まっていなかったらしい。僕の存在が、イレギュラーだったからだと言っていた。


 例えばの話。今回の事件がひとつの物語として考えたなら、僕の存在はいらないはずだった。メインの登場人物は、義姉がいて、学園長がいて、フェリンデールさんがいて、アルフがいて……、まあ最終章で主要な登場人物はこんなものだろう。ユーリ、フラン、ココも全部含めてその他の登場人物は、運命に影響を与えることができない外野の存在のはずだった。


 しかし、僕の場合は違っていた。帝国に近づくどころか参戦しないはずであり、外野と言う運命ですらなかったのだ。運命が決まっていない存在が乱入してしまい、まったく新しい運命が創られたらしい。

 僕がいたからココが帝国へ向かう運命が創られ、ココが帝国に行ったから僕も帝国に向かう運命が創られた。物語の例え話を引き継ぐなら、新しくなった物語では、メインキャラクターはココで、僕はサブキャラクターと言ったところだろうか。

 メインキャラクターであるココが物語の流れを作って、サブキャラクターの僕は運命が決まっていないからこそ、完全に新しい世界へと切り開くことができたようである。



 また、最後に出てきた黄金の車輪は、どうやら『塩吹き臼』の歴史だったらしい。

 塩吹き臼は、回転させると願ったものが出てくる魔法の道具であり、船の上で塩を出していたら止め方が分からなくて、船が臼と一緒に沈んでしまう日本の民話である。沈んでもずっと塩を吹きだし続けているため、昔から海が塩辛い原因と伝わっている。


 願ったものならなんでもという部分から、学園長は時の逆転を願い、塩吹き臼が、構築済みの 時の逆転の魔法を出してしまう流れだったらしい。

 そういえば、僕の記憶が日本由来なのは、日本の民話として語られる塩吹き臼を媒体にしてココが願ったからかもしれない。



 それと、アルフから謝罪があった。

 当の本人は刑に服したがっていたが、フェリンデールさんの言い分を聞いているとどうやらその必要はなさそうだ。


 アルフレッド学園長もアルフも、自分の居場所のために懸命に生きてきた。ただ、ちょっとだけズレてしまっただけなんだと思う。ずっと我慢していればなんとかなると悪い部分を容認していたことが長引いてしまい、最後は悪役になってしまったようなものだ。

 我慢や容認は、誰にだって起こるズレのきっかけだ。つまり、誰だって悪役になれてしまうものであり、学園長達を一方的にあくだったと考えるのは少し違うかもしれない。


「話を続けていいかしら? どこかうわそらだったみたいだけど」

「すみません、ちょっと思い返していました。いろんなことがあったなあ、と」

「それは同感かもね。私は調査期間もあったし、本当に長かった……」


 フェリンデールさんは感じ入るように目を細め、ティーカップに口を付けた。

 ゆっくりとした静謐せいひつな時間が流れていく。


「ふう。それでは次は全体の事を説明するわ。まずはやってきた人形達の話。かけつけた人形達は私達が責任をもって返す予定でしたが……、人形達は自ら帰ってしまいました。同時にお義姉ねえさまの人形達も消えていたらしいです」


「そうなんだ」


「そして、事件の翌朝に起こった出来事です。朝 起きてみると帝国中の人形達の胸に、チューリップを模した金属細工のブローチが飾られてあったらしいです。実は、私のぬいぐるみ人形にも飾られていました」


 チューリップの花言葉は、名誉、博愛。協力してくれた人形達に対していかにも送られたような花だ。

 消えた義姉の人形達の真相は、帝国内だけではなく協力してくれた全ての人形達へブローチを配っていたからかもしれない。

 参加した人形達の胸に誇らしげに飾られている様子が容易に想像できた。


「これと類似した出来事は以前に起こったことがあります。それは、帝国が創立して間もない頃、帝国が包囲されて お義姉ねえさまが百万人部隊で戦った翌朝と同じ現象です」


「つまり、再び人形達が人知れずに帝国を護ったと……」


「そのように多くの人が信じているようです。お守りとして人形が また流行はやりそうですね」


 これからは もっと人形作りを頑張らないといけないようだ。

 フェリンデールさんが話題を戻す。


「次は学園長についての説明をしましょう。ドラゴンの村の事件など 今回の事件で起こったことを学園長は隠すつもりが無かったようです。まあ、過去に戻れば証拠も何も隠す必要はないですからね。逆に言えば、隠されていなかったために全部の罪が学園長に集中している状態が浮きぼりになりました。これがアルフレイドさんへ罪が問われなかった理由のひとつです。まあ、規模が大きすぎて、ぜんぶ学園長の責任ってことで」


