決意の追憶
一番最初の学園長。学園長がアルフレッド・ルシドールとは他人だった時空の話である。
アルフレッドは孤児であったがとある人物に拾われた。その人物は、最初の学園長であった。
そして、アルフは学園を卒業後、学園長の共同研究者として働くことになった。二人は学園長室の地下に作られた研究室で、共に境界術の研究をしていった。
大規模な研究するには費用が必要である。帝国が支援している帝国学園の学園長として活動してもらう代わりに、研究できる場所を作る権利と、研究する権利を与えられていた。
そして二人の研究テーマは、『みんなが幸せになれる魔法』であった。
その魔法を研究している目的は、アルフ達がいま住んでいる場所が帝国であるがゆえであった。「国」ではなくて「帝国」と名乗っている理由は、単純にまだ戦っているからである。
サーセリースとリーニュリネアと帝国は、表面上は戦争をしていない事になっている。しかし、向こうの国では帝国のことを良く思っていない人物も少なくない。実は水面下では未だに戦っていたりするのだ。
どうして人は争うのだろうか。それは、『足りないから』である。
渇望した心が欲しいと訴える。だから、足りない物を求めて時には争うのだ。つまり、平和にしたいなら、『足りない』を『満ち足りる』にしてしまえばいい。
しかし、魔術はそれを叶えることは可能だろうか。魔術が具現化するのは、あくまでこの世界が知っている物だけであり、そんなものこの世界にあるのならとっくの昔に帝国や、サーセリース、リーニュリネアは平和になっているだろう。
そこで、学園長とアルフは考えた。この世界を探しまわっても見つからないなら、他の次元を参考にすれば良いではないだろうか。ゆえに、無限の可能性を秘めている境界術を研究していった。
世界線には歴史が含有されている。情報は腕力のように目に見えるものではないが、れっきとした力である。境界術は その情報の力を、自分の世界はおろか、異なった次元からも共有できるのだ。いわば境界術は、世界線を回線としたインターネットの如く情報を共有するシステムなのだ。
もちろん、二人はインターネットというものを使った事はなく、そのような言葉も知らなかったが、感覚的に境界術の有能さに気付いていた。
境界術の有用さは他の研究者もを理解していない訳ではなかった。しかし注目されないゆえんは、魔法研究において、最も時間のかかる研究と言われているからである。
境界術はあくまで歴史として登録されていれば、唱えられてしまう性質がある。何百年前の古臭くて役に立たない武器ですら当初にとってみれば画期的な歴史でもあり、想像がつかないような未知の魔法もあるだろう。また、大災害や、豊穣も登録されている。つまり、なにが招かれるか分からない上に、多岐にわたりすぎていて研究範囲が広大過ぎる欠点がある。まさに境界術の研究は、玉石混合の中を虱潰しに探していく分野なのだ。
それでも二人は諦めずに研究を重ねていくことができた。
研究を続けることができた要因は立地条件が良さもあっただろう。なにせ、二人の研究室は地下にあるのだ。
地下のメリットは研究成果の盗難対策、他の研究者からの妨害を受けにくいことも理由の一つではあるが、地中に囲まれた密閉空間ということもありどのような実験をしてもマナ漏れを気にしなくても良い利点があった。さらに、壁には耐魔法補強が張られていて、万が一に境界術が暴走しても安心な設計だ。また、地下室といっても「室」という言葉が似合わないほどの広さを誇っていおり、その広さは学園屋内訓練場の二倍以上はゆうにあった。
地下室特有のじめじめとした空気は玉にキズであるが、どのような次元の歴史がやってきたとしてもほぼ対応できる空間であり、二人は際限なく研究をしていけることを非常に満足していた。
◇◇◇
ある日、学園長とアルフが登録されている歴史を研究していると、『具現化』についての境界術を発見する事ができた。『魔法』とは、願ったものを具現化させる事象である。全ての『魔法』の起源である『具現化』を世界線で発見できたのだ。
これは世界を揺るがす大発見であった。『具現化』の使い道は ほぼ無限大だろう。また、『具現化』がどこの次元の歴史かを特定できれば、その次元を中心に研究していけば更に発展した力を手に入れることも可能かもしれない。
これを機に、最初の学園長は引退をして研究にいそしむことを決意する。二代目の学園長としてアルフが起用され、最初の学園長は老後の研究に没頭してく。アルフも時間を見つけては手伝った。
ところが、『具現化』の境界術を研究していると、ある日、魔法陣が暴走してしまう。深く研究を進めすぎた結果、魔法が本格的に大規模な発動をしてしまったのだ。
その時に、『具現化』の対象はどのような理由なのかアルフに向いてしまった。
対象となったアルフは具現化の魔法にとりこまれた。そして、『具現化』の境界術がアルフの潜在的な願いを見つけ出した。
