生命への布告
人称が変わります。他のサイドのはなしです。
ユーリとフランが旅立ってから数日後。二人は帝国に着くと異常な事態が起こっている事に気がついた。
まず帝国の内部へ侵入して違和感に襲われた。虫の声をひとつすらしない奇怪な静けさ。そして、防護服でもあるジャケットが二人を魔法から守るように魔力を吸ってくる。帝国は泥のような眠気に満ちていた。
二人は催眠魔法が発動していることに気がついた。規模は分からないが、この様子では帝国中にかけられているかもしれない。
学園に近づくにつれて、その異常さが増していった。真っ赤にゆらめく地面から、沸々と魔力が地面から湧き上がっていて陽炎のようなゆらぎが漂っている。空間が歪むほどに多量の魔力にあてられた木々がまるで生物のように不気味に蠢めいている。
もう少しで学園に到着する。学寮に近い露天商前に出た。
「フランチェシカさん、戦う用意は大丈夫ですか。見通しが良い場所ですので、襲われては危険です」
「うん、気を引き締めていこうね」
いつもは活気がある露店は、不気味なほどに静まり返っている。昼間のように明るい露店しか知らなかったからこそ、薄気味悪く感じられる光景だった。
ふと魔力の波動が二人を撫で、背筋が凍る身震いをさせた。
時おりに感じられる嫌な魔力波動。咽かえりそうなほどの魔力が、心臓がおかしくなりそうなほどに拍動させる。
そして、奇妙な音も耳を澄ますと聞こえてくる。例えるなら重たい荷物を床に落としてしまった時の音のような、それでいて石を砕いた音のような良く分からない音だった。
帝国全体にかけられている催眠魔法に、時おり聞こえる重厚な音。二人は帝国が何者かに襲われているのだろうかと疑問に思ったが、この異変の発信源はどうやら学園の方向らしい。
帝国が今どのような状態なのか見当がつかないが、どんなところであれ警戒を強めなければいけないことは肌で感じ取れた。
月明かりに照らされていた足元が、ふいに途絶えた。
二人は月があった場所を見上がると、大きな人影の下に入っていたことに気がつけた。しかし、その人影の大きさは、人間にしては尋常ではない大きさだった。月が覆われるほどに、見上げなければならないほどに その人間は大きかった。
突如、大きな人間の目が真っ赤に点灯した。
大きな人間の肩についている筒から、太陽のような光を当てられる。一面を照らす光によって、二人は大きな人間の全貌が見えた。
その人間は白金のように煌めく金属質な身体つきで、そびえ立つような身長がある。竜のように尖った頭には、点滅している真っ赤な瞳が輝いている。岩窟そうな足が大地を踏み鳴らす。腕先には指が無い代わりにモーニングスターを連想させる尖った巨大鉄球がついている。言うならば、金属の巨人がいたのだ。
金属巨人の両肩についている筒のうちの片方が変形する。いくつもの穴が空いている筒に変形した。
変形した筒から耳を突くような轟音と共に、熱波が生じた。それが火ぶたになったように、穴から砲弾の雨を降らせてくる。砲弾一つ一つには強烈な魔力が滾っており、猛火が唸り声をあげて襲いかかってきた。
咄嗟にユーリがフランの手を引いて撤退する。間一髪で避けながら、露店の合間を抜けて行方をくらませようとする。
猛火の雨は土埃を空高く散らしながら、ユーリ達に襲いかかる。遮蔽物などものともせずに露店ごと逃げ道を吹き飛ばしていく。
このまま逃げきるには難しいと判断したユーリがフランの手を離す。空いた手を風を凪ぐように ひと振する。炎の鎌を出現させた。
「フランチェシカさん、大技をお願いします!」
「うん、任せてっ!」
フランの境界術は唱えるのに時間がかかってしまい無防備になる。フランが唱える隙を作るためにユーリが囮をかって出た。
フランが境界術を唱える。フランを中心にして周囲の魔力が励起され、虚空が震えた。
魔力の乱れを察知した金属巨人がフランの方へ向いた。もう片方の肩の筒が変形し、砲撃をフランへと構える。
「好きにはさせません!」
放たれた轟音に対し、ユーリは炎の鎌を乱れ振った。炎の斬撃が飛び交い、砲弾に命中し誘爆する。紅蓮の炎が空中を乱れ踊った。
露店の幾つかが炎上し、一面に燃える風が吹き抜けていく。金属巨人の囮となるために、ユーリは派手に防御をしてみせた。しかし、金属巨人の視線はフランに向けたままだった。
金属巨人の両肩の筒が解離して破棄された。身軽になった長身が疾走する。