 フェリンデ-ルさんがちょっぴりふざけながら言った。


「あの、俺に対しての処罰は何かありますか?」


 あの時、ナイフを持っていた手が小刻みに震えた。

 フェリンデールさんは不思議そうに小首をかしげた。


「いいえ、特にないですが」

「なにも? 学園長にとどめを刺したのは……」


 フェリンデールさんがくすくすと笑った。


「殺したのではなくて、魔法を解呪しただけでしょ。学園長という名前の魔法をね。そもそも、身体は魔法で形成されていたから、心臓を刺されても平気でしゃべっていたらしいじゃない。そんなの人間じゃないわよ。だから、魔法を解呪しても全然ぜんぜん 罪になりません」


 フェリンデールさんがそう言ってから少しだけ考えるそぶりをした。


「処罰と言うよりも処遇ですが、あえて言うなら、寮が使えなくなった事かしら。利用者全員に言えることだけれども」


 以前に街灯や建物が上空から見ると魔法陣になっているとアルフが言っていた。ここに来る間に、街灯の工事をしているのを見かけていた。寮の使用禁止もその一環なのだろう。


「分かりました。では、壁を染めた能力の話は?」


 あの時の能力。魔法陣をラクガキと認識し、壁を染め尽くして魔法陣を消すことができた。


「さあ、なんのことかしら?」


 悪戯いたずらする子供を連想させる笑顔でとぼけてきた。


「能力のこと。良いのですか?」


「あの時は土埃つちぼこりが舞っていて、あなたが使った姿は見られていない。それに、もう使えなくなったんでしょ?」


 随分ずいぶんな言い草に、僕は苦笑した。

 咄嗟とっさに生み出した新しい能力。何度か試してみたけれども、もうできなくなってしまった。さすがにあのレベルの能力は緊急事態限定らしい。


 フェリンデールさんが優しく微笑んだ。


「使えないなら確認しようもない。目撃者もいない。そんな事を話しても仕方ありません」


「そうですか。それなら良いのですが……」


 僕としては何も無かったかのように終わった方が楽だ。でも、使えないにしても、強力な能力には変わりないはず。帝国の中枢で僕に配慮して能力を無かったことにした人がいるのかもしれない。事情を知っている人から見れば落とし所としてはとても良い感じだ。


 でも、僕の知り合いに帝国に意見を言えるような人物がいるのだろうか。フェリンデールさん以外には、あと一人しかいないけれども。



 フェリンデールさんがお菓子に手を伸ばす。


「あっ、これ、おいしい」


「それ俺が作ったやつ。フロランタンってお菓子だよ」


「お店のお菓子じゃないの?」


 この店は変わったシステムの店だ。なんと 店長がお菓子を作らなくてもお菓子屋さんと名乗っているすさまじい経営手腕のお店なのだ。

 手作りのお菓子を店に提供すると、ポイントがたまる。提供されているお菓子は、お金か、ポイントで買うことができるシステムだ。あまりポイントを使っていなかったから、けっこう溜まっている。ココがいるから、前よりも使うようになるかもしれない。


