対立 [3]
アルフが話を続けていく。
「――願い続ければ、幸せな世界が来るんだって信じていた。その状態の延長が今なんだ」
「…………」
僕は何も言い返せなかった。
アルフの擦り切れた心に対しての答えなんて僕は持っていない。ずっとずっと頑張り続けていた人間に、それを否定する言葉なんて唱えることはできるだろうか。こうして何度も転生しているのがアルフレッド・ルシドールの生きざまなのだ。
「それでな、転生を繰り返していたら、妨害してくるヤツが増えてきたらしい。ドラゴンの村のゼル・リギンだ。アイツは帝国が混乱したのに乗じて、帝国を乗っ取りにくると聞いている。だから、ドラゴンの村を潰したのは意図的だ」
「……そうか」
「だが逆に良いこともあった。連合軍が攻めてきた時に人形の軍団がやってきたし、お前と出会う運命も無かったんだよ」
アルフから例外の話を聞いて、義姉の言っていたココアの話を思い出した。
アルフレッドの転生のやり方は、幼い方のアルフの過去に基づいている。これが例外の生まれた原因のようだ。
重なっていく例外をたとえるなら、コピー機のようなものかもしれない。
大本からコピーを作り、次はコピーを大本にして新しいコピーを作り、その次は新しいコピーを大本にして次のコピーを作っていくように繰り返していく。
つまり転生の連鎖の拍子に、偶然に運命がイタズラ描きをしたら、それが次のコピーとして印刷される。こうした繰り返しによって、コピーされたものは最初とは違ったものになっていく。
つまり、たまたま運命のイタズラでココアのような例外が生まれた過去があったなら、次のコピーから適応されていく。何度もコピーをしていって過去を繰り返していった結果、義姉やココ、そして僕のような存在が生まれたのだろう。
「しかも、それだけじゃない。今回は初めてのことが起こった! オレ達はドラゴンの村で負けて捕われる予定だったのに、お前は勝ったんだ! 帝国軍がすぐにやってきたことをお前の不思議がっていただろ。あれは村長がお前らを捕まえても、次の日に帝国軍が助けるためだったんだよ。捕縛命令のデマは、絶対にお前らを保護したかったからだ」
アルフが滔々(とうとう)と話していく。
そして、課外実習で、僕達もとい、アルフがドラゴンの村に選抜されたのは、帝国を守るためのターニングポイントを見守るためらしい。同時に例外の存在でもある僕を監視する役割もあったため、僕達のグループがドラゴンの村へあてられた。
「さらに! お前がこうして帝国に来たのも初めてだ。もしかしたら、世界を繰り返した例外の結果かもしれない!」
義姉の言葉と、アルフの言葉がつながっていく。世界の状況がなんとなく掴めてきた。
すると、疑問が湧いてきた。僕はアルフへ問いかける。
「アルフ。説明をする前に、漠然とした不安って言ったよな。あれはどういうことなんだよ」
繰り返しているだけなら、失敗してもこのアルフレッドはそれまでだったと割り切ることができるかもしれない。それなら、漠然とした不安の感情とはまったく結びつかないのではないだろうか。
アルフが言いよどむように、顔をしかめた。
「運命って、信じているか?」
「どういう意味で?」
「オレは、いや、オレ達はな。何度も繰り返す世界で、もしかして運命は決まってるものなんじゃねぇかと思えてきたんだ」
アルフの声はまるで何かを怖がるように小さく、そして震えていた。
「何度も繰り返しても失敗する。いつの間にか数えることすら忘れるほどに、オレ達は、アルフレッドは何度も世界を見てきた。だが、それは絶対に同じ結末にしかならない状況を何度も見てきてしまったということだ」
アルフは、アルフレッドとして堪えてきた苛立ちを吐きだす。
「まるでオレ達は本の物語の住人じゃないかよ。何度読んでも同じ結末だ。同じ本を読み返して多少の発見があったとしても、絶対に物語の根本は変わらない。なにせ、物語の住人は運命には逆らえない。運命は決定事項なのかもしれない。だからオレの村は永遠に救えないかもしれない」
「でも、アルフ。それは違うんじゃないのか? 本当に正確な繰り返しが起こっていたなら、例外は生まれないだろ?」
「いいや違わない。アルフレッドを何度繰り返しても、転生した先は学園長という身分にしかならないと言っただろ。おそらく世界という枠組み自体はリセットされてないんだ。オレは学園長になる運命しかない。学園長という名の定位置へ絶対に戻されてしまう。まるで、散らかしたオモチャを整理整頓しているみたいにな。アルフレッドという存在はどんな人生を歩んでも、なんてことなしに学園長という立場に片付けられてしまうんだ。おそらく、運命はオレ達が何度も過去に戻ることすらも抱擁しているんだろう。時の逆転すら運命にとっちゃ『カゴの中の鳥』なんだろうな」
何度も繰り返して生きてきたアルフレッドだからこそ、理解をしてしまった。運命と戦う手など、はなから無かったことに気づいてしまった。ついには、心を芯から折られてしまった。
「だから、俺は諦めたんだよ。同時に悟ってしまったんだ。なにをやっても運命に贖えないなら、この先の未来も同じじゃないのか。オレの未来は運命の奴隷であり、絶対に変わらないんじゃないのかってな」
アルフが狂ったように言い放つ。
