神話の力
圧倒的な存在に戦慄する。
何が起こっているのか分からないが、少なくとも学園長は想像以上の強敵であることを明確に理解してしまった。
粘ついた生唾を呑む。
もしかして僕は、内心では簡単に勝てると思っていたんじゃないだろうか。アルフを倒せたから学園長も同じようなものだと錯覚していたのではないだろうか。
この戦いで僕は何ができるだろう。少なくとも最適化を使うことは難しそうだ。
最適化はココの価値観が 何かに対して適応される能力である。例えばアルフとの戦いでは魔法をパワーアップさせる使い方をした。しかし、学園長は魔法そのものを無効化してくる可能性があるのだ。
仮に、打ち消されない魔法が良い魔法とココに信じてもらえれば無効化されないかもしれない。でも、人間の価値観とはその人 自身のあり方から導き出されたものであり、強引に変えられるなんて思えない。
また、仮に打ち消されなくなったとしても、それが勝利に直結できるか疑問が残る。学園長の実力は、はかり知れない。魔力の少ない僕と学園長が魔法で戦ったなら、明らかに僕の方がパワー負けするだろうし、そもそも学園長は未だに攻撃すらしていないのだ。
学園長の威風堂々とした立ち振る舞いが、底知れない恐怖をかもしだしている。
「ただ待っていればいいって言ったのにな」
柔らかい口調で静かに学園長が言う。しかし、ここにいる誰もが学園長の言葉に威圧的な意味が含まれていることを感じ取った。
学園長の柔和な瞳が、氷のような眼差しへと変わる。
「――アルフレッドの未来のため。消えてもらおう」
言い切られた言葉に、反射的に身が固まった。思わず一歩だけ引いてしまいそうになる。
「構うな、突撃!」
フェリンデールさんの部下が突撃を叫ぶ。戦場に慣れているだけあって、一番に順応が早かった。
部下の人達のうち4人が学園長へ駆けていく。両腕に剣が張り付けてあるスタイルの武器で、翼を広げた鳥のように疾走していった。
「ボクも行きますッ!」
ユーリも後に続いていく。
ナズナが行くべきかと視線を投げかけてきた。ポプラ、スミレ、サクラも同様に指示を待っている。
『準備万端です。サポートはお任せ下さい』
『いつでもドーゾ』
『みんなでいけば、虎に翼よの』
『さいごまで、がんばる!』
人形達の真剣なまなざし。それでも僕は戸惑いに動けなかった。
きゅっと左手が暖かく握られる感覚がした。ココが僕の左手を握っていた。恐怖に震えていた指を抑えるように優しく包まれる。
「だいじょうぶ……。負けないで」
「ああ。ありがとう、ココ」
人形達の瞳をもう一度見る。ゆっくりと息を吸い、勢いよく息を吐いて気合を焚きつける。恐怖感に冷えきっていた心が、今は熱く燃えてきた。
だいじょうぶだ。ココがいるなら僕は負けられない。
「よしっ、行ってこい! ナズナはユーリの援護。ポプラとスミレは前衛の援護攻撃。隙を絶対に作らせるな! サクラは俺とココを守れるように 防御に徹して」
人形達が肯首し、駆け走っていった。
最前線で駆けていく部下の四人が魔法陣を描きはじめた。腕の側面に剣がついているため指が自由になっているようで、駆け走りながら描いていく。真っ赤な炎の魔力が、それぞれの剣に宿っていった。
猛火の剣が魔力をみなぎらせ、四つの炎の斬撃波を飛ばす。
「合わせます! やぁ――ッッ!」
ユーリが炎の鎌を振りかぶり、烈火の斬撃を飛ばした。五方向からの一斉攻撃が学園長へ襲いかかる。
「ったく。数で押すだけかい?」
学園長が嘆息を吐く。右手の人差し指をパチンと弾いた。真っ白な薄手の手袋の甲に紋章が浮かび上がり、指先に真っ赤な光が灯る。空気をなぞるように指先を動かすと、指先の光から呪言が流れていった。
「開け異界の扉。和國が綾取る来歴の軌跡を示せ――」
学園長が魔法陣を描きながら言語詠唱を始めた。この場にいる全員が驚きに息を呑む。
「――ッ! ナズナ、気をつけろ! 魔法を連発してくるぞ!」
『承知しました!』
言語詠唱は、普段は使わない技術だ。魔法陣を使って世界線から必要な歴史を引き出すのが一般の境界術であるが、詠唱は前もって世界線に対して特定の範囲を宣言しておく技術である。