 店にはキッチンと材料が置いてある。フェリンデールさんが待ち合わせをしようと言ったので、以前にココとした約束もかねてここにしたのだ。


「なるほど、お金でも買えるのか。まだ、残りはあるかしら? ロイ達に持っていきたいの」


「さっき商品として出したばかりだから、残っていると思うよ。あと買ってくれるとこっちにもポイントが入って嬉しい」


 ちなみに今のお代はポイントで既に支払っている。以前から何度かお菓子を差し入れていたので、感覚的にはタダみたいなものだ。


「よし、全部 買うことにしよっと」


 さすが、お嬢さまは買い方の規模が違った。


「もしかして、買えと言ってるように聞こえましたか? 別にそこまで気にしなくても」


「素直に気に入ったから贅沢して買っちゃうの。それに、あなたのやったことは、本当はすごいことなのよ。これくらいで恩を返そうなんて思っていないから」


 こうしてお菓子の話題から、学園の状況などを中心とした談話をしていった。


 あらかた話し終えた頃、フェリンデールさんは、からになったティーカップをテーブルの上に置いた。

 ほがらかな顔で笑いかける。


「お菓子をごちそうさま。それでは、ごきげんよう」


 フェリンデールさんが去っていった。



 鮮やかな新緑の葉が太陽の光を透かして、きらきらと揺れる。小鳥の鳴き声が爽やかな風に乗って運ばれてきた。


「……やっと全部、終わったんだな」


 青空を見上げてしみじみとしていると、ココがもそもそと動き出した。

 二人で座っているベンチ。ココがちょっとずつ身体を寄せていって、ここぞとばかりに、ぱふっと抱きついてきた。

 フェリンデールさんがいた時は黙って隣にいたけれども、去った途端にこれだ。


「はふぅ……。うん、しっくり…………」


 隣で座っているよりも、こうして くっついている方が落ち付くみたいだ。人見知りなところがあるから、ずっとべたべたを我慢していたのかもしれない。


 あれからココのベタベタ病が加速中だ。同じ病室のアルフに、見てるこっちが照れるから止めろ、とか言われるほどだった。


「ココ。前にアルフにも言われたし、外は人目があるからもう少しなんとかならないか?」

「だって、死んじゃいますよ。病気ですよ」


 わざとらしく誇張して、照れながら言われた。


 ココの病気は以前よりも良くなったが、やはり離れると調子が悪くなる。義姉の実家に帰ったあと、別行動をして帝国に向かっていた時期が懐かしい。

 もしかしてこの形は、二人が離れられないように最適化された状態なのかもしれない。


 僕はココの肩に手をまわして身体を寄せ合わせた。吐息の温度が感じられる距離で愛しく見つめ合う。



『公衆の面前ですので、忠告した方が良いでしょうか?』

『別に、ドウだってイイんじゃナイ? こーゆーのって、恥ずかしがるのを含メテ楽シサもアルだろうシ』


 後ろで人形達がこそこそとおしゃべりしているのが聞こえてしまった。

 僕は思わず苦笑してしまう。ココは はにかむように笑った。

 しとやかな花が咲いたような可憐な笑顔。サクラの花のように、奥ゆかしさを感じられる美しい頬笑みだった。


 ココの顔を見るたびに、以前よりも素直に綺麗だなと思えるようになってきた。

 引き取る前、奴隷生活をしていたココは自分を抑えていた。でも、いま見せている表情は抑圧から自由になれた本当の笑顔なのかもしれない。


 僕がずっと守ろうとしていた笑顔。僕が未来に求めていた光景は、たくさんの表情をするココから幸せを感じられる光景なのかもしれない。


卒爾そつじながら確認するの。委曲いきょくを尽くした説明会は終わったよの』

『おはなし おわったのに、かえらないの?』


 どうやら人形達は気付いていたようだ。

 ここに来たのはフェリンデールさんとの待ち合わせ以外にも、もうひとつ違った用件がある。だから、フェリンデールさんが去っても、ここでゆっくりしていた。


 さて、どう説明しようか。ちょっとだけ考える。


「それじゃあ、クイズ形式にしてみようか」


 ココが座りなおした。重ねた手を離さずに、じっと目を見つめてくる。くっついたままだけれども、真剣なモードらしい。

 人形達もぴょこんとテーブルやベンチの上に乗って、クイズに参加する。


「まずヒント1。海外だとわりと有名なオチというか、設定だね。ラスボスに多いけど 倒したと思ったらクローンだったとか、ニセモノだったってやつ。いや、クローンって言っても分からないか」


 ココが頭の上にハテナマークを浮かべている。その仕草がとても可愛い。


「こっちは分かるはず。ヒント2。人形師はね、本体が狙われると全滅するから前線に出て戦わないんだよ。戦場と関わらないように意識して戦うのが基本戦術」


 唇を固く結んで、むぅぅ、と考えている。どうしても分からなくて、上目遣いでじぃっと見つめてきた。


「最後にヒント3。これは大ヒントだよ。事前に死ぬって分かっていたならそれなりの準備をしておくだろ。人形師は、人の形を作るのが得意。それなら、どんなことをしでかすかな?」


「えっ……。待っているのは――」


 背中の方から靴音が近づいてきた。

 ココが言い切る前に、僕の背後からやってきた本人によって種明かしをされる。


「つまり、やられたのはソックリの人形の身体だったということ。人形師は戦場には関わらないようにしたい。だから、あの身体は学園長の気を引くためのニセモノ。偽物ニセモノを戦わせるから、死んでしまう運命から上手に逃げられたってことだよね」


 ふり向いた先には、にこにこと笑ってる義姉がいた。

 さっきに思っていた、フェリンデールさん以外に 帝国の中枢へ意見を言えるような人物。想像していた本人が現れた。


 どうしてか、ココが目を丸くした。


「どうした? 心が通じ合っているとか言っていたから、てっきり知っていたと思ったけど」


「あの。強い心だと、だから……。死んだと思った時、それから心が入ってこなくて、え~と……」


 混乱しているココに義姉が笑いながら説明する。


「あのね。偽物が壊れた時、もう私に出来ることはこれで無いかと割り切っていたの。駆けつけても間に合わない場所にいたしね。なるようになるって気楽に待っていたから、たしかに強い感情は入ってこなかったかもね」


