黎明の人形師
魔力が枯渇しているせいか頭が働かない。そんな頭でも認識できた最悪な結論。
それは ほんの一瞬の出来事のように感じられた凶悪な事実だった。
何人がかかりで戦ったとしても、学園長には敵わない。学園長はなんてことなしに この場にいる全員を撃破してしまった。
天叢雲剣は反則すぎる力を持っている。ドラゴンは一切の攻撃を受け付けず、それどころか近づくだけでも魔力ダメージを与えてきた。
そして、天叢雲剣以外にも、様々な日本刀を使った攻撃手段があるのだ。
もはやこの戦場には、絶望しか存在を許さなかった。
鏡が割れるようなけたたましい音が鳴った。封印が力で強引に解呪されて、破裂した魔力が耳を刺すような音を響かせる。
静かな惨状の中で、階段を下る音が降りてきた。
「ああ、そうか。反抗する奴が一人いたか」
学園長が呟く。階段から姿を現したのは、槍を片手に持ったアルフだった。
僕は思わず かすれた声をあげる。
「ア、アルフ?」
「よう。さっきぶりだな」
アルフが僕に向かってにこやかに笑いかけるが、この場を見回すと表情の色が抜け落ちた。
アルフが学園長を睨みつける。
「てめぇ、オレを閉じ込めようとするなんていい度胸じゃないか」
学園長は困ったように目を細めた。
「反抗するからだ。どういう風の吹きまわしだ、また過去をやり直したいと思わないのか? 過去に戻れば、お前の望んだ世界が手に入るかもしれないんだぞ」
「やり直すも何も、興味が無くなったんだよ」
アルフは小さく笑い、ちらりと僕を見る。そして、学園長へ晴れ晴れとした顔で心の内を吐露しはじめた。
「オレはあいつと戦って救われたんだよ。ずっと不完全燃焼な気持ちだったオレに、あいつは全力で応えてくれたんだ。これ以上のことはもう求められねぇよ」
アルフが言い続ける。
「オレ達はアルフレッドの意思を大切にし過ぎて、オレ達自身を大切にしてなかったんだよ。オレ達が求めているものは、ただ生きているだけで求められたのかもしれないってな」
「ああ、そうかもしれないな」
「だったら今すぐ止めようぜ。もう、こんな無意味なこと」
「たしかに『お前』にとっては無意味かもしれない。でも、『オレ達』にとっては永く積み重ねた結果なんだ」
学園長はくっきりと『お前』と『オレ達』で分けて発言した。この瞬間、アルフという存在は歴代のアルフレッドから分離されたように感じられた。
続けて学園長が言い切る。
「今のオレはたくさんの人間の願いを背負っている。たくさんと言ってもみんな同じひとりのアルフレッドだけれども、だからこそソイツらの気持ちが痛いほど分かるんだ」
「……馬鹿じゃないかよ。お前が嫌なら、嫌だって叫んで止めちまえばいいじゃないか……」
「いいんだよこれで。全部を分かっている上で想いを背負うのも大人の役目なんだから。これがオレ達の志だ」
その言葉にアルフは学園長を見つめながら黙った。その光景はお互い、瞳で語っているように見えた気がした。
学園長の瞳が訴えてくる。文句があるなら歴代のアルフレッドの意思を倒してみろと。願いを否定することは、積み重ねていったアルフレッドの意思を否定する事だ。ならば、責任をもってアルフレッドを倒せと。
沈黙の会話を終えたアルフは小さく呟いた。
「そうか……」
アルフは決別を言い渡すように槍の切っ先を学園長へ向けて、敵対を明確にした。
学園長はどこか嬉しそうに、そして残念そうに言う。
「ふふ。これなら、もう少し頑丈に閉じ込めておけばよかったかな」
「そうかもな。覚悟しとけよ、今度はオレが相手になる」
アルフの周囲に風が渦巻いた。学園長は余裕の面持ちでアルフを眺めながら、白い手袋の甲を引っ張って 深くはめなおした。
僕はアルフに声を投げる。
「アルフ。魔法を無効化されるぞ、気をつけろ」
「知ってる。それに、アレは無効化じゃねぇよ。上位の概念の魔法で自分の色に塗り潰しちまうんだ。丁寧に属性に合わせてくるから余計にタチが悪い」
「それは……。勝てるのか?」
「知らねぇよ。まあ、金属巨人の魔法陣の基本骨格を描いたのと、お前が傷を負って全力で戦えなかったのはオレの責任だ。迷惑かけたその分 以上は、オレが代わりに頑張ってやるよ」
だから寝ておけと言うようにアルフが笑いかけてきた。
アルフの身体につむじ風が巻き付いていき、だんだんと身体が透けていった。風は透明であるという概念を身体に巻き付けることによって、姿が見えなくなる魔法を使ったようだ。
「行くぜ! ハァ――ッッ!」
