指環の救出者
新たな金属巨人の召喚され続けている。
背後から迫ってくる振動が立ち止まった。追ってきた金属巨人が三人を見下ろす。
三人は挟み撃ちをされた状況になってしまった。敵に背後を晒さないよう互いに背中を預け合い身を固める。
刹那、緊迫した空気が爆音によって破られた。
三人を追ってきた金属巨人が炎に包まれながら転倒したのだ。
見上げれば、空を滑空する人間が一人。その人間が建造物の屋根に着地し、もう一体の金属巨人と視線が絡んだ。
その人間は帝国学園の男子生徒の服装をしていた。男子生徒が拳を握りしめ、溜めるように構えた。
周辺に存在する風のマナが強欲に吸引されていき、膨大な魔力が男子学生の拳へ集まっていく。圧縮された濃厚なマナが渦巻き、大気が呻き声をあげている。
鉄拳に豪風がまとわれる。乱れ狂う魔力の奔流から生まれる余波ですら、金属質の巨体を煽るには充分なほどの威力だった。
束ねられていく膨大な魔力量にユーリは呆気にとられながら呟いた。
「あれは、魔装品の!?」
魔装品は周辺のマナをかき集めることによって、実像を形成させている。ユーリのように武器として使うだけでなく、純粋に魔力をかき集めることも可能なのだ。
そして、あの男子生徒が用いているのは風の魔装品だろう。
媒体は空気であり、空気は世界中に計り知れないほど存在している。すなわち、風のマナとなる媒体は尽きることが無く、文字どおりに無尽蔵にかき集めることが可能なのだ。
魔装品により莫大なマナを制御させているのだろうが、集まってくる量が尋常ではない。おそらく、使用者もかなりの腕前だ。
集められた魔力が、魔装品、術者の制御限界を越える寸前にまで練りあげられ、金属巨人へ強烈な一撃を解き放たれんとする。
男子生徒が暴風の拳を重たく殴り放った。
束ねられた暴風がまるで透明な巨人の拳のように殴りかかる。圧縮された轟風の塊が、金属巨人を襲撃した。
大鐘を打ち鳴らしたような音と共に、金属巨人の巨体がきりもみをしながら吹き飛んだ。暴風の拳の衝撃は巨人を追放するだけに留まらず、整地された石畳の床をはぎ取り、大地を抉り、砂嵐を巻き起こした。
三人は砂嵐と突風により視野を隠されてしまう。
空高くまで舞った粉塵の中で目を凝らすと、人影がこちらへと歩いてくるのが分かった。
やって来たのは先程の男子学生だった。ざっくりと切られた茶色の短髪に、鋭い目つきの男子生徒。右手と左手に魔力を滾らせた指輪を一つずつ装備している。
悠々とユーリ達の元へ歩き、突然に跪いた。
「遅くなりました、お嬢様。私兵との連絡が取れました。まもなく到着するでしょう」
ユーリとフランが呆気に取られたが、フェリンデールは男子生徒の言葉に頷いた。
「ごくろうさま、ロイ。あと、遅いんだけれども」
むすっとした非難の声をフェリンデールがロイへかける。ロイはどこ吹く風といったように涼しい顔で返答した。
「申し訳ありません。マナが氾濫しており、通念ができない状況でした。突然の夜襲ということもあり、対応しきれない者もいたようです。それと……、お嬢様が独断で急に出ていかれたために、統率をとる者がいなくなって大変だったものですから」
「むむっ、うぅ……」
「そんな顔をしても駄目です。私は事実を言ったまでです。反省すべき点を気付いたならご自身の胸の内で反省して下さい。まあ、敢えて反省しやすいように述べますが、誰よりも先頭に立ち、果敢に立ち向かうことは立派なことでしょう。しかしながら、残される者の功績も ご一考していただきたいものです」
二人の会話を黙って観察していたユーリが口を開く。
「あの、その方はどなたでしょうか?」
ユーリ自身が魔装品を持っているために気付いたのだが、魔装品を二個も持っているのはただ者ではない。
魔装品自体が高価なものであり二つ持っている事実は勿論のこと、それを同時に使いこなすにはとてつもなく高い制御力が必要である。それも異なる属性を実践レベルにまで制御しているとなると、この人物はかなり高度な訓練を受けているであろう。
ユーリの疑問にフェリンデールが答えた。
「この人はロイ・ザリック。私の護衛よ」
リタのミドルネームに、私兵、護衛。そして、帝国が襲撃されている事実。ユーリは頭の痛くなりそうな言葉達にクラクラとしそうになった。明らかに自分が考えている状況を越えている。
ユーリは自身の身も心配ではあるが、帝国のことも気に揉んでいた。そもそも、帝国には家族がいて、だからこそ会いたくてここまで来たのだ。
