万戦の歴史
静寂は人形軍団のざわめきによって掻き乱された。
学園長は面倒なのが来たと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「なるほど。ついに来たか」
学園長は手に持っていた蛍丸を破棄した。蛍丸が光の粒になって空気に溶けていく。武器を破棄して対話する姿勢を見せたようだ。
ふと学園長の行動に何か引っかかった。そういえば僕達と戦う前も会話はしたが、あれは話し合いと呼べるようなものではなく一方的な内容だった。しかし、武器まで解除するその姿は平等を望んでいるようにも見える。どうして義姉とは対話をしようとしているのだろうか。
「あっ――。そういうことか」
僕は思わずつぶやいた。なにせ学園長の行動が僕に重なったからだ。
僕は転生のような記憶をもっていて、同じく転生した立場の人間はいなかった。つまり同じ立場で考えられる人間がいなくて、誰にも同じ目線での会話をする機会が無かった。
そして、学園長の場合は何度も繰り返す世界で生きてきた存在で、義姉も同じく何度も繰り返す世界で生きてきた存在なのだ。つまり、義姉は学園長と対等な目線で物事を考えることができるということである。
対等といえばアルフも思い浮かぶが、あくまで学園長にとってみれば未熟な過去という存在であり、お互いに対等な目線ではない。学園長が対等な目線で会話する事ができ、唯一に耳を傾けられる存在は義姉しかいないのだ。
学園長が義姉に問いかける。
「アルフレイドから言われなかったのか? おまえは来る必要はないと」
「返事を言う前に帰ったでしょ。だから、この場で言ってあげる。過去に戻るということは、未来を捨てること。未来を捨てるという意味では、まるで自殺と同じみたいじゃない。そんなの選択、私はするわけがないから」
「自殺だと……?」
学園長は気に障ったのか、胡乱げに眉をひそめた。
「オレは何度も繰り返すことによって新たな未来を掴もうとしているんだ。おまえだって、何度も繰り返して新しい自分の世界を作ってきたのだろう」
「たしかに、たくさんの私はこの世界を充分に楽しませてもらった。その中で、たくさんの人間達を見ていった」
義姉が言い続ける。
「人形師だからね、たくさんの人形劇を公演していった。その中で人気だった物語は何だったと思う? 色んな町の どの人達も、誰かが頑張っている姿がある物語が一番人気だったの。最も楽しく、哀しく、美しく心を打つものは 懸命に生きている姿なんだってこと。私は何度も生き続けてきたけれども、やっぱり頑張っている姿はとても尊いものだということが確信できた。だから、私は誰かが頑張る姿を否定しない。それは、あなたが故郷のために頑張ることも同じくね」
「…………」
「でも、頑張っているなら何をしても良いと言うの? あなたの純粋な思いは 確かに高潔なものかもしれない。でも、アルフレッドという存在はずっと帝国に潜んで世界の時間を操ってきた。自分が気にくわない世界なら全部消してしまえと、ワガママを実行し続けてきた。自分にとっていらないから世界を変えてしまうなんて、あなたはおとぎ話に出てくる悪役そのもの。自分勝手な世界へと時間を通して支配してしまおうとするその行為は、どう正当化しようがあなたの存在は、悪の魔王の他ならない!」
義姉が言い放った言葉に、学園長が答える。
「時間が戻った事は誰からも認知されない。つまり、誰も悲しまない。ならば好き勝手していいじゃないか?」
「誰も悲しまなくても、そんなこと私は認めたくない! 私はこの世界を愛している。だから、勝手にこの世界を見限ってほしくない! 未来のこの子達の成長を待っている、私を含めた大人達の願いを、共に未来を描こうと集まってきた人形達の願いを、私は全てを代表して全力であなたを否定する!」
学園長が顔をしかめて、小さくため息を吐いた。
「ったく。何度話し合っても、結果は変わらない運命か」
学園長の周りに魔力がほとばしる。言葉で語らずとも、決裂を言い渡してきた。
義姉は両手を構えてギュッと手を握る。たったそれだけの動作でこの場にいる全ての人形達とラインが繋がった。
