陰鬱な苛み
悶えていた気持ちも一瞬にして消え去った。もう何も考えられなくなる。
どれくらい茫然としていただろうか。ふいに真っ暗な部屋にいることに気がついて、今が夜だということを認識した。僕は何も考えられない頭で行動する。
夜だから、寝なくちゃいけない。当たり前のことだ。
意識が かすれている。思考が淀んでいる。ただ習慣通りに生きることしか活動ができなくなっている。
ベッドに寝転がる。
ほのかに暖かな いつもの感覚がなくて途端に寂しい気持ちに包まれた。
それでも眠ろうと瞳を閉じる。なんとなく、ココのはにかんだ頬笑みが浮かんできた。
今までの思い出が一斉に甦ってくる。
引き取ったばかりのときは病気持ちだったから、純化のために一緒に寝るようになったのがきっかけだった。あの時のココはずっと無機質にむっつりしていた。でも、ココとずっといると微妙に表情があることに気付けて、眠っている顔が無防備なんだなとか、朝起きたら ちょこんと袖を握りながら寝てたりとかたくさんの発見があった。
そういえば、人形以外の服を作ったのはココが初めてだったかな。あと、人形作りを他人に教えたのもココが初めてだった。ココが作ったサクラが、やけにくっつきたがるなと思っていたけれども、時間が経つにつれてココもそういうものなんだなと思えてきて、やっぱり作った人に似るんだなと思った。
模擬戦争の後にすれ違いがあった。原因はココが僕に対して何も返せずに、ココ自身が自分を責めていたのが原因だった。僕はそれ気付けなくて、にもかかわらずココを護ってあげようとしていたから余計にココが思い悩んで、ずっと僕はココを苦しめていた。ポステリーさんと話して、ココについて考える機会があったからよかったものを、もしもココが自身の気持ちを吐露してくれなかったならと思うと、ぞっとする。
「……っ! まさか……」
もしかしてその時の状況は、今の状況と似ているんじゃないのか。
ドラゴンの村で、ずっとココを護って戦っていた。義姉の村に帰って来てからは、知っている街並みだから当然に僕が世話をする機会が多くなる。ココから見れば一方的に護られている状況であり、ココは苦しんでいたのではないだろうか。挙句に、僕は自分が分からなくなって、義姉とココを責めてしまった。
似ている状況どころではない。僕自身がココを責めたのだからもっと酷い。
「最低だ……。最悪なヤツだな、僕は……」
それどころか、僕自身が前回の問題は解決したものだと自惚れていたものだから、なおのこと状況は悪い。
僕はいつの間にかココを全く意識していなかった。僕は、僕の知らない間に、ココの気持ちを踏みにじっていて、挙句の果てに責任を追及したのだ。
そんなつもりじゃなかったんだ。
それでも、いつの間にか僕は やってしまった。また同じ失敗を繰り返して傷つけてしまったんだ。
奴隷と主の奇妙な関係。奴隷の方が世話をされているヘンテコな関係だけれども、僕はそれでいいと思っていた。でも、ココは善しとしなかった。だから改善しようと話し合ったら「結婚ごっこ」ということになったんだ。
たったそれだけで、僕は前進した気になっていた。ちょっと話し合いをしただけでなんとなく全部が解決した気になっていた。
ココがいなくなったとき。本当はココのことを分かっていなかったんじゃないのか。だって、分かっていたならこうなることくらい予測できただろう。
じゃあ、どうして僕は失敗してしまったんだ。
本当は失敗と思っていなかったんじゃないのか。心の芯では重たくとらえていなかったんじゃないのか。嫌なことが起こったけれども ちょっとしたミスをしたんだと軽くとらえて、見なかったことにしていたのではないだろうか。
本当に失敗したと思っていたなら、ちゃんと反省してもっと話し合っていたはずだ。危い状況を切り抜けて、解決した達成感に満足して、そのあとに僕は何をしていたんだろう。
「何もしてなかったじゃないか。まったくココの心に気付いていなかったじゃないか……」
だから、ココとの関係がつまずいてしまった。それが今の光景なんだ。
手が震えてくる。心の震えが止まらなくなってくる。
「馬鹿だろ、僕……。救いようのない……」
胃がキリキリと痛みはじめた。
溢れんばかりの懺悔の気持ちが氾濫する。
ココ、どうして何も言わずに黙っていたんだよ。ココが悩んでいることを言ってくれたなら僕だって意識していたんだよ、どうしてこうなったんだ。
いいや、僕にはココにとやかく言う資格は無い。
ドラゴンの村から逃げ帰って、アルフと明確に対立して、義姉と世界の成り立ちの話をして、僕が僕なのか分からなくなって、あの時の僕にはココを受け止めてあげる余裕なんてなかった。僕はずっと自分の世界しか見えていなかった。
「だって、巻き込みたくなかったんだよ……っ。だから言わなかったし、一人になりたかったのに……。ずっと頑張ってきてさ、ただ幸せに笑い合えるようにって思っていただけなのに。なのに、どうしてこうなるんだよ……っ!」
虚ろに霞んだ声で呟いた。
こんな僕だったからこそ、ココはずっとひとりで悩んでいたんだろう。僕があと少しだけでも余裕のある大人のような人間だったなら、何が起こっても笑い飛ばせるような人間だったなら、ココは僕に相談してくれただろうか。ひとりぼっちで考え込まなかっただろうか。
どうして僕は気付けなかったのだろうか。なんで、こんな運命を歩んでしまっているのだろうか。考えるほどに途方もない寂しさに包まれてくる。底なし沼に落ちたように思考が沈んでくる。
意識がある間はじっとりとした罪悪感が僕を浸食してくる。僕は意識を手放したくて、目を瞑り布団の中で小さくなる。
でも、眠るには何かが足りない。そうだ、ココがいないからだ。
いつもベッドに入るとやってくる あのぬくもりには二度と触れられない。撫で心地のいい髪の感触もここにはない。過ごしてきた時間が多すぎて、二人でいた記憶が多すぎるほど余計に辛くなってくる。
もの音ひとつしない部屋の中。カーテン越しに微かに星の光が透けている。
静かだからこそ考えてしまう。幾度も懺悔が胸に押しよせてくる。津波のように押し寄せた懺悔を僕は嫌々と拒絶する。懺悔を思考することを否定して心の波が引いたと思ったら、今度は後悔の波が押し寄せてくる。永遠とすら思える自責の念が、幾度も僕を溺れさせにやってくる。
駄目だ、眠れない。溺れたように息が詰まって苦しい。衝動が咽喉につっかえて吐きそうな気分だ。
せめてココと別れるとき。僕がひと言だけでもココに声をかけていたならどれだけ気持ちが楽になっただろうか。いや、何も分からなかった僕が声をかけたところで、それがどんな慰めになるだろう。そもそも、こうやって贖罪を求めていること自体が浅ましいのではないだろうか。なにをしたところで、もう全部が遅すぎたのかもしれない。
未練が精神を蝕んでいく。時間が経つほどに魂が摩耗していく。涙に暮れ、嗚咽を吐き、手遅れになった悔恨に唸る。僕は悲しみを抱きしめながらひとりぼっちで詫び続けた。