歴史の流れを移動させる事は、本来は大変なことなのだ。なので、一度宣言してしまったなら最後、少なくともこの戦闘中は指定したカテゴリー内の魔法しか使うことができなくなってしまう。その半面に世界線から歴史を引き出す手順の一部が簡略化されるので素早く魔法を放つことができる。攻撃手段を限定するリスクを背負いながら、瞬時に境界術を唱えることが可能になる諸刃の剣の戦法なのだ。
世界線に対してカテゴリーを指定する詠唱をした学園長が、その中にある歴史を結びつけるキーワードを唱える。
「劫火への裁きを君臨させよ。――天之尾羽張」
学園長の呼びかけに応え、一本の刀が降りてきた。
柄が長い刀で、握り拳 10個分ほどだろうか。刀全体としても大きめで、流れるような長さをもつ日本刀だった。
そこに刀があると認識した瞬間、突然に頭蓋が破裂するような 多量な情報が脳内に流れ込んできた。
原因はあの刀だ。存在的な容量が多すぎて、そこにあるだけで概念が漏れてきているのだ。
火の神 カグツチを殺した伝説をもつ刀。生まれたての子が持つにしては過ぎた力を持っていたため、火の神であるカグツチの存在自体を分割させて新たな神を作った伝説の日本刀。
学園長へ向かっていた五つの炎の斬撃波は、たった一振りで切断された。
いや、切断されただけならばまだ良かっただろう。天之尾羽張は、分割させて新たな神を生み出した伝説がある。
切り裂かれた炎が変形し、鋭い苦無の形に生まれ変わる。魔法は学園長にコントロールが移ったのか、炎の苦無が四人の部下とユーリに襲いかかった。
四人は苦無を腕の実剣で切り裂こうとするが、まるで苦無が意思をもっているように避けてしまう。四人の部下は苦無に苦戦する。
『はァッッ!』
ナズナがユーリに向かっていた苦無を切り落とした。
自由になったユーリが学園長の元へ駆けていく。
ユーリが鎌に魔力を滾らせた。炸裂する音と共に、鎌に刻印されている煉獄の炎が暴れ狂う。
学園長はユーリを見て、口元を緩ませた。
「久しぶりだな、ユーリ。やはり お前には風で相手をしようか」
学園長が右手で指を弾く。今度は中指で弾いていた。
指先に緑色の光が灯った。手の甲に浮かびあがっていた赤の刻印が消え、緑色の刻印が現れた。それと同時に天之尾羽張が消える。
「続けて来たれ、荘厳の威風。――骨喰 藤四郎」
魔法陣を一筆すると、光の中から新しい日本刀が出現した。
それは、威風を感じさせる鋭い光沢の剛刀だった。切る真似をして振っただけでも、骨すら砕けてしまうのではないかと錯覚させるほどの威圧感がある。
学園長が優雅に剛刀を薙いだ。
突如、見えない風の刃が生まれる。不可視の風圧がユーリに襲いかかり、ユーリの鎌の炎を 散り散りに切断するように吹き消してしまった。
そして突風によりふわりとユーリの身体が浮いたのが見えた瞬間、ユーリが突き飛ばされたように猛スピードで壁に叩きつけられた。
その突風の被害はユーリだけに留まらず、ユーリよりも遠くにいたナズナ、そして前衛の四人の部下の人達にまでおよんだ。
鈍い六つの音が壁に叩き鳴らされる。ユーリとナズナを含めた六人は気を失ったように動かなくなる。一瞬のうちに 学園長は前衛組を撃破してしまった。
「第二境界術、放て!」
やられた仲間の姿に動揺せずに、部下の人達が境界術を発動させた。
学園長の足元の地面から、淡い色の結晶の槍が飛び出してきた。土のドリルを変則的に使った攻撃だ。これなら風の抵抗を受けない。
「おいおい。小細工するなら、何が起こっているか確認してからだろ。工夫と言うにも及ばねぇな」
今度は左手の人差し指でパチンと弾く。学園長の左手の手袋に、褐色の紋章が浮かび上がった。
どうやら弾く指で手袋の魔力を発火させて、手の甲に刻印されている魔法陣を切り替えているようだ。
「魔を払いし力、降臨せよ。――蜘蛛切」
新しい刀が現れた。威厳に満ちている刀身。刃が自然を連想させる薄緑色を写しているように見えた。
脳内に情報が流れ込む。原因不明の病を引き起こす土蜘蛛を切った伝説をもつ日本刀。長い月日の間 人々に譲られ続け、激動の歴史を共に歩んできた日々。蜘蛛切が覚えてきた記憶が流れ込んでくる。
学園長が蜘蛛切を軽く一振りすると、結晶の槍ごと地面が切断された。
しかしそれだけにはとどまらず、切られた地面が抉られて大地が大きく乱れうねる。
学園長を中心に大地の津波が立ちあがった。