ゆえに、ユーリの大切な家族が眠っている帝国を守るには、フェリンデール達から事情を聞かなければいけない。フェリンデールを敵ではないかと睨み続けていても、状況は悪化するだけなのではないだろうか。
意を決したユーリが、恐る恐る二人に訊く。
「あの、この状況はどうなっているのでしょうか? あの境界術によって生まれた金属巨人の襲撃に、国全体にかけられた催眠魔法。そもそも、どうしてあなた達は起きているのでしょうか?」
フェリンデールが、困ったように顔を渋めた。
「どうしよう、ロイ?」
「別に。お嬢様の判断に従います」
ロイは好きにしろと静かな目線を添えて答えた。
フェリンデールはこの状況を話すべきか迷った。しかし、ロイに対しては、こと戦闘など今のような緊急的な局面に関しては厚く信頼している。
ロイが止めないのならば、話しても問題ないと判断しているのだろう。観念したフェリンデールがユーリ達へ説明をしはじめた。
「単刀直入に言うと、ルシドール学園長を監視するため。この光景の発端は、恐らく彼なんだと思う」
フェリンデールが思い出しながら言葉を選んでいくように、ユーリへ説明を続けていく。
「ユーリム。あなたの名字から察するに、父親が天空師だったわよね。天空師は天気予測が主な仕事だけれども、空気のマナ状態の計測もやっているの。それで、天空師の情報を見てみると、どうにも予測されているマナの濃度よりも低い状態なのが分かった」
フェリンデールが腰のホルダーから本を取り出す。その件の原因がコレと、本から半透明な青色の石を取り出した。
拳ほどの石ではあるが、よく見るとわずかに発光しているのが分かる。神秘的な奥ゆかしい輝きをしている石であった。
「これは魔鉱石。魔鉱石は魔力が凝縮された石のこと。削って空気中にまくと、マナの代わりになる。大気中のマナが足りない時や、大気中に含まれている以上のマナが必要な時に使う代物よ」
フランが目を輝かせた。元探検家の血がお宝に反応して騒いでいるらしい。
「これは珍しい……。ねぇねぇ、触ってみてもいい?」
「それは駄目」
フランの伸ばされた手を振り払いながら、フェリンデールが理由を説明していく。
「マナの塊だから魔力の影響を受けてまれに炸裂するときもある危険な物なの。大気への分布速度も早く、速効性もあって戦争でも使われるから、帝国では使用制限がされている。だから、使用するには事前に許可が無いと駄目なのよ」
真剣な面持ちでフェリンデールが語り続ける。
「計測でマナが薄いと表示された原因を天空師が丁寧に調べてみたらしいわ。すると、使用許可した魔鉱石の数に対して、マナが不足しているということが分かったの」
ロイがフェリンデールの説明に付け足しをする。
「別に帝国に浮遊するマナが枯渇したということではない。本来増えているはずのマナの分が足りずに、計算が合わないため相対的にマナ濃度が低く計測されただけだ」
「そう、大気中のマナ基準値には達していたから問題はなかったの。帝国のマナが枯れているわけじゃないなら問題はない。そもそも、魔鉱石の取り締まりの目的は、乱用による粉塵の大気汚染や、安易に戦争で使われることを防ぐため。だから、大気中のマナ濃度が高濃度ならともかく、低濃度だったら本来なら問題はないはずだった……」
フェリンデールがロイに目配せをする。ロイは話を続けるよう視線で促した。
「ここからちょっと秘密な話。とある人物に依頼されてね、帝国中のマナバランスを見て回ったの。大きな魔法が発動していないかっていうのが依頼内容。それでさっきの話になるけれども、帝国学園のマナ濃度が極めて薄いってことが分かったの。つまり、申請されている魔鉱石を使用した数の割には、大気中マナ濃度がとても薄い状態だったことが分かった」
「お嬢様の調査によって、何者かが魔鉱石を不当に溜めている疑いが浮上した。魔鉱石を頻繁に使用する施設が調査対象となり、その中には帝国学園も含まれていた。そして、帝国学園は魔鉱石の特性から溜めこんでいる疑いを否定した。魔鉱石はマナの塊であり、存在するだけですらマナが漏出する。漏れたマナの制御は難しく、滅多なことでは隠せない理由から否定した。たしかに、魔鉱石を隠しているならマナが漏れているであろうし、そもそも帝国学園は他と比べてマナ濃度が極めて薄かった。起こっている事象とは間逆の状況だ。そして、マナが薄い理由は魔法の自主練習をする生徒が多いため、帝国学園周辺ではマナ濃度が薄くなったの事が原因ではないかと証言した」
