覚醒の絆
学園長の身体が無くなり、貫いていたナイフがすとんと地面を刺した。
「終わった、か……」
心の中にぽっかりと大きな穴が空いたような気持ちになった。ようやくこの事件の犯人である学園長を倒すことができた。
「呆けんなっ! まだ終わってねぇよ!」
アルフの大声で我に返った。
すると、世界が軋みはじめた。大容量の歴史情報を引き出された世界線が絶叫をあげる。大規模の境界術が発動しはじめた。
ココが僕の元へ小走りで駆け寄る。
「だいじょうぶ? 怪我はっ?」
「怪我はないけど……いったいどうなっているんだ?」
何が起こってもはぐれないようにココを抱き寄せながら周囲を見渡す。そこらじゅうの壁に張り巡らされている魔法陣が、煌々(こうこう)と光を放ちはじめていた。
アルフ以外にもぽつぽつと立っている人達がいる。境界術が発動した音で、戦場にいた全員が目を覚ましたようだ。
ユーリがふらつきながら鎌を杖のようにして立ち上がる。フランは傍にいた人形に支えられながら立っていた。フェリンデールさんの部下たちは、互いに肩を貸すなどをしている。
階段を駆け降りる音がする。
現れたのは、フェリンデールさんとロイだった。
「みんな、無事かしら!?」
フェリンデールさんの声を聞いた部下の人が呼応する。でも、その声は疲れが垣間見えていた。
壁に張り巡らされた魔法陣を観察していたロイが声をあげる。
「お嬢様、魔法陣が発動しています!」
「え――っ」
フェリンデールさんが返事を言う前に、全ての音が、時間が止まったように消えていった。
いや、消えたのではない。発した言葉に含まれている言霊にこもった魔力すらも、『何か』によって吸引されていったのだ。
嵐の前の静けさが、刹那に流れる。
直後、膨大な魔力が疾風のように地下室を駆け抜けた。
魔力の煌めきが弾け暴れ、轟音を叫んだ。体内臓器を激しく揺れ乱してくる。獰猛に浴びせられた魔力波動に被爆し 思わず 咽こんでしまった。
暴れまわる魔力波動の突風にあおられながら、発生源へ目を凝らす。その中心には、大きな二枚の車輪が重なった黄金色の物体があった。
黄金車輪の大きさは、厚さは1mほど、直径は2mはあるかもしれない。滔々(とうとう)と魔力を漏らし、蒸気機関車の車輪を巨大にしたようなものが鎮座していた。
「……あれが、原因か」
おそらく学園長が呼び寄せたもの。時の逆転の鍵となる『何か』を召喚してしまったようだ。
フェリンデールさんはこの光景に戦慄して立ちすくんでいる。ロイは怪我をした部下の人達を避難させようとしているが、時おり黄金の車輪を見つめて険しい顔になる。二人の顔に絶望の文字が共通で浮かんでいるように見えた。
部下の人達も今の状況が緊急的であることを、受けた魔力波動によって肌で理解していた。この場にいる全員の心がざわめいている。
脳裏にタイムアップという文字がよぎる。
「まだ完全に発動していない! 壁の魔法陣を崩しちまえばなんとなるはずだッ!」
大混乱をアルフの声が一喝した。
フェリンデールさんが、我にかえる。
「そっ、そう! ロイ、まだ戦える人達を全員集めて!」
「はっ! 既に準備しております。けが人は運び終わり、ただいま活動できる者の確認をしています!」
フェリンデールさん達が動き出す。
すると、第二波が飛んできた。猛烈な魔力の波動が台風のように吹き荒れる。そして今度は、魔力で編まれた黄金のオーロラが降り注いできた。
上下に重なった車輪が動き出していた。上の車輪と下の車輪はそれぞれ逆回転をしている。上下の車輪が逆方向の力で擦れあうエネルギーが衝撃波と化し、また上下の車輪で圧縮された魔力がオーロラのように編まれていったようだ。オーロラから溢れ出るエネルギーの切れ端が、弾け踊る稲妻となって無慈悲に降り散らかす。
突風と稲妻によって粉塵が高く舞い続ける。誰の姿も見えなくなってしまった。
「ココ、しっかり掴んで! はぐれるなよ!」
「うん……っ!」
あんなに危険な黄金車輪に向かうなど自殺行為に等しい。アルフの言った通り、はやく壁の魔法陣を解呪しなければならないようだ。