「わたしは、この子たちの未来を失わせはしない!」
「ハッ。なんと言われようが結構だ。オレは、オレの未来のために運命と戦い続ける――ッッ!」
◇◇◇
「騎乗兵部隊、突撃!」
義姉の号令によって、人形部隊が戦場を駆けていく。
ファンシーな色のドラゴンのぬいぐるみに乗った人形達が兵士の如く吶喊する。
人形達が手にしているのはフォークやナイフだった。家庭でも気軽に見かけるものではあるが、大量の人形達が振り上げて迫りくる光景は圧巻に違いないだろう。
対する学園長は言語詠唱をする。
「開け異界の扉。和國が綾取る来歴の軌跡を示せ――!」
続けて学園長は、両手の指を弾いて日本刀を召喚する。
「再臨せよ万物を両断せし想念。――鉋切 長光! 続けて来たれ、姿無しの追躡。――祢々切丸!」
学園長は、ナイフなどの武器に対して有効な鉋切と、自動で動く祢々切丸の二段構えで、義姉が操る人形部隊と対峙する。
「シフォン、攪乱飛行!」
人形達の群れの中から、ひときわに威風を感じさせる人形が飛び出てきた。青を基調とした軍服で、赤いラインと金色のボタンがきらびやかな人形だった。
シフォンと呼ばれた軍服の人形が翼竜のぬいぐるみに飛び乗った。翼竜のぬいぐるみには手綱がついており、明らかにこの二体は他の人形やぬいぐるみ達とは毛色が違っていた。それは義姉が家から連れてきた戦いのための人形とぬいぐるみのようだ。
シフォンがサーベルを振りかざすと翼竜が飛び立った。他の鳥や天馬のぬいぐるみ達も飛び立っていく。そのぬいぐるみ達は、口にきらりとした細い光を咥えていた。遠目だが、あれは糸のようだ。
シフォンを中心としたぬいぐるみ達が学園長の周りを大きく旋回していく。からまる糸で学園長の行動を妨害しながら、シフォンがサーベルで切りかかる。
「くっ!」
空を切る刃の音を学園長は回避する。続けて来るナイフを咥えた鳥のぬいぐるみや、天馬のぬいぐるみの体当たりも次々と避けていく。
学園長の注意が上空からの妨害に向いている。しかし、糸の妨害は上空だけではなく地上からもあった。口に糸を咥えた三匹の猫のぬいぐるみ達が、学園長に気付かれないようくるりと一周する。三匹が一斉に糸をくっと引っ張ると、学園長は足を取られかけた。
学園長は鉋切を振り、猫の糸を切断する。
その隙を狙って、騎兵部隊が一斉突撃する。祢々切丸が騎兵に襲いかかるが、全ての人形体を振り払うことはできない。
構えたナイフを剣の如く、フォークを槍の如く、何体もの騎兵が学園長へ襲いかかる。
「このッ! はぁ――ッ!」
鉋切を振りまわし、騎乗兵の武器を両断していく。
しかし、小さな身体の小回りが利く攻撃を全ては避けられない。飛びかかった人形に学園長は体を反らすが、ナイフが頬を掠めた。一筋の真っ赤な血飛沫が舞う。この連戦において、初めて学園長を傷つけた瞬間であった。
このままでは埒が明かないと、学園長は人形達の群れへ自ら突撃していった。
しょせんは人形やぬいぐるみの攻撃であり、個体ずつのダメージは大したことが無い。学園長は圧倒する数の恐怖に惑わされず、冷静にリスクを天秤にかけた上で、大胆にも司令塔である義姉へ向かっていったのだ。
義姉は学園長を迎え撃とうと、人形へ指示を出す。
「ティラミス、出番だよ!」
ティラミスと呼ばれた重装鎧を着こんだ人形が、学園長を迎え撃とうと出てきた。刃渡りが二メートルはあろう両手剣を持ち引きずるように駆けていき、学園長へ重たげに振り上げた。
学園長は大きく引いて大剣を避けて間合いを取る。
「シフォン、追撃して!」
続けて、翼竜のぬいぐるみに乗ったシフォンが上空から切り裂きにかかる。さらに地上からは大剣を持ったティラミスが学園長を追撃しようと大剣を構える。
人形達の隙のない連鎖攻撃に、学園長も防御に回らざるをえなかった。
義姉は攻撃の手を緩めずに 他の人形達に連携攻撃の指示を出していく。前後左右、上空も含めた縦横無尽な方向からの連撃を烈火ごとく仕掛けていく。
「この程度くらい……、はァッッ!」
