対立 [2]
ロボットが彼方へ飛ばされたのを確認して、建物からするりと降りた。
魔法が発動したということは、僕の存在は敵からは周知なのだろう。センサーみたいなものにひっかかったのかもしれない。
「だとしたら、早く行かないとまずいか……」
警戒されて『時の逆転』の発動を早められては困る。それに、ココの捜索もしないといけないし、義姉との会話からアルフも今回の事件の件に深くかかわっていてただじゃ済まないだろう。解決しなければいけないことがまだいっぱいある。
浮遊したマナが静かに夜道を照らしている。学園前の舗装された道を、用心深く歩き進めていく。
一歩一歩が重たい。見慣れているからこそ、色々なところに気がつけてしまう。
曲がり角から奇襲はないだろうか。そういえば、さっき横切った家は、家と家の間に猫くらいなら歩ける程度の隙間があった気がする。たとえば、敵対している人物の使い魔がその隙間を通って背後から襲ってきたりしないだろうか。そこはかとなく、風の鳴る音すらも、いつもと違うように聞こえなかっただろうか。
どこもかしこも気になって仕方がない。
「疑心暗鬼か……。こんな状況になると、なるものなんだね」
不安な心を小さく吐きだした。
何も起こらなければいい。そんな淡い希望の祈りを込めるような呟きだった。
今まで何度も見た魔高炉の光が、帝国学園の正門を照らしていた。
何もなくて良かった。ほっと息をつきながら、同時に気を引き締める。おそらくここから先が一番に大変なのだから。
学園正門を越えて、学園の玄関へ。そこに、アルフが立っていた。
いつもと同じようにひょうひょうとした気配。アルフがこちらに気付き、自然な顔で見据えてくる。
「よう、久しぶりだな」
慣れ親しんだ笑顔。
でも、久しぶりのアルフの声は冷えていた。
「それで、ここに来たのはどういう要件だ?」
アルフの言葉に、僕は静かに答える。
「俺の時間と、友達と、家族と。あと、金貨100枚相当の抱き枕を取り戻しに来た」
アルフが小さく笑った。でも、その瞳からは全てを突き放しているような冷酷さを感じられた。
「お前の枕って高いんだな」
「ああ、今度はどっかに逃げないように、紐でもつけないとな」
お互いに、心の芯は冷え切っているのを感じあえた。表情だけで笑い合う。
声の届く距離まで近づけて分かったが、アルフの目には何も写っていないかのように感じられた。まるで、無機質な物を見ているかのような、見えるもの全てを破棄しているような悲しい瞳だった。
「それで。そんなこと言うために、帝国に帰って来たんじゃないだろ、お前は」
「もちろんだ。アルフ、ひとつ聞きたいことがある」
ここに来るまでに、ずっと考えて、何度も悩んだこと。それをアルフに問う。
「課外実習のドラゴンの村の話だ。ドラゴンと戦って、次の日に帝国兵が来たのはどうしてだ?」
問いた瞬間に、空気の気配が変わった。息がつまるような窮屈さに一変する。
アルフは、ほう、と小さく感心を吐いた。
「なるほど。それの何がおかしい? 続けてみな」
「俺達は5日かけて村に着いた。本来は それくらい時間がかかる距離のはずなんだ。つまり、帝国が連絡を受けて、次の日に到着するなんて不可能なんだよ」
時間の帳尻を合わせるとしたなら、僕らが連絡せずとも村に行くように前もって計画していた場合だろう。つまり、アルフが帝国へ連絡したという言葉は、嘘である。
ならば、アルフはどうしてこのような嘘をついたのだろうか。
「はじめは、アルフはただ巻き込まれただけなんだと思っていたんだ。この世界は『時の逆転』が起こるんだろ?」
「ああ、そうだな」
やっぱりアルフは知っていた。
僕の考えが確信になっていく。
「いま、「時の逆転」という帝国だけでなく世界までも揺るがす事態が起きている。規模だけに、権力のある人間の仕業だと思っていた。きっと、学園長が全部悪いと思っていた。でも、本当は違うんじゃないのか?」
ずっと、どこかで引っかかっていたことがあった。義姉の話はきっと事実なんだろうけれども、それを聞いても何かを不自然に感じていた。そもそもどうして変だと感じていたのかが僕自身は分からなかった。
でも、アルフと対立してやっと不自然に感じていた事が分かった。
その不自然さの原因は、義姉は知らないけれども、僕は知っているアルフの本音の情報があったから。
「その『時の逆転』と言うのは、願いを聞き遂げて過去に戻る願いが叶う魔法だと聞いている。でもさ、あの村で、ドラゴンと戦い終わったあと。アルフは『便宜上は未来』って、言っていたよな。それって未来に起こることを知らないと、言えない言葉なんだよ」
時間に干渉されてしまえば、みんな記憶が無くなってしまう。覚えているとしたならば、義姉のような例外くらいだ。そして、義姉以外の例外となりえる人物は――。
「つまり、誰かが『時の逆転』を願うこと。知らないはずの未来に起こることをあらかじめ知っていないと分からないはずの答えなんだ」
そう。『時の逆転』を知りえるとしたなら、それは――。
「――これから起こる『時の逆転』。実行犯はお前なのか?」
僕の問いかけに、アルフが肩を震わせる。面白いとばかりに、弾けるような哄笑をしてきた。
「半分正解で、半分外れだ。俺は共犯者だからな」
どういうことだ。アルフの言葉の意味が分からない。
「時の逆転か。それは違ぇよ。オレが、いや、オレ達が求めているもんは、もっと奥ゆかしいものさ」
アルフが世界を嘲るように言い続ける。
「なにが起こるのかを知っている理由か。今のお前なら、こう説明した方がいいか。オレの名前はアルフレイド・ルシドール」
爛々とした瞳。アルフが隠していた とっておきのイタズラをバラしているような含みで笑う。
「学園長の名前が、アルフレッド・ルシドール。『アルフレッド』を俺の地元の訛りに言い直すと、『アルフレイド』になるんだ。昔の帝国は窮屈な国でな、外からのモノは全部帝国の言葉に直してたんだ。だから、アルフレイドがアルフレッドになった。今の帝国の法律はゆるくなって、そのままの発音でも大丈夫になってるんだよ。だから、後から来たオレの方はアルフレイドなんだ」
「――――――」
「そう。学園長は、――アルフレッドは未来のオレなんだよ」
学園長とアルフは同一人物。
まるでココアと義姉のように何度も世界を生きてきた人間。ココアと同じく、この世界を別の視点から見ていた人物。
「未来のことを知っている理由。それは、始めに願いをかなえるのは、オレだからだよ。そうなるように、もう一人のオレが、つまり今の学園長が魔法を発動させるからな」
あまりの展開に、僕は言葉を詰まりかける。
「……アルフ。お前の望みは何なんだ。そうまでしたい理由はなんだ」
アルフが唐突に無表情になり、ただ静かに黙った。
でも、その無表情は無表情の顔ではなくて、たくさんの表情が集まってプラスマイナスがゼロになったような、全ての表情が複雑に混ざって煩悶している印象を受けた。
アルフが重たく口を開く。
「分かんねぇ……。だけど、やりたいんだ」
「おい!? どういうことだよ」
「言葉にできねぇんだよ。言うとしたら……漠然とした不安かもな……」
アルフが、自身の心の暗闇の内で何かを探しているかのように視線を落とす。
「でもな、最初のオレは、確かに目的はあったんだ。故郷を守りたかった、ただそれだけだった……」
アルフがこの世界の成り立ちを静かに話していった。