(過去の自分を叱ってやりたい。そして、孤独に耐えきって立派になれた自分へ、ずっと子供のころから頑張ってきたことを誉めてやりたい。どうしようもなく駄目だったあの時の自分を助けたい)
巡るめく記憶の渦に翻弄されながらも、アルフは大人になるにつれて忘れていった過去を思い出してしまった。
忙しい毎日でおぼろげになっていった懺悔の記憶に、後悔の記憶。様々な記憶が潜在意識としてアルフにはたらきかけて、アルフは過去と向きあうことを想ってしまった。アルフの心の本音を媒体として『具現化』の境界術が発動し、この世界に適応された。
アルフは目が覚めると、学園長室にいた。
あまりにも自然に自分が学園長室にいたので、本当は夢だったのではないかとすら思えた。ふと、仕事をしなければと引き出しを開けると、帝国学園の棟の増築に関する設計図が入っていた。
アルフは思わず息を呑んだ。
これは最初の学園長の時に建築済みのはずであり、アルフ自身が捨てた記憶のある設計図だった。
アルフは本当に過去へ戻ってしまったのだと確信した。これが、二週目の世界の始まりである。
地下研究室を覗いてみたが、共同研究者だった最初の学園長はいなかった。どうやら今の自分の存在が、最初の学園長の立場へスライドして過去に戻ったらしい。次元が必要以上に歪まない適応だろうか。アルフが学園長として転生したのは、現役で学園長だった身分が適応されたのかもしれない。身の回りについて考察をしていった。
ふと、自分が過去にいる意味に想いを巡らせた。
「――ッ、ヤバイ! ということは!」
アルフは血相を変えて学園長室から飛び出した。アルフが人生で最も悔いている事が媒体となって過去にやってきたのだ。すなわち、アルフの人生においてもっとも悔いていることが、いま進行しているということでもあった。
アルフは帝国から飛び出して、全速力の風の魔術で飛翔していった。
不眠不休で飛び続けていくと、鼻を刺すような血液の臭いが風に乗ってきた。村に近づくにつれて、徐々に濃くなっていった。
アルフのおぼろげだった思い出は完全に思い出した。これから起こる村の悲劇を鮮明に思い出してしまった。アルフの人生を狂わせた元凶は、村が魔獣によって殲滅された記憶だった。
鼓動がおかしいくらいに狂い暴れる。全身の血液が猛烈な勢いで循環し、吐き気がするほどに精神が高ぶってくる。
「オレの村に手を出すんじゃねぇ!!」
魔獣に対するかつての憎悪を思い出して、憤怒にまかせて吠えた。
無理矢理に刻まれた苦しみ。失う恐怖。鮮血の痛み。
忘れていた、いや、忘れようとしていた記憶が爆発的な感情となり脳を掻き乱していく。まるで、真っ赤に熱せられた鉄の棒で、脳をこねくりまわされているかのような苦悶。
見るに堪えないほどに真っ黒なトラウマの渦が、アルフの正常な思考とマーブル模様に混ざり合っていく。この負の感情はもう抑えられない。
「オレが……今のオレになった最初の後悔は、確かにこれだった……」
決意とは後悔の先にあるものだ。くやしいと後悔することによって、次のステップへ這い上がろうと人は努力して生きようと決意する。
記憶によれば、この事件は生存者一名以外の全てが死んでしまう。その生存者とは、当時子供だったアルフのことである。アルフが立派に生きようと決意した最大の後悔は、この光景の中をたった一人だけ生き延びてしまった懺悔からの気持ちだった。
村というものは互いに支え合って生きていく環境である。アルフも例外ではなく、村にいた時はたくさんの人に世話になっていた。だからこそ、自分だけが生き残った事に酷く罪悪感を覚えてしまったのだ。
この村ではアルフよりも、他人の力のために生きていける人がいた。優しい人もいた。姿が綺麗な人もいた。にも関わらず、自分のようなちっぽけな存在が生き残ってしまった。
自分はその人達の分まで生きていかないといけない。その人達の分まで強い人間にならないといけない。でなければ、その人達の人生がなかった事と同じになってしまう。アルフは全てを背負って生きていこうと決意した。
全てを背負うと言う事は、全てに対して後悔し、全てに対して決意するということでもある。それは、子供が背負うには、重すぎる悔恨であった。純粋に向き合えば向きあうほどに苦しくなる懺悔であったが、子供ゆえに純粋に向き合ってしまったのだ。
これがアルフレッドになる起源の記憶だった。
◇◇◇
2週目の世界にて、アルフレッドは村を守ろうと戦ったが失敗してしまった。
冷静になれば当たり前のことであった。なにせ、いくら急いで来たとはいえ、襲われている状態からかなりの時間が経っていた。
唯一 助けられたのは、もう一人の自分である子供のアルフのみ。過去に戻れたのに、史実通りになってしまった。
「俺の後悔は、この時から始まったのか……っ!」
アルフレッドは、魔獣へ、そして助けることができなかった自分に憎悪した。全ての後悔を目の前で破滅した村に嘆いた。再び聞いてしまった全ての村人の生々しい断末魔に懺悔した。
こうして、アルフレッドは決意した。次元を越えた歴史改竄計画が開始された。