 僕は義姉の生存を学園長と戦っている途中で気がつけた。

 偽物の義姉が最期さいごに僕に伝えたかった言葉は『大丈夫、行きなさい』だったのだ。

 そして、義姉が死んだとしたら学園長と同じように消えていく存在のはず。しかし、残っていたのは、オイルに濡れた機械人形の残骸だけだった。

 塩吹き臼の件で残骸も吹き飛ばされてあやふやになってしまったが、たしかにあの場には人間の物ではない残骸があったのだ。


 義姉が僕の方へ嬉しそうな顔を向けてきた。


「それで、重大発表があります!」


「うん、なにがある?」


「当分の間、学園の理事長を任されることになりましたっ!」


「おお、それは凄い。当分ということは、住む場所とかはどうするの?」


「なんと! 実はねっ、新築を一軒もらっちゃいました!」


「えっ、はぁぁ――!?」


 ものすっごいものを貰ってきて、思わず叫んでしまった。

 帝国の地価とか家の相場は分からないけど、例えば日本だって新築の家は一件で何千万もするレベルだ。


 義姉は、今回の事件を収めた功績と、フェリンデールさんの報酬も込みでの結果だと言葉を足してきた。

 場所を聞いてみると、露天市と帝国学園の両方とも近い距離。しかも、庭付きらしい。むしろ怖すぎて値段を調べたくなくなるほど、目が回りそうな良物件だった。


「学生寮は閉められているでしょ。みんなで新しいおうちに住もうよっ! ほらっ、荷物整理を手伝って」


 義姉が弾むような声で誘ってくる。まるで新しい時代を、これから広がっていく世界を楽しみにしている声だった。

 ココも興味津々のようで、じぃぃっと僕を見つめてくる。「早く行ってみたい」と目を輝かせている。言葉にしなくても隠しきれない感情を手に取るように分かってしまった。


 穏やかな風が僕達の間を流れていった。

 義姉の艶やかな黒い髪と、ココの陽光に濡れた白い髪がやわらかな風に一緒に揺れている。

 二人ともまだ見ぬ新しい世界への喜びに輝いている。


「行かないの? ほらっ、はやくはやくっ!」


 義姉が返事を急かしてくる。今日は、予定と呼べるようなものは無いが、どうしようか。

 とりあえず早めに学園に顔を出してどんな状況になっているかを確認したいところ。同じく寮生活だった学生の処遇も気になるし、寮に置いてきた荷物はどうなっているのだろうか。本当は学園に行ってから今日の予定を考えるつもりだった。