『これはナイでショ!』
『万事休す なのっ!』
結晶の槍に合わせて援護攻撃をしようとしていたポプラとスミレが割りをくった。
ポプラは、自身を渦巻き覆うようにリボンを振りまわして防御を試みる。スミレも同じように鎖を振りまわした。
しかし、その程度では大地の津波は防御できない。ポプラとスミレが大地の津波に呑み込まれてしまう。
二体を呑みこんだ大地の津波の勢いは衰えず、僕達の方へ襲いかかってくる。
「叩き返せ! 第一境界術、放て!」
部下の人が境界術を発動させる。
再び10tトラックが召喚された。エンジンを獰猛に唸らせて、褐色の津波に向かって突っ走る。魔術のバックアップにより猛加速し、金属性の概念によって更に頑強になったトラックが学園長へ向かい特攻した。
土の壁と金属の塊がぶつかる衝撃音。トラックが褐色の津波を強引に突き抜け切った。
「再臨せよ、万物を両断せし想念。――鉋切 長光」
今度は灰色の紋章。新たな刀を学園長は手に取った。
ぞっとするような鋭さを感じさせる刀であった。境界術の残留魔光を反射した煌めきが、妖艶な美しさをはなっている。
学園長が居合い の構えのように腰を低く落とす。刀を両手で持ち、目の前からやってくる脅威を鋭く見据える。
「はぁ――ッッ!」
強烈な覇気を叫んだ 一閃により、10tトラックは音もなく真っ二つに切断された。
両断されてバランスを崩したトラックが豪快な音を立てて崩れる。
鉋切 長光は、日本最古の斬鉄剣という歴史を背負っている。
最初に一斉攻撃をした時にトラックの残骸が滑らかだったのは、この刀が原因だったようだ。
学園長が刀を片手で持ち、刃先をこちらにゆっくりと向けてきた。
「どうした? もう終わりなのか?」
学園長はあの場から一歩たりとも動いていない。ただ脅威をふり払っているだけ。振り払うだけで被害を勝手に受けているのはこちらのみ。
たったひとりの圧倒的な存在による静かな重圧が この空間を支配した。余裕から発せられる凄身のオーラ。そのプレッシャーに、ただただ沈黙して耐えるだけで精一杯だった。
しかし、フェリンデールさんの部下が皆に発破をかけるように一斉攻撃を叫ぶ。
「第三境界術、放て!」
そこら中に火花が湧きおこる。あの時、ココを庇いながら伏せた大爆発の境界術だ。
まだ分からないのかと学園長が呆れたように、深い息を吐いた。
「仕方がない。教えるのは教職者の仕事だ。格の違いを教えてやろう」
学園長が手の甲に触れる。途端に、何かが切り替わったように感じる悪寒がした。
左手の中指をパチンと弾く。真っ白な手袋の甲に紋章が浮かび上がる。今度は先程までの魔法陣とは違う形式の紋章だった。指先に青の光が灯った。すっと動かすと指先の光から青色の呪言が流れる。
「光臨せよ、凶暴の竜魂。――天叢雲剣」
一本の剣が すとんと地に刺さった。
途端に歴史が脳内に流れてくる。あれはヤマタノオロチの体内から出てきた剣。ヤマタノオロチの畏怖の象徴が刃になったものだろうか。神話の時代に生きてきた獰猛な歴史が激流の如く脳内に流れ込んでくる。
直感的に気付いてしまう。この剣は触ってはいけない。触れたなら圧倒的な情報量で気が狂ってしまうものだ。今まで召喚された日本刀の中で、天叢雲剣の情報量は容量が大きすぎる。
これは神話の神が命がけで戦った歴史が刻印されている剣なのだ。人間が知るにしては 越えている知識量。脳という存在の枠では記憶できないほどの膨大な情報量が あの剣には詰め込まれている。学園長が剣を手に取らないのは、天叢雲剣を振りたくても、触わることができないからだ。
学園長が剣の狂気に当てられたように獰猛に笑う。僕は離れて見ているだけでキツいのに、傍にいる学園長は相当に負担がかかっているはず。
触れられないはずのこの剣は、どんな攻撃をしてくるだろうか。学園長の魔法陣からして 水属性の概念が付加されている攻撃なのは、おそらく間違いではないだろう。
僕は息を呑んだ。
天叢雲剣から、真っ黒な雲が溢れだした。雷音を叫びながら、形づくられていく。
雷雲からできたのは、八本首のドラゴンだった。燻黒の雷雲の身体に、稲妻の輝きをした瞳。この世界に君臨した轟音の産声を荒々しく吠え叫んだ。
その存在に負けじと、部下の人の炸裂の境界術が変化した。