「だから、それならそれでいいと割り切った! だったら、同じく回る世界を楽しんでやろうじゃないか!!」
心の痛みを越えた先に見つけた狂喜を叫ぶ。
「過去を知っているんだから、未来が分かるってことだ。知っている人生を何度もやり直せる。定期試験なんて超簡単だぜ。次に何があるか分かっているから、準備ができて一番になれる! 不安な要素なんてひとつもない! 簡単に皆から賛美されるし、簡単に皆から愛される! 生きるのがスゲー楽になる! 毎日が英雄になれるんだぜ!」
アルフの魂の叫びは、僕にとってとても魅力的に聞こえた。
今までできなかったことができるようになること。面倒な世界のルールを壊して、自分たちの都合の良い世界へと染め上げる快感は甘美な響きであった。
だって、僕がこの世界にやってきたときに、同じことを思っていたから。転生して、地球の知識を生かして、経験を生かして、誰にも縛られずに、自由に楽しく生きていきたいって思っていた。
だから、心の底からアルフの言いたいことに同意ができてしまった。
「なあ、お前もオレ達の世界に来ないか? オレとおまえで、新しい運命を生き続けるんだ!」
「過去への飛翔の対策はどうするんだ? 変わらないんだろ?」
「願ってみなければ分からない。だからこそ、変わるかもしれない。オレはお前と会えて楽しいと思えた。ずっと、続けられたらいいと思えた。だから、もしかしたら、今回のオレが願ったなら叶うかもしれない。オレとお前だったら、絶対に幸せになれる未来が見えると思う。オレと一緒に、永遠に繰り返す幸せの世界へ行こうぜ!」
アルフは言い切った。僕へ視線を渡して応えを問いてくる。
「なあ、お前も協力してくれるだろ?」
「…………」
「新しい世界で毎日を楽しく過ごせるんだ。なにを迷っているんだよ、何か不安があるならオレも手伝うぜ」
「……嫌だ。ココがいなくなるだろ」
「アイツのことか? 別に金で買えたんだろ?」
「そういう意味じゃない! アルフの世界って、新しい世界でもなんでもないだろ」
「どういうことだ?」
「ココとの思い出とか、全部なくなるから、積み重ねてきた物がぜんぶ壊れるなら、俺は嫌なんだよ。アルフとの思い出も、ユーリやフランとの出会いもそうだ。新しい世界で繰り返しても同じになるとは限らない」
アルフへ話していくと、僕はだんだん自分の考えが整理できてきた。
そうだった。義姉がいなくなって、ココがいなくなって、それでも立ち上がった時に思い出したじゃないか。
僕が、僕らしく生きる ゆえんたるものは――。
「俺が守りたいのは思い出だ! だから、やり直しで成功するとかじゃなくて、たった一回しかないチャンスで失敗した結果だったとしても、そういうのを全部まとめて大切にしたいんだ!」
「おいおい。もっと成功したい、カッコ良く生きたいとかは思わないのか?」
「思ってるさ! 毎日毎日、後悔ばっかりで本当に嫌になる……。今日だって、昨日だって、ずっと切なくて、生きているのが嫌になりそうだった。でも、全部を破棄して過去に戻るなんて、それは俺の望んでいた成功じゃない!」
アルフが死者を背負っているなら、僕は生者を背負っているのだろう。この世界を無かったことにしまうなら、それはこの世界で生きてきた人達の人生を抹消する事と同じになってしまう。
だったなら、僕の意見とアルフの意見は平行線になる。お互いに重んじているものが真逆なのだから、間なんて取ることは不可能だ。
――お互いの意見を最大に尊重するなら、絶対に交わることはないのだから。
「アルフ、お前とは一緒に行けないよ」
静かに僕は呟いた。
アルフは失望したように長く息を吐く。
「困った。そう言われると、オレが割り切れないから 心の底から願うことができねぇ」
アルフが僕をあやすような優しさで、そして睨みつけるような鋭い眼を飛ばしてきた。
「まあ、体験しないと分からないものだからな。お前が今そう思うならいいさ。オレが無理矢理でも連れていく。どうせ過去に行ったら嫌でも生きるだろうしな。大丈夫だ。お前のために、オレも頑張るからな」
「まったく。力づくかよ……」
僕は意識を研ぎ澄ませた。背後で控えているナズナ、ポプラ、スミレに向けて、腕を宙に凪いだ。
三体に糸が繋がり、魔力が充填される。充填された波動で人形達を中心に土煙が小さく舞った。
「知ってるさ。誰がなんと言おうと、アルフは自分が信じた道なら迷うことなく進んでいく真っ直ぐな奴なんだから。アルフ、やっぱりお前は分かりやすくて、めんどくさい奴だ」
単純な話だ。この瞬間、お互いの価値感を認め合っているからこそ、信用しているからこその結論に落ちたのだ。
嫌だから、僕はアルフの意見に反論をあげる。絶対に嫌だから拒否をする。それでも進言してきて、ムカついたから――ぶっ倒す。
「だから、アルフ。俺も、力づくで俺の言うこと聞かせてやるよ」
僕の言葉に、アルフは吹っ切れたように 爽やかに笑った。静かに槍の切っ先を向けてくる。
「たしかに、そうでもしねぇかぎり、オレは言うことを聞かねぇな。そういう奴だってオレのことを分かってくれるお前で良かったぜ」
「付き合ってやるさ。殴り合って主張する青春ごっこでもやるか、男同士だしな――ッッ!」
親友でもあり、ライバルでもあり、敵でもあるアルフ。この世界の運命をかけた戦いが、いま始まった。