「……いかないの?」


 ココが不安に沈んでいる瞳で、じっと見つめてきた。義姉もそわそわして僕の返事を待っている。


 どうやら僕はこの二人の押しには弱いらしい。


「よしっ、行こうか」


 二人の顔がいきいきと輝いた。


「人形を借りていい? ちょっと荷物が多いから」


「いいよ。ナズナ、ポプラ、スミレ、サクラ、ついていってあげて」


 僕は操作魔法の糸を義姉に手渡した。

 四体の人形がトコトコと義姉についていく。

 義姉は、はやく、と急かすように小走りして先にいってしまいそうになる。その 子供っぽい仕草に、僕とココは二人で顔を見合わせて小さく笑い合った。


 さて、新しい生活を始めよう。

 僕は勢いよく立ちあがる。


「よ~しっ! 三人で新居生活! 引っ越しあるし、人形師の修行もあるし、来月からまた課外実習もある! やることがいっぱいだ!」


 二人がわくわくしているのを見て、僕もわくわくしてきた。


「何か他かにやらないといけないことある、ココ? この際だから全部片付けないとなっ! 課外実習前とか何か言っといて忘れた事とかあったっけ?」


 思いついたようにココが声をあげた。


「お花見、するって言ってたよ」


「ああ、そっか……。課外実習とかでドタバタしてたら……」


 周りを見渡してみる。どう見ても、目に鮮やかな新緑が街をいろどっている。完全に桜は散っている状態だ。


「困った。花見しようとか言ってたのに、できないし」


 せっかく勢いよく言ったのに、いきなり撃沈してしまった。

 すると、ココが僕の前に行ってぎゅぅっと抱きついてきた。


「サクラは、ここにあるよ……。誰にも見えない、秘密のサクラが。とっても優しい色で、ずっとずっと見ていたい色が……」


 心の色が分かる能力のことだろう。

 ココがほんのりと赤みの差した表情で、心の底から安心しきっているように甘い吐息をはいている。

 そんなココを見ていると、だんだんと僕も顔が熱くなってきた。人目のあるところだし、急に恥ずかしくなってきた。


「歩きづらい。ココ、邪魔だ」


「本当に、思ってる?」


「…………」


「ずっと大好きな色。心が見えてるから……」


 色で、ですけれども。と、控えめにココが付け足した。


「……奴隷だったから、顔色をうかがっていた。そんな能力だと思ってた……。でも、この能力はもしかしたら、違った使い方のための能力かもしれない」


 くりくりとした瞳でじっと僕の瞳の奥を見つめてくる。


「きっと、これは大好きな人が言いたいことを分かるための能力なのかも……。意地っ張りをしてたとしても、誰よりも早く気がついて、一緒に考えて、一緒に悩んで、ずっとずっと一緒に過ごせるように頑張るための能力かもしれない」


 僕は今回の事件だって何度も意地を張って戦ってきた。そんな無理をしている僕を見通してしまうのが、ココの能力らしい。


「心を見るのって、怖くないか?」


 僕はおそるおそるココに問いた。


「ぜんぶ大好きだから平気。嘘のない心だから、ぜんぶ信じられて、ぜんぶを捧げられる。なにを求められてもぜんぶが大好きだから、ずっと頑張れる」


 ココはきっぱりと言い切った。

 僕の頬が かっと熱くなった。言い切ったココも顔を赤く染めている。言った後に恥ずかしくなったみたいだ。

 お互いに沈黙の時間を染め合う。

 愛おしさと同時に、こんなにも愛されているのかと こそばゆい気持ちになってきた。

 だから僕は――。


「ココ、うざったい」

「えへへ」


 なんで笑うんだよ。なにを求められても って、さっき言っていたじゃないか。もっと ぎゅっとしてきやがった。

 どうやら 僕の意地っぱりな照れも含めて、ありのままを愛してくれているようだ。


「あっ、あの……。いっこだけ、お願いが……」


「どうした?」


 ココは意を決したように。そして、はにかみながら言った。


「名前を、教えて」


 それはこの世界において最も重要な声だった。運命に認められた物語の住人のうちの一人となるために、一番大切なこと。僕の物語が始まるための最初の言葉キーワードだった。

 息を呑んで一拍おいてから、僕は言う。


「……俺の名前は レイドだ。これから よろしくな、ココ」


 少し前から僕はココと関係がある名前を考えていた。ココは奴隷ドレイで、漢字を反対にすると、隷奴レイドになる。

 磁石は反対の極がずっと引き合っているように、僕とココもずっと引き合っていられればいいなと、そんなささやかな想いが込められている。


 ずっと一緒だったのに『これから』と言うのはおかしいが、たしかにこれからなのだから仕方がない。ちょっとだけ、くすぐったい気持ちになってきた。


「うんっ!」


 ココが今日の中で、最高の笑顔を浮かべた。


 生まれた時から一緒になる運命だった物語。

 一度は離れてしまったけれども、ずっとお互いに想い合っていて、最後は まるでお互いに引き合う磁石のように僕達はくっつくことができた。

 そして、今、目の前には新しい世界が広がっている。


 新しい季節の風が吹き抜けていく。キラキラした陽光の祝福のもとで、二人で手を繋いで一緒に歩いていく。

 お互いに違う歩幅と歩調を合わせて、これから先の未来へ一緒に歩いていく。


 ココがくいくいとそでを引っ張ってきた。何か言いたいことがあるらしい。


「今度は離れないで。心も、ずっと一緒にいたいから……」

「ああ、約束だよ。ずっと一緒にいような」


 僕の返事を聞いた途端、ココが僕の腕に抱きつくようにきゅっと組んできた。嬉しそうに ふにゃふにゃした表情で頭をすりよせてくる。まるで僕をもう離さないと言っているかのように見えた。


 握っている手に軽く力を込めると、ココは握り返してきた。空いている手で優しくぽんぽんと撫でると、鼻を小さく鳴らしてもっと甘えてくる。


(大丈夫だよ。もう離れられないから)


 小さく呟いた心の声を澄みわたる青空へ架ける。

 だって、君と一緒なら、どこだって幸せに生きていけるから――。






 ――END――




2014/11/20 次話は「あとがき」です。


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