そう言えば、学園長は戦う前に魔法陣自体は発動していると言っていた。そして、何もせずにただ待っていろ、と。どうやらこの事態のことを言っていたらしい。
ふと、鼓膜の内側が膨らんだような違和感を覚えた。
「こちら、フェリンデールです! みんな、壁を攻撃して魔法陣を傷つけて下さい! 壁は耐魔法補強版でできているから、全力で頑張って!」
鼓膜の違和感は、フェリンデールさんの幻術魔法のようだ。
フェリンデールさんがロイに調べさせたという魔法陣の説明をしていく。ロイの見解によると、この魔法陣は精密に作られており、少しでも傷つけると大幅に魔力供給をカットできる可能性があるらしい。
そして魔法陣は発動しているがまだ完全には発動しきっていないらしい。つまり、今の段階で魔力供給をカットしてしまえば、黄金の車輪の魔法は維持できなくなり、発動できなくなるとのことだ。
「ココ、壁に行こう!」
「うん」
ココを引きつれて壁のあるはずの方行へ小走りしていく。粉塵が舞っていて、全く先が見えない。方向感覚がマヒしているみたいだ。
「まずい……。迷ってないよな……」
僕の呟きに、ココが一瞬だけ何かを言いかけた。
「どうした、ココ?」
「……こっちっ!」
ココが粉塵の中を指差した。
「分かった、信じてるよ」
「……うん」
ちょっと自信なさげに言われた。でも、確証はあるようでチラチラと指差した方行を見ている。
僕はココを信じて行く。そこにはちゃんと壁があった。
「やった! よく分かったな、ココ!」
「たぶん……心がどこにあるか、分かったかもしれないから」
「どういうこと?」
戸惑ったように少しだけココが言いよどむ。
「能力かも。心が、色になって見えるみたい……。時々見えていたのが、今、はっきり見えて分かってきた……」
ふと義姉がココの治療をした時のことを思い出した。先天性非才症は、常在的に魔法を使ってしまうから魔力が枯渇している。逆に言えば、ココはずっと何かの魔法を使っていたのかもしれない。
奴隷は主人の顔色をうかがっているようなイメージがある。色という言葉の意味では、たしかに一致しているような気がしてきた。
「いろんな色が、四角になるように集まってる。たぶん、みんな壁に向かっているから、その四角に向かっていけば壁になる……と思った……」
「おかげで壁までたどり着けた。ありがとうな、ココ」
僕はココをぽんぽんと撫でる。嬉しそうに手を受け入れたあと、どうしてかちょっぴり不満そうな顔つきになった。
「……ぎゅぅ、ってしてもいいのに」
「時間がないから無理だって」
「むぅ……」
うなられても困る。一瞬、抱擁するのも考えたけれど、際限が無くなりそうだとか、誰からも見えないから止めるタイミングが無いなとか、全部を加味した結論だ。
ココは代わりに、はぐれないように、きゅっと背中から手をまわして抱きついてきた。
胴に回してきた両手に、僕は手を重ねながら壁を見上げた。
「さて、壁はどうするか……」
耐魔法補強版には、魔法陣が掘られている。耐魔法補強版はかなりの強度を誇っており、武器を使って傷つけるのも難しい。また名前のとおりに魔法に強く、マナを分散させてしまう性質をもっている。
「よく考えろ……。何度も歴史が繰り返されているということは、誰も傷つけられなかったってことだろ。傷つけられないことも、運命のうちなのか……?」
攻撃で簡単に壁を削ることができたなら、時の逆転の運命は起こるはずはないと思う。何度も繰り返した運命の中で、ひとりくらいは攻撃してみようとする輩はいそうな気がする。それに、あれだけ学園長の攻撃にさらされながら傷ひとつない壁。どうやら、普通に攻撃しても傷つけられないのかもしれない。
「だったなら……。この魔法を壊すのは、僕にしかできないはずなんだ」
おそらく、繰り返される世界に終止符を打てるのは僕しかいない。
たくさんの運命の中で最終戦に駆けつけた登場人物では解けなかったから、この世界は繰り返している。逆に言うなら、本来は存在しないはずの設定である『モノ』からのアプローチとなると話は変わってくるはず。