巨体にも関わらずに、その身のこなしは人間と同じ程度。金属巨人がフランへ牙を向かんと突き進んでいく。
そうはさせまいと、灼熱の世界をユーリは駆け走る。紅蓮地獄に身を隠しながら、一気に金属巨人に接近した。
無防備な背後へ、ユーリが渾身を振りかぶる。
「やぁ――っ!」
急接近したユーリの怒濤の攻撃。
命を狙う鎌が金属巨人の胴体を乱れ切る。冷たい金属質な音が幾度も鳴り響く。しかし、金属巨人のアーマーを擦過させたのみとなった。
ユーリは驚愕に言葉を失った。ユーリは自身の鎌に対して厚く信頼をしていたのだ。
デスサイズの概念を持つ鎌は高い攻撃力を持ち、なおかつ命中すれば魂を摩耗させる効力もある。さらに、サーセリース産の魔装品であり、魔法の概念そのものを叩きつけたが如くの大攻撃だったのだ。これほどまでにダメージに特化した全身全霊の一撃にも関わらず、敵はかすり傷のみとなったのだ。
「これは、硬いですね……」
まったくダメージが通っていないことをユーリは悟る。敵は怯みすらしないのだ。
金属巨人が立ち止まり、ユーリを発見する。真っ赤な瞳が点滅して、金属巨人は体中から高音の駆動を叫びだした。ギアが高速回転し耳を刺す音と共に、金属巨人の両腕が振りあげられる。
トゲのついた鉄球の両手が、重量のある衝撃によってユーリを叩き潰さんと振り下ろされようとする。
フランを護るためとはいえ、前に出過ぎてしまった。先程の攻撃で、一撃のもとに切り伏せるつもりだったのだから、防御は疎かになってしまっていたのだ。
振りあげられた金属巨人の剛腕をユーリは見上げる。
秒がゆっくりと時間を重ねていく。鎌の攻撃から察するに、金属巨人の腕を薙ぎ払うことは不可能だろうと痛感した。
「参りましたね……」
一人で小さくごちる。苦笑にユーリは口元をあげた。
ここまで来たにもかかわらず、どうやら家族にも会えずに終わるようだ。
残してきた弟と妹が気になるが、手配中となった兄がやって来ても複雑な心境になるだろう。そういう意味では会わなくてほっとした部分もあるかもしれない。それに、未開の地で命を潰えるのではなく、自分の知っている土地で終わることができるのだ。こんな終わり方だったとしても、だからこそ家族を必要以上に傷つけずに無難で良かったのかもしれない。
ユーリが諦めていたところに、突如、金属巨人の背後から轟音が幾度も殴りかかってきた。
我に返ったユーリが轟音の発信源を見る。
空には巨大な隕石が舞っていた。隕石の襲来の第二波が、耳を刺す暴音が金属巨人へ襲いかかる。
「なに、ぼぅっっとしてるの!? さあ、こっちっ!」
ユーリは女性に手を強引に引かれた。
助かった命を無駄にするわけにはいかない。ユーリはその女性についていき、金属巨人の様子を見ながら駆けていく。
金属巨人に隕石の豪雨が降り落ちるが、巨体は隕石をものともせずにユーリ達を追いかけてくる。ただ雑に、難なくと隕石の雨を突き進んでくる光景にユーリはぞっとした。
女性に導かれて小道を幾つも折れ曲がる。金属巨人が入れないような道を選んでいるようだ。どうにか金属巨人を振り切れたようで、ユーリと女性は安全を確認するように立ち止まった。
ユーリは助けてくれた女性へ目をやる余裕ができた。
その女性は見慣れた女子生徒の制服を着ていた。さらりとした気品のある金の髪が膝まで流れており気品を感じさせるが、どことなくあどけない童顔でもありほどよく愛くるしさも同時に感じさせる。気品と可憐さが相まって、絶妙なバランスの麗人だった。
その女性はなぜかぬいぐるみ人形を手に持っている。もふもふしたリスで、音楽の指揮者のような端正な服を着ているぬいぐるみ人形だ。優しい顔立ちに丸みをおびた輪郭、柔らかなさわり心地を想像させる毛並みをしている。
女性が肩で息を切らしながらユーリに振り向いた。
「はぁ――っ、はぁ――っっ、間一髪だったわね」
ユーリは息を切らさずに走り抜いたが、女性は息を切らしていた。
ユーリはこの女性は自分のように前線で戦うタイプではないと察知した。助けてくれた事はありがたいが、手配中の身である故に知らない相手には警戒を緩めることはできない。偶然に起きていただけの 事情を知らない学生かもしれないが、敵となる可能性もあるのだ。
ユーリは緊張を悟られないよう なるべくやわらかい声で女性に感謝を伝えた。
「はい、ありがとうございました。ところで、どうして助けてくれたのですか?」