アルフレッドは最初の学園長の研究の手伝いをしていたために、『具現化』基礎に関しては理解をしていた。あくまで手伝いだったため研究内容の根本は分からなくとも、実験結果は全て隣で見てきた。つまり、問題の解き方は分からなくとも、解答を知っているような状況だ。おそらく、今から必死で研究すれば開発は可能だろう。
「オレが学園長として具現化の研究を引き継いでいこう」
研究を再開するに、人手があるに越したことはない。それも、信用できる人物でなければならない。アルフレッドは過去に飛びたいだけだが、『具現化』は無限の可能性を秘めているため共同研究者に悪用される危険性もある。そのため、2週目の世界で見つけた子供のアルフに研究を手伝わせることにした。
子供のアルフを帝国学園に入学させて、授業の合間に共同研究を手伝わせる。アルフが卒業したと同時にアルフレッドは学園長を辞めて研究に没頭する。そして、子供だったアルフに学園長を引き継がせた。
それから十年間の研究の結果、あの境界術は自身へ向けて発動できないことが分かった。研究を続けていき、その理由は二つに絞られた。一つ目は、心の芯に語りかけるデリケートな性質の魔法であるため、雑念が混じってしまうと発動が困難であること。二つ目は呪言の容量が多すぎて唱えるだけでも精一杯であり、唱えながら願うことを並行するのが難しい問題である。どうやら、以前にアルフレッドが『具現化』の対象になったのは、二番目の問題が関連していたようだ。
アルフレッドは、アルフと一緒にこの魔法の運用方法を考えた。その結果、アルフを過去へ飛翔させることになった。アルフレッドではなくアルフになった理由は、村に行って戦うのなら引退して研究しかしていないアルフレッドよりも、まだ現役である若いアルフの方が向いているからである。
また失敗してもリトライができるように、アルフへ『具現化』の境界術の知識を教えてから、『具現化』によって過去へ転生させた。
◇◇◇
3週目の世界にやってきた。
2週目の子供だったアルフは、アルフレッド学園長として転生する。ふと、学園長室で座っている記憶から世界が再開していた。
アルフレッドは過去に戻ることを願ったが、前回とは違うタイミングを意識して過去へ飛んでみた。それは、あのトラウマが起こるよりもずっと前の時間軸のつもりだった。
なんとなく机の引き出しを開けてみる。すると、帝国学園の棟を増築する設計図が入っていた。
「くそっ! まさか!?」
血相を変えて帝国学園を飛び出した。風の魔法を使って全速力で飛翔していく。
鼻を刺すような血液の臭いが風に乗ってきた。村に近づくにつれて、徐々に濃くなっていった。
「同じ……まさか……そんな……」
村に近づくにつれて、あの時と同じ惨状なのが分かってしまった。
トラウマの過去を防ぐために、それよりも前の時間を願って飛翔したつもりだった。にもかかわらず、あの惨劇は変わっていない。つまり、時間は変わっていない。
それは、何故なのか。その理由は――。
「オレ、もしかして覚えていないのか。覚えていないから、願うことができないだと?」
アルフレッドは魔法の基本を忘れていたことを痛感し、同時に後悔した。
アルフレッドは、このトラウマの鮮明な苦しさによって、他の記憶は霞んでみえているような状態だ。つまり、強く願わないと叶わないのなら、トラウマとして捉えている あの瞬間のことしか適応されないのだ。
何よりも具現化の基本媒体は、心の芯に根付いているものが適応される。アルフレッドとしての生きざまに最も関わっているのは間違いなくこの記憶だろう。
――すなわち、やり直しは不可能なのではないだろうか。
「嫌だ! 認めるものか! 絶対に!」
アルフレッドは懸命に戦った。しかし結果は2週目と同じく、3週目の世界の子供のアルフを助けることができたが、それ以外の人間を助けることができなかった。
保護した小さなアルフを抱きしめながら、懺悔の涙を流す。
「ごめんな、誰も助けることができなかった」
「…………」
「でも、まだやり直せる。オレには、その力があるから……っ!」
2週目のアルフレッドが、3週目のアルフを抱きしめながら後悔を噛み殺しながら泣いた。
アルフレッドは繰り返してしまった後悔を決意に変え、静かに闘志を燃やした。
アルフレッドの強みは、何度もやり直せることである。前提条件として、それと同時に問題点でもあるが、『具現化』は過去への飛翔以外の選択肢は持つことができないようだ。強く心が願っている事象が叶うため、アルフレッドのトラウマである あの出来事を永遠と巻き戻してしまう。ゆえに、戦うと決意したならば、この出来事に何度も向きあわなければならない覚悟が必要だった。
「大丈夫だ、最悪の展開ではない。次のアルフに知識を教えて時間を逆転させれば、もしかしたら……」
こうしてアルフレッドは何度も失敗を繰り返していった。
何度も間違え、何度も後悔し、何度も苦痛を噛み殺しながら進み続け、精神が摩耗し、心が擦り切れるほど果てても、ただただ純粋な心で願い続けていった。