いわば、この世界を物語として例えるなら、僕はこの世界を解き放てる可能性があるイレギュラーの存在なのだ。
「ココ、この壁をいらない物だと思って。内壁を崩すよ」
「うん」
「よしっ。最適化 発動!」
ココに認識させることによって、耐魔法補強板がいらないものと最適化に認知される。壁に触れ、最適化を使って耐魔法補強板を解呪しようと試みる。
「くぅ――ッッ!」
思考回路に異常電流が走る。脳みそを真っ赤に熱された鉄の棒でかきまぜられたような激痛に、意識が飛びそうになる。激痛が全身の神経を逆走して、体中が引き攣らせる。
手と壁の接触面からバチバチと電撃のような魔力が弾けまわる。指先から神経が焼けていくような絶叫を呑み込む。
「うぅ――っ。ぐぅ――っっ!」
壁がいらないなんて、今までの中で最も規模が大きい対象だ。そもそも、本来の最適化の使い方ではないからなのか、適合性が合わなく壁に魔力が乗りにくい。
頭の中で何かが切れる音がした。視界が真っ赤な血の色に染まってくる。
この耐魔法補強板は訓練場の壁よりも強度があるのではないだろうか。もともと研究室としての用途で使っているのだから、学生が使う魔法など目ではないほどに頑丈になっている。また、魔力の花の地下栽培を隠蔽していたほどなのだから、その精巧さは言うまでもないだろう。
「諦めて……っ、たまるか……っ!」
諦めの気持ちを気合で呑み込む。
僕は運命に逆らおうとする選択肢に決めたんだ。ずっと運命を背負ってきたアルフを解放してやるって決めたんだ。
アルフレッドは何回も生き続けてきて頑張ってきた。アルフレッドの選択を否定するなら、アルフレッドが感じてきた苦痛を乗り越えるくらいしなければ話にならないじゃないか。
「でもっっ……これは、キツい……ッッ!」
体中の血管が切れはじめたのか、口の中から血の生臭い味がしてきた。
全身をかけめぐる激痛。脳が電気ショックを受け続けたせいか、思考する部分が壊れてしまったような 欠損の感覚。フル稼働させすぎてくたびれてしまったかのような虚脱感。
意思はあるのに、意識がぼやけてきた。
「ぐぅ――ッッ! ガ、ああぁァァアアぁァ――ッッ!」
思考が割れる音がした気がした。脳に刻まれていた大切な思い出が吹き飛んだ気がした。
心が燃え尽きてくる。いろんな思い出が湧きでては、消えていく。ゆっくりと蓄積されていった想いが、勢いよく燃えていく。だんだんと思い出が尽きていき、徐々に頭の中が真っ白になってきた。
(――これで終わりか?)
僕は自身の声に問われた。
(――頑張っただろ。これでいいじゃないか)
うるさい。
(――自分のできる範囲で、精一杯頑張った。ベストを尽くしたのだから、何も不満はない)
うるさい。うるさい。
(――止めても、誰もお前のことを責めないよ。思い出してみろよ。ここまで戦っただけでも、充分に健闘じゃないか)
うるさい。うるさい。うるさい。
わだかまる心の渦の中を、僕は否定を叫び続ける。
それでも、心の声には勝つことができない。それは、僕の心の本音が叫んでいるものだから、理性で固めた言葉なんてまったく歯が立たなかった。
(――なにを 虚勢を張っているんだ。もう休めよ)
本音がトンと僕の背中を軽く押すと、ゆっくりと心が崩れてきた。
何も考えられなくなる。体中の力が抜けていく。
かろうじて残っていた感覚器が、目の奥がじくじくと熱くなるのを感じる。喉の奥がひくひくと泣いているように痙攣しはじめた。
ああ、もう駄目だ。僕はなんのために頑張っていたのだろう。朽ちてきた思考回路は、もはやその理由すら忘れてしまった。ただ一生懸命に運命の上を走り続けて、ただ力尽きて、燃え尽きて、倒れてしまう。頑張ったのだからと本心から納得して、このまま倒れてしまう運命なのだと理解してしまった。
(――おやすみなさい)
うん、もう休もう。
もう霞んでほとんど見えなくなっている視覚がとろりと閉じてくる。
(――!!)