チリチリした火花が合体していき、巨大な灼熱の塊となった。一気に部屋の温度が上昇し、一瞬で汗ばむほどの高温になる。燃え滾る真っ赤な塊が膨張し、エネルギーを溜めこんでいく。合体する前でも相当な威力があったのだから、あの大きな塊の威力はあの時 以上に違いない。
雷雲のドラゴンが灼熱の塊を見つけ、悠々と首を伸ばしていった。
大口を開けて、炎の塊を蒸発する音ごと呑みこんでしまう。暴発する猛炎を口内で咀嚼する。爆音ごとさっぱりと飲みこんでしまった。
天叢雲剣から生まれたドラゴンがゆっくりとこちらを向いた。
圧倒的な威圧感に、冷酷な恐怖が背筋をくすぐった。
光臨した日本刀が草薙ぎの剣ならスサノオノミコトが使ったという実績から、所持することは可能という概念があるかもしれない。学園長が天之尾羽張を持つことができたように、使い手がいると言う事実があれば使用することは可能なのだろう。
天叢雲剣という剣はあくまでヤマタノオロチの体内から出てきた剣にすぎない。スサノオノミコトが燎原の火に囲まれた危機に、天叢雲剣が草原を切り開いたというエピソードから草薙ぎの剣と改名された歴史がある。正しくの意味での所有は 草薙の剣からだと認識されているのかもしれない。
そしていま、草薙ぎの剣ではなく天叢雲剣として光臨している。すなわち、あの剣にはヤマタノオロチの凶暴さ そのものが刻印されているのではないだろうか。
そんな力は人間の手には到底扱い切れるはずがない。唯一に扱える存在がいるとしたならば、ヤマタノオロチを撃破したスサノオノミコトか、それ以上に高貴な存在でなければならないだろう。
「第四境界術、放てッッ!」
部下の人が唱えたのは、金属性の境界術だ。そして、もうひとつの境界術が 援護する。
「唱え終わりました。境界術、いきますっ!」
フランが光に包まれ、一瞬で機械鎧を着たフランが現れる。光の文字が絶えずに流れているゴーグルと、金属質の拳銃を持っていた。
「いっけ――っ!」
(断罪の日、発射します)
あれがロボットを撃破したという魔光だろうか。猛烈な魔力波動を解き放ち、目もくらむような極光が射出された。円形ノコギリと、超強力な光線が八本首のドラゴンへ襲いかかる。
しかし、その攻撃はまったくもって無意味であった。
フランの光線が 蒸発する音と共に巨体を削り飛ばす。しかし、新たな雲が削られた身体を埋めていき何事も無かったかのように再生してしまった。円盤ノコギリも同じく再生されてしまう。それどころか、龍のうちの一体は歯で食い止め、噛み砕いてしまった。
これが神話の世界の戦い。ヤマタノオロチの執念が具現化した姿。
畏怖の象形が咆哮する。
大砲を連想させるような勢いで、八本のドラゴンの首が襲いかかってきた。
ただ動くだけで大気を震撼させていく。存在概念の大きさから発せられる力の奔流が空間を軋ませていた。
稲妻を巻き込んだ風圧による衝撃が、フェリンデールさんの部下全員を 紙屑のように吹き飛ばしてしまった。
凝縮されたハリケーンのような雷雲の身体。僕の隣にいたフランに狙いをさだめるようにドラゴンがこちらを睨みつけてきた。
「サクラ、フランを守れ!」
『がんばる!』
サクラがフランの元へ駆けていき傘を広げて防御しようと試みる。
でも、傘は暴風に折られてしまう脆い存在だ。概念としての相性的が悪く、暴風によって傘は見るも無残に壊されていった。
ドラゴンが通った風圧に僕はあおられる。
「――ッ!? 力が抜けていく……っ!」
単に風にあおられるだけでも、精神力が削られていく。精神力は魔力の源でもあり、この場にいるだけでもかなりの魔力ダメージを受けていった。
フランを襲った力の奔流は、すぐ近くにいた僕らにも襲いかかった。咄嗟にココを庇うように覆い伏せる。
アッパーで顎を殴りつけられたような衝撃に殴り飛ばされる。脳が揺れて視界が真っ白にぶれながら意識が反転した。
気がつくと身体が空中に浮いており、ココを抱きしめながら きりもみ回転していた。
身体が地面にたたきつけられる。口の中が切れて、鉄の臭いが口内に充満した。
「だから言っただろ。黙って待っていろと」
学園長が優美な手つきで天叢雲剣を消す。憐憫に僕らの惨状を見下ろした。
この場にいる全員の力をもってしても、あの場所から一歩たりとも動かすことができなかった。