風を巻きつけた轟音の衝撃が穿たれた。しかし、学園長は不可視のはずの攻撃を軽やかにかわす。
「槍捌きと、風の流れの読み方を教えたのは誰だったか忘れたのか?」
おそらくアルフがいるであろう微妙に空気が歪んでいる空間へ、学園長は挑発的に声を渡した。
「――ッ! なら、これでどうだ!」
歪んでいる空気が、学園長から大きく距離をとった。
その歪んだ空気の塊から魔力が発せられると、地下室に突風が吹きすさんだ。目を開けているのが辛くなるほどに激しく荒れた風だった。
学園長は構えるまでもなく余裕を持ち、そしてアルフの行動に対して納得していた。
「考えたな。たしかに、これなら逆算するのが難しくなるか」
地下室の風は荒れ狂っており、空気の流れから逆算してアルフを探知することは ほぼ不可能のはず。前後左右、どこからアルフが攻撃してくるか分からなくなっている。
本来は、学園長は追い込まれている状況のはず。しかし、学園長は様々な日本刀を出す境界術がある。
学園長は指で四を数える時に親指を曲げる形にするように、右手親指で手のひらを撫でるように弾いた。
「来たれ、姿無しの追躡。――祢々切丸」
それは異様な長さのとても巨大な日本刀であった。僕の身長の二倍以上ありそうな大太刀だった。
祢々切丸の歴史が脳内に侵入してくる。祢々切丸は日本最大の大太刀だ。自ら鞘から抜けて、ターゲットとした妖怪を永遠と追い続けて切り殺した伝説をもつ日本刀。
その歴史のとおりに、祢々切丸が誰の手にも触れずに動き出した。まるで刀自身が意思を持っているかのように空中を舞い踊る。
祢々切丸が何も無いはずの空間をめがけて、真っ直ぐに飛びはじめた。
「――っ! マジかよ!?」
祢々切丸の目指していた場所からアルフの声がした。姿が見えないはずのアルフを祢々切丸が正確に追尾していく。
これではアルフの居場所が学園長にバレてしまう上に、祢々切丸によってアルフがやられてしまう。
「ハッ、こうしてやるぜ!」
アルフの声が残響となってそこらじゅうから聞こえてきた。
なるほど。どうやらアルフは風の力を借りて素早く縦横無尽に地下室を駆けているようだ。高速移動し続けていれば追いつかれない上にどこから攻撃してくるかも判別できない。
「ほう。これは困ったな」
学園長が呟いた直後。それを隙と見たアルフが学園長の背後から猛風の槍を穿った。
「っっ、りゃあァ――ツ!」
「木命 枯らす天道の贈品。――木枯丸」
手のひらを撫でるように左手の親指を弾き、学園長は新しい日本刀を突き刺すように構えた。
冷たい金属音が響く。
突如、風魔法で隠れていたアルフの姿が浮かび上がった。アルフの槍先は、学園長の日本刀の切っ先で受け止められていた。
それは本来ならばありえない妙技だった。学園長は槍先という点の攻撃を見切り、日本刀の切っ先という点の部分で受け止めたのだ。それも、アルフがどこから攻撃を仕掛けてくるのか分からないはずの状況でだ。
「なん……だと……!?」
遠くで見ている僕よりも、実際に攻撃をしたアルフが一番に動揺していた。アルフは目を見開いたまま固まっていた。
「何度も言わないと分からないのか? 誰が 風と、槍を教えたと思っている」
学園長はアルフ以上に風に手慣れていた。それゆえに、アルフの起こした豪風ですら学園長は全て解析し、アルフの居場所を逆算して読みとっていた。そして、自身のことだからこそ、学園長はアルフの太刀筋は知り尽くしていた。
だからと言って、簡単にそんな真似を実現させてしまえるだろうか。有り得ない現実が、学園長のすさまじい練度を僕らに見せつけた。
ふと 二人がいる空間だけぽっかりとマナが感じられなくなっていた。
木枯丸は神から狩人へ贈られた日本刀。狙った獲物は逃さずに、また大木に立てかけておくと、その木を枯らしてしまった伝説をもつ霊剣である。
アルフの透明魔法が解けたのは、あの日本刀が周囲のマナを吸い取ってしまったようだ。木枯丸は、切り合うたびに相手のマナを吸い取ってしまう したたかな脅威の日本刀だった。
「――ッ! このヤロウ!」
アルフは風の力を借りて大きく跳び引いた。充分に距離をとったアルフが魔法陣を描き始める。
描かれたのは自身の身長ほどの魔法陣。それは僕と戦った時と同じ、アルフの最大火力の大技だった。
「いくぜ。おおぉぉオォォ――ッ!」
魔法陣に槍を突き刺すように。学園長という獲物に狙いを定め、莫大なエネルギーを解き放たんとする――。
「りゃアアァァ――ッッ!」