でも、腰のあたりから、ぎゅっと締めつけられるような痛い感覚がした。
痛覚的な刺激ではない。かよわい力で大したことはないが、心は締め付けられるような痛みを叫んでいる。
その時、僕は気がついた。わだかまった心の渦の中で、忘れてはいけない痛みをずっと叫び続けているモノがあった。
「休んでも、いい……っ!」
鈴の音を転がしたような、透き通った小さな声。
どんなに思い出が燃え尽きても、どんなに思考回路がくたびれても、忘れなかった大好きな人の声――。
きゅっと抱擁してくれているように、僕の腰に抱きついていた。
「見ていられないから……。苦しく噛みしめている顔は嫌だから……。もう止めてもいいよ……っ!」
声を詰まらせながら、嗚咽が混じった濡れた声で叫んでいる。
「時が戻っても、また会える……。また会いに来てくれるなら、それだけでいい……っ!」
ココが泣きながら叫んでいる。
「大好きだから! だから、もう止めて!」
世界の運命なんかよりも、自分の事よりも、もっと大切な人が泣いている声が聞こえた。
わずかに残っていた考える力。僕の中でほんの小さな何か疼いてくる。
「…………負けて、たまるか……っ!」
涙に濡れたココの想いを燃料に、再び心に火が灯った。
いま残っているボロボロの身体は、執念だけで稼動している状態だ。
それでも僕は、精一杯に嘯いた。
「大好きだから、止めてだと? そんな程度で止まるかよ。好きって言葉が軽いんだよ……。俺の方が百万倍 大好きだッッ!」
意思から生まれたエネルギーが思考回路へ流れ込み、再び稼働をはじめた。全身が激痛を叫びまわるが、全部無視してしまえ。
身体中から力をかき集める。わずかに残っていた渾身の力で僕は再び奮い立つ。
そうだ、僕は大事なことを忘れていた。僕が頑張らないといけないのは、ココと一緒に未来に生きていたいからだった。
僕はふり返ってココを見る。
涙できらきらと澄んだ色になっている瞳が僕を見つめていた。
動かなくなってきた頬の筋肉を引き吊らせるように上げ、ココに小さく笑いかける。
「大丈夫だよ……。僕達の世界を……運命なんかに塗り潰させはしないから……」
虚勢かもしれない。でも、それが虚勢でも僕を奮い立たせて力になれる。
カラ元気でもいい。ココと一緒に未来を掴むためなら、どんな力もエネルギーにしてやり遂げなくちゃいけないんだ。
僕の身体は魔法によってできていて、ココが願った想いが僕を形づくっている。僕の根源にはココの概念があり、だからこそ触れた物を最適化する事ができる。
ここに存在する名無しの存在は僕自身であり、ココの願いを背負っている。最適化の能力は僕の存在の延長であり、そしてココの想いの延長である。
「つまり、僕がココを信じれば……。そして……ココが僕を信じてくれれば、なんだってできるはず……」
ココが僕を想ってくれている。僕はそんなココを愛おしく思って、僕がココへ想いを返す。そしてココが僕に想いを返してくれて、そして返されたものをココに返してとやっていけばお互いがずっと幸せになっていく。お互いにずっと返し合って想いが募っていけば、無限に意思の力が重なり合っていくはず。
ココが信じてくれるなら、僕はこの世界は何色でも塗り替えることができるはず――。
「ココ。この部屋の、運命が描いたラクガキを塗りつぶそう……。何色の壁紙が好きかな?」
くたびれて掠れてきた声でココへ問う。
「サクラ色」
ココが即答した。
「そういえば……外の桜は散っていたな……。分かった、俺が桜を見せてやるよ……」
「ちがうっ!」
ココが恥ずかしげに否定を叫んだ。
背中から 僕の前にやってきて、お互いに向き合う形になった。言いにくそうに口を小さくぱくぱくとさせて、もじもじとしはじめた。
決心がついたのか、それとも勢いにまかせてなのか、恥ずかしさを隠すかのように 僕の胸へ顔をうずめてきた。
「心と、おんなじ色だから……」
きゅぅっと抱きつきながら、うるんだ瞳が見上げてくる。
「いつも側にあったんだよ。優しい色で、綺麗な色で、ぽかぽかする気持ちになれる色が。ここに……」
僕の心臓のあたりに、愛おしそうにすりすりと頭をこすりつける。
「この色とおんなじ色が好き。この色がいい……!」
頬を染めて必死に言うココに、思わず綻んでしまった。
「ああ、任せてくれ……」
大丈夫だ。ココの願いを受け止めた今の僕なら、必ずできるはず。
能力は自身の延長である。きっかけはココの願いとして生まれたことではあるが、やはり自身の延長ならばそれは僕の願いでもあるのだ。
かろうじて動かせる力が残っていた肺をゆっくり動かして深呼吸する。
僕自身が意思を持ち、ココの願いを自らの願いへと昇華させたまったく新しい能力へ――。
強い自分へと生まれ変わるのだ!
「僕は――最適化の能力を、最適化する……!」
最適化の概念を最適化し、次のステップへレベルアップさせる。さらなる高みへと進化させよう。
さあ、世界の運命に逆らってやれ!
「――レベル セカンド。理想現像化……!」
サクラ色の輝きが辺り一面に降り散らかされた。
ココが望んだ満開の桜を此処に咲かせる。世界のすべてをココが愛した色に塗り尽くしていく。
世界で最も愛しい彼女のために、満開のサクラ色を部屋中に咲かせた。