ユーリの質問は、どこからか湧いてきたフランによってかき消された。
「フェリンちゃん、久しぶり~!」
「フランチェシカ。二週間ぶりかしら」
フランの知り合いであることが分かり、ユーリは息をついた。
ユーリは警戒心こそ完全には解いていないが、素性の知らない誰かよりも少し気が楽になった。ユーリはフランへ女性のことを聞いてみる。
「フランチェシカさん、この人は?」
「フェリンちゃんだよ。ちなみにフルネームは、フェリンデール・リタ・メチニルトっていうの」
ユーリは息を飲んだ。ミドルネームを持っているということは、帝国の要人である可能性が高いからだ。今のユーリ達の立場を考えれば、最も会いたくない人物だ。
悟られないよう心底で狼狽するユーリを後目に、フランがフェリンデールに楽しげに話しかける。
「可愛い人形を持ってるね、名前とかついているの?」
フェリンデールが愛おしい人形のようにそっと撫でながら、自慢げに大きくうなずいた
「この人形はね、リタって名前なの」
「へえ、そうなんだ。あれ、ミドルネームと……?」
「そう、由来はこの人形だから」
ミドルネームは帝国創立から存在し、要人からの祝福の名前として語り継ぐことができる。先祖が続く限り祝福を語り続けても良い自慢の名前だ。もっとも今となっては過去に活躍した人間のための称号のようなものとなっている。
さっきまでわいわいとおしゃべりしていたフランが、フェリンデールに小声でささやく。
「ねえねえ、なんで持ってるの? 人形をぎゅっとしてないと眠れないの?」
図星を突かれたかのようにフェリンデールの肩が小さく跳ね、恥ずかしげな か細い悲鳴が漏れた。
とんでもないと強めな口調でフェリンデールがフランへ抗議する。
「そうじゃなくて。まあ、いろいろ言いたいことがあるけれども、今は説明している時間が――」
フェリンデールの言葉は、大地を揺るがす振動に掻き消された。
揺れる視界。重厚な足音が近づいてくるのが分かった。撒いていたはずの金属巨人が近づいてきているのだ。
フェリンデールがユーリ達を叱咤する。
「とにかく、逃げるの! なぜか幻覚が効かないうえに、壁で姿を隠しても追ってくる。はやくっ!」
金属巨人の正体はいわゆるロボット兵士である。戦闘用のロボットであるがゆえに感情はなく、幻術のように心を媒体とする魔法は受け付けない。また、願いや思いこみが媒体である魔法攻撃に対しても、高い耐久力を誇っている。
ユーリ達はなぜ金属巨人がダメージを受け付けないのかを理解できていなかったが、このまま戦ったなら無残に死にゆくことは容易に想像がついていた。
真っ赤な光が三人の細道を照らす。金属巨人の爛々(らんらん)と点滅している瞳と視線が合った。
フランが悲鳴を噛み殺す。
「ひっ――!」
猛烈な鳥肌が立ち、足が震える。
フランはユーリの鎌の獰猛さを知っている。フェリンデールの幻術の頼もしさも知っている。にもかかわらず、アレはユーリの鎌を弾き、幻術も効かないのだ。
三人はただただ逃げる。なぜか、金属巨人は建造物を透視しているかのように的確に三人を追ってきた。
小道を何度も曲がり逃げ続ける。何度目かの曲がり角を過ぎると、目の前に金属巨人が現れた。
ユーリは二人を守るように進み出て、鎌を金属巨人へ向ける。
「まさか、もう追いついて来たのでしょうか?」
「いいえ、さっき撒いたはず。きっとこれは別のだと思う」
フェリンデールが静かにユーリへ答えた。
突如、天が割れる音がした。三人が見上げると、上空には空を埋め尽くすほどに大量の魔法陣が浮かんでいる。
大小ある様々な魔法陣のうちの、一番大きな魔法陣が輝き出し、境界術が発動した。
空が絶叫を喚き、大地が震撼した。猛烈な突風が吹き荒れると共に、巨体が空間を砕きながら着地した。
ただそこにいるだけで、巨体からは沸々と魔力が溢れ出ている。たった一歩を踏み出しただけで、大地が軋み、巨体の内に圧縮された魔力が外気と共鳴し高く土煙を上げていく。
君臨したのは、同じく金属巨人だった。
空には、見える分だけでも同じ形式の魔法陣が十以上はある。たった一体でも苦戦するだろうに、これが何体もやってきているのだ。
背後から地響きが迫ってくる。逃げている途中であった金属巨人が迫って来ていた。
金属巨人が連続召喚され続けており、挙句に挟み撃ちに遭ってしまった。
圧倒的な絶望に血が凍る。三人は畏怖を生唾と共に呑みこんだ。