「でもね、依頼者が学園を不審に思って私達は調査を続けていったの。すると、カリキュラムには魔鉱石を使う授業が存在するはずなのに、魔鉱石を使わない別の授業をしていたことが分かった。どうにも魔鉱石を溜めこむような授業体系になっていたの」
「魔鉱石を溜めこんでいるにも関わらずに、魔鉱石の反応が無いときたものだ。逆に不自然すぎる状況に、お嬢様ご自身が入学し調査に入られた」
「そして私たちが入学して、内部調査から更に分かった事が二つ。一つ目は屋内訓練場の改装の名義で耐魔法補強板が大量に購入されていたこと」
「調査によると、屋内訓練場の改装予定はないことが判明した。もっとも、使っている学生なら改装する気配すらないことなど誰でも分かることだから言うまでも無いが」
「まあね。ところで、耐魔法補強板を購入したということは必要があったということ。ユーリム、フランチェシカ、大量の耐魔法補強板の購入は魔鉱石に繋がりそうな情報だと思わない?」
ユーリとフランが同意するように頷いた。
二人が会話の内容について来ているのを確認したフェリンデールが、再び説明を続けロイが補足をしていく。
「二つ目に分かったこと。今年に入って帝国兵の戦闘服を学園が複数の購入をしていたの」
「帝国兵の戦闘服は帝国中の総力を挙げた秘術が刻印されている。門外不出で帝国兵が着て外に遠征するたびに、戦闘服が帝国内外に何着あるのかをチェックするほどに厳重だ」
「帝国兵になる生徒も多いから、別に学園が持っていても不自然じゃなさそうよね。帝国兵になりたい生徒のやる気を出すために飾ったり、着てみて帝国兵の体験をさせたり、用途はいろいろとありそう。でもね、あなた達も知っていると思うけれども、帝国兵の服が飾られているのを見た事がある? 生徒の誰かが着て訓練しているのを見た事はある?」
ユーリもフランも、学園内で戦闘服を見た記憶はなかった。
「お嬢様の指示下で我々が調査をしたところ、不良品だったため帝国学園では使用をしなかったことになっていた。ちょうど先週に返品をされたらしいと管理門の記録には残されている。つまり、先週以降は帝国外へ戦闘服がある状態だ」
ロイの言葉に耳を傾けていたユーリがはっと顔をあげて、フランと見合わせた。
「先週と言うと、僕達がドラゴンの村で帝国兵に襲われた時と同じだ!」
「じゃあ、もしかして、やってきた帝国兵って、帝国兵の服を着た学園長の手先のひと!?」
フランの考えは、ロイによって遮られた。
「それは俺には肯定も否定もできない。証拠固めのために調べることができないからだ。返品されたはずの戦闘服が製作者の元へ返却されていなかったなら、帝国兵の戦闘服を勝手に使われたと考えることができるだろう。だが、帝国の戦闘服は秘中の技術の結晶だ。極秘である製作者の公表などしていない。ゆえに、調べるのは不可能であり俺には何も言えない。それもだ、ここまで集まった証拠だが、たしかに学園長には可能であるが、学園長自身が動いたという形跡は無い。学園長が犯人と立証はできないものばかりだ。理屈的にはそうなる『はず』だった」
ユーリとフランは、ロイの微妙な言い回しに首をかしげた。
フェリンデールが説明する。
「あまり言っちゃいけないんだけれどもね。最初に言っていた依頼者が、帝国兵の戦闘服の製作もしているの」
それならと二人は納得した。
「それでね、戦闘服の製作者もとい依頼者本人に問い合わせてみたら、受け取っていないことが分かったの。それなのに、返品確認を帝国でしてみたら届いたことになっていた。大切な戦闘服を返品できるのは学園長だけ。嘘の証言や偽造をできるのも学園長だけ。つまり、戦闘服が学園長によって無断で使用されているってこと」
「話を戻そう。おそらく、学園が魔鉱石を溜めこんでいた。魔鉱石の使いどころは、空の魔法陣だろう。帝国に帰って来た時に、咽るようなマナを感じただろう。大量の魔鉱石が空にばら撒かれているからだ。耐魔法補強板の大量購入は、魔鉱石を溜めるため、または依頼者が言っていた大魔法関連の両方だろう。そして、学園は帝国兵の戦闘服を無断で使用している可能性がある」
「帝国兵の戦闘服の行方は、あなた達が睨んでいたとおりだと思うわ。ドラゴンの村で襲われたでしょ。おそらく、あなた達から宝を回収する為に急いだのでしょうね。宝は依頼者の言う大魔法を使うためのマナの補充かしら。あなた達へ急に襲いかかるくらいだから、かなり急いで大魔法を構築しようとしているのかもしれない」