しかし、学園長は全ての攻撃を日本刀で防ぎきっていた。遠くから眺めている僕達ですら この乱戦ではどの人形が攻撃を仕掛けてくるのか把握しきれない。にもかかわらず、渦中にいる学園長は全ての攻撃を把握しきっているようだ。
「――ッッ! 全て、吹き飛ばしてやる!」
勝利を焦ったのか、学園長は大きく跳び引いて距離をあけた。学園長が軽く手を握ると手袋に魔力が通電し、真っ白な手袋の甲に紋章が浮かんだ。背筋がぞっと冷えるほどの猛烈な魔力を滾らせる。学園長が勝負に出た。
「光臨せよ、凶暴の竜魂――」
「好きにはさせない! 放ちなさい、ラスク!」
魔力波動から脅威を察知した義姉が、新たな人形を繰り出した。ラスクと呼ばれた人形が、義姉の肩にぴょこんと跳び乗る。黄緑を基調とした服装の上に、毛皮をイメージしているのかクマのぬいぐるみを頭からかぶったような恰好をしている狩人の人形だ。その手には猟銃が握られていた。
ラクスが学園長へ照準を合わせ、弾丸を放つ。その銃に装填されていたのは、光の魔弾だった。銃の咆哮と共に放たれた弾丸は煌めきのアーチを猛スピードで 描いた。
「ぐあッ!」
学園長の手の甲を焦がし、天叢雲剣の召喚を見事に防いだ。
人形使いの攻撃の利点は、人形の数だけ多角的な攻撃ができること。それゆえ、絶対に隙を作らせることはない。
学園長は状況を読んだ上で、適切な武器を召喚して攻撃する。一方で、義姉は 状況を読んだ上で、適切な人形に攻撃をさせる。二人の攻撃の大きな違いは、召喚という手順を踏んだ準備をしてから攻撃するか、既に人形がスタンバイしている状態で攻撃を繰り出すかの部分である。いわば義姉は、既に武器がその場にある状態からの攻撃なのだ。
弱点も分からず絶対に誰も勝つことができないと思われていた学園長に対し、義姉は唯一に弱点をついた戦法を繰り出すことができる存在だったのだ。
「続けて、いくよっ! タルト、トルテ、追撃をかけて!」
義姉は攻撃の手を緩めない。タルトと呼ばれた人形が投擲斧を振りかざす。リボンのような大きな帽子に黒のエプロンと赤のスカートの鮮やかの色合いの人形だ。トルテと呼ばれた人形が細剣をきらりと光らせる。黒を基調とした明るい黄色が差してあるチロルワンピースを着ている人形だ。二体の人形が学園長へ追撃をせんと駆け走っていく。
「追加の騎兵部隊、構え! 二人に続いて、突撃!」
階段からは、ぬいぐるみや人形が無尽蔵にわらわらと湧いてくる。新しい援軍が義姉の指示によって隊列を組み、学園長へ向かって続々と吶喊していく。
ほんのさっきまで戦っていた僕達にしてみれば、驚愕の光景が広がっている。あの学園長が圧倒されているのだ。この場にいる誰もが 信じられないような光景だった。
これなら勝てるかもしれない。
圧倒的に優位な状況。勝利の期待に胸を膨らませていると、トテトテと犬のぬいぐるみが一本の糸を咥えてやってきた。
手を伸ばして犬の糸を掴むと、僕の魔力が共鳴振動をしはじめる。糸電話のように義姉と繋がった。
【聞こえる?】
「聞こえてる。何かあったの?」
【もしかしたら、負けるかもしれない。何かあった時の準備をしておいて】
「負けるって、こんなに押している戦況なのに!?」
驚きに、つい声を荒げてしまった。
【学園長は「何度話し合っても結果は変わらない運命か」と言っていた。たぶん、昔にも戦った歴史があったのかもしれない。それでも、繰り返される運命が続いているということは、きっと私は負けたんだと思う】
確信めいた口調を僕はすぐに信じられずに 少し黙りかけた。
「……分かった。人形の指揮権が移っても対応できるように準備はしておく。あと、ポプラとスミレが埋まっているから、探しておいてほしい。すぐに動かすなら、手慣れた人形の方が使いやすいから」
【うん、分かった。もしも指揮が移ったら、純粋にこの場にいる人形達だけに専念していいからね。後続の帝国外からやってきている人形やぬいぐるみ達は、フェリンデールちゃんにリタちゃんを使ってもらって誘導を頼んでいるから】
僕は了承の返事を義姉に伝える。
勝てるのではないかと過信していた心を引き締めた。戦況の変化を一秒たりとも見逃さないよう、目を細めて真剣に見つめた。