轟風をまとい超加速したアルフが学園長に突進攻撃をした。
学園長はただ泰然として右手を軽く上げる。今度は人差し指と中指の二本の指を使って同時に弾いた。
「現し世に降りたてよ、夢想の輝き。――蛍丸 国俊」
学園長が刀を構えた。学園長とアルフが交差する。金属音が一閃された。
すると、アルフの槍が折れる。それと同時に学園長の刀も折れてしまっていた。
僕達が一斉にかかっても傷つけられなかった学園長を、ここにきてアルフは初めて抵抗することができた。
「チッ、相打ちか!?」
槍が折れたならと、アルフは拳を構える。
「相打ちだと。何を保けている」
学園長は折れた日本刀に狼狽をせず、静かに立っていた。すると、おびただしい量の煌めきが剣に吸着していった。
蛍丸 国俊の歴史が脳内で再生されていく。何度も戦い刃こぼれした日々。ふと持ち主が、たくさんの蛍がやってきて刀にまとわりついた夢を見ると、くたびれていたはずの刀がよみがえっていたという伝説をもつ。仕えている主人のため、共に戦い続けるために奇跡の力で再生し続ける 不屈の日本刀だった。
「ほら、ぼーっとしてると刀が完全に再生しちまうじゃねぇか。早く殴らないのか?」
「くそっ、舐めやがって!!」
アルフが学園長の胸板に向かってパンチを繰り出す。しかし、学園長は読んでいたかの如く軽やかにアルフの拳を避けた。
アルフが攻撃を繰り出していくが、学園長は優雅に全てを紙一重で避けていく。
「まだまだ執念が足りない。本当に当てる気なのか?」
「ふざけるんじゃねぇッッ!」
アルフが上段蹴りを放つ。学園長は首元までやってきたアルフの豪脚を片手で受け止めた。
「反抗するからどの程度かと思えば……。お前はその程度なんだな」
学園長はアルフを哀れむように失望の眼差しで見下ろしてきた。
さっとアルフの足を手放す。一瞬だけ学園長の身体がぶれたかと思うと、アルフの腹に強烈な回し蹴りを叩きこんでいた。
アルフが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。強く背中を叩きつけられた衝撃で吐血をした。
アルフは僕と戦った後だから死に身体だった。全力の魔力を使い、学園長に痛恨の一撃をくらわされたアルフの身体は動けなくなっていた。
しかし、アルフの反骨の意思は朽ちてはいない。尽き果てていない執念で学園長を睨みつける。
学園長はさらりとアルフの視線を流した。煽るように 蛍丸をアルフに向けて、チェックメイトを言い渡す。
「オレを倒すには、まったく力が足りなかったな」
卑下する言葉をかけられたアルフ。しかし、アルフは血で濡れた口元を上げた。
「バッカじゃねぇの? 誰がお前を倒すって言ったんだよ」
学園長は何を言っているのだと見下したような目つきでアルフを見る。
アルフはその様子がおかしかったのか、愉快げに笑った。
「オレは単なる時間稼ぎにすぎねぇんだよ」
学園長は合点がいったように僕達を一瞥する。
「倒れている連中を回復させる時間稼ぎか? 今度は全員でオレと戦うと?」
アルフは答えずにニタリと笑った。
すると、コツリ、コツリ、と階段を降りる音が聞こえてきた。
その靴音を聞いたアルフの目が ますます喜色がかる。
「やっとお出ましか。ったく、簡単に勝った気になるんじゃねぇよ。一番に強いヤツを忘れるな」
アルフの思わせぶりの言葉に、学園長はその降りてきた人物を見る。すると、一瞬で張りつめた表情になった。
優雅だった学園長のふるまいを一瞬で緊張させた人物は、僕が良く知っている人物だった。
「遅れてごめんね。上でロボットの掃除をしていたら、時間かかっちゃった」
その人物は義姉だった。落ちつきのあるやわらかで優しい声。ちょっとした用事で遅刻してきたような軽い調子で、ロボット達を殲滅した事実を言い放った。
唖然としている僕に向けて、義姉は 大丈夫だよと言っているような優しい笑顔を投げかけてくる。
「あんなに落ち込んでいたのに帝国に来ることを選んだんだ。ほんとによく頑張ったね」
「あ、ああ。うん……」
僕の返事を受け止めてニコリと笑った義姉が、ゆっくりと学園長に目をやった。
辺り一帯に緊張が走る。一面に咲き誇っていた魔力の花が気勢でゆらめいた。ゆれた拍子に漏れた魔力のきらめきが、彼女の存在の大きさを照らす。
「大丈夫。今度は、私が加勢するから……!」
義姉の背後から、階段から溢れんばかりのたくさんの人形がわらわらとやってくる。
絶望に満ちていたはずの戦場に、最強の人形師が君臨した。