フェリンデールの言葉に耳を傾けていたユーリがふと気がついた。
「あの、それだったら。もしかして今は手配とか、その、えーと……」
「あなた達のこと? そんなの始めから無いわよ」
呆れたように言い放ったフェリンデールの言葉に、ユーリとフランは気が抜けたように大きな息を吐いた。
その様子をロイが冷たく注意する。
「気を引き締めろ。戦闘服を着ている偽帝国兵の連中が、まだどこかに潜んでいる可能性もある」
フェリンデールが何か気がついたように、はっとロイを問い詰めた。
「ロイ、もしかして突然の襲撃に対処できない者も――って、最初に言っていたけれども、もしかして……」
「はい。詳細はまとまっていませんが、何名の者かは……」
「……そう」
「しかしながら、彼らによって5人を捕縛できた成果が挙げられました。無駄な犠牲ではありません。また、戦闘服を着ていた者は、帝国兵ではないことが分かりました。尋問をしたところ学園長の指示とのことです。もはや学園長は、言い逃れできないでしょう」
「うん、そうね……」
フェリンデールが小さく俯いた。収穫よりも犠牲になった者を気にかけている顔だった。
悲哀気な空気を嫌ったフランが話題をそらした。
「じゃあ、フェリンちゃんが入学してきた理由ってのが、今のためなんだね」
「えっ、う、うん。そう、そういうこと。急な依頼だったから、けっこう苦労はしちゃった。護衛をそろえることができなかったから、留学の制度を利用したのよ。留学生は突然に外部から入ってきても怪しまれないから」
フェリンデールが自慢げに語った説明に、ロイが冷やかに付け足した。
「ちなみに、俺の設定はお嬢様に届かない恋をしている哀れな留学生という設定だ。これなら、命令を受けている姿を見られたとしても、パシられているんだなとか、好きだから逆らえないんだなとか、周囲が適当に解釈できるからな」
「ちょっっ、ちょっと! ロイ! そんな言い方は変じゃない?」
「別に他意はありません。ここまで話したなら、理解者になってもらった方がよいでしょう。具体的には、人混みが苦手のようですので、購買へ代わりに行ってパシられたり、食堂で人気な定食を確保するために一番に並ばされたりとか、財布を忘れてお金を貸して欲しいと強請られたりとか、課題が間に合わなくて写させたりだとか、そもそも課題の存在自体を忘れていた場合のアリバイ工作など、全部が任務のためにやっている事ですから。別にお嬢様は怖がりだとか、おっちょこちょいだとか、わりと天然だとか、そういった意味ではありません。それを理解していただきたいと思った次第です」
「べっ、別に、人混みが苦手なのは、昔の嫌な思い出があるだけで今は頑張れば行けるしっ! 食堂の定食は、ロイが作れば上手なのに面倒だって作ってくれないから作らない代わりの約束事だしっ! 財布は、その、うぅ……」
「では、そこまでおっしゃるなら、課題を写すことや、そもそも存在自体を忘れるような天然についてはいかがに弁明いたしますか?」
「課題はその……アレくらいできて当然だから時間の節約っ! でも、忘れる時は――、って! どさくさにまぎれて、天然って言うな――ッッ!」
「このタイミングで気づきましたか。ところで、天然な お嬢様。大声を上げてはいけません。敵が近くにいるかもしれないのですよ?」
「うるさ~いっ! 声で敵が来てもアンタがやっつけなさい! もう、知らないっ!」
「まったく、困ったお方だ。まあ、少なくともあなたの期待以上には働かせてもらいます」
目の前のやりとりで、ユーリとフランはこの二人の力量関係をなんとなく察する事ができた。
和やかな雰囲気の中で、背後から地震のような音が聞こえた。
四人が振り向く。最初にロイの炎に包まれて倒れていたはずの金属巨人が起き上がっていた。
ロイが指輪をそっと触り魔力を滾らせる。拳を金属巨人へ向けて構えた。
「なるほど、伊達に金属性の身体をしていないということか。複属性しか攻撃を受けつけないようだ」
ユーリもすぐさまに炎の鎌を出現させた。
フランが緊張した面持ちで金属巨人を見上げる。
「倒したんじゃなかったの?」
「ううん。あれは魔力の力押しで転倒させただけ。すぐに立ち上がるのは予想外だったけれども、ロイがあれだけやっても倒せないなんて……」
フェリンデールが弱々しく呟きながら、立ち上がる金属巨人と対立した。